発売日: 1996年4月30日
ジャンル: オルタナティブ・ロック、ポップ・ロック、ケルト・ロック、グランジ
『To the Faithful Departed』は、The Cranberriesによる3作目のスタジオ・アルバムであり、
死、暴力、国家、そして信念といった重いテーマに真正面から取り組んだ、彼らのキャリア中最も直接的で激しい表現に満ちた作品である。
前作『No Need to Argue』の世界的成功を受け、The Cranberriesは世界ツアーを経てアメリカでも確固たる地位を確立した。
だが、本作はその人気を固めるどころか、むしろ“苦悩と覚醒”のアルバムとして、リスナーをざらついた現実に引き戻す。
プロデュースは再びStephen Streetが担当しながら、前作よりもギターは歪み、リズムはタイトになり、
ドロレス・オリオーダンのボーカルは怒りと祈り、そして絶望を交互に突きつける。
ジャケットに描かれた黄色の棺とバンドの佇まいは象徴的であり、
本作が“すべての忠実なる死者へ”捧げられていること、そしてそれが宗教的というより、
個人的かつ政治的な“喪の音楽”であることを物語っている。
全曲レビュー
1. Hollywood
爆音ギターと怒声のようなヴォーカルで幕を開ける衝撃的なトラック。
夢を求めた“ハリウッド”が裏切りの象徴として描かれる。
ドロレスの咆哮が、幻想の崩壊と自己肯定への怒りをぶつける。
2. Salvation
最もパンク的な疾走感を持った楽曲で、麻薬依存とその自己破壊性をテーマにしている。
“Salvation is free!”と繰り返される叫びが耳に焼きつく、強烈な社会的メッセージ。
3. When You’re Gone
対照的に静かなラブソング。
愛する人の不在を受け入れながらも、未練と希望が交錯するバラードであり、
ドロレスのヴォーカルがその脆さと力強さの両面を見せる。
4. Free to Decide
「私は選ぶ自由がある」という明確な自己主張を繊細な旋律に乗せたナンバー。
内向的なメロディと意志の強さが並立する構造が、非常にCranberries的である。
5. War Child
紛争地に生まれた子どもたちへの賛歌であり、
“あなたは平和に生まれるべきだった”という詩が胸を締め付ける。
イギリスの対外政策やユーゴ紛争を背景にした、切実な祈りのような楽曲。
6. Forever Yellow Skies
希望と回復を示唆するような、明るめのサウンドを持ったミッドテンポ曲。
ドロレスのファルセットが美しく、アルバムの中では比較的軽やかに響く。
7. The Rebels
反抗者たちに捧げられた賛歌。
ロックンロールへの憧れと、権力への不信が交錯するストレートな楽曲で、
自伝的な要素も感じさせる。
8. Intermission
短いインストゥルメンタル。
タイトル通り、激しさの連続から一時的にリスナーを“休ませる”ような小品。
9. I Just Shot John Lennon
1980年のジョン・レノン暗殺事件を題材にした衝撃作。
淡々とした語り口とジャジーなアレンジが、むしろ事件の凄惨さを引き立てている。
“The truth is hard to swallow”というフレーズが重く響く。
10. Electric Blue
恋愛の幻滅と情熱を、ブルージーなコードと浮遊感あるメロディで包み込む。
心の麻痺と、それでも消えない情動が同居するサウンドスケープ。
11. I’m Still Remembering
過去のトラウマや記憶を穏やかに語るバラード。
柔らかなアコースティック・ギターとシンセの波が、記憶の中を揺らめくように続く。
12. Will You Remember?
短く静かなバラード。
まるで過去の恋人へ向けた手紙のように、思い出の断片を語る。
13. Joe
誰か“ジョー”という人物に語りかけるような歌詞と、不穏なギターの揺らぎが続く。
アルバムの中でも特に陰鬱で、声の震えがリアルな痛みを伝えてくる。
14. Bosnia
終曲にふさわしい、壮大な人道的メッセージソング。
当時続いていたボスニア・ヘルツェゴビナの内戦を題材とし、祈りのようなコーラスとともに、
Cranberriesがアーティストとして政治的良心を明確にした一曲。
総評
『To the Faithful Departed』は、The Cranberriesがアイルランド出身のロックバンドとして、
その“内なる痛み”だけでなく“外の世界の暴力”とも向き合った作品である。
ドロレス・オリオーダンはこのアルバムにおいて、単なるシンガーではなく、
声を武器とする語り部、あるいは魂の代弁者となった。
本作が持つ“疲弊した政治性”や“死への反射”は、当時のリスナーにとって重たすぎる側面もあったかもしれない。
だがそれは、90年代という時代が抱えていた混乱や戦争、不安定な価値観の鏡でもある。
そしてその鏡の中に、Cranberriesは“祈り”と“怒り”の両方を描いた。
『No Need to Argue』の後に続くこの作品は、決して繊細さを捨てたわけではない。
むしろその繊細さが、荒れた世界の中でどこまで響きうるのか、という問いかけがここにはある。
それこそが“忠実なる死者たち”へ向けた、このアルバムの本当の意味なのだろう。
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