発売日: 2007年4月2日
ジャンル: オルタナティブ・ロック、アート・ロック、フォーク・ロック、スピリチュアル・ポップ
『Book of Lightning』は、The Waterboysが2007年に発表した9作目のスタジオ・アルバムであり、
2000年代に入ってからのスピリチュアルかつアコースティック志向を一部継承しつつも、
エレクトリック・ギターの熱量とリリカルな詩情が共存する、“稲妻のように直感的な”ロック・アルバムである。
『Universal Hall』(2003)の穏やかな精神性を経たあと、
マイク・スコットは再びビートと躍動、内なる怒りと信仰、そして世界との緊張感を音楽に落とし込んだ。
アルバムタイトルの「Book of Lightning(稲妻の書)」は、一瞬の啓示、神秘的インスピレーション、そして内なる爆発を象徴しており、
その楽曲群にはロックンロールの衝動と詩人の観察眼が交差するような、鋭くも奥行きのある音世界が広がっている。
録音はダブリンとロンドンを中心に行われ、
バンドには再び**スティーヴ・ウィッカム(フィドル)**が参加し、
初期Waterboysのサウンド的コアと現代的ロックの融合が試みられている。
全曲レビュー
1. The Crash of Angel Wings
サイケデリックなギターと疾走感あるドラムで始まる、スピリチュアル・ロックの幕開け。
“天使の翼の墜落”というイメージに、現代社会への違和感と天啓の混在が現れる。
2. Love Will Shoot You Down
悲しみと愛の不可避性を歌ったストーリーテリング・ロック。
“愛は君を撃ち落とす”という過激な比喩の裏に、
人間の感情の複雑さと暴力性が滲む。
3. Nobody’s Baby Anymore
過ぎ去った恋と成長の余韻を描く、切なくも爽やかなメロディのバラード。
ギターとピアノが調和し、Waterboys特有の“甘美な痛み”が表出する。
4. Strange Arrangement
風変わりな関係性、破綻寸前の愛の形を軽やかに描くユーモラスなポップ・ナンバー。
歌詞はマイク・スコットらしい比喩に満ち、
“奇妙な取り決め”が比喩的に人生の選択を映す。
5. She Tried to Hold Me
アルバム随一のハードロック・トラック。
押し寄せるギターリフと吠えるようなヴォーカルが圧巻で、
“僕を縛ろうとした彼女”との攻防が音楽として爆発する。
6. It’s Gonna Rain
スピリチュアル・ソウルの流れをくむアコースティック曲。
“雨が降る”という予感が、希望と不安、どちらの象徴にもなり得る二面性を持つ。
7. Sustain
静かで深遠なトラック。“持続”というタイトルが示すように、
恋愛・信仰・人生のいずれかが長く続くことの美と苦しみを描写。
ミニマルな構成の中に詩情がにじむ。
8. You in the Sky
本作で最も優雅なバラード。
天に向かって語りかけるような視線が、喪失や祈りと重なり合う。
ピアノとフィドルが、静けさのなかに無限の空間を描く。
9. Everybody Takes a Tumble
アイルランド的な祝祭感とロックが融合した、アルバムの“ダンス・ナンバー”。
“誰だって転ぶ”という普遍的なメッセージを、ユーモアと開放感で包み込む。
10. The Man With the Wind at His Heels
締めくくりにふさわしい神秘的かつドラマチックな曲。
“風を背に受ける男”とは、スコット自身、あるいは芸術家としての旅人か。
繊細なピアノと語りかけるようなヴォーカルが、余韻を残して幕を閉じる。
総評
『Book of Lightning』は、The Waterboysにとって**“衝動と熟考”がせめぎ合う、精神の稲妻の記録**である。
本作でマイク・スコットは、過去のビッグ・ミュージック的手法にも、ケルト的牧歌にも依らず、
詩人、ロッカー、信仰者という三つの側面を自在に行き来しながら、
2000年代という時代の複雑な情緒を、自らの言葉と音で再構成してみせた。
電気的な衝撃と、静謐な祈り。
その両極を同時に鳴らすことに成功したこのアルバムは、
“聴く詩集”としても、“魂の天気予報”としても響き続ける作品である。
おすすめアルバム
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The Frames / For the Birds
アイルランド発、詩的で内省的なロックの傑作。 -
Nick Cave & the Bad Seeds / Abattoir Blues / The Lyre of Orpheus
神話と激情が融合した二部構成ロック。 -
Rufus Wainwright / Want One
華麗なアート・ポップと詩性が同居する大作。 -
Richard Ashcroft / Alone with Everybody
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Jeff Buckley / Sketches for My Sweetheart the Drunk
破裂寸前の情熱と内省が入り混じる遺作的音楽。
特筆すべき事項
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スコットは本作について、「タイトルにある“稲妻”とは、日常のなかで突然やってくる真実の瞬間の象徴だ」と語っており、
楽曲の多くが突然の啓示や予感、直感の爆発をモチーフにしている。 -
レコーディングには、スティーヴ・ウィッカムが全面参加し、バンドとしての結束感が前作よりも明確に打ち出された。
また、スコットはプロデュース面でも積極的に関与し、個人のヴィジョンとバンド・ダイナミズムの均衡を実現した。 -
本作以降、The Waterboysは再び精力的なツアー活動と作品発表を継続するようになり、
“第三の全盛期”の入口となる重要な転換点として位置付けられている。
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