アルバムレビュー：All Souls Hill by The Waterboys

アルバムレビュー

2025.05.10

発売日: 2022年4月22日
ジャンル: アート・ロック、ポストパンク、スポークン・ワード、サイケデリック・フォーク

『All Souls Hill』は、The Waterboysが2022年にリリースした通算15作目のスタジオ・アルバムであり、
現代社会への批評、個人の祈り、そして神秘的な幻想が絡み合う、鋭くも霊的なアート・ロック作品である。
ここでマイク・スコットは、詩人としての鋭さと、音楽家としての冒険心を最大限に発揮し、
わずか9曲ながら、政治・メディア・信仰・記憶・死生観に至るまでをコンパクトかつ濃密に描ききっている。

サウンドは、前作『Good Luck, Seeker』のスポークン・ワード的手法を継承しつつ、
よりシャープでミニマルなポストパンク的アレンジや、サイケデリックな浮遊感が加わっており、
“都市と霊性のはざま”を歩くような音像が全編にわたって展開される。

全曲レビュー
総評
おすすめアルバム
特筆すべき事項
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全曲レビュー

1. All Souls Hill
表題曲にしてオープニング。
社会の混沌、都市の霧、死者の囁きをイメージさせるようなサウンドと、
スコットの語りが交錯する、不穏で詩的な序章。
“魂たちの丘”というメタファーが、このアルバム全体のトーンを決定づけている。

2. The Liar
明確な政治批判を含んだ異例のトラック。
「嘘つき」と名指しで繰り返されるリフレインには、トランプ前大統領を思わせる影が浮かぶ。
強烈なギターとシャウトに近いヴォーカルが、怒りと風刺を込めて炸裂する。

3. The Southern Moon
静謐でメランコリックなナンバー。
“南の月”という表現が示すように、記憶と感情の影を照らすような叙情的フォークソング。
アイルランド民謡の香りが漂い、アルバム内で最も親しみやすい一曲。

4. Blackberry Girl
幻想的でありながらも、ポップな要素を持つサイケ・フォーク調ナンバー。
“ブラックベリーの少女”は幻か記憶か、あるいは死者の象徴か──多義的で夢のような世界観が広がる。

5. Hollywood Blues
ハリウッドという現代神話に対する皮肉と哀愁が同居したブルース・ナンバー。
栄光と虚構、その裏にある孤独と精神の渇きが音楽的に描かれる。

6. In My Dreams
夢の中の逃避行。ドリーミーなキーボードとリバーブの効いたヴォーカルが、
現実逃避と希望の揺らぎを同時に表現。
リリックは個人の記憶と普遍的な象徴の境界をなぞる。

7. Once Were Brothers
かつての仲間たちを回想する、ノスタルジックなバラード。
失われた絆と、今は交わらぬ魂の距離が、やさしい旋律に込められている。
The Bandへの言及や影響も感じられる構成。

8. Here We Go Again
“またか”と呟くようなリフレインが耳に残る、ループ型ロック。
歴史は繰り返す、世界は目を覚まさない──そんな諦念と希望のせめぎ合いが鳴っている。

9. Passing Through
アルバムのクロージングにふさわしい静かな詩曲。
「私は通りすぎていく──ここにとどまる者ではない」と語るスコットの歌声が、
死や再生、魂の輪廻を感じさせる余韻を残す。

総評

『All Souls Hill』は、The Waterboysが**“社会的批評と霊的探求”という両極をつなぐことに成功した、静かなる傑作**である。
この作品には、過去のようなビッグ・ミュージック的高揚も、
ケルト期の牧歌性もない。だが、その代わりにあるのは、
老年の詩人が、世界の闇と自身の精神の深部を静かに見つめる、強い視線である。

音楽は必要最小限で、言葉が主役となる構成。
しかしそれは決して退屈ではなく、むしろ詩と音が共振する“現代の吟遊詩”としてのロックの可能性を広げている。

特筆すべき事項

本作はパンデミック以降に制作された初のアルバムであり、
　その影響がリリックや音像に深く刻まれている。
マイク・スコットは本作について「魂と記憶とニュースの交差点を音にした」と語っており、
　これはまさに“詩人のニュースキャスト”のような役割を果たすアルバムとなった。
収録曲「The Liar」は、一部放送局で放送自粛の対象となったが、
　その政治性はむしろロックの根源的な批評精神を想起させるものでもあった。