1. 歌詞の概要
「Ten Storey Love Song」は、The Stone Rosesが1994年にリリースした2ndアルバム『Second Coming』の中でも、ひときわメロディアスでエモーショナルな輝きを放つ楽曲である。ブルージーで重厚な楽曲が多いこのアルバムにおいて、「Ten Storey Love Song」はまるで清涼剤のように軽やかで、美しく、ひたむきなラブソングとして位置づけられる。
タイトルの“Ten Storey Love Song”は直訳すれば「十階建てのラブソング」だが、“storey”は“物語”とも“階層”とも解釈できる。すなわちこれは「十階層にわたる深い愛の物語」であると同時に、「高層ビルのように積み上がった、複雑で重層的な恋の歌」として読むことができる。
歌詞は、誰かを想う痛みと喜びを織り交ぜながら語られる。その想いは純粋で率直でありながら、どこか切なさを含んでいる。彼女の幸福を願う一方で、自分自身の脆さや欠落にも触れており、まさに“愛とは何か”という根源的な問いかけを、ポップで幻想的な響きの中に封じ込めた詩となっている。
2. 歌詞のバックグラウンド
『Second Coming』は、デビュー・アルバムから約5年の沈黙を経てリリースされたもので、サウンド面ではハード・ロックやブルース、サイケデリックの影響が色濃く出ていた。その中で「Ten Storey Love Song」は異彩を放ち、ジョン・スクワイアのギターが繊細なアルペジオを奏で、イアン・ブラウンのヴォーカルが優しく寄り添うように乗っている。
制作当時、バンド内にはプレッシャーと緊張があったにもかかわらず、この曲だけはあたかもその空気を断ち切るように、ナイーヴで無垢な情感があふれている。スクワイアによる作曲でありながら、その詞はイアン・ブラウンの儚い歌声によって“願い”として昇華されており、まるで誰にも届かない恋文のような、静かな誓いが込められている。
この曲は1995年にシングルとしてもリリースされ、UKチャートで36位にランクイン。商業的には大ヒットとは言えなかったものの、ファンの間では“隠れた名バラード”として愛され続けている。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に、印象的な一節を抜粋し、和訳とともに紹介する。
When your heart is black and broken
And you need a helping hand
心が黒く壊れて
助けが欲しくなったときWhen you’re so much in love you don’t know just how much you can stand
愛が深すぎて、どれほど耐えられるのかわからなくなったときWhen your questions go unanswered
And the silence is killing you
疑問がすべて宙に浮かび
沈黙があなたを蝕んでいくときTake my hand and come with me
僕の手を取って、こっちへおいでTo a place where we can be free
僕たちが自由になれる場所へ
※ 歌詞の引用元:Genius – Ten Storey Love Song by The Stone Roses
この詩は、恋人の痛みをすべて引き受けようとするやさしさと、それでも届かないかもしれないという切なさを併せ持っている。“自由になれる場所”というのは、実在する地名ではなく、共に在ることで生まれる心の安息地を意味しているようにも感じられる。
4. 歌詞の考察
「Ten Storey Love Song」は、The Stone Rosesにしては珍しい、ストレートな愛の表現を含んだバラードである。だがその愛は、決して軽薄なロマンチシズムではなく、心の痛みや不完全さを抱えたまま、誰かと繋がろうとする姿を描いている。語り手は相手の救済者になろうとしているが、同時に自分自身もまた“救われること”を望んでいるようでもある。
この“相互救済”の感覚は、愛において非常に本質的なものだ。恋とは一方通行ではなく、お互いの傷や不安を補い合うものであり、そうした関係性が崩れるとき、どちらかが“沈黙に殺される”こともある。この曲は、そんな極限的な感情をあまりにも優しく包み込む。
また、“十階建て”という比喩に込められた重みと高さ――つまり、どれだけ多くの想いが積み上がっているか、そしてそれが崩れたときの衝撃がどれほど大きいか――が、曲全体の静けさの中にじわりとにじみ出てくる。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Waterfall by The Stone Roses
逃避と解放を自然の比喩で描いたメロディアスな代表曲。自由への憧れが共鳴。 - This Is the One by The Stone Roses
運命の瞬間を感じさせるドラマティックな構成と高揚感。 - Let Down by Radiohead
都市の孤独と感情のすれ違いを繊細に描いたポスト・ロック的名曲。 - Fade Into You by Mazzy Star
夢と現実の間でゆらめく愛の感覚を、やわらかく描き出したスロー・バラード。 - Champagne Supernova by Oasis
時の流れと愛の神秘を高らかに描いた、90年代UKロックの大作。
6. “高層”に積み上げられた感情:Stone Rosesの繊細な横顔
「Ten Storey Love Song」は、『Second Coming』という荒々しくブルージーな作品の中で、まるで雨上がりの空のような静謐さを湛えた特異な存在である。The Stone Rosesといえば、傲慢でミステリアスで、時に攻撃的ですらあるというイメージが強いが、この曲はそれとは正反対の“無防備さ”をさらけ出している。
サウンド的にも、アルバムの他のトラックのような重厚なギター・ソロはなく、スクワイアのアルペジオはあくまで繊細で装飾的に響き、イアン・ブラウンの声もどこか遠くを見つめているようなトーンで歌われる。そこには“過去の愛”にすがるのでもなく、“未来の約束”に酔うのでもない、“今この瞬間だけはあなたと一緒にいたい”という慎ましくも強い意志が感じられる。
そしてこの“十階建てのラブソング”が象徴するのは、愛という行為の積層性であり、どれほどの感情を積み上げても、その根底にある不安や優しさが支えとなって初めて、愛は形を保てるという真理なのかもしれない。
Stone Rosesの持つもうひとつの表情を覗いてみたい人にとって、「Ten Storey Love Song」は最良の入口であり、最もやさしく寄り添ってくれる名曲である。
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