
発売日:2003年5月19日
ジャンル:Alternative Rock / Indie Rock / Synth-pop
概要
Welcome to the Monkey Houseは、The Dandy Warholsが2003年に発表した4作目のスタジオ・アルバムである。前作Thirteen Tales from Urban Bohemiaではギターを軸にしたサイケデリック・ロックとポップなメロディを結びつけ、「Bohemian Like You」などで広く知られるようになった。本作ではその路線をそのまま拡大せず、シンセサイザー、電子的なビート、加工されたボーカルを大きく取り入れている。Nick Rhodesが共同プロデュースに関わり、Simon Le Bonもゲスト参加するなど、Duran Duranとの接点がサウンドにも表れている。
アルバム名はKurt Vonnegutの同名短編集から取られたもので、収録曲の題名にも文学やポップカルチャーへの軽い目配せが見られる。音楽的には1980年代のニューウェーブやシンセポップを思わせる人工的な質感が強い一方、Courtney Taylor-Taylorの気だるい歌声や反復を好む作曲は従来のDandy Warholsのままだ。ロック・バンドが電子音を装飾として追加したというより、ギター、ベース、ドラムとシンセを同じ材料として扱い、バンドの輪郭そのものを組み替えた作品と考えたほうが分かりやすい。
全曲レビュー
1. 「Welcome to the Monkey House」
1分ほどの短い導入曲で、通常のロック・ナンバーではなく、電子音と加工された声によってアルバムの入口を作る。生々しいバンド演奏より人工的な質感を先に聞かせることで、前作からの変化を開始直後に知らせる役割を持つ。独立した楽曲として展開するより、次の「We Used to Be Friends」へ聴き手を送り込むイントロとして機能しており、本作がスタジオ処理そのものを音楽の一部として扱うことを端的に示している。
2. 「We Used to Be Friends」
乾いた電子ビートと短く切られたギターを組み合わせ、余白の多いヴァースから大きなコーラスへ進む。題名通り、かつて親しかった相手との距離を振り返る歌だが、Taylor-Taylorは感傷を強調せず、少し突き放した調子で歌う。その冷静さが機械的なリズムとよく合っている。シンセポップの簡潔さを取り込みながら、反復によってフックを定着させるDandy Warholsらしい作曲法も残されており、本作の方向転換を最も分かりやすく示す曲だ。
3. 「Plan A」
低く太いリズムとシンセサイザーを中心に、ゆっくり身体を揺らすようなグルーヴを作る。ギターが全面を埋める従来型のオルタナティブ・ロックとは違い、各楽器の間に空間を残し、ボーカルの反復をリズムの一部として使っているのが特徴である。Simon Le Bonの参加も、アルバムが接近したニューウェーブ/シンセポップの系譜を分かりやすくする。派手な展開を重ねるのではなく、同じ感触を持続させることで中毒性を作るタイプの曲である。
4. 「The Dope (Wonderful You)」
電子音の硬さを残しながら、メロディはかなり甘く、アルバムのポップな側面が前へ出る。ヴァースでは比較的抑制された歌い方を保ち、コーラスになると声と伴奏の層を増やして視界を広げるため、単純な反復にも明確な起伏が生まれている。タイトルや歌詞には愛情と享楽性が入り混じり、相手を称賛しているようでいて、どこか酔ったような距離感も残る。人工的なプロダクションと人懐こいメロディの組み合わせが本作らしい。
5. 「I Am a Scientist」
テンポを落とし、淡々としたリズムの上でTaylor-Taylorのボーカルを前面に置く。題名から理性的な人物像を想像させる一方、歌詞では人間関係や自己認識を科学のように整理し切れない感覚がにじみ、冷静な語り口と感情の不確かさが対照を作る。シンセの音色も派手に動かず、背景を薄く染めるように使われている。前半のキャッチーな曲から少し温度を下げ、アルバムの内向きな側面を見せる位置にある。
6. 「I Am Over It」
短いフレーズを反復するボーカルと、軽く跳ねるリズムが中心となる。題名は何かを「もう乗り越えた」と宣言しているが、同じ言葉を繰り返すほど、本当に割り切れているのか分からなくなるのが面白い。演奏も感情を大きく爆発させず、電子的な音を規則正しく積み重ねていくため、その曖昧さが強調される。長い物語を語るより、限られた言葉と音型を何度も回して心理状態を作るという、本作のミニマルな作曲がよく表れた一曲だ。
7. 「The Dandy Warhols Love Almost Everyone」
非常に短い曲で、タイトルの言葉を中心とした単純なアイデアを、ジングルのような感覚で提示する。ここでは複雑な展開より、バンド名そのものを使った自己言及的なユーモアが中心だ。アルバム中盤にこうした小品を挟むことで、前後の楽曲を明確に区切り、長いポップ・アルバムの流れを一度リセットしている。真剣さと冗談の境界をわざと曖昧にするDandy Warholsの態度が、短時間に凝縮されている。
8. 「Insincere Because I」
再びテンポを抑え、ボーカルと電子的な伴奏の距離を広く取った曲である。題名が示す「不誠実さ」は単純な告白として処理されず、自分自身の態度を少し離れたところから観察するような歌い方によって表現される。音数を増やして劇的に盛り上げるのではなく、同じムードを保ちながら細部の音色を変えていくため、聴き手は自然と声と言葉へ意識を向けることになる。アルバム後半への静かな移行点としても機能している。
9. 「You Were the Last High」
ゆったりした電子ビート、柔らかなシンセ、滑らかなメロディが重なり、本作でも特に1980年代的なポップ感覚が強く出た曲である。かつて強い刺激を与えてくれた相手を振り返る歌詞は、恋愛とドラッグの語彙を重ねることで、人物への執着と快楽の記憶を区別しにくくしている。Taylor-Taylorの抑えた歌唱も効果的で、感情を叫ばないからこそ喪失感が長く残る。電子化した本作のサウンドが単なる遊びではなく、メランコリーを表現する手段になっている好例だ。
10. 「Heavenly」
穏やかなテンポと柔らかな音色によって、前曲から続く夢見心地の空気をさらに薄く引き延ばしていく。シンセサイザーは明確な主旋律を押し出すより、声の周囲に霞のような層を作り、ギターもバンドらしい荒々しさを抑えている。曲名が示す陶酔感はあるものの、完全に明るい曲にはならず、どこか醒めたボーカルが距離を残す。この「気持ちよさに完全には没入しない」感覚が、アルバム後半の独特なムードを支えている。
11. 「I Am Sound」
タイトル通り、意味を語る歌というより音そのものの快楽へ近づいていく。一定のビートを軸にギターや電子音を層として加え、反復するフレーズによって徐々に密度を上げるため、ヴァースとコーラスの劇的な差よりグルーヴの持続が耳に残る。ボーカルも演奏から独立した主人公ではなく、ミックスの中に溶け込む一つの音として扱われている。本作で試みられたロックと電子音の融合を、曲の内容そのものにまで重ねたようなナンバーである。
12. 「Hit Rock Bottom」
タイトルの暗さに対して、音楽は必要以上に重苦しくならない。シンプルなビートと反復する伴奏の上でボーカルが淡々と進み、底まで落ちた状態を大げさな悲劇として演出するのではなく、少し乾いた視点から眺めている。この距離感によって、アルバムに通底する退廃や倦怠が自己憐憫へ傾くのを防いでいる。終盤に置かれたことで、「You Were the Last High」以降に漂っていた甘い陶酔感にも陰を加える。
13. 「You Come in Burned」
最後はキャッチーなシングル型の曲へ戻らず、ゆっくりとした反復を使ってアルバムを閉じる。ギターや電子音が厚い層を作り、ボーカルもその中へ沈み込むため、輪郭の明瞭だった序盤と比べて音像はかなり曖昧になる。明確な結論へ向かって勢いよく終わるというより、長く続いてきた夜がそのまま遠ざかっていくような構成である。ポップなフックと人工的なサウンドを前面に出してきた作品を、最後だけ再びDandy Warholsらしいサイケデリックな持続感へ戻して締めている。
総評
Welcome to the Monkey Houseは、ギター・ロックとして成功したバンドが、その成功を再現する代わりに音の表面を大きく作り替えたアルバムである。シンセサイザーや電子的なリズムを導入しているだけなら当時として珍しくないが、本作ではそれらをギターの装飾にせず、曲の骨格にまで入り込ませている。「We Used to Be Friends」のようにロックとシンセポップが明快に接続する曲から、後半の輪郭をぼかした曲まで、その使い方にも幅がある。
それでもDandy Warholsが別のバンドになったようには聞こえない。もともと彼らの曲には、一つのコード感やリズムを長く維持し、わずかな変化を重ねながら聴き手を引き込むサイケデリック・ロック的な発想があった。本作では、その反復を歪んだギターではなくシンセ、ドラムマシン的なビート、ボーカル加工へ置き換えている。ニューウェーブへの接近は大きな変化であると同時に、それまでの作曲法を別の音色で実行する方法でもあった。
アルバム前半には即効性の高いフックが集中しているのに対し、後半はテンポを落とした曲や反復中心の曲が増えるため、全編が「We Used to Be Friends」のようなポップ作品ではない。ここは好みが分かれやすい部分でもあり、後半には曲同士の色彩が近く感じられる場面もある。ただし、その均一さは享楽の後に残る倦怠や空虚さともよく合い、アルバムを単なる1980年代風の衣替えにはしていない。
結果として本作は、1990年代的なサイケデリック/オルタナティブ・ロックを出発点としたDandy Warholsが、2000年代初頭のニューウェーブ再評価とも接続した作品になった。キャッチーなメロディ、皮肉と曖昧さを含んだ歌詞、反復を好むアレンジというバンドの基本は保ちながら、その周囲を覆う音だけを大胆に交換している。前作の延長を期待すると変化は大きいが、バンドの核がどこにあるのかを逆にはっきりさせたアルバムである。
おすすめアルバム
Thirteen Tales from Urban Bohemia by The Dandy Warhols
前作ではギターとサイケデリックな反復がより前面に出ている。本作と聴き比べると、作曲の基本を残したまま、バンドが音色とリズムをどれほど大胆に電子化したかが分かる。
Odditorium or Warlords of Mars by The Dandy Warhols
次作では長尺曲やサイケデリックな演奏へ再び比重を移した。Welcome to the Monkey Houseの整った電子ポップとは異なり、より緩く広がるバンド演奏を聴かせる作品である。
Rio by Duran Duran
Nick Rhodesを含むDuran Duranが1982年に発表した代表作。シンセとギターを対立させず、強いポップ・メロディの中で共存させる方法は、本作の電子的な方向性を考えるうえで格好の比較対象となる。
Give Up by The Postal Service
同じ2003年に登場した、電子ビートと親しみやすい歌を結びつけた作品。出発点は異なるが、インディー/オルタナティブの感覚とシンセポップを自然につないだ同時代性が比較できる。
Oracular Spectacular by MGMT
2007年作。サイケデリック・ロックの感覚をシンセポップやダンス・ビートへ接続する点で共通し、Welcome to the Monkey Houseで聞けるロックと電子音の境界の曖昧さが、後のインディー・ポップへ広がる流れも見渡せる。

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