アルバムレビュー：Smart by Sleeper

アルバムレビュー

2025.05.09

発売日: 1995年2月13日
ジャンル: ブリットポップ、インディーロック、ポストパンク

概要
全曲レビュー
総評
おすすめアルバム
歌詞の深読みと文化的背景
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概要

『Smart』は、イギリスのバンドSleeperが1995年にリリースしたデビュー・アルバムであり、
ブリットポップの黄金期に登場した“知的で鋭い女性ヴォーカルバンド”の旗手として、鮮烈な印象を残した作品である。

フロントウーマンであるルイーズ・ウェナー（Louise Wener）は、
その文学的なリリックと挑発的なカリスマ性で、“女性版Jarvis Cocker”や“ブリットポップのフェミニスト・アイコン”とも称された。

同時代のElasticaやEchobellyと並び、女性中心のUKギターバンドが台頭する中で、
Sleeperはよりポップ性と皮肉を織り交ぜたアプローチで人気を博した。

本作『Smart』は、Oasis『Definitely Maybe』やBlur『Parklife』と同年のリリースながら、
よりパーソナルで内省的な視点を重視し、都会的日常、セックス、孤独、ジェンダーにまつわる知的で鋭いポップソングを展開している。

全曲レビュー

1. Inbetweener

アルバムの代表曲にして、Sleeperのブレイクのきっかけとなったシングル。
“どっちつかずの人”というタイトルが示すように、アイデンティティの宙吊り感を軽快なギターポップに落とし込んだ名曲。

2. Swallow

性的メタファーと内省が交錯する、ややダークなギターロック。
ルイーズの囁くようなボーカルが、欲望と羞恥の曖昧な境界線を描き出す。

3. Delicious

恋愛における依存と自由をポップに描いたシングル曲。
“あなたはおいしい”という表現が、快楽と主体性のねじれをユーモラスに示す。

4. Lady Love Your Countryside

アコースティックな導入から展開するユニークな構成。
都市と田舎、女性と規範の関係性を読み解く、ポップと批評が交錯したトラック。

5. Vegas

“ラスベガスに行こう”という逃避的ファンタジーの中に、現実逃避と諦念が共存する軽妙なポップソング。

6. Amuse

タイトルどおり、“楽しませてよ”という皮肉を含んだラブソング。
シンプルなコード進行の中に、退屈と期待の揺れが滲む。

7. Alice in Vain

中盤のハイライト。
“虚しいアリス”という架空の人物が、女性としての期待と自己認識の歪みを背負わされる寓話的楽曲。

8. Twisted

言葉遊びと心理的ひねりの効いた歌詞。
“ねじれた関係”を描いた曲として、ポストパンク的冷たさとポップの明るさが共存する。

9. Hunch

内省的な短編詩のような一曲。
恋愛の勘と直感、“言葉にならない予感”の不確かさを浮かび上がらせる。

10. Poor Flying Man

異色のバラード。
飛べない男＝無力な理想主義者としての象徴が、現実と理想のギャップを静かに描く。

11. It’s Wrong of You to Breed

アルバム終盤を締めくくる皮肉と怒りのこもったトラック。
“あなたのような人間が子孫を残すなんて”という挑発的な言葉に、社会と倫理への冷笑が込められている。

総評

『Smart』は、女性の視点から90年代都市生活の“グレーな感情”を言語化したブリットポップの異色作であり、
華やかさやロック的な誇張を排し、日常の違和感や自己認識の歪みに静かに切り込んでいくアルバムである。

ルイーズ・ウェナーのリリックは時に毒を含みながらも、
決して攻撃的ではなく、“気づき”のような静かな衝撃をもたらす。
また、シンプルなコードと明快なアレンジの中に、不安定な心理や複雑な関係性を織り込むバンドアンサンブルの妙も特筆すべき点である。

90年代ブリットポップが描こうとした「日常」の中に、
“女性の声”を、しかも反抗的でも抑圧的でもない自然体の形で滑り込ませた意義は大きい。

本作は、ブリットポップというムーヴメントの奥行きを拡張したサブテキストとしての名作なのだ。

歌詞の深読みと文化的背景

『Smart』に込められた言葉の多くは、恋愛の違和感、女性的主体のゆらぎ、社会との摩擦といったテーマを、
軽妙な比喩や語り口で語ることによって、リスナーに“気づかせる”ことを重視したリリックスタイルが特徴的である。

「Inbetweener」では、どっちつかずであること＝未熟さではなく、“生き方の一形態”として肯定しており、
「Alice in Vain」では、物語化された女性像がいかに空虚であるかを寓話的に暴いている。

「It’s Wrong of You to Breed」のような挑発的な一節も、単なる悪意ではなく、
世代間倫理や文化的暴力に対する冷静な距離感があり、“怒りを怒りとして投げない知性”が感じられる。

このアルバムの“賢さ（Smart）”とは、単なる知識や技巧ではなく、
言葉と音に宿る“静かな反抗”のことである。