
発売日:2018年4月6日
ジャンル:サイケデリック・ロック、インディー・ロック、ローファイ・ファンク、ネオ・サイケデリア、アート・ポップ、オルタナティブR&B
概要
Unknown Mortal Orchestraの4作目となる『Sex & Food』は、Ruban Nielsonのソングライティングと音響実験が、これまで以上に不安定で多面的な形を取ったアルバムである。Unknown Mortal Orchestraは、2010年代インディー・ロックにおいて、ローファイなサイケデリア、ファンクのグルーヴ、奇妙に歪んだポップ・メロディ、内省的な歌詞を組み合わせることで独自の地位を築いてきた。初期作品では、宅録的な質感とサイケデリック・ポップの断片性が強く、2015年の『Multi-Love』ではファンク、ソウル、R&B、電子音楽を取り込み、よりカラフルで身体的な音楽へ進化した。
『Sex & Food』は、その『Multi-Love』の延長線上にありながら、より散漫で、より旅人的で、より社会的な不安を抱えた作品である。タイトルの「Sex & Food」は、人間の基本的な欲望を端的に示す言葉であり、肉体、快楽、生存、消費、孤独を連想させる。だが本作で描かれる欲望は、単純に享楽的なものではない。食べること、愛すること、身体を持つこと、世界を旅すること、政治的な不安の中で日常を続けること。そうした現実的な感覚が、歪んだギター、乾いたドラム、ファルセット、シンセ、ファンクのリズム、アナログなノイズの中に混ざり合っている。
本作の制作背景には、Ruban Nielsonの移動と断片的な録音環境が大きく関わっている。録音はニュージーランド、韓国、ベトナム、アイスランド、メキシコ、アメリカなど複数の場所で行われ、アルバム全体にも一つのスタジオに閉じこもった作品とは異なる、地理的な揺れがある。曲ごとに空気の密度が変わり、音像も一定しない。これは弱点にもなり得るが、『Sex & Food』の場合、その不均一さこそが作品の主題と深く結びついている。グローバル化した世界を移動しながら、どこにも完全には属さず、欲望と不安の間を漂う感覚が、アルバム全体に刻まれている。
音楽的には、1960年代末から1970年代初頭のサイケデリック・ロック、Sly and the Family StoneやPrince以降のファンク、Stevie Wonder的なソウル、さらにDIYインディーやローファイ・ヒップホップ的な歪みが混在している。Unknown Mortal Orchestraの音は、しばしばヴィンテージ的でありながら、単なる懐古にはならない。古い機材やファンクの語法を使いながら、録音の質感は意図的に歪み、音の輪郭は崩され、ポップ・ソングとしての親しみやすさと実験性が常にせめぎ合う。
歌詞の面では、愛、欲望、テクノロジー、政治、死、身体、孤独が断片的に現れる。Ruban Nielsonの歌詞は、明確な物語を語るというより、現代生活の不安定な感覚を短いフレーズや奇妙なイメージとして提示する。個人的な関係の問題が、世界情勢や社会不安と重なり、甘いメロディの中に毒のように沈んでいる。『Sex & Food』は、快楽のアルバムであると同時に、快楽だけでは埋められない空虚さのアルバムでもある。
キャリア上の位置づけとして、本作はUnknown Mortal Orchestraが『Multi-Love』で獲得したファンク/サイケデリック・ポップの完成度を、よりラフで拡散的な方向へ広げた作品である。前作ほど一つの明確なテーマに集中しているわけではないが、その代わりに、世界各地を移動する中で得た感覚、個人的な疲労、政治的な不安、肉体的な欲望がコラージュのように並ぶ。まとまりよりも揺らぎ、完成度よりも生々しい断片性を重視したアルバムと言える。
全曲レビュー
1. A God Called Hubris
アルバム冒頭の「A God Called Hubris」は、短いインストゥルメンタル的な導入曲である。タイトルの「hubris」は、傲慢、過信、神に対する思い上がりを意味する言葉であり、古代ギリシャ悲劇的な響きを持つ。アルバムの最初にこの言葉が置かれることで、本作が単なる恋愛や快楽のアルバムではなく、人間の欲望や自己過信をめぐる作品であることが暗示される。
音楽的には、短い尺の中にローファイな質感とサイケデリックな浮遊感が凝縮されている。はっきりした歌や展開を持つというより、アルバムの扉を開く音響的なスケッチとして機能している。歪んだ音、曖昧な輪郭、どこか不安定な空気が、以降の楽曲に流れ込んでいく。
この曲で示される「傲慢の神」というイメージは、『Sex & Food』全体の裏テーマとも言える。人間は愛や食物や快楽を求めるが、それらを支配できると考える時、すぐに不安や破綻に直面する。短い導入曲ながら、アルバムの精神的な入口として重要である。
2. Major League Chemicals
「Major League Chemicals」は、アルバム序盤で一気にUMOらしい歪んだファンク・ロックを提示する楽曲である。タイトルは「メジャーリーグ級の化学物質」とも訳せる奇妙な言葉であり、薬物、食品添加物、身体の化学反応、現代社会の人工性を連想させる。『Sex & Food』というタイトルが示す肉体的な欲望は、ここでは自然なものではなく、化学的に加工された世界の中に置かれている。
サウンドはざらついたギター、跳ねるリズム、奇妙に歪んだヴォーカルが中心である。ファンクのグルーヴはあるが、滑らかではない。むしろ、壊れた機械のようにひっかかりながら進む。これがUnknown Mortal Orchestraの特徴であり、踊れる音楽でありながら、同時に不安を感じさせる。
歌詞では、身体と化学、快楽と毒性の境界が曖昧になる。現代の生活では、食べるもの、飲むもの、薬、娯楽、恋愛さえも化学的・人工的な環境の中で経験される。この曲は、そうした現代的な身体感覚を、直接的なメッセージではなく、歪んだ音と奇妙な言葉の組み合わせで表現している。
3. Ministry of Alienation
「Ministry of Alienation」は、本作の中でも特に社会的な不安と内面的な孤独が結びついた楽曲である。タイトルは「疎外省」とでも訳せる架空の官庁名のようで、George Orwell的な管理社会のイメージも感じさせる。疎外が個人の心理ではなく、制度化されたものとして描かれている点が重要である。
音楽的には、柔らかなメロディと乾いたリズムが中心で、曲調は比較的穏やかである。しかし歌詞の内容は不穏で、孤独、社会との断絶、政治的な不信感が滲む。UMOの音楽では、甘いメロディと暗いテーマがしばしば共存するが、この曲はその典型である。
歌詞では、現代人が巨大な制度や情報環境の中で、自分の感情や関係性を見失っていく感覚が描かれる。疎外は、単に一人でいることではない。社会に接続され、情報に囲まれ、移動し、消費しながら、それでも自分が世界から切り離されているように感じる状態である。「Ministry of Alienation」は、その状態を静かでメロディアスなサイケデリック・ポップとして提示している。
4. Hunnybee
「Hunnybee」は、『Sex & Food』の中でも最も親しみやすく、美しい楽曲の一つである。Ruban Nielsonの娘に向けた曲としても知られ、アルバムの中では珍しく、保護、愛情、家族的な温かさが前面に出ている。ただし、その温かさも完全に無垢なものではなく、世界の不安定さを背景にしているからこそ、より切実に響く。
サウンドは軽やかで、ファンクのリズム、甘いギター・カッティング、柔らかなヴォーカルが組み合わさる。UMOの中でも特にメロディの完成度が高く、1970年代ソウルやAORの滑らかさを感じさせる一方で、録音の質感にはローファイな温度が残っている。清潔すぎない音作りが、曲に親密さを与えている。
歌詞では、子どもへの愛情、守りたいという思い、未来への不安が重なる。「Hunnybee」という呼びかけは甘く、親密で、家族内の愛称のように響く。だが、アルバム全体の文脈では、この愛情は不安定な世界の中での小さな避難所でもある。『Sex & Food』が欲望と孤独を描く作品であるとすれば、「Hunnybee」はその中に差し込む柔らかな光である。
5. Chronos Feasts on His Children
「Chronos Feasts on His Children」は、タイトルからして神話的で不吉な楽曲である。Chronosは時間の神として解釈されることがあり、また子を食らう父神のイメージとも結びつく。このタイトルは、時間がすべてを食い尽くすこと、世代間の破壊、親と子の関係、歴史の暴力を想起させる。
曲自体は短く、アルバム内ではインタールード的に機能する。だが、その短さの中に、本作の暗い思想が凝縮されている。前曲「Hunnybee」が子どもへの愛情を歌っていたことを考えると、その直後に「時間が子どもを食らう」というようなタイトルの曲が置かれる構成は非常に意味深い。保護したい存在があっても、時間や歴史や社会は容赦なくそれを侵食する。
音楽的には、サイケデリックな断片として配置され、アルバムの流れに奇妙な陰影を加える。Unknown Mortal Orchestraは、こうした短い曲を使って、アルバム全体を単なるポップ・ソング集ではなく、不安定な意識の流れとして構成している。
6. American Guilt
「American Guilt」は、本作の中でも最も荒々しく、ギター・ロック色の強い楽曲である。タイトルは「アメリカの罪悪感」を意味し、政治的・歴史的な重みを持つ。Ruban Nielsonはニュージーランド出身でありながら、アメリカを拠点に活動してきたアーティストである。その視点から見たアメリカの文化、暴力、罪、消費社会が、この曲の背景にある。
サウンドは非常に歪んでおり、UMOのファンク寄りの側面よりも、ガレージ・ロックやサイケデリック・ハードロックに近い。ギターは粗く、リズムは重く、ヴォーカルも攻撃的である。アルバムの中で、それまでの柔らかな流れを断ち切るように現れる。
歌詞では、個人的な罪悪感と国家的な罪悪感が重ねられる。アメリカ的な豊かさ、暴力、軍事、消費、成功への欲望。そうしたものが、個人の身体や感情にまで染み込んでいる感覚がある。この曲は、政治的なスローガンではなく、歪んだギターの塊としてその罪悪感を鳴らしている。『Sex & Food』の中でも、最も直接的に時代の不穏さを感じさせる楽曲である。
7. The Internet of Love (That Way)
「The Internet of Love (That Way)」は、タイトルが示す通り、愛とインターネットを結びつけた楽曲である。現代の恋愛は、メッセージ、画像、SNS、オンライン上の痕跡を通じて経験されることが多い。愛は身体的な関係であると同時に、デジタルな接続の中で管理され、記録され、誤解されるものになっている。
サウンドは非常に短く、断片的で、アルバムのコラージュ的な性格を強める。完全なポップ・ソングというより、アイデアのスケッチに近い。その未完成感が、インターネット上の断片的なコミュニケーションと結びついている。会話も感情も短く切り取られ、すぐに別の画面へ流れていく。
歌詞の面では、親密さが簡単に接続できるようでいて、実際には距離を広げてしまう感覚が読み取れる。インターネットは愛を運ぶ手段である一方、愛を情報や記号へ変えてしまう装置でもある。この曲は、その矛盾を短い断片として提示している。
8. Everyone Acts Crazy Nowadays
「Everyone Acts Crazy Nowadays」は、アルバムの中でも特に現代社会の不安定さを直接的に言い表した楽曲である。タイトルは「最近はみんな狂ったように振る舞っている」という意味で、SNS、政治的分断、情報過多、集団的な不安、精神的疲労を反映しているように響く。
音楽的には、ファンク的なリズムとポップなメロディがあり、曲調は比較的軽快である。しかし、その軽さの下に漂うのは、世界全体がどこかおかしくなっているという感覚である。UMOはここでも、重いテーマを重い音で語るのではなく、踊れるサウンドの中に不安を仕込む。
歌詞では、現代人が常に刺激にさらされ、まともでいることが難しくなっている状態が描かれる。誰もが怒り、演じ、反応し、消耗していく。その状況を「みんなおかしい」と言うのは一見軽いが、実際には深い疲労感を含んでいる。この曲は、2010年代後半の社会的な空気をUMOらしいポップ・ファンクに変換した重要曲である。
9. This Doomsday
「This Doomsday」は、終末の感覚を扱う短い楽曲である。タイトルの「Doomsday」は最後の審判、世界の終わりを意味するが、ここでの終末は壮大な災害というより、日常の中にじわじわと入り込む不安として響く。『Sex & Food』には、政治、環境、社会、個人の関係性が少しずつ崩れていく感覚があり、この曲はその感覚を端的に示している。
サウンドは穏やかで、終末という言葉から連想される大仰な演奏ではない。むしろ、静かな諦めのような空気がある。これは現代的な終末感に近い。世界は爆発的に終わるのではなく、ニュース、スマートフォン、食事、恋愛、移動の中で、少しずつ悪化していくように感じられる。
歌詞の詳細よりも、曲全体のムードが重要である。終末は遠い未来ではなく、すでに日常の中にある。Unknown Mortal Orchestraは、その感覚を短い音響の断片としてアルバムに挿入している。
10. How Many Zeros
「How Many Zeros」は、数字、金銭、価値、成功をめぐる楽曲である。タイトルの「ゼロがいくつあるのか」という問いは、金額の大きさ、経済的な価値、富の桁数を連想させる。現代社会では、価値はしばしば数字によって測られる。金額、フォロワー数、再生回数、評価、統計。その中で人間の欲望も数値化されていく。
サウンドはファンク的で、UMOらしい軽いグルーヴがある。だが、曲の背景には資本主義的な価値観への皮肉がある。甘いメロディや柔らかな歌声が、数字に支配される世界の空虚さを逆に浮かび上がらせる。
歌詞では、成功や豊かさへの欲望が、どこか滑稽で不安定なものとして描かれる。ゼロが多いほど価値があるという考えは、非常に分かりやすいが、その分だけ虚しい。『Sex & Food』のタイトルが示すように、人間には基本的な欲望がある。しかし現代社会では、その欲望が市場や数字に変換されてしまう。この曲は、その構造を軽やかに批評している。
11. Not in Love We’re Just High
「Not in Love We’re Just High」は、本作の中でも特に印象的なタイトルを持つ楽曲である。「恋をしているのではなく、ただハイになっているだけ」という言葉は、愛と陶酔、親密さと薬物的快感、感情と一時的な状態の違いを鋭く突いている。これは『Sex & Food』全体のテーマを非常に分かりやすく示す曲である。
音楽的には、穏やかなサイケデリック・ソウルの質感を持ち、メロディは美しい。しかし、その美しさの中に、感情の不確かさがある。恋愛の高揚だと思っていたものが、実際には一時的な快楽や酩酊にすぎないかもしれない。UMOはその疑念を、甘く揺れるサウンドの中で表現している。
歌詞では、愛の本物性が問われる。現代の関係性では、強い感情、性的な引力、薬物、音楽、夜の空気、デジタルなやり取りが混ざり合い、自分が本当に恋をしているのか、一時的に興奮しているだけなのか分からなくなることがある。この曲は、その曖昧な状態を非常に的確に捉えている。『Sex & Food』というアルバムの中でも、欲望と空虚の関係を象徴する重要曲である。
12. If You’re Going to Break Yourself
「If You’re Going to Break Yourself」は、自己破壊をテーマにした楽曲である。タイトルは「もし自分を壊すつもりなら」という条件文であり、誰かに向けた警告、あるいは自分自身への言葉として響く。Unknown Mortal Orchestraの音楽には、快楽と破滅がしばしば隣り合っているが、この曲ではその関係がより直接的に現れている。
サウンドは比較的抑制されており、派手に爆発するというより、内側に沈み込むような質感を持つ。Ruban Nielsonのヴォーカルは柔らかいが、その柔らかさがかえって言葉の暗さを際立たせる。自己破壊は激しい叫びとしてではなく、静かに進行する状態として描かれる。
歌詞では、自分を傷つけること、関係を壊すこと、快楽の先にある疲労が示唆される。人はしばしば、自分が壊れていくことを知りながら、その道を選んでしまう。この曲は、その瞬間に寄り添うように響く。アルバム後半に置かれることで、『Sex & Food』の享楽的な表面の下にある危うさをさらに深めている。
13. This Life
「This Life」は、アルバム終盤において比較的開かれたメロディを持つ楽曲である。タイトルは「この人生」を意味し、これまでの曲で描かれてきた欲望、疎外、終末感、自己破壊を受け止めたうえで、なお生きることを見つめるような響きがある。
サウンドは明るさを帯びており、リズムにも前向きな推進力がある。ただし、それは無邪気な楽観ではない。UMO特有の歪みや揺らぎは残っており、人生を肯定しながらも、その不完全さを消し去らない。メロディは親しみやすく、アルバムの中で聴き手に比較的強いカタルシスを与える。
歌詞では、人生の不確かさ、関係の揺れ、日常の中で何かを選び続けることがテーマになる。大きな救済や明確な答えはないが、それでも「この人生」を続けていくしかない。その感覚は、アルバム全体の不安を少しだけ和らげる。『Sex & Food』の終盤で、UMOが提示する数少ない開かれた瞬間である。
14. Humility
アルバムを締めくくる「Humility」は、冒頭の「A God Called Hubris」と対になるような楽曲である。冒頭で示された「傲慢」に対し、最後に置かれるのは「謙虚さ」である。この構成は、アルバム全体が欲望、過信、快楽、社会不安を通過した後に、最終的に人間の限界を受け入れる方向へ向かうことを示している。
音楽的には、穏やかで余韻を残す曲である。大きな結論を鳴らすのではなく、静かにアルバムを閉じる。UMOの作品らしく、完全にクリアな音ではなく、少し霞んだ質感を保っている。そのため、「Humility」は説教的な教訓ではなく、疲れた後に残る小さな気づきのように響く。
歌詞のテーマは、自己の限界、他者との関係、欲望の制御、世界の大きさを認めることにある。『Sex & Food』は、肉体的な欲望と現代社会の混乱を描いてきたが、最後に「謙虚さ」という言葉を置くことで、人間がすべてを支配できない存在であることを示す。これは諦めではなく、傲慢から少し距離を取るための態度である。終曲として、アルバムの思想的な円環を静かに閉じている。
総評
『Sex & Food』は、Unknown Mortal Orchestraの作品の中でも特に拡散的で、旅の記録のような質感を持つアルバムである。『Multi-Love』のような明確なコンセプトとファンク・ポップの完成度を期待すると、本作はやや散漫に感じられるかもしれない。実際、曲の長さや音像は不均一で、インタールード的な短い曲も多く、アルバム全体が一つの滑らかな流れとして整理されているわけではない。しかし、その不均一さこそが『Sex & Food』の核心である。
本作が描くのは、安定した場所から見た世界ではない。移動し、消費し、愛し、食べ、ニュースを見て、不安になり、また欲望へ戻る現代人の断片的な生活である。タイトルにある「Sex」と「Food」は、人間にとって最も基本的な欲望を示すが、本作ではそれらが純粋な快楽としてではなく、政治、経済、化学物質、インターネット、家族、孤独、終末感と絡み合っている。食べることも、愛することも、もはや単純ではない。
音楽的には、Unknown Mortal Orchestraらしいローファイ・サイケデリアとファンクの融合がさらに複雑化している。ギターは歪み、ドラムは乾き、ヴォーカルは柔らかく、シンセやエフェクトは音の輪郭を曖昧にする。曲によってはPrinceやSly Stoneを思わせるファンクの色気があり、別の曲ではガレージ・ロックの荒さや、サイケデリック・フォークのような内省もある。この多様性は整理されすぎていないが、Ruban Nielsonの個性によって一つの世界として成立している。
歌詞の面では、現代的な疎外が大きなテーマである。「Ministry of Alienation」では疎外が制度のように描かれ、「Everyone Acts Crazy Nowadays」では社会全体の不安定さが軽く歌われ、「Not in Love We’re Just High」では愛と一時的な陶酔の区別が曖昧になる。これらの曲は、2010年代後半の情報過多、政治不安、デジタル化された親密さを背景にしている。UMOは直接的なプロテスト・ソングを書くのではなく、時代の不安を身体感覚や音の歪みとして表現している。
一方で、本作には「Hunnybee」のように、非常に個人的で温かい楽曲もある。この曲の存在によって、アルバムは単なる不安の記録に留まらない。家族への愛、子どもを守りたいという感情、世界の混乱の中で小さな親密さを確保しようとする姿勢が、本作に人間的な奥行きを与えている。『Sex & Food』は、社会的な不安と個人的な愛情が同時に存在するアルバムである。
また、アルバム冒頭の「A God Called Hubris」と終曲「Humility」の対比は重要である。傲慢から始まり、謙虚さへ向かう流れは、本作が欲望を肯定するだけの作品ではないことを示している。人間は快楽を求め、世界を理解しようとし、他者を愛そうとする。しかし、そのすべてを完全に制御することはできない。この限界を認めることが、アルバムの最後に残る静かな結論である。
日本のリスナーにとって『Sex & Food』は、Tame Impala以降のサイケデリック・ポップ、ThundercatやToro y Moi周辺のファンク感覚、ローファイ・インディー、オルタナティブR&Bに関心がある層に響きやすい作品である。ただし、本作は単におしゃれで心地よいサイケ・ファンクとして聴くには、かなりざらつきと不穏さがある。曲ごとの質感の違いや、短い断片の配置に注目すると、アルバムの複雑な構造が見えてくる。
『Sex & Food』は、Unknown Mortal Orchestraのディスコグラフィにおいて、最も整った作品ではないかもしれない。しかし、現代の欲望と不安を、サイケデリックでファンキーな音の断片として捉えた点で、非常に意義深いアルバムである。人間は食べ、愛し、酔い、移動し、罪悪感を抱き、数字に追われ、終末を感じながら、それでも日常を続けていく。その奇妙で不安定な生活の感触を、『Sex & Food』は歪んだポップ・ミュージックとして鮮やかに記録している。
おすすめアルバム
1. Multi-Love by Unknown Mortal Orchestra
Unknown Mortal Orchestraの3作目であり、ファンク、ソウル、サイケデリック・ポップをより明快な形で融合した作品である。『Sex & Food』の前段階として重要で、Ruban Nielsonのソングライティングが最もカラフルかつコンセプチュアルに表れたアルバムである。よりまとまりのあるUMOを聴きたい場合、最も関連性が高い。
2. Lonerism by Tame Impala
2010年代サイケデリック・ポップを代表する作品の一つであり、孤独、内面世界、ヴィンテージな音像、現代的なプロダクションが融合している。Unknown Mortal Orchestraとは音の質感やファンク感覚に違いがあるが、現代的な孤独をサイケデリックな音で表現する点で強く響き合う。
3. Awaken, My Love! by Childish Gambino
ファンク、ソウル、サイケデリアを現代的に再構築した作品である。Parliament-Funkadelic的な宇宙的ファンクや、歪んだヴォーカル、身体性と精神性の混在は、『Sex & Food』のローファイ・ファンク感覚と親和性が高い。より濃密でソウルフルな方向の関連作として重要である。
4. Drunk by Thundercat
ジャズ、ファンク、R&B、ユーモア、孤独、現代生活の奇妙さを高度な演奏とポップな感覚で融合した作品である。『Sex & Food』と同じく、軽妙な音の中に不安や空虚さを忍ばせるアルバムであり、現代的なファンクの屈折した表現として関連性が高い。
5. Mahal by Toro y Moi
インディー・ポップ、ファンク、サイケデリック、AOR的な柔らかさを融合した作品である。Unknown Mortal Orchestraよりも滑らかで開放的な質感を持つが、ヴィンテージな音楽語法を現代的な感覚で再構成する点で共通している。『Sex & Food』のファンク寄りの側面や、移動感のあるサイケデリック・ポップに関心があるリスナーに適した関連作である。

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