
NWOBHM(ニュー・ウェイヴ・オブ・ブリティッシュ・ヘヴィメタル)とは?
NWOBHMとは、New Wave of British Heavy Metal、すなわち「ニュー・ウェイヴ・オブ・ブリティッシュ・ヘヴィメタル」の略称である。1970年代末から1980年代初頭にかけてイギリスで起こったヘヴィメタルの大きなムーブメントを指し、日本では「ニュー・ウェイヴ・オブ・ブリティッシュ・ヘヴィメタル」または単に「NWOBHM」と呼ばれることが多い。
このジャンルを一言で説明するなら、Black Sabbath、Deep Purple、Led Zeppelin、UFO、Judas Priestといった1970年代ハードロック/ヘヴィメタルの重さや様式美を受け継ぎながら、パンク以降のスピード感、荒々しさ、DIY精神を取り込んだ英国産ヘヴィメタルである。代表的なアーティストにはIron Maiden、Def Leppard、Saxon、Diamond Head、Angel Witch、Tygers of Pan Tang、Samson、Raven、Girlschool、Venomなどがいる。
NWOBHMの音には、独特の前のめりな推進力がある。ギターは鋭く刻まれ、ベースは硬く走り、ドラムは直線的に突き進む。1970年代のハードロックがブルースやジャム・セッションの余韻を残していたのに対し、NWOBHMはより曲を短く、速く、攻撃的にまとめる傾向が強い。もちろんバンドによって差はあり、Iron Maidenのようにドラマ性と叙事詩的な展開を持つバンドもいれば、Diamond Headのようにリフの鋭さと構成美を追求したバンド、Venomのように邪悪なイメージと暴走感を極端化したバンドもいる。
雰囲気としては、暗く、硬く、金属的で、しかしどこか若々しい。労働者階級の街、曇った空、安いリハーサル・スタジオ、小さなパブやクラブ、手作りのデモテープ、白黒の広告、革ジャンとデニム、長髪、バンドのロゴが描かれたパッチ付きジャケット。NWOBHMには、巨大産業化する前のメタルが持っていた地下の熱気がある。派手なショービジネスというより、自分たちの手でヘヴィメタルを取り戻そうとする若者たちの運動だったのだ。
このジャンルが刺さりやすいのは、メタルの原点を知りたい人、MetallicaやMegadethなどのスラッシュメタルの源流をたどりたい人、Iron MaidenやJudas Priestが好きな人、70年代ハードロックと80年代メタルの間にある音を聴きたい人である。ギター・リフを中心に音楽を聴く人、速い曲やツイン・ギターが好きな人、アルバム・ジャケットやロゴ、バンドTシャツまで含めて音楽文化を楽しむ人にも向いている。
NWOBHMは、単なる過去の一時的ブームではない。1980年代以降のスラッシュメタル、パワーメタル、スピードメタル、ブラックメタル、デスメタル、グラムメタル、そして現代の伝統的ヘヴィメタル・リバイバルにまで影響を与えた。MetallicaがDiamond Head、Blitzkrieg、Saxon、Iron Maidenから影響を受けたことはよく知られているし、Venomの荒々しさは後のブラックメタルやエクストリームメタルの精神的な出発点になった。NWOBHMとは、ヘヴィメタルが独自のジャンルとして輪郭を固め、世界へ広がっていく直前の、もっとも熱い火種のひとつなのである。
まず聴くならこの3曲
- Iron Maiden – “The Trooper”:疾走するベース、ツイン・ギターのメロディ、戦場を描くドラマチックな歌詞が一体となった、NWOBHMを代表する名曲である。メロディアスでありながら鋭く、ヘヴィメタルが物語性とスピード感を両立できる音楽であることがよくわかる。
- Diamond Head – “Am I Evil?”:重厚なイントロから鋭いリフへ展開する構成が印象的な、NWOBHM屈指のリフ名曲である。Metallicaによるカバーでも知られ、スラッシュメタルの原型となるリフの硬さと不穏な空気を体感できる。
- Saxon – “Wheels of Steel”:シンプルで力強いリフ、男臭いボーカル、バイクや道路を連想させる疾走感が魅力の代表曲である。NWOBHMの中でも、よりストレートなロックンロール感とヘヴィメタルの剛直さが混ざった入門に向いた一曲である。
成り立ち・歴史背景
NWOBHMが生まれたのは、1970年代末のイギリスである。当時の英国社会は、失業、経済停滞、産業構造の変化、階級間の緊張を抱えていた。ロンドン、バーミンガム、シェフィールド、ニューカッスル、レスター、バーンズリー、セント・オールバンズ、ロンドン近郊のイースト・エンドなど、工業都市や労働者階級の地域から多くのバンドが登場した。NWOBHMの硬く乾いた音には、こうした都市の空気が反映されている。
音楽的な前史として重要なのは、1970年代のハードロックと初期ヘヴィメタルである。Black Sabbathは暗く重いリフとオカルト的な雰囲気を示し、Deep Purpleは高速の演奏とクラシカルなキーボード、Led Zeppelinはブルースと神秘性を拡張した。UFOはMichael Schenkerのメロディックなギターで後続の英国メタルに大きな影響を与え、Judas Priestは革と鋲のファッション、ツイン・ギター、ハイトーン・ボーカルによってヘヴィメタルの様式を明確にした。Rainbow、Thin Lizzy、Budgie、MotörheadもNWOBHMの前提として欠かせない。
しかし1970年代後半、ハードロックの一部は巨大化し、プログレッシブ・ロックも複雑化しすぎたと見なされるようになっていた。そこへ登場したのがパンク・ロックである。Sex Pistols、The Clash、The Damned、Buzzcocksらは、短く速く、誰でもバンドを始められるというDIY精神を広めた。NWOBHMのバンドたちはパンクそのものではなかったが、そのスピード感、インディペンデントな態度、小さな会場から始める感覚を吸収した。つまりNWOBHMは、70年代ハードロックの重さと、パンク以降の即効性がぶつかった場所から生まれたのである。
このムーブメントを支えた重要なメディアが、イギリスの音楽週刊誌Soundsである。ジャーナリストのGeoff Bartonは、1979年頃から新しい英国ヘヴィメタル・バンド群を紹介し、「New Wave of British Heavy Metal」という言葉を広めた人物として知られる。Soundsはパンクやハードロックも扱う音楽紙だったが、NWOBHMに対して比較的早い段階から積極的だった。後に創刊されるKerrang!も、メタル専門メディアとしてこの流れをさらに後押しした。
レーベルの役割も大きかった。Neat Recordsはニューカッスル周辺のバンドを多く送り出し、Raven、Tygers of Pan Tang、Venomなどと深く関係した。Heavy Metal Records、Ebony Records、Rondelet Records、Guardian Records、Logo Records、Bronze Records、MCA、EMIなども、大小さまざまなNWOBHM作品を流通させた。とくにコンピレーション・アルバムMetal for Muthasは、Iron MaidenやPraying Mantis、Samson、Angel Witchなどを収録し、ムーブメントの存在を広く知らせる役割を果たした。
ライブハウスやクラブも重要だった。ロンドンのSoundhouseは、DJ Neal Kayがヘヴィメタルをかけ、若いメタルファンが集まる拠点となった。Iron Maidenはこの周辺のシーンから注目を集め、デモテープ“The Soundhouse Tapes”をきっかけに名前を広げていった。小さな会場でのライブ、ファンによる口コミ、デモテープ、音楽紙の広告、レコード店での試聴。そうした地道なネットワークによって、NWOBHMは大きな産業の上からではなく、下から立ち上がっていった。
NWOBHMが広がった理由は、当時の若者にとってヘヴィメタルがまだ自分たちの音楽として機能していたからである。パンクが一気に時代を変えたあと、ギターソロや長髪のロックは時代遅れと見られることもあった。しかしNWOBHMのバンドたちは、ヘヴィであること、速くあること、演奏で勝負すること、ファンタジーや戦争や悪魔や都市の夜を歌うことを、再び新しいものとして提示した。そこには「ロックはまだ終わっていない」という静かな確信があったのだ。
音楽的な特徴
NWOBHMの基本的な楽器構成は、ボーカル、エレクトリック・ギター、ベース、ドラムである。多くのバンドはツイン・ギター編成を採用し、リフ、ハーモニー、ソロを重ねることで、厚みとスピード感を作った。Iron MaidenのDave MurrayとAdrian Smith、SaxonのGraham OliverとPaul Quinn、Diamond HeadのBrian Tatler、Tygers of Pan TangのRobb WeirとJohn Sykes期のギターなどは、NWOBHMのギター美学を考えるうえで重要である。
ギターの使い方で最も目立つのは、リフの鋭さである。1970年代ハードロックのブルース的なうねりに対し、NWOBHMのリフはより直線的で、刻みが強い。パームミュート、つまり弦を手のひらで軽く押さえながら弾く奏法によって、低音弦の刻みが金属的に響く。これが後のスラッシュメタルに大きな影響を与えた。Diamond Headの“Am I Evil?”、Iron Maidenの“Prowler”、Angel Witchの“Angel Witch”、Ravenの“Faster Than the Speed of Light”などには、その原型がはっきり聴こえる。
ベースも重要な役割を持つ。特にIron MaidenのSteve Harrisは、指弾きによる高速で硬いベースラインを前面に出し、バンドの推進力を作った。単に低音を支えるのではなく、ギターと並走し、ときには曲を引っ張るメロディ楽器として機能する。NWOBHMでは、ベースの音が比較的前に出ている録音も多く、これが生々しいバンド感につながっている。
ドラムは、70年代ハードロックの重たいグルーヴから、より速く、タイトで、直線的なビートへ向かった。もちろん現代のメタルほど機械的に整っているわけではないが、その揺れがかえって勢いを生む。Saxonのようにロックンロールのノリを残すバンドもいれば、Ravenのようにスポーツ感覚と呼びたくなるほどの高速感を出すバンドもいた。後のスピードメタルやスラッシュメタルと比べると荒削りだが、その未完成さこそNWOBHMの魅力である。
ボーカルスタイルは幅広い。Iron MaidenのPaul Di’Annoはパンク的な荒さとストリート感を持ち、後任のBruce Dickinsonはオペラティックで力強いハイトーンによってバンドをさらにドラマチックにした。SaxonのBiff Byfordは男臭く語りかけるような声で、労働者階級的なリアリティを感じさせる。Diamond HeadのSean Harrisはよりメロディアスで、どこか妖しい雰囲気を持つ。VenomのCronosは、音程の正確さよりも邪悪なキャラクターと暴力的な存在感を優先した。
歌詞の傾向も多様である。戦争、歴史、神話、悪魔、夜、都市、バイク、ロックンロール生活、SF、ホラー、ファンタジー、若者の疎外感などがよく扱われた。Iron Maidenは“The Phantom of the Opera”、“Murders in the Rue Morgue”、“The Trooper”、“Run to the Hills”などで文学、映画、歴史を取り込み、ヘヴィメタルに物語性を与えた。Saxonは“Denim and Leather”でファン・コミュニティそのものを歌い、Diamond Headは抽象的で不穏な世界観を作った。Venomは悪魔主義的な言葉をあえて過剰に使い、後のエクストリームメタルに大きなイメージを残した。
録音やミックスの特徴としては、必ずしも洗練されていない点が挙げられる。初期NWOBHMの多くは低予算で録音されており、ギターの音が薄かったり、ドラムが乾いていたり、ボーカルが前に出すぎていたりする。しかしその粗さが、逆にライブ感と緊張感を生む。メジャーなスタジオで磨き上げられたアメリカン・ハードロックとは異なり、NWOBHMにはデモテープに近い剥き出しの熱が残っている。
他ジャンルと比べると、NWOBHMは70年代ハードロックより速く、パンクより演奏志向が強く、後のスラッシュメタルよりメロディやロックンロール感を残している。つまり、伝統的ヘヴィメタルがまだスラッシュ、パワーメタル、グラムメタル、エクストリームメタルへ分岐する前の、非常に豊かな中間地点なのである。
代表的なアーティスト
Iron Maiden
NWOBHMを世界的な成功へ導いた最重要バンドである。初期のIron MaidenやKillersではパンク的な荒さを持ち、Bruce Dickinson加入後のThe Number of the Beast、Piece of Mind、Powerslaveではツイン・ギターと叙事詩的な構成を完成させた。
Saxon
労働者階級的な力強さとストレートなロックンロール感を持つ代表的バンドである。Wheels of Steel、Strong Arm of the Law、Denim and Leatherは、NWOBHMの現場感とファン文化を伝える重要作である。
Def Leppard
シェフィールド出身で、初期はNWOBHMの一角として登場したバンドである。On Through the NightやHigh ’n’ Dryでは若々しいメタル感を示し、のちにPyromaniaやHysteriaでアメリカ市場向けの洗練されたハードロックへ進化した。
Diamond Head
Brian Tatlerのリフ・センスを中心に、後のMetallicaへ大きな影響を与えたバンドである。Lightning to the Nationsに収録された“Am I Evil?”、“The Prince”、“Helpless”は、NWOBHMのリフ構築の鋭さを示している。
Angel Witch
ロンドンのNWOBHMを代表するカルト的バンドである。1980年のAngel Witchは、オカルト的な雰囲気、哀愁あるメロディ、重く疾走するリフを兼ね備えた名盤として評価されている。
Tygers of Pan Tang
ニューカッスル周辺のシーンから登場したバンドで、Neat Recordsとも関係が深い。Wild CatやSpellboundでは、荒々しさとメロディアスなギターを両立し、John Sykes在籍期の演奏も注目される。
Raven
ニューカッスル出身のトリオで、非常に高速で荒々しい演奏から「アスレチック・ロック」と呼ばれた。Rock Until You DropやWiped Outは、スピードメタルやスラッシュメタルへの橋渡しとして重要である。
Girlschool
女性メンバーによる英国ハードロック/ヘヴィメタル・バンドで、Motörheadとの交流でも知られる。DemolitionやHit and Runでは、パンク的な勢いとハードロックの骨太さを自然に結びつけた。
Samson
Bruce DickinsonがIron Maiden加入前に在籍していたバンドとしても知られる。Head OnやShock Tacticsでは、ブルースロック由来のグルーヴとNWOBHMらしい荒さが混ざっている。
Venom
ニューカッスル出身のバンドで、NWOBHMの中でも最も過激な方向へ進んだ存在である。Welcome to HellやBlack Metalは、演奏の粗さ、邪悪なイメージ、スピード感によって、後のブラックメタル、スラッシュメタル、デスメタルに大きな影響を与えた。
Praying Mantis
メロディアスなツイン・ギターと叙情的なコーラスを特徴とするバンドである。Time Tells No Liesは、NWOBHMの中でも叙情派の魅力を伝える作品として知られている。
Witchfinder General
Black Sabbathからの影響を強く感じさせる、重く暗いドゥーム寄りのバンドである。Death Penaltyでは、NWOBHMのスピード重視とは別の、鈍く不穏なヘヴィネスが聴ける。
Blitzkrieg
シングル“Buried Alive”などで知られ、Metallicaによるカバーによって後世のメタルファンにも名前が広まったバンドである。ドラマチックな構成と疾走感を持ち、NWOBHMの地下的な魅力を象徴している。
Holocaust
スコットランド出身のバンドで、The Nightcomersなどを残した。Metallicaが“The Small Hours”をカバーしたことでも知られ、暗く湿ったリフと硬質な雰囲気が特徴である。
Tank
Motörheadからの影響を感じさせる、荒々しくロックンロール色の強いバンドである。Filth Hounds of Hadesは、パンク、ハードロック、メタルの境界線上にある硬派な作品である。
名盤・必聴アルバム
Iron Maiden – Iron Maiden(1980)
Iron Maidenのデビュー・アルバムであり、NWOBHMの勢いを最も生々しく刻んだ作品のひとつである。Paul Di’Annoの荒いボーカル、Steve Harrisの疾走するベース、“Prowler”、“Phantom of the Opera”、“Running Free”などの楽曲が、パンク以降の鋭さとプログレ的な展開を両立している。初心者は、後のIron Maidenより粗い音の中に、すでに壮大な物語性の芽があることに注目するとよい。
Saxon – Wheels of Steel(1980)
Saxonを代表するアルバムで、NWOBHMのストレートな魅力が凝縮されている。“Motorcycle Man”、“Wheels of Steel”、“747 (Strangers in the Night)”など、シンプルで力強い楽曲が並ぶ。Iron Maidenほど複雑ではなく、Diamond Headほど技巧的でもないが、ライブ会場で拳を上げるためのヘヴィメタルとして非常にわかりやすい。
Diamond Head – Lightning to the Nations(1980)
正式な大規模流通ではなく、白ジャケット盤として知られる形で広まったNWOBHMの伝説的アルバムである。“Am I Evil?”、“Helpless”、“The Prince”、“Sucking My Love”など、後のMetallicaが取り上げる楽曲も含まれている。リフの構成、曲の緊張感、歌メロの妖しさが際立ち、スラッシュメタル前夜の重要作として聴く価値が高い。
Angel Witch – Angel Witch(1980)
NWOBHMのカルト的名盤であり、哀愁とオカルト感を備えた作品である。表題曲“Angel Witch”はキャッチーなコーラスを持ちながら、全体には暗く湿った雰囲気が漂う。“Atlantis”、“White Witch”、“Angel of Death”などでは、重いリフとメロディアスなギターが印象的である。NWOBHMの中でも、影のあるメタルが好きな人に向いている。
Def Leppard – High ’n’ Dry(1981)
Def Leppardがまだメタル寄りの荒さを残していた時期の名盤である。プロデューサーにRobert John “Mutt” Langeを迎え、音作りは初期NWOBHMの粗さから一歩洗練された方向へ進んでいる。“Let It Go”、“High ’n’ Dry (Saturday Night)”、“Bringin’ On the Heartbreak”など、アメリカ市場で成功する前の硬派な魅力が聴ける。
Tygers of Pan Tang – Spellbound(1981)
Tygers of Pan Tangの代表作であり、John Sykesのギターが光るアルバムである。“Gangland”、“Take It”、“Hellbound”など、鋭いリフとメロディアスなソロがバランスよく収められている。NWOBHMの中でも、演奏の洗練と勢いの両方を味わえる作品である。
Venom – Welcome to Hell(1981)
極端な意味でNWOBHMの可能性を押し広げたアルバムである。録音は粗く、演奏も整っているとは言いがたいが、その暴力的な音像と悪魔的イメージは後のエクストリームメタルに決定的な影響を与えた。“Welcome to Hell”、“Witching Hour”、“In League with Satan”などには、完成度よりも衝動が先に走る危険な魅力がある。
文化的影響とビジュアルイメージ
NWOBHMのビジュアルは、ヘヴィメタルの古典的イメージを形作るうえで大きな役割を果たした。革ジャン、デニム、鋲付きリストバンド、長髪、バンドロゴのパッチを縫い付けたデニム・ベスト、ハイカットのスニーカーやブーツ。こうしたファッションは、Judas PriestやMotörheadの影響を受けつつ、NWOBHMのファン・コミュニティの中で日常的な制服のようになっていった。
Saxonの“Denim and Leather”は、その文化をそのまま歌った曲である。デニムとレザーは単なる服装ではなく、同じ音楽を愛する者同士を結びつける記号だった。ライブ会場で同じバンドのパッチを見つけること、レコードを貸し借りすること、音楽紙の広告を切り抜くこと、ロゴをノートに描くこと。それらはNWOBHMを単なる音楽ジャンルではなく、生活の一部にしていた。
アルバム・アートにも独特の魅力がある。Iron MaidenのマスコットであるEddieは、Derek Riggsによるジャケット・アートを通じて、ヘヴィメタル史上最も有名なキャラクターのひとつになった。Iron Maiden、Killers、The Number of the Beast、Piece of Mindなどのジャケットは、音楽を聴く前から世界観を提示している。Diamond Headの白ジャケット盤のような簡素な見た目も、逆に地下シーンらしい伝説性を帯びている。
Venomの悪魔的なロゴや黒魔術的なイメージは、後のブラックメタルのビジュアルに影響を与えた。Angel WitchやWitchfinder Generalのオカルト的なジャケット、Tygers of Pan Tangの猛獣を思わせるバンド名、Ravenのスポーティで暴走するイメージなど、NWOBHMの視覚表現はバンドごとにかなり個性的である。巨大な予算がなくても、ロゴ、ジャケット、写真、ステージ衣装によってバンドの世界を作ることができた。
ミュージックビデオ文化が本格化する直前の時代であるため、NWOBHMの多くは映像よりもライブと紙媒体に支えられていた。音楽雑誌の白黒写真、ライブ告知のフライヤー、レコードの裏ジャケット、シングル盤のジャケット、手作り感のあるロゴ。そうしたものが、ファンの想像力を刺激した。だからこそNWOBHMには、今見ても生々しいアンダーグラウンド感が残っている。
ライブシーンでは、巨大なステージ装置よりも、狭い会場での密度が重要だった。観客とバンドの距離が近く、音は荒く、照明も簡素で、しかしその場にいる全員が同じ熱を共有していた。やがてIron MaidenやDef Leppardのようなバンドは世界的な規模へ進んでいくが、NWOBHMの原点には、パブやクラブの汗と煙の匂いがある。
現代では、NWOBHMのファッションやロゴ、ジャケット美学は再評価されている。伝統的ヘヴィメタルのリバイバル・バンドは、80年代初頭の音作りやビジュアルを意識し、レコードやカセット、パッチ、手書き風ロゴを再び重要なものとして扱っている。デジタル時代においても、NWOBHMの手触りは失われていない。むしろ、完璧に整えられた現代の音楽に対する反動として、その粗さが新鮮に響くのかもしれない。
ファン・コミュニティとメディアの役割
NWOBHMは、ファン・コミュニティとメディアの結びつきによって成長したムーブメントである。重要なのは、当初から巨大な商業企画として作られたわけではないという点だ。小さな会場、デモテープ、シングル盤、音楽紙、レコードショップ、ファンの口コミが、シーンを少しずつ大きくしていった。
ロンドンのSoundhouseは、NWOBHMの象徴的な場所のひとつである。DJ Neal Kayはヘヴィメタルを積極的にプレイし、まだ無名だったバンドのデモテープを紹介した。Iron Maidenの“The Soundhouse Tapes”は、まさにこの文脈から生まれた。メジャー契約の前に、ファンが直接反応し、その熱が音楽紙やレーベルへ届いていく。この流れは、NWOBHMのDIY精神をよく示している。
ライブハウスやパブも重要だった。Marquee Club、Ruskin Arms、Bandwagon Heavy Metal Soundhouse、その他各地の小規模会場では、若いバンドが同じファンの前で何度も演奏した。Iron Maidenはイースト・ロンドンのRuskin Armsで多くのライブを行い、地元の支持を固めた。こうした場所は、単なる演奏会場ではなく、バンドとファンが互いを育てる共同体だった。
インディーレーベルは、メジャーがすぐには拾わないバンドを世に出す役割を担った。Neat Recordsはその代表であり、Raven、Venom、Tygers of Pan Tang、White Spiritなどの作品に関わった。Ebony Records、Heavy Metal Records、Rondelet Recordsなども、ローカルなバンドのシングルやアルバムを送り出した。プレス枚数が少ない作品も多く、のちにコレクターズ・アイテムとなった盤も少なくない。
音楽雑誌では、Soundsの存在が大きい。Geoff Bartonをはじめとするライターたちは、新しい英国メタルの動きを積極的に取り上げた。1981年に創刊されたKerrang!は、ヘヴィメタルとハードロックを専門的に扱うメディアとして、ファンにとって重要な情報源になった。誌面にはライブレビュー、アルバムレビュー、広告、インタビューが並び、読者はそこから次に聴くべきバンドを見つけた。
レコードショップも、シーンの結節点だった。まだインターネットのない時代、ファンは店頭でジャケットを見て、店員や友人から情報を得て、知らないバンドのシングルを買った。輸入盤やインディー盤、7インチ・シングル、コンピレーションを探すこと自体が、NWOBHMを掘る楽しみだった。バンド名やジャケットが怪しければ怪しいほど、そこに未知の興奮があった。
ファン同士のネットワークも重要である。テープのダビング、手紙、ファンジン、ライブ会場での交流、パッチやTシャツの交換。こうした草の根のつながりによって、NWOBHMはイギリス国内だけでなく、ヨーロッパ、アメリカ、日本へも広がっていった。アメリカ西海岸の若いミュージシャンたちがNWOBHMのレコードを聴き、そこからスラッシュメタルを生み出していく流れは、ファン文化が次のジャンルを作る典型例である。
インターネット以降、NWOBHMは再発盤、ボックスセット、アーカイヴ音源、YouTube上のライブ映像、専門ブログ、オンライン・ディスコグラフィによって再評価されている。かつては入手困難だったシングルやマイナー・バンドの音源も、現在では比較的探しやすくなった。だが、NWOBHMの本質を考えるとき、忘れてはならないのは、その音楽が最初は熱心な少数のファンによって支えられていたという事実である。大きな産業より先に、聴き手の耳と足がシーンを動かしていたのだ。
後続ジャンルや現代アーティストへの影響
NWOBHMが後のメタルに与えた影響は非常に大きい。特に重要なのは、スラッシュメタルへの影響である。Metallica、Megadeth、Slayer、Anthraxといったアメリカのスラッシュメタル勢は、NWOBHMの高速リフ、ツイン・ギター、曲構成、攻撃性を吸収した。MetallicaがDiamond Headの“Am I Evil?”、“Helpless”、“The Prince”、Blitzkriegの“Blitzkrieg”、Holocaustの“The Small Hours”をカバーしたことは、その影響関係を明確に示している。
スピードメタルやパワーメタルへの影響も大きい。Iron Maidenのメロディックなツイン・リード、疾走するベース、叙事詩的な歌詞は、Helloween、Blind Guardian、Gamma Ray、Iced Earthなどの後続バンドに深く受け継がれた。特にヨーロッパのパワーメタルでは、歴史、神話、文学、ファンタジーを題材にする感覚が、Iron Maidenを通じて強く根付いた。
Venomは、ブラックメタルやエクストリームメタルに決定的な影響を与えた。Black Metalというアルバム名自体が後のジャンル名となり、Bathory、Hellhammer、Celtic Frost、Mayhemなどに精神的な影響を与えた。もちろん初期ブラックメタルは後に北欧で独自の進化を遂げるが、その悪魔的なイメージ、粗い音、反商業的な態度の原点のひとつはVenomにある。
ドゥームメタルへの接点もある。Witchfinder GeneralのようなバンドはBlack Sabbathの重さを受け継ぎ、後のドゥーム/ストーナー系のリスナーから再評価されている。NWOBHMは一般に速いメタルとして語られがちだが、その内部には重く遅い方向への流れも存在していた。
グラムメタルやアメリカン・ハードロックにも、間接的な影響がある。Def LeppardはNWOBHMから登場しながら、アメリカ市場で成功するためにプロダクションを磨き、PyromaniaやHysteriaで巨大なポップ・メタル作品を作った。Mötley Crüe、Bon Jovi、Poisonなどと同じ文脈に置かれることもあるが、Def Leppardの初期には英国メタルの硬さが残っている。
現代のバンドにもNWOBHMの影響は明確である。Enforcer、Cauldron、White Wizzard、Skull Fist、Haunt、Traveler、Ambush、Night Demon、Satan’s Hallow、High Spiritsなどは、伝統的ヘヴィメタルのリバイバルとしてNWOBHMの音を現代に蘇らせている。高速でメロディアスなギター、アナログ感のある録音、80年代風のロゴやジャケットが、あえて現代的な選択として使われている。
日本のメタルにもNWOBHMの影響は及んだ。LOUDNESS、EARTHSHAKER、ANTHEM、44MAGNUM、SABBRABELLSなど、1980年代の日本のヘヴィメタル・バンドは、Judas Priest、Iron Maiden、Saxon、UFO、Rainbowなどから多くを吸収した。日本ではNWOBHMが輸入盤や音楽雑誌を通じて紹介され、メタルというジャンルの理解を深める重要な入口になった。
現代のポップスやロックに直接NWOBHMの音が現れることは多くないかもしれない。しかし、メタル・ロゴのデザイン、バンドTシャツ文化、フェスでの巨大な合唱、アルバムの世界観作り、ギター・リフを中心に曲を組み立てる発想は、今も多くの場所に残っている。NWOBHMは、メタルを「ハードロックの一形態」から、独立した文化圏へ押し上げるための大きな橋だったのである。
関連ジャンルとの違い
- 70年代ハードロック:Led Zeppelin、Deep Purple、UFO、Thin Lizzyなどに代表される音楽で、ブルースやロックンロールの要素が強い。NWOBHMはその影響を受けながら、より速く、硬く、メタルとしての輪郭を明確にした点が異なる。
- ヘヴィメタル:Judas PriestやBlack Sabbathを含む広いジャンル名である。NWOBHMはヘヴィメタル全体の中でも、1970年代末から1980年代初頭の英国シーンに限定されるムーブメントであり、時代と地域の文脈が強い。
- パンクロック:Sex PistolsやThe Clashに代表される、短く速く反抗的なロックである。NWOBHMはパンクのDIY精神やスピード感を吸収したが、ギターソロ、演奏技術、メタル的な様式美を重視する点で異なる。
- スピードメタル:NWOBHMの高速曲をさらに推し進めたジャンルである。RavenやIron Maidenの疾走感はスピードメタルの原型だが、スピードメタルはよりテンポと攻撃性を中心に発展した。
- スラッシュメタル:Metallica、Megadeth、Slayer、Anthraxなどに代表される1980年代のメタルである。NWOBHMのリフやスピードを受け継ぎつつ、より鋭い刻み、攻撃的なドラム、社会批判的な歌詞を強めた点が異なる。
- パワーメタル:HelloweenやBlind Guardianに代表される、メロディックで高速、しばしばファンタジー色の強いメタルである。Iron Maidenのドラマ性やツイン・ギターを受け継いでいるが、より明るく壮大なメロディとハイトーン・ボーカルを強調する。
- ブラックメタル:VenomのBlack Metalに名前の由来を持つが、後にBathoryやノルウェーのシーンで独自に発展した過激なジャンルである。NWOBHMよりも音は冷たく、反宗教的で、ノイズ的な質感や極端な美学が強い。
- ドゥームメタル:Black Sabbathの重さを受け継ぎ、遅く重いリフを重視するジャンルである。NWOBHMの中にもWitchfinder Generalのような接点はあるが、NWOBHM全体は一般により速く、ライブ向けの推進力が強い。
- グラムメタル:1980年代のアメリカ西海岸を中心に発展した、派手なファッションとキャッチーな楽曲を特徴とするメタルである。Def Leppardは橋渡し的存在だが、NWOBHM本来の音はより英国的で硬派、地下シーンの匂いが強い。
- 伝統的ヘヴィメタル:NWOBHMやJudas Priest、Iron Maidenの流れを受け継ぐ、クラシックなメタル様式を指す言葉である。NWOBHMはその中でも歴史的な発生源のひとつであり、伝統的ヘヴィメタルはより広い現代的な括りである。
初心者向けの聴き方
NWOBHMを初めて聴くなら、まずはIron Maidenから入るのが最もわかりやすい。初期のIron MaidenとKillersでは、Paul Di’Anno時代の荒々しいストリート感が聴ける。そこからThe Number of the Beast、Piece of Mind、Powerslaveへ進むと、NWOBHMが世界的なヘヴィメタルへ成長していく過程が見える。代表曲では“Phantom of the Opera”、“Running Free”、“The Number of the Beast”、“The Trooper”が入口になりやすい。
次に聴くべきはSaxonである。Wheels of Steel、Strong Arm of the Law、Denim and Leatherを聴けば、NWOBHMがファンとライブ現場によって支えられていたことがよくわかる。Iron Maidenが物語性と構成美のバンドだとすれば、Saxonは道路、バイク、会場、観客の熱をそのまま音にしたバンドである。
リフの鋭さを知りたいならDiamond HeadのLightning to the Nationsを聴くべきである。“Am I Evil?”や“Helpless”を聴くと、なぜMetallicaが彼らに強く惹かれたのかが理解しやすい。スラッシュメタルが好きなリスナーは、ここからBlitzkrieg、Holocaust、Raven、Venomへ進むと、アメリカのスラッシュ以前に英国で何が起こっていたのかを体感できる。
メロディアスな方向から入るなら、Def LeppardのHigh ’n’ Dry、Praying MantisのTime Tells No Lies、Tygers of Pan TangのSpellboundがよい。NWOBHMは荒いだけの音楽ではなく、メロディやコーラス、ギター・ハーモニーの美しさも重要である。AORやメロディアス・ハードが好きな人には、このルートが聴きやすい。
暗くオカルト的な雰囲気が好きなら、Angel WitchのAngel Witch、Witchfinder GeneralのDeath Penalty、VenomのWelcome to Hellへ進むとよい。ただしVenomは録音も演奏もかなり粗く、最初は戸惑うかもしれない。完成度の高いメタルとしてではなく、極端なイメージと衝動が後のエクストリームメタルを生む瞬間として聴くと面白い。
代表曲から入るか、アルバムから入るかという点では、最初は代表曲のプレイリスト的な聴き方が向いている。NWOBHMにはシングルや単発の名曲が多く、必ずしも全バンドのアルバムが均一に完成度高いわけではないからである。Iron Maiden、Saxon、Diamond Head、Angel Witch、Tygers of Pan Tang、Raven、Girlschool、Venomを代表曲で聴き比べ、その中で気に入ったバンドのアルバムへ進むとよい。
似たジャンルから入る場合、Metallicaが好きならDiamond Head、Blitzkrieg、Holocaustへ向かうルートが自然である。Iron Maidenが好きならSaxon、Angel Witch、Praying Mantis、Tygers of Pan Tangがよい。Motörheadが好きならTank、Girlschool、Venom、Ravenが入りやすい。Black Sabbathが好きならWitchfinder GeneralやAngel Witchへ進むと、重さと暗さの系譜が見える。
録音の古さや粗さが苦手な場合は、いきなりマイナーなシングル集へ行くより、Iron Maidenの初期作、Saxonの代表作、Def LeppardのHigh ’n’ Dryから入るとよい。そこから耳が慣れてきたら、Neat Records周辺やコンピレーション作品、マイナーな7インチ・シングルへ深掘りしていくと、NWOBHMの地下世界が少しずつ開けてくる。
NWOBHMは、完成されたメタルを聴くジャンルというより、メタルがまさに形を変えようとしている瞬間を聴くジャンルである。粗い録音、若い演奏、未整理なアイデアの中に、後のメタル史を動かす火花が散っている。その火花を見つける感覚こそ、NWOBHMを聴く楽しさなのだ。
まとめ
NWOBHMは、1970年代末から1980年代初頭のイギリスで生まれた、ヘヴィメタル史における決定的なムーブメントである。Black Sabbath、Deep Purple、UFO、Judas Priest、Motörheadといった先人たちの重さと様式を受け継ぎながら、パンク以降のスピード、DIY精神、若者文化の切迫感を吸収した。その結果、ヘヴィメタルはより速く、より鋭く、より自立したジャンルへと進化していった。
Iron MaidenはNWOBHMを世界的なメタルへ押し上げ、Saxonはファンと現場の熱を歌い、Diamond Headは後のスラッシュメタルにリフの種を残した。Angel Witchは哀愁とオカルトの美学を示し、Def Leppardは英国メタルから世界的ハードロックへ進む道を開いた。Raven、Venom、Girlschool、Tygers of Pan Tang、Praying Mantis、Witchfinder Generalといったバンドも、それぞれ異なる方向からNWOBHMの豊かさを形作った。
このジャンルの価値は、単に有名バンドを生んだことだけではない。小さなクラブ、インディーレーベル、音楽紙、ファンジン、レコードショップ、デモテープ、パッチ付きデニムジャケット。そうした草の根の文化によって、ヘヴィメタルがひとつの共同体として育っていったことにある。NWOBHMは、音楽ジャンルであると同時に、聴き手と演奏者が一緒に作った地下の文化運動だった。
現代の耳で聴くと、NWOBHMの録音は粗く、演奏も時に荒い。しかしその中には、過剰に整えられた音楽にはない切実さがある。若いバンドが、自分たちの街の小さな会場から、世界へ向けて音を鳴らそうとしている。その瞬間の熱が、Iron Maidenの疾走にも、Saxonの合唱にも、Diamond Headのリフにも、Venomの混沌にも宿っている。
NWOBHMを聴くことは、メタルがなぜここまで大きな文化になったのかを理解することでもある。スラッシュメタル、パワーメタル、ブラックメタル、伝統的ヘヴィメタル・リバイバルへと続く道は、この時代の英国の小さな会場やレコード盤から伸びている。鋭いギター・リフが鳴り、ツイン・ギターが空を切り裂き、デニムとレザーの群衆が拳を上げる。その光景の中に、ヘヴィメタルという音楽の原始的な喜びが今も息づいているのである。

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