1. 歌詞の概要
「Petite Fleur（小さな花）」は、Yard Actが2024年にリリースしたセカンド・アルバム『Where’s My Utopia?』の収録曲であり、これまでの風刺的で社会批評的な作風とは明らかに異なる、極めて私的で繊細な情感をたたえた一曲である。フランス語で「小さな花」を意味するタイトルが象徴するように、この曲は“無垢”や“純粋さ”、そして“壊れやすさ”をテーマにしている。
本作において語り手が向き合っているのは、もはや政治でも社会でもなく、極めて個人的な感情、つまり「父親としての愛」や「家族という存在」なのだ。James Smith（Vo）はこの曲を、自分の子どもに向けた“愛の詩”であると公言しており、タイトルの「Petite Fleur」は、彼の娘に捧げた呼びかけのようでもある。
抑制の効いたメロディ、語りと歌の間を揺れるヴォーカル、そして最小限のサウンド構成は、これまでのYard Actとは一線を画す静謐さを持ち、まるで“声にならない祈り”を聞いているような感覚をもたらす。
2. 歌詞のバックグラウンド
『Where’s My Utopia?』は、前作『The Overload』で社会や他者との緊張を語っていたYard Actが、自分たちの内側、特に個人的な関係や感情の機微へと視点を移した作品である。その中でも「Petite Fleur」は、アルバム全体の中でもっとも“愛”という言葉をストレートに受け止めている楽曲だ。
James Smithはインタビューで、父親として初めて子を抱いた瞬間に感じた「世界の見え方の変化」について語っており、「Petite Fleur」はその感情の記録としても位置づけられている。社会批評家、皮肉屋、そして語り手としての顔を持つ彼が、ここでは完全に“ひとりの人間”として立ち現れてくるのだ。
この曲は、Yard Actの音楽的な実験の場でもある。語りの間に静かな旋律が挟まり、曲そのものが“手紙”のように進行していく。フランス語のタイトルも含め、これまでとは異なる“言語”で、まったく異なるテーマを伝えようとしている点に、バンドとしての表現の広がりが感じられる。
3. 歌詞の抜粋と和訳
Petite fleur, you don’t know the world yet
But it already waits to change you
小さな花よ、君はまだこの世界を知らない
けれど世界はもう、君を変えようとして待っている
I wish I could keep it away
But I can’t
それを遠ざけてあげたい
けれど、それはできないんだ
All I can do is love you
And hope that’s enough
僕にできるのは、ただ君を愛することだけ
それで十分だと願うしかない
When you cry, I count your breaths
When you sleep, I count your dreams
君が泣くときは、その息の数を数えて
君が眠るときは、その夢の数を数える
歌詞引用元：Genius – Yard Act “Petite Fleur”
4. 歌詞の考察
「Petite Fleur」は、語り手である父親が、幼い子どもに向けて語りかけるモノローグであると同時に、自分自身の無力さや、愛することの“限界”と“無限”について深く考察する詩でもある。
「世界はすでに君を変えようとしている」というフレーズに込められた切実さは、自分の子を守りたいという本能的な願いと、それがかなわない現実のあいだにある“裂け目”を浮き彫りにしている。そこには、親であることの喜びと恐れ、未来への漠然とした不安が折り重なっている。
「僕にできるのは愛することだけ」という告白は、一見するとありきたりなようでいて、実は“コントロールを手放すこと”の痛みを伴っている。つまりこの曲は、「無力なまま、どれだけ誠実に愛せるか？」という問いを描いているのだ。
また、「息を数え」「夢を数える」という表現は、言葉にならないほど繊細な愛のかたちを詩的に映し出しており、これまで辛辣な語りで社会を見つめてきたYard Actのボーカルが、初めて完全に“沈黙の余白”を受け入れたようにも感じられる。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Song for Zula by Phosphorescent
愛と自由、そして自分の無力さを受け入れることの痛みと美しさを描いたバラッド。 - The Night We Met by Lord Huron
過去への悔恨と、それでも残る感情のかけらを繊細に表現した一曲。 - River by Leon Bridges
静かに流れるようなリズムと、魂の奥深くから絞り出すような愛の表現が共鳴する。 -
Jasmine by Jai Paul
情緒の揺れと親密さの曖昧さを、エレクトロニックな質感で捉えた珠玉のラブソング。 -
To Build a Home by The Cinematic Orchestra
家族と時間、存在と儚さ——すべてを包むようなスケールで描いた、現代の祈り。
6. “語り”を超えたYard Actの祈りのかたち
「Petite Fleur」は、Yard Actがこれまで積み上げてきた“語り”という表現形式を、初めて“沈黙”によって裏切った楽曲でもある。この曲には、皮肉も風刺もない。ただ、愛と恐れ、祈りと余白があるだけだ。
James Smithは、この曲で“父であること”を語りながら、同時に“語ることの限界”にも直面しているように見える。つまりこの曲は、“言葉にならない感情”を、あえて“言葉のままで”差し出すという、非常にリスキーで誠実な試みなのだ。
「Petite Fleur」は、社会でもなく、政治でもなく、愛でもなく——“生命そのもの”に向けて歌われた、Yard Actというバンドの到達点のような一曲である。言葉を用いながら、言葉に依存しない。そして、その矛盾を抱きしめながら、小さな花が壊れずに咲き続けることを、ただ静かに願っている。それがこの曲のすべてなのだ。
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