1. 歌詞の概要
「This Hell」は、Rina Sawayamaの2022年リリースのセカンドアルバム『Hold The Girl』の先行シングルとして発表された楽曲であり、煌びやかなカントリー・ロックの衣を纏いながら、現代社会の偽善と偏見を痛烈に風刺した“ポップ・プロテスト・アンセム”である。
歌詞は、宗教的な価値観や保守的な道徳によってLGBTQ+コミュニティをはじめとする多くの人々が排除されてきた現実に対して、「じゃあ、私たちみんな“地獄行き”ってことね? だったら一緒に楽しもうじゃない!」と、開き直ることで抗う姿勢を表現している。
この楽曲のユニークさは、「怒り」や「悲しみ」を声高に訴えるのではなく、それらをあえて祝祭的に、ゴージャスな笑顔で“踊り返す”ことで、社会に対する批評性をユーモラスかつ挑発的に提示している点にある。これはまさにRina流の「反撃」であり、痛烈さと快楽が見事に同居する傑作と言えるだろう。
2. 歌詞のバックグラウンド
Rina Sawayamaは、「This Hell」について「LGBTQ+コミュニティを“地獄行き”と非難する保守的な視点に対する、皮肉と反抗のラブソング」だと明言している。この曲では、セクシュアリティやアイデンティティに基づく“排除”の言説を逆手に取り、「だったら私たちみんなで地獄へ行ってパーティしよう!」という逆説的な自由の宣言がなされている。
音楽的には、2000年代のポップとカントリーロックを融合させ、Shania TwainやDolly Parton、さらにはLady Gaga「Born This Way」の精神をも感じさせるアプローチを取っている。カントリー・ギター、手拍子、歓声といったサウンドエフェクトは、いわば“祝祭の教会”のような世界観を作り出しており、聴くだけでテンションが上がるようなポジティブなエネルギーに満ちている。
その背後で、宗教、差別、ジェンダー、セクシュアリティといった極めて政治的なテーマが扱われているというこの楽曲の構造は、現代のポップミュージックの中でも際立って異彩を放っている。
3. 歌詞の抜粋と和訳
This hell is better with you
この地獄も、あなたがいれば悪くないWe’re all gonna die, so let’s love hard
どうせみんな死ぬんだから、思いっきり愛そうよLet’s go girls
さあ、ガールズたち、行くわよ(Shania Twainへのオマージュ)God hates us? All right then
神が私たちを嫌うって? じゃあそれでいいわWe’ll party in hell
地獄でパーティでも開こうじゃない
歌詞引用元:Genius Lyrics – This Hell
4. 歌詞の考察
「This Hell」は、Rina Sawayamaならではの“怒りと快楽の融合”が最大限に発揮された一曲である。宗教的道徳や社会の偏見に「従う」でもなく、単に「反抗」するのでもなく、彼女はそれらをポップの文脈に落とし込み、誰もが一緒に踊れる“地獄のディスコ”を創り上げている。
注目すべきは、「We’re all gonna die, so let’s love hard」という一節だ。これは一見皮肉めいた言葉のようでありながら、実際には極めて真摯な人間愛の表現でもある。限られた人生の中で、誰かを全力で愛することがなぜ咎められなければならないのか?――そんな問いを、彼女は楽しげな口調で投げかける。
また、Shania Twainへのオマージュ的な「Let’s go girls」から始まる冒頭は、過去の“強い女性像”をリスペクトしつつ、現代の“多様な女性性”やクィアネスへと繋がっていく文化的継承の場面でもある。ここにRinaのアイデンティティが音楽とともに重ねられている。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Born This Way by Lady Gaga
性的指向や人種を超えて“そのままの自分”を祝福するクィア・アンセムの金字塔。 - That Don’t Impress Me Much by Shania Twain
強くて自立した女性の視点から語られる、ウィットに富んだカントリーポップ。 - Rain On Me by Lady Gaga & Ariana Grande
痛みすら祝福に変える、ダンスフロアのための浄化ソング。 - Blow by Kesha
踊りながら抵抗し、自分らしさを全開にする姿勢が共通するポップバンガー。
6. “地獄”を祝祭に変えるRinaの魔法
「This Hell」は、現代ポップの中でも特に“社会的メッセージを踊れるものに変換した”という点で異彩を放つ楽曲である。Rina Sawayamaは、怒りや苦しみ、排除されてきた感情を否定するのではなく、それらを肯定し、笑い飛ばし、祝福の場に変えるという驚くべきプロセスを音楽で実現してみせた。
この曲を聴くことで、リスナーは「自分が罪だとされても、恥じる必要はない」と気づかされる。そして、「私たちは“地獄”にいるのかもしれないけど、それならその場所を楽園にしてやろう」という精神に触れることができる。
「This Hell」は、単なるポップソングではない。これは、“排除された者たち”が手を取り合い、笑いながら前へ進むための、現代的で美しい祝祭の音楽なのである。Rina Sawayamaは、声を上げることと踊ること、そのどちらもが“抵抗”になりうることを私たちに教えてくれる。
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