
1. 歌詞の概要
The Motelsの「Take the L」は、1982年のアルバム『All Four One』に収録されたシングルであり、ポップなメロディとアイロニカルな歌詞が絶妙に融合した楽曲である。タイトルの「Take the L」は、一見すると交通機関を意味する言葉のようにも見えるが、ここでは「Love(愛)」という言葉から「L」を取れば「Ove(Over=終わり)」になる、というウィットに富んだ言語遊戯を核としている。
つまり、「Take the L out of lover and it’s over」という一文が示すのは、「愛がなくなれば、恋人関係は終わる」という冷徹な真理である。このシンプルな一節に、愛情が失われたときに訪れる虚無や断絶感が凝縮されているのだ。
楽曲はアップテンポでありながら、歌詞の持つ空虚さや皮肉が強烈に響く構造となっており、The Motels特有の“ポップの仮面を被ったエモーショナルな語り”が存分に発揮されている。
2. 歌詞のバックグラウンド
「Take the L」は、当初The Motelsの幻のアルバムとして知られる『Apocalypso』に収録される予定であったが、レコード会社の方針によってアルバムはリジェクトされ、結果的に再録音された形で『All Four One』に収められることとなった。
この時期、The Motelsはメンバー交代や制作上のプレッシャーに直面していたものの、マーサ・デイヴィスのソングライティングは一層冴えわたり、彼女の内面を反映した曲が次々に生まれていた。「Take the L」もまた、愛が冷めてしまった関係の行き詰まりを、明確でシニカルな表現で描いた作品である。
作詞はマーサ・デイヴィスと、元ストロベリー・アラーム・クロックのマイケル・グレアムによる共作。英語の単語遊びと感情の機微を巧みに組み合わせたこの楽曲は、80年代のニュー・ウェイヴの中でもひときわ文学的な輝きを放っている。
3. 歌詞の抜粋と和訳
楽曲の核となる一節を紹介しよう。
Take the L out of lover and it’s over
「L」を「lover」から取ったら、それはもう「終わり」
このフレーズはシンプルながらも非常に強烈な比喩であり、「愛の不在」が恋愛関係の終焉を意味するという、普遍的な真実を象徴している。
I never thought you’d go
君が去るなんて、思ってもみなかったUntil I realized I couldn’t find you anymore
気づいたときには、もう君がどこにもいなかった
このラインには、過ぎ去った愛に対する驚きと喪失の痛みが込められている。「去っていく瞬間」を目の当たりにするのではなく、「気づいたときにはもう遅かった」という感覚が、余計に胸を締めつける。
(出典:Genius Lyrics)
4. 歌詞の考察
「Take the L」は、そのタイトルが象徴するように、「言葉の力」と「感情の変化」が表裏一体であることを巧みに描き出した楽曲である。「lover」と「over」という言葉の重ね合わせは、まるで運命の語呂合わせのようでもあり、人の関係性がいかに脆く、繊細で、そして不可逆的であるかを痛感させる。
マーサ・デイヴィスのヴォーカルは、この曲においても一貫して冷静でありながら情熱を孕んでおり、彼女が「もう愛していないのよ」と静かに語るたびに、言葉にならないほどの寂しさが滲み出る。特に「I gave you everything, but you threw it all away(私はすべてを与えたのに、あなたはそれを全部投げ捨てた)」というラインでは、愛の無力さと、その背後にある怒りや諦めが交錯している。
楽曲全体はポップなサウンドに包まれているが、その内側に潜む感情は極めてリアルであり、リスナーはそのギャップに不意を突かれるような衝撃を受ける。これはまさに、The Motelsが得意とする“ポップの仮面の下にある真実”を体現した一曲である。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Is She Really Going Out with Him? by Joe Jackson
皮肉と失望が織り交ぜられたリリックで恋愛の不条理を描いた、ニュー・ウェイヴの名曲。 - Cruel to Be Kind by Nick Lowe
「やさしさの裏にある残酷さ」という逆説をテーマにしたポップ・チューン。陽気な曲調とほろ苦い歌詞の対比が「Take the L」に通じる。 - Love My Way by The Psychedelic Furs
恋愛と個性のはざまで揺れる感情を、独自の詞世界で表現した80年代らしい一曲。 - Tempted by Squeeze
誘惑と後悔、そして関係の複雑さをポップに描く珠玉のラブソング。
6. 言葉遊びの裏にある本質:ニュー・ウェイヴ時代の知性と感情
「Take the L」が持つ最大の魅力は、言葉の使い方にあると言っても過言ではない。単なる洒落や言語遊びを超えて、「L」という文字の喪失が意味するのは、「愛という感情の崩壊」そのものであり、そこには言語が持つ象徴性と、感情の不可視性が交差している。
この曲がリリースされた1982年は、ニュー・ウェイヴが商業的にも文化的にも成熟していた時期であり、アーティストたちは単なる恋愛の歌ではなく、心理的、社会的なテーマをポップの形式に織り込むことを試みていた。The Motelsはその最前線にいた存在であり、「Take the L」はまさにその象徴的な成果なのである。
「Take the L」は、言葉の裏に隠された感情の裂け目を見つめるような楽曲であり、ポップでありながら深く、聴き手の心に静かに刺さる。マーサ・デイヴィスの内面をそのまま音に変えたようなこの楽曲は、今もなお多くのリスナーの“心の辞書”に刻まれ続けている。愛が失われたとき、私たちは何を失い、何を残されるのか──その問いかけは、どんな時代にも色褪せることがない。
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