
1. 歌詞の概要
Monkey Gone to Heavenは、Pixiesが1989年に発表したアルバムDoolittleに収録された楽曲である。
シングルとしては1989年3月にリリースされ、Doolittle本編では7曲目に置かれている。Pixiesの代表曲のひとつであり、オルタナティブロック史においても非常に重要な一曲だ。
この曲は、わずか3分弱の中に、環境破壊、神話、聖書的な数字、進化論、人間の傲慢、死、そしてポップソングとしての強烈なフックを詰め込んでいる。
普通なら破綻しそうな要素ばかりである。
しかしPixiesは、それを奇妙なほど自然に鳴らす。
歌詞の中心にあるのは、人間が自然を壊し、その結果として世界の秩序が狂っていくという感覚だ。海は汚れ、空には穴が開き、神話的な存在さえも傷ついている。そこに、猿が天国へ行ったという、どこか滑稽で、どこか悲しいイメージが置かれる。
タイトルのMonkey Gone to Heavenは、非常に不思議な言葉である。
猿が天国へ行った。
それだけ聞くと、童話のようでもある。
ジョークのようでもある。
宗教的な寓話のようでもある。
進化論への皮肉のようでもある。
猿は、人間の祖先を連想させる存在である。人間に近い動物であり、同時に人間が自分より下の存在として見なしがちな動物でもある。その猿が天国へ行くということは、救済されるのは人間ではなく、むしろ人間以前の存在なのかもしれないという逆転を含んでいる。
この曲では、人間が世界の中心にいるという考えが揺さぶられる。
人間は自然を壊す。
神や悪魔について語る。
数字に意味を与える。
自分を特別な存在だと思う。
けれど、その結果として、世界はどんどん壊れていく。
Monkey Gone to Heavenは、そうした人間中心主義への強烈な違和感を、シュールな言葉と爆発するギターで表現した曲である。
ただし、この曲は説教くさい環境ソングではない。
そこがPixiesらしい。
環境破壊をテーマにしているのに、歌詞はまっすぐな警告文にならない。むしろ、海底の神、空の穴、5、6、7という数字、猿の死後の行き先といった奇妙な断片が並ぶ。
意味はある。
しかし、完全には説明されない。
だからこそ、この曲は何度聴いても不気味に残る。
論理ではなく、イメージが刺さるのだ。
2. 歌詞のバックグラウンド
Monkey Gone to Heavenが収録されたDoolittleは、Pixiesの2作目のフルアルバムである。
1989年4月に4ADからリリースされ、アメリカではElektraからも展開された。プロデューサーはGil Norton。前作Surfer Rosaでの荒々しさを残しながら、より整理され、よりポップで、より巨大な音像を持った作品になっている。
Doolittleには、Debaser、Wave of Mutilation、Here Comes Your Man、Gouge Awayなど、Pixiesの代表曲が多数収録されている。その中でMonkey Gone to Heavenは、アルバムの中盤に強烈な異物感を放ちながら置かれている。
この曲は、Pixiesにとっていくつかの点で特別だった。
まず、ストリングスが導入されている。
2本のチェロと2本のヴァイオリンが加わり、Pixiesの曲としては当時かなり異例のアレンジになった。これによって、曲には荒々しいギターロックだけでは出せない、不穏な荘厳さが生まれている。
ギターが地面をえぐるなら、ストリングスは空から黒い影を落とす。
そんな関係だ。
また、この曲はPixiesにとってメジャーレーベル契約後の最初期の重要シングルでもある。Elektraとの契約後、アメリカ市場へより大きく開かれていく時期に発表された曲でありながら、その内容はまったく媚びていない。
環境破壊。
聖書的な数秘。
猿。
天国。
海の神。
穴の空いた空。
これをシングルにするバンドは、やはり普通ではない。
Black Francisは、この曲について環境的なテーマと神話的なイメージを結びつけて語っている。海を、浄化と分解の場であり、同時に神話的な場所として捉えていたことも知られている。つまりこの曲の海は、単なる自然環境ではない。
ゴミが流れ込む場所であり、
生命の源であり、
神話の舞台であり、
人間の罪が沈む場所でもある。
Doolittle全体にも、聖書、暴力、超現実、死、身体、自然、性が混ざり合っている。Monkey Gone to Heavenは、その中でも特に、地球規模のイメージと宗教的なイメージが強く出た曲である。
Pixiesというバンドの魅力は、静と動のコントラスト、Black Francisの叫び、Kim Dealのベースとコーラス、Joey Santiagoの鋭いギター、David Loveringのタイトなドラムにある。だがMonkey Gone to Heavenでは、それに加えて、どこか映画的なスケールがある。
たった3分弱なのに、世界の終わりを見ているような感じがする。
しかも、その終わりはハリウッド映画のように大げさではない。
もっと変で、もっと乾いていて、少し笑える。
空に穴が開き、海は汚れ、猿は天国へ行った。
それだけで、もう十分に世界はおかしい。
3. 歌詞の抜粋と和訳
歌詞の著作権に配慮し、ここでは短い一節のみを抜粋する。
This monkey’s gone to heaven
和訳すると、次のような意味になる。
この猿は天国へ行った
この一節は、曲のタイトルであり、サビの中心でもある。
非常に短い。
しかし、奇妙な重さがある。
猿という言葉は、普通なら神聖な存在ではない。人間に近いが、人間ではない。少し滑稽で、動物的で、進化の過程を思わせる存在である。その猿が天国へ行くというイメージは、宗教的な救済と、進化論的な人間観が奇妙に衝突する。
この猿は何者なのか。
自然の象徴かもしれない。
人間以前の生命かもしれない。
人間そのものの戯画かもしれない。
あるいは、環境破壊によって死んでいく生き物たちの代表なのかもしれない。
天国へ行ったという表現には、救われたような響きがある。
しかし、曲全体を聴くと、そこには皮肉もある。
地上が壊れてしまったから、天国へ行くしかなかったのではないか。
人間が住む世界は、もはや猿にも耐えられない場所になったのではないか。
それとも、人間より猿のほうが先に救われるのか。
この一節だけで、いくつもの解釈が立ち上がる。
もうひとつ、この曲で非常に有名な短いフレーズがある。
If man is five
和訳すると、次のようになる。
もし人間が5なら
この後に、悪魔と神に対応する数字が続いていく。ここで歌われる5、6、7の連なりは、聖書的な数秘や西洋文化における数字の象徴性を思わせる。
6は悪魔の数字とされることが多く、7は完全性や神聖さを連想させる数字である。では、人間が5であるとは何を意味するのか。
人間は、動物と神の間にいる存在なのかもしれない。
完全ではなく、悪魔ほど絶対的でもない。
中途半端で、未完成で、だからこそ危険な存在。
この数字のフレーズは、ライブでも非常に強い効果を持つ。
Black Francisが数字を叫ぶたびに、曲は奇妙な儀式のようになる。意味を完全に理解する前に、数字そのものが呪文のように耳に残る。
Monkey Gone to Heavenの歌詞は、こうした呪文性を持っている。
説明ではなく、反復とイメージによって聴き手を巻き込むのだ。
歌詞引用元および権利情報は、記事末尾の参考情報に記載する。
4. 歌詞の考察
Monkey Gone to Heavenの歌詞を考えるうえで、まず重要なのは、この曲が環境破壊をテーマにしながら、通常のプロテストソングの形を取っていないことだ。
普通、環境破壊を歌う曲は、もっと直接的になることが多い。
地球を守ろう。
海を汚すな。
空を壊すな。
人間は反省すべきだ。
もちろん、それも大切な表現である。
しかしPixiesは、そうしない。
彼らは警告文を書かない。
代わりに、異様な絵を見せる。
海底に神がいる。
空に穴が開いている。
人間は5で、悪魔は6で、神は7である。
猿は天国へ行った。
この映像の連続が、聴き手の中に不安を作る。
環境破壊という言葉を聞いたときの理性的な反応ではなく、もっと身体的な違和感が生まれる。世界の構造そのものが少しずれてしまったような感覚だ。
Pixiesの歌詞は、しばしばこういう働きをする。
意味を明快に説明するのではなく、奇妙なイメージを置く。
そのイメージが、聴き手の頭の中で勝手に増殖する。
気づけば、曲の中に引き込まれている。
Monkey Gone to Heavenでは、その手法が非常に成功している。
曲の冒頭から、海と空が壊れている。
海は生命の源であり、神秘の場所である。けれど、人間はそこを汚す。空は広く、神聖で、無限のように感じられる場所である。けれど、そこにも穴が開く。
つまり、人間は上下の世界を両方とも破壊している。
下の海。
上の空。
その間にいる人間。
この構図は非常に強い。
人間は地上に立っている。だが、その下も上も壊してしまった。すると、自分の居場所も不安定になる。自分が世界の中心だと思っていた人間は、実は壊れた海と壊れた空に挟まれた、非常に危うい存在なのだ。
ここで数字のフレーズが効いてくる。
人間は5。
悪魔は6。
神は7。
人間は神でも悪魔でもない。
しかし、悪魔へ近づくこともできるし、神聖なものを求めることもできる。
その中間にいるからこそ、選択を誤る。
Pixiesはそれを道徳的に語らない。
ただ、数字で示す。
この乾いた提示がかっこいい。
また、猿というモチーフは、人間の進化と動物性を同時に呼び起こす。
人間は猿から進化した存在だとされる。だが、人間が進化の頂点にいるという考えは、この曲ではかなり怪しくなる。むしろ、人間は知性を得たことで、世界を壊す力まで手にしてしまった。
その結果、猿は天国へ行った。
これは、進化の勝者であるはずの人間への皮肉のようにも聞こえる。
人間は地上に残り、破壊を続ける。
猿は天国へ行く。
では、どちらが救われた存在なのか。
この問いは、曲の中で明確には答えられない。
だが、答えがないからこそ残る。
サウンド面でも、Monkey Gone to Heavenは歌詞の世界と完璧に合っている。
まず、曲は意外なほどポップである。
メロディは覚えやすい。
ベースラインはくっきりしている。
ギターのリフも明快だ。
構成も短く、無駄がない。
しかし、そのポップさの中に異物が入っている。
ストリングスである。
この弦の響きが、曲に奇妙な荘厳さを与えている。普通のギターロックなら、もっと地上の音になる。だがストリングスが入ることで、曲は少し天上へ引っ張られる。同時に、その美しさが不気味でもある。
天国という言葉に対して、ストリングスが鳴る。
でも、それは清らかな天国ではない。
汚染された世界の上にある、どこか歪んだ天国である。
Black Francisのヴォーカルも重要だ。
彼はこの曲で、完全に叫び続けるわけではない。抑えた歌い方と、数字を叫ぶ部分の爆発がある。このコントラストが、Pixiesらしい静と動を作っている。
静かな部分では、世界の異常が淡々と語られる。
そして数字の部分で、突然儀式のような熱が出る。
この構造は、後のオルタナティブロックに大きな影響を与えたPixiesのダイナミクスそのものでもある。静かに始まり、急に爆発する。抑圧と解放。冷静と狂気。
Monkey Gone to Heavenでは、そのダイナミクスが環境と宗教のイメージに結びついている。
つまり、世界が壊れていることを淡々と見せたあとで、人間、悪魔、神という大きな秩序が突然叫ばれる。
この落差が凄まじい。
また、この曲にはユーモアがある。
ここを忘れると、Pixiesを読み間違える。
Monkey Gone to Heavenは深刻な曲だ。
でも、真面目一辺倒ではない。
タイトルからして、どこか変だ。
猿が天国へ行ったという言い方には、ブラックユーモアがある。
このユーモアが、曲を重たいメッセージソングから救っている。
Pixiesは、世界の終わりを笑いながら見ているようなバンドである。笑っているから軽いのではない。笑わなければ受け止められないほど、世界がおかしいのだ。
Monkey Gone to Heavenにも、その感覚がある。
環境破壊は恐ろしい。
神話的秩序は崩れている。
人間は愚かだ。
でも、それを猿が天国へ行ったと歌う。
この言い換えのセンスが、Pixiesの凄みである。
5. この曲が好きな人におすすめの曲 5曲
- Debaser by Pixies
Doolittleの冒頭曲であり、Pixiesのシュールな爆発力を最もわかりやすく示す一曲である。ルイス・ブニュエルとサルバドール・ダリの映画アンダルシアの犬に触発された歌詞を、疾走するギターロックへ変換している。Monkey Gone to Heavenの奇妙なイメージと言葉の暴力性に惹かれた人には、まず聴いてほしい曲である。
- Gouge Away by Pixies
Doolittleのラストを飾る曲で、聖書的なモチーフ、身体的な暴力、抑えたヴァースから爆発するサビというPixiesらしさが濃く出ている。Monkey Gone to Heavenよりも暗く、重く、内側へ沈む感触がある。宗教的なイメージとオルタナティブロックの緊張感が好きなら強く響くだろう。
- Wave of Mutilation by Pixies
同じくDoolittle収録曲で、海のイメージと死の気配が印象的な曲である。Monkey Gone to Heavenが海と空の破壊を歌うなら、Wave of Mutilationは海へ向かう破滅的なロマンを軽快なポップソングとして鳴らす。明るいメロディと暗い内容の組み合わせという点で非常にPixiesらしい。
- Here Comes Your Man by Pixies
Pixiesの中でも最もポップな曲のひとつである。Monkey Gone to Heavenの奇妙さとは違い、こちらは開けたメロディと明るいギターが前面に出る。ただし、Pixies特有の乾いた違和感は残っている。Doolittleがただ過激なだけでなく、強烈なポップセンスを持つアルバムだったことがわかる曲である。
- Where Is My Mind?
Surfer Rosaに収録された代表曲で、浮遊感と不穏さが同居する名曲である。Monkey Gone to Heavenのような環境や数秘のテーマはないが、現実の輪郭がゆらぐ感覚、シンプルなギターリフ、Black Francisの奇妙な歌詞世界が共通している。Pixiesの入口としても重要な一曲だ。
6. 環境破壊を奇妙な神話に変えた、Pixiesの決定的名曲
Monkey Gone to Heavenは、Pixiesというバンドの特異性を非常によく示している。
普通のバンドなら、環境破壊を歌うとき、もっと明確なメッセージを作るかもしれない。
海を守ろう。
空を守ろう。
人間は反省しよう。
もちろん、それは正しい。
だがPixiesは、その正しさとは別の場所へ行く。
彼らは、壊れた世界を神話にしてしまう。
海には神がいて、空には穴があり、人間は5で、悪魔は6で、神は7で、猿は天国へ行く。
このめちゃくちゃなようで、妙に筋が通っている世界観が、Pixiesの最大の魅力である。
Monkey Gone to Heavenは、理屈で聴く曲ではない。
もちろん、環境問題、進化論、聖書的数字、神話性といったテーマを読み解くことはできる。だが、この曲の本当の力は、それらを理解する前に、音とイメージが体に入ってくるところにある。
あのベース。
あのストリングス。
あの叫び。
あの猿。
あの数字。
一度聴くと、忘れにくい。
それは、曲が非常に短く、非常に鋭く、非常に奇妙だからである。
Pixiesは、長い説明をしない。
必要なイメージだけを投げる。
聴き手はそれを受け取って、自分の中で勝手に意味を膨らませる。
だから曲は、何十年経っても古びない。
むしろ、環境破壊というテーマは、今の時代にさらに重く響く。
海の汚染。
気候変動。
空の異常。
人間が自然のバランスを崩しているという感覚。
1989年の曲でありながら、Monkey Gone to Heavenの不安はまったく過去のものになっていない。
ただし、この曲は予言のように偉そうではない。
そこがいい。
世界が壊れているとき、Pixiesは悲壮な顔で警告するのではなく、奇妙なフレーズを叫ぶ。
猿が天国へ行った、と歌う。
それは滑稽であり、恐ろしくもある。
この笑いと恐怖の同居が、Pixiesのロックを特別にしている。
Monkey Gone to Heavenは、ポップソングとしても非常に完成度が高い。
メロディは強い。
サビは一度で覚えられる。
演奏はタイトで、無駄がない。
ストリングスの導入も過剰ではなく、曲の不気味さを的確に増幅している。
実験的なのに、聴きやすい。
シュールなのに、キャッチー。
短いのに、世界が大きい。
この矛盾こそ、Pixiesの本質だ。
後のオルタナティブロックやグランジに大きな影響を与えたバンドとしてPixiesは語られることが多い。静と動のコントラスト、奇妙なポップ感覚、ノイズとメロディの共存。そのすべてが、Monkey Gone to Heavenには詰まっている。
しかし、影響関係を抜きにしても、この曲はただ強い。
世界が壊れていく感覚を、こんなにも変で、短く、忘れられない形で鳴らした曲は多くない。
Monkey Gone to Heavenは、環境ソングであり、神話の断片であり、ブラックユーモアであり、オルタナティブロックのアンセムである。
そして何より、Pixiesにしか書けない曲である。
猿は天国へ行った。
人間はまだ地上にいる。
その事実が、この曲を聴いたあと、妙に重く残る。
参考情報
- Monkey Gone to Heaven – Wikipedia
- Doolittle – Wikipedia
- Pixies – Monkey Gone To Heaven|Official Video
- Monkey Gone to Heaven – song and lyrics by Pixies|Spotify
- Why Pixies’ Monkey Gone To Heaven is the greatest song about the environment|Radio X
- The Clear Message and Cryptic References in Pixies’ First Hit Monkey Gone to Heaven|American Songwriter
- Pixies – Doolittle|Pitchfork

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