
1. 歌詞の概要
「Lies」は、イギリスのニューウェイヴ・グループ、トンプソン・ツインズ(Thompson Twins)が1982年にリリースしたシングルであり、翌年のアルバム『Quick Step and Side Kick』にも収録された楽曲である。この曲は、タイトル通り“嘘”をテーマにした、皮肉と怒り、そしてユーモアに満ちたポップ・トラックである。
表面的にはキャッチーでリズミカルなエレクトロ・ポップであるが、その下には人間関係における欺瞞、欲望、欺かれる側の憤りが渦巻いている。サビで繰り返される「Lies, lies, lies, yeah!」というフレーズは、一度聴いたら耳に残る強烈な印象を与え、語り手の怒りと諦念がシンプルかつ中毒性のある表現に凝縮されている。
この曲の語り手は、自分に向けられた嘘の数々を暴露し、それらに翻弄される苦しみや皮肉な悟りを、まるで“踊りながら叫ぶ”かのように歌い上げている。そのスタイルは、1980年代的な「踊れる痛み」の典型とも言える。
2. 歌詞のバックグラウンド
「Lies」は、トンプソン・ツインズの三人編成(トム・ベイリー、アランナ・カリー、ジョー・リーヴァーズ)体制初期に発表された楽曲であり、それまでの実験的なアヴァンギャルド志向からポップスへの大転換を遂げた重要な一歩である。特にアメリカ市場での人気を決定づけた楽曲のひとつで、Billboard Hot 100でも最高30位にランクインした。
プロデュースは、グレース・ジョーンズやダリル・ホール&ジョン・オーツを手がけたことで知られるアレックス・サドキン。彼のプロダクションは、洗練されたシンセ・サウンドとパーカッシブなリズムを特徴とし、「Lies」においてもそのスタイルが色濃く現れている。曲全体に漂うダンスフロア的テンションと皮肉な歌詞のギャップが、この楽曲の最大の魅力と言える。
また、MVではメンバーたちが夸張された表情で「嘘」と向き合う様子が描かれ、視覚的にもその滑稽さと毒が強調されている。コミカルでありながら、本質はかなりブラックなテーマを孕んでいるのだ。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に「Lies」の代表的な一節を抜粋。引用元:Genius
You told me you loved me
So I don’t understand
君は僕を愛してると言ったのに
僕にはそれがまったく理解できないWhy promises never are kept
And you made me believe in make-believe
どうして約束はいつも守られないの?
君は“作り物”の愛を信じさせたんだ
そしてサビではこう繰り返される:
Lies, lies, lies, yeah!
Lies, lies, lies!
嘘、嘘、嘘だ!
すべて嘘ばかりだ!
シンプルながら感情を爆発させるこの繰り返しが、楽曲のクライマックスに強烈な勢いを与えている。
4. 歌詞の考察
「Lies」は、恋愛における欺瞞と裏切りを、怒りではなく“ダンスミュージック”という形式で昇華した異色のポップ・ソングである。この曲の核心には、「信じた側の敗北感」がある。言葉で与えられた希望――「愛してる」「約束する」――がことごとく嘘だったと知ったとき、語り手は怒り、戸惑い、やがて皮肉でしか自分を守れなくなっていく。
この曲の語り手は、徹底的に「騙された側」でありながら、それを力強く叫ぶことで主導権を奪い返そうとしている。「Lies!」と繰り返す声には、ある種のカタルシスと“笑い飛ばす勇気”が宿っている。それは痛みを否定するのではなく、痛みの中に立ち向かう武器として“音楽”が機能している好例である。
また、ポップでありながらメッセージ性の強いこの楽曲は、1980年代初期の音楽的潮流とも合致していた。当時はファッションやエレクトロニクスと同時に、感情の表現にも新しいスタイルが求められていた時代。そうした中で「Lies」は、軽やかなフックの中に鋭い現実感を織り交ぜることで、ポップ・ミュージックの可能性を一段引き上げた楽曲であった。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Sweet Dreams (Are Made of This) by Eurythmics
夢と幻想、欲望と支配をテーマにしたシンセポップの金字塔。 - Love Plus One by Haircut 100
軽やかでダンサブルながらも、どこか切ない恋の駆け引きが描かれる。 - (Keep Feeling) Fascination by The Human League
感情の複雑さと80年代的エレクトロニクスの融合が際立つ楽曲。 - Don’t You Want Me by The Human League
別れと自己認識のズレを皮肉交じりに描いた名バラード。 - Let’s Go to Bed by The Cure
カジュアルな装いの中に、深い孤独と距離感が潜む不思議なポップソング。
6. 嘘に踊らされながら、なお叫ぶ――1980年代の反抗歌
「Lies」は、単なる“失恋ソング”や“怒りの告発”ではない。それは、欺かれることに慣れつつある現代人の姿を、早くも1980年代に描き出していたようにも思える。
この曲において「嘘」とは、恋人からの裏切りだけでなく、社会の言葉、広告のイメージ、日々飛び交う建前すべてを象徴しているように響く。
それでも、トム・ベイリーの声は高らかに「Lies!」と叫び続ける。軽やかなシンセとリズムに乗せて、“本音”を、そして“抗い”を、ポップに、スタイリッシュに伝える――それがこの曲の強さだ。
そして今もなお、「Lies」は私たちに問うている。
その言葉、信じていいのか?
その愛、ほんとうに本物だったのか?
答えはきっと、この曲のビートの中にこだましている。
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