発売日: 1980年6月24日
ジャンル: シンガーソングライター、ソフトロック、アリーナロック
概要
『Hold Out』は、ジャクソン・ブラウンが1980年に発表した6作目のスタジオアルバムであり、
彼にとって初めて全米アルバムチャート1位を獲得した、最大の商業的成功作である。
本作では、それまでの内省的なフォークロックから一歩踏み出し、
よりパワフルでアリーナ向きのサウンドへとシフトしている。
とはいえ、ブラウンの核である誠実なリリックと繊細な感情表現は失われておらず、
愛、喪失、希望、成長といったテーマが、
時にダイナミックに、時にひそやかに、アルバム全体を貫いている。
制作には、前作『Running on Empty』に引き続き、
クレイグ・ダーギやデヴィッド・リンドレーなど、長年の仲間たちが参加。
1980年代初頭、アメリカ社会が次の時代へと移行しつつあった中、
『Hold Out』は、その過渡期に生きる個人の感情を誠実に切り取った作品なのである。
全曲レビュー
1. Disco Apocalypse
時代の変化と文化の崩壊を暗示する、ダークでファンキーなオープニングナンバー。
ディスコ文化の終焉と、失われた理想への冷めた視線が感じられる。
2. Hold Out
アルバムタイトル曲。
夢を諦めずに生きることの難しさと、その中に灯る小さな希望を、
力強いメロディに乗せて歌い上げる。
3. That Girl Could Sing
未練と憧れの入り混じるラブソング。
情熱的なボーカルとドラマチックな展開が印象的で、
後年もライブで頻繁に取り上げられる人気曲となった。
4. Boulevard
ロサンゼルスの通りに生きる若者たちを描いた、社会派ロックナンバー。
ストリートの現実を、疾走感あふれるビートと切実なリリックで描き出す。
5. Of Missing Persons
亡き友人ローウェル・ジョージ(Little Feat)に捧げられた、感動的なバラード。
人生のはかなさと愛情が、静かに、しかし力強く響く。
6. Call It a Loan
ジャクソン・ブラウンとデヴィッド・リンドレーの共作による、美しいバラード。
愛を求める心の揺れと、その代償について静かに語る。
7. Hold On Hold Out
壮大なスケールを持つラブソングでアルバムを締めくくる。
曲の後半には、ほぼ話し言葉のような告白パートがあり、
ブラウンの誠実な心情が生々しく伝わってくる。
総評
『Hold Out』は、ジャクソン・ブラウンの音楽的な成熟と、
時代の変化に対する柔軟な対応を同時に示したアルバムである。
確かに、以前の作品に比べると、
サウンドはより大きく、ダイナミックになった。
だが、その奥に流れるテーマ――愛することの困難さ、失うことの痛み、
それでも希望を捨てない意志――は、
むしろこれまで以上に誠実で、真摯である。
ブラウンは、『Late for the Sky』や『The Pretender』で描いた内省の旅を経て、
『Hold Out』では”現実の中で愛と生を選び取る”ことの困難さに、
真正面から向き合ったのだ。
『Hold Out』は、
華やかな時代の終わりに静かに鳴り響いた、
“生き続けること”への静かな賛歌なのである。
おすすめアルバム
- Jackson Browne / Running on Empty
ツアー中の孤独と連帯を描いた、よりドキュメンタリー色の強い前作。 - Bruce Springsteen / The River
愛と喪失、希望と絶望を、大衆的なサウンドで描いた同時代の傑作。 - Fleetwood Mac / Tusk
ポップでありながら内省的なサウンドを追求した、野心的なアルバム。 - Little Feat / Time Loves a Hero
ローウェル・ジョージ在籍時の、都会的で洗練されたアメリカンロック。 -
Don Henley / I Can’t Stand Still
1980年代初頭の個人主義と社会意識をバランスよく描いたソロ作。
歌詞の深読みと文化的背景
『Hold Out』に通底するテーマは、
「個人の希望と時代の喪失感のせめぎ合い」である。
1980年、アメリカはカーター政権末期の停滞から、
レーガンによる新自由主義的な再起動へと向かおうとしていた。
理想は色褪せ、現実は厳しく、
個人はその狭間でもがき続けていた。
「Boulevard」では、都市に漂う若者たちの孤独を、
「Hold Out」では、夢を捨てずに生きることの難しさを、
ブラウンは冷静に、しかし決して絶望せずに描いている。
『Hold Out』は、”現実の重さ”に押しつぶされそうになりながらも、
なおも愛を信じ、希望を手放さない――
そんな人間の静かな強さを讃えるアルバムなのだ。
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