1. 歌詞の概要
「Space」は、It’s Immaterialのデビュー・アルバム『Life’s Hard and Then You Die』（1986）に収録された楽曲の一つであり、その名が示すように“空間”や“距離”、あるいは“余白”をテーマにした非常に詩的な作品である。物理的な宇宙空間ではなく、人間関係の間に生まれる目に見えない「スペース」、もしくは心の余白を象徴的に描いている。
この曲は、まるで日記のように静かで内省的な語り口で展開され、語り手が何かを失い、その喪失の痕跡として残された“空白”と向き合っているような感触がある。音数を極力抑えたアレンジが、この「スペース」というコンセプトを音楽的にも体現しており、文字通り“間”が支配する楽曲である。
歌詞は非常に断片的で抽象的でありながら、その空白の中に感情の濃密さが息づいている。何かを言いかけて、言わない。それが逆に、深い喪失や断絶を浮かび上がらせていく。It’s Immaterialが持つ文芸的センスと音響的静謐さが、最も静かに、しかし最も雄弁に響く一曲と言えるだろう。
2. 歌詞のバックグラウンド
「Space」はアルバムの中でもとりわけ異色な存在だ。ヒット曲「Driving Away from Home」のようなストーリーテリングでもなく、「Ed’s Funky Diner」のような風刺もない。ただただ、“語らないこと”で語っていく。その静謐な音像とともに、It’s Immaterialが当時のUKポップ・シーンにおいていかに独自の道を歩んでいたかを象徴する楽曲である。
1980年代半ば、イギリスではニュー・ロマンティクスやポストパンクが主流だったが、It’s Immaterialはそれらとは一線を画す“静のポップ”とも言えるアプローチを貫いた。「Space」に漂うのは、都市の雑踏のなかにふと現れる静寂、あるいは親密さと孤独の境界線のような場所。その音の隙間は、過剰な感情ではなく、抑えられた“呼吸”として機能している。
また、彼らの作品群の中でも「Space」は非常に短く、ミニマルな構成を持っていることから、“余白”や“語られないもの”の象徴として意図的に配置された可能性もある。アルバムの中で、むしろ静寂のほうが最も強く響くという逆説的な構成が見事なのだ。
3. 歌詞の抜粋と和訳
（引用元：Genius Lyrics）
Space, it comes between us
スペース、それは僕たちの間にある
It keeps us apart
それが僕たちを遠ざける
It gives us something
けれど、それは僕たちに“何か”を与えてもくれる
And it takes something away
同時に、何かを奪ってもいく
この一節は、まさにこの曲の核心を突いている。「スペース＝空間」は単なる距離ではなく、関係性の中で作用する“見えない力”である。それは人と人の間に一定の呼吸や自由を与える一方で、繋がりを断絶させ、疎外を生む源でもある。この両義性が、非常に静かな語り口の中に収められているのだ。
4. 歌詞の考察
「Space」は、It’s Immaterialが最も抑制された方法で“感情の核”に迫った曲であると言える。ほとんど何も語らない。だが、その沈黙こそが深い。そしてその沈黙の中に、関係の脆さ、記憶の儚さ、人生のある断絶点がゆっくりと立ち現れてくる。
この曲は、別れや喪失を描いているようでもあり、また単純に“今ここにある距離”を感じているようでもある。だからこそ、聴く人によって全く異なる意味を持ちうる。恋人との距離かもしれないし、亡くした人との空白かもしれない。あるいは、自分自身との隔たりかもしれない。
この楽曲は音楽というよりも、“間”の芸術に近い。メロディは極限まで抑えられ、声も低く、ほとんどささやきのようだ。だが、その抑えられた声が、感情を最もリアルに伝えるという逆説がここにはある。まるで誰かと喧嘩した後の沈黙、あるいは長い間を経て再会したときの気まずさのような——その“空気の密度”が、この曲を特別なものにしている。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- The Other Side of Town by Paul Brady
都市の孤独とすれ違いを描いた繊細なアコースティックソング。 - Holocaust by Big Star
声にならない痛みを静かに封じ込めた、静謐な絶望の歌。 - Are You the One That I’ve Been Waiting For? by Nick Cave & The Bad Seeds
抑えられた情熱と時間の隔たりを静かに語る、美しいバラード。 - Wichita Lineman by Glen Campbell
聴こえない声、遠くの誰かへの想い——距離と感情の交錯を描いた名作。 - Small Hours by John Martyn
時間が止まったような夜の湖面のようなサウンドと、ひとりの時間の尊さ。
6. “語られないこと”の美しさ
「Space」は、語りすぎないことで最大の感情を伝える、It’s Immaterialの静かな傑作である。この楽曲において“スペース”とは、文字通りの空間であると同時に、語られなかった言葉の余白、沈黙の呼吸、感情の名残のようなものだ。
我々は何かを失ったとき、その“失われたもの”以上に、そこに残された“空白”に苦しむのかもしれない。逆に、その空白があるからこそ、人は再び誰かと繋がる希望を見出すのかもしれない。この曲は、そうした「余白の意味」を問いかけてくる。
それはまるで夜の都市の交差点のように静かで、時が止まったかのような場所。そしてそこに立ち尽くす私たちに、「その距離をどう扱うのか」と静かに問いかけている。言葉少なに、しかし深く。それが「Space」の語り方なのである。
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