発売日: 1989年10月24日
ジャンル: ロック、サイバーパンクロック、シンガーソングライター
概要
『Transverse City』は、ウォーレン・ジヴォンが1989年に発表した7作目のスタジオアルバムであり、
テクノロジー時代への不安と冷笑を描いた、彼の最も野心的なコンセプトアルバムである。
本作では、
フィリップ・K・ディック的なサイバーパンクの世界観を下敷きに、
急速にハイテク化する都市、アイデンティティの喪失、冷え切った人間関係――
そんな近未来社会の孤独と荒廃をテーマに据えている。
ゲストには、デヴィッド・ギルモア(ピンク・フロイド)、ジェリー・ガルシア(グレイトフル・デッド)、ニール・ヤング、マイク・キャンベルらが名を連ね、
ハードロックからフォーク、エレクトロニカ風味まで、
重厚で多彩なサウンドスケープが展開されている。
商業的には振るわなかったが、
後年、「最も過小評価されたジヴォン作品」として再評価が進んでいる。
全曲レビュー
1. Transverse City
未来都市の混沌と絶望を、重たいシンセと硬質なリズムで描いたアルバムタイトル曲。
近未来版「Desperados Under the Eaves」とも言える。
2. Run Straight Down
環境破壊と核戦争の恐怖をテーマにした、ダークで緊張感あふれるロックナンバー。
ニール・ヤングがギターで参加している。
3. The Long Arm of the Law
暴力と権力支配の時代を、皮肉たっぷりに描くミッドテンポの楽曲。
抑えた演奏の中に、静かな怒りが滲む。
4. Turbulence
不安定で破壊的な世界を象徴するハードなロックチューン。
ジェリー・ガルシアによるギターが異彩を放つ。
5. They Moved the Moon
科学技術の暴走とロマンチシズムの喪失をテーマにした、美しくも切ないバラード。
アコースティックなサウンドが際立つ。
6. Splendid Isolation
皮肉と孤独をテーマにした、アルバム随一のキャッチーなナンバー。
「一人きりになりたい」――
そんな孤高の願いが、乾いたユーモアと共に響く。
7. Networking
冷酷な企業社会と、情報網に縛られた現代人を痛烈に風刺した、アグレッシブなロックソング。
8. Gridlock
都市の渋滞と人間関係の行き詰まりを重ね合わせた、
タイトで皮肉なミディアムテンポの楽曲。
9. Down in the Mall
モール文化(ショッピングモール社会)を批判的に描く、リズミカルで風刺の効いたナンバー。
10. Nobody’s in Love This Year
冷え切った人間関係と感情の欠如をテーマにした、
静かな哀しみに満ちたバラード。
アルバムを締めくくるにふさわしい、静かで深い余韻を残す。
総評
『Transverse City』は、ウォーレン・ジヴォンが
テクノロジーと消費社会に蝕まれた人間の未来像を、冷徹な視線と詩的な表現で描き切った異色作である。
シンセサイザーとギターを織り交ぜた重厚なサウンド、
都市の雑踏を思わせる密度の高いアレンジ、
そして何より、
未来を予見しながら、どこか諦めきれない人間への愛情が滲んでいる。
『Excitable Boy』のような即効性のあるポップさはないが、
『Transverse City』には、
より広いスケールで時代を見据えた、シリアスで力強いジヴォンの姿が刻まれている。
商業的失敗にもかかわらず、
本作は間違いなく、
ウォーレン・ジヴォンの最も野心的で重要な作品のひとつである。
おすすめアルバム
- Warren Zevon / Sentimental Hygiene
ジヴォン復活作。ハードかつタイトなロックサウンド。 - David Bowie / Diamond Dogs
ディストピア的未来像を描いたボウイのコンセプトアルバム。 - Neil Young / Trans
テクノロジーと疎外をテーマにした、ヤングのエレクトロニカ実験作。 - Lou Reed / New York
都会の狂気と社会批評を詰め込んだルー・リードの1980年代後半の傑作。 -
R.E.M. / Green
同じ時期にR.E.M.が提示した、環境問題と社会意識をテーマにしたオルタナティブロック作品。
歌詞の深読みと文化的背景
1989年――
ベルリンの壁崩壊直前、冷戦終結が目前に迫る中、
世界は加速するグローバル化と情報化社会の到来を迎えつつあった。
『Transverse City』は、
そんな時代の胎動を、
人間疎外、都市の無機質化、消費文化の暴走といったテーマに昇華している。
「Run Straight Down」では、
環境破壊と破滅を、
「Networking」では、
冷たく管理される現代社会を、
「Splendid Isolation」では、
孤独を唯一の贖いとする人間の姿を――
ウォーレン・ジヴォンは、
未来を恐れながらも、
どこかで人間の救済の可能性を信じている。
『Transverse City』は、
未来の闇を見つめるために書かれた、冷たくも温かい叙事詩なのである。
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