
発売日:1991年10月15日
ジャンル:Rock / Singer-Songwriter / Folk Rock
概要
Warren ZevonのMr. Bad Exampleは、1980年代後半の復調を経た彼が、持ち味である黒いユーモア、犯罪や失敗をめぐる物語、端正なメロディを改めて前面に出した1991年作である。前作Transverse Cityではシンセサイザーを多用して近未来的な都市を描いたが、本作ではピアノ、ギター、ベース、ドラムを中心とした比較的素朴なバンドサウンドへ戻っている。長年の協力者Waddy WachtelとZevonがプロデュースし、David Lindleyらも参加した。
歌詞の登場人物は善良な模範的人物から遠い。表題曲の詐欺師、「Finishing Touches」の破綻した関係、「Things to Do in Denver When You’re Dead」の死を意識した語り手など、失敗や暴力、不道徳を抱えた人物をZevonは乾いた笑いとともに描く。ただし悪人を面白がるだけではなく、その滑稽さの裏側に孤独や後悔が見えることが重要である。1990年代の新しいロック潮流に合わせるより、物語を書くソングライターとしての強みを磨いた作品であり、後期Zevonの安定した作風への入口にもなった。
全曲レビュー
1. 「Finishing Touches」
関係がほとんど壊れているにもかかわらず、最後の仕上げを加えるように傷を深くしていく男女を描く。明快なロックンロールの伴奏と、感情的にはかなり荒れた歌詞の組み合わせがZevonらしい。ギターとピアノは重苦しく沈まず、むしろ軽快に曲を押すため、破局の悲劇がどこかブラックコメディのように聞こえる。アルバム全体に流れる「深刻な状況を深刻な音だけでは描かない」という方法を最初に示している。
2. 「Suzie Lightning」
歪んだギターを前へ出した簡潔なロック曲で、タイトルの人物を強い印象を残して通り過ぎる存在として描く。Zevonの歌は熱烈なロマンスへ向かわず、相手に振り回される感覚と、その危険性まで楽しんでいるような距離がある。サビは非常に覚えやすく、細かな説明を加えなくても人物像が残る。物語を長く語る曲が得意なZevonが、名前と数個のイメージだけでもキャラクターを作れることを示す一曲だ。
3. 「Model Citizen」
タイトルの「模範市民」をそのまま褒めるのではなく、社会が要求する立派さと実際の人間とのずれを皮肉る。演奏は明るく整っているため、歌詞に含まれる不信感がかえって際立つ。Zevonは社会批評を大きな政治声明にせず、ある人物の態度や自己認識を通して見せることが多く、ここでもその方法が使われている。表題曲へ向けて、「良い人間」「悪い人間」という区分そのものを疑わせる役割も持つ。
4. 「Angel Dressed in Black」
「黒衣の天使」という古典的なイメージを使い、魅力と危険が同じ人物に存在する関係を描く。ギター中心の演奏にはブルースやルーツロックの感触があり、Zevonの低く乾いた声とよく合う。相手を完全な悪として遠ざけるのではなく、危険だと分かっていても引き寄せられる語り手自身にも問題があるところが重要だ。Zevonの恋愛歌にしばしば現れる、自滅を理解しながら止められない人物像がよく表れている。
5. 「Mr. Bad Example」
東欧風の速いリズムとアコーディオンを思わせる音色に乗せ、語り手が自分の悪事を次々と自慢するコミカルな物語歌である。詐欺や窃盗などを重ねながら各地を渡り歩く人物は反省する様子がほとんどなく、その徹底した不道徳さ自体が笑いになる。Zevonは善悪を曖昧にして格好よく見せるのではなく、行動を過剰に積み上げて人物を戯画化する。軽快な演奏と最低な主人公の落差によって、本作のブラックユーモアを最も純粋な形で聞かせるタイトル曲だ。
6. 「Renegade」
南北戦争とその後の記憶を背景に、家族や土地、歴史から受け継がれるものへ目を向ける。前曲の漫画的な悪党から一転し、Zevonは声を抑えて物語の重さを受け止める。歌詞には歴史上の出来事と個人的な記憶が重なる感触があり、「反逆者」という言葉も単純な英雄像には収まらない。アルバム中盤でユーモアをいったん止め、アメリカの過去が個人へどう残るのかを静かに考える曲である。
7. 「Heartache Spoken Here」
カントリー音楽の語法を意識した曲で、Dwight Yoakamがボーカルで参加している。失恋を扱う言葉には酒場の歌のような親しみやすさがあり、Zevon特有の皮肉もジャンルの定型と自然に結びつく。ギターはロック的な重量より軽い足取りを優先し、二人の異なる声が曲へ会話的な動きを与える。Zevonの作曲がピアノロックだけでなく、カントリーやフォークの物語歌とも近い位置にあることが分かる。
8. 「Quite Ugly One Morning」
題名からして、自分の状態を美化する気がまったくない。荒れた朝を迎えた人物の感覚を、短く直接的な言葉とロックンロールの演奏で描き、自己嫌悪さえ笑いへ変える。Zevonは悲惨な人物を外から嘲笑するだけでなく、語り手自身が笑われる側へ回ることでユーモアを成立させることが多い。表題曲の大掛かりな悪人像に対し、こちらは日常レベルのだらしなさを扱うことでアルバムの人間臭さを強めている。
9. 「Things to Do in Denver When You’re Dead」
死を目前にした人物がデンバーで過ごす時間を思い描く、Zevonの代表的な物語歌の一つである。タイトルには観光案内のような軽さがあるが、その「when you’re dead」という付け足しによって、日常的な行動すべてに死の影が差す。演奏は過剰に悲劇化せず、落ち着いた旋律の中で言葉をじっくり聞かせる。死を恐怖だけで扱わず、皮肉、諦め、残された時間への愛着を同時に含ませる点にZevonの作詞の強さがある。
10. 「Searching for a Heart」
最後は犯罪者や破綻した人物から離れ、「心」を探し続けるという非常に素直な題材へ向かう。Zevonは愛が簡単に見つかるとは歌わず、それでも探すことをやめられない人間の姿を簡潔なメロディへ置く。バンド演奏も派手な仕掛けを避け、サビの言葉が自然に残るよう支えている。悪い見本ばかりを並べてきたアルバムが、最後には人間が他者とのつながりを必要とするという基本的な欲求へ戻ることで、皮肉だけではない余韻を作っている。
総評
Mr. Bad Exampleの強みは、Zevonのユーモアが単なる冗談ではなく、人物を理解する方法になっていることである。表題曲の主人公は極端な悪党だが、「Quite Ugly One Morning」では語り手自身が情けない存在になり、「Finishing Touches」では恋愛の破綻を止められない。誰かを安全な場所から裁くのではなく、人間には多かれ少なかれ愚かさや自己破壊的な部分があるという視点が作品全体をつないでいる。
音楽は前作Transverse Cityの電子的な方向から大きく離れ、ZevonのピアノとWachtelを中心とするギターを生かしたルーツ志向へ戻った。そのため歌詞のキャラクターや物語が前面に出やすく、カントリー風の「Heartache Spoken Here」や東欧的な色を持つ表題曲のような変化も自然に収まる。ジャンルを変えること自体を実験として見せるのではなく、各物語に合う伴奏を選んでいる点が成熟したソングライターらしい。
アルバム中盤以降では、笑いの奥にある死や歴史への意識が次第に強くなる。「Renegade」は個人を越えた過去へ視野を広げ、「Things to Do in Denver When You’re Dead」は死を日常生活の延長として扱い、最後の「Searching for a Heart」は他者を求める感情へ着地する。この流れによって、序盤の皮肉な人物スケッチが単なる悪趣味なジョーク集ではなかったことが見えてくる。Zevonにとって笑いは深刻さを消すものではなく、深刻なものを直視するための距離でもある。
1970年代のExcitable Boyほど代表曲が集中した作品ではなく、サウンド面でも時代を変えたアルバムではない。しかし、物語の設定、短い言葉で人物を立てる技術、耳に残るメロディというZevonの長所は非常に安定している。1990年代に入っても流行のオルタナティヴ・ロックへ寄せず、自分が最も得意とする「笑えるほどひどい人生を、笑うだけでは終わらせない歌」を磨いた。後期の作品へ続くZevonの作家性が、明瞭な形でまとまった一枚である。
おすすめアルバム
Transverse City by Warren Zevon
1989年の前作で、シンセサイザーを多用し、テクノロジーに覆われた都市を描いた異色作。本作の生演奏中心のルーツロックと比べることで、Zevonがサウンドを大きく切り替えたことが分かる。
Life’ll Kill Ya by Warren Zevon
2000年作では死、老化、失敗をさらに簡素な演奏で扱う。Mr. Bad Exampleに見えるブラックユーモアと死への視線が、より静かで直接的な後期スタイルへどう発展したかを聞ける。
Excitable Boy by Warren Zevon
「Werewolves of London」などを収録した1978年の代表作。殺人や暴力までブラックユーモアへ変える物語性と親しみやすいピアノロックが、本作より派手で即効性のある形でまとまっている。
Guitars, Cadillacs, Etc., Etc. by Dwight Yoakam
「Heartache Spoken Here」に参加したYoakamの1986年作。伝統的なカントリーの語法を鋭いバンド演奏で更新しており、Zevonが本作で接近したカントリー的な物語性を別方向から味わえる。
King of America by The Costello Show
Elvis Costelloが1986年にアメリカのフォーク、カントリー、ルーツ音楽へ深く踏み込んだ作品である。皮肉な人物観察と高度な作詞を素朴な演奏へ載せる点で、Mr. Bad ExampleのZevonとよく響き合う。

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