アルバムレビュー:Born Again by Randy Newman

※本記事は生成AIを活用して作成されています。

発売日:1979年8月

ジャンル:シンガーソングライター、ポップ・ロック、アート・ポップ、サティリカル・ソング、ピアノ・ロック

概要

Randy Newmanの『Born Again』は、1979年に発表されたスタジオ・アルバムであり、彼のディスコグラフィの中でも特に皮肉と風刺の色が強い作品である。Randy Newmanは、1960年代末から1970年代にかけて、アメリカン・ソングライティングの伝統を独自の視点で更新した作家である。ニューオーリンズR&B、ティン・パン・アレー、ハリウッド映画音楽、カントリー、ブルース、古典的なポップ・ソングの語法を用いながら、歌詞ではアメリカ社会の差別、偽善、帝国主義、家族、階級、宗教、自己欺瞞を辛辣に描いてきた。

『Born Again』は、そのRandy Newmanが1970年代末のロック/ポップ市場、セレブリティ文化、企業社会、宗教的な再生願望、そして自身のキャリアの立ち位置を皮肉な形で見つめた作品である。ジャケットでは、NewmanがKISS風のメイクを施し、ビジネスマンのような姿で登場している。このビジュアルは、アルバムのテーマを象徴している。1970年代後半のアメリカ音楽産業では、パンク、ディスコ、アリーナ・ロック、ハード・ロック、商業ポップが入り乱れ、アーティストのイメージは音楽そのものと同じくらい重要な商品となっていた。Newmanはその状況を外側から批評するのではなく、自分自身を滑稽な商品として提示することで、ポップ・スターという役割そのものを風刺している。

タイトルの『Born Again』は、キリスト教圏で使われる「生まれ変わる」「新生する」という宗教的表現を想起させる。1970年代末のアメリカでは、福音派的な宗教意識、自己啓発、ビジネス的成功、セレブリティの自己再発明が複雑に結びついていた。本作のタイトルは、そうした「再生」や「改心」の言葉を皮肉に扱っている。ここでの再生は、精神的な救済というより、マーケットに適応するための再包装、売れるための変身、あるいは自己欺瞞としてのリブランディングに近い。

音楽的には、『Born Again』はNewmanの作品の中では比較的ロック寄りで、時にファンキーで、時に軽快なポップ・ロックとして響く。だが、彼の本質であるピアノ中心の作曲、映画音楽的なコード感、アメリカン・ポップの古典語法、皮肉を含んだヴォーカルは失われていない。サウンドの表面は当時のポップ・ロックに接近しながらも、歌詞の内容は相変わらず意地悪で、聴き手に安易な共感を許さない。

Randy Newmanの歌詞で重要なのは、語り手と作者を同一視できない点である。彼はしばしば、差別主義者、権力者、俗物、愚かな男、自己中心的な人物、無自覚な加害者の声を借りて歌う。『Born Again』でも、語り手たちは必ずしも正しい人物ではない。むしろ、彼らの言葉の中に社会の病理や自己欺瞞が露出する。Newmanは説教者として正義を語るのではなく、問題のある人物になりきることで、その人物の内側から矛盾を暴く。この手法は、アメリカ文学における一人称の風刺や、演劇的なモノローグにも通じる。

本作は、Newmanの代表作として語られることの多い『Sail Away』『Good Old Boys』『Little Criminals』に比べると、やや評価が分かれやすい作品である。『Sail Away』の歴史的・政治的な鋭さ、『Good Old Boys』の南部アメリカへの複雑な視線、『Little Criminals』のポップな成功に比べると、『Born Again』はより時代風刺的で、1970年代末の空気に強く結びついている。しかし、そのぶん本作には、音楽産業と社会の軽薄さをNewman自身が引き受け、笑い飛ばし、同時に嫌悪するような独特の緊張がある。

後の音楽シーンへの影響という点では、Randy Newmanの風刺的ソングライティングは、Elvis Costello、Warren Zevon、Loudon Wainwright III、Aimee Mann、Ben Folds、Father John Mistyなど、皮肉、物語性、キャラクターの語りを重視する作家たちに大きな影響を与えた。『Born Again』は、その中でも特に、アーティスト自身の立場や音楽産業への自己批評を含んだ作品として位置づけられる。表面的には軽く聴こえる曲の中に、アメリカ社会とポップ・カルチャーへの不信が濃く刻まれたアルバムである。

全曲レビュー

1. It’s Money That I Love

オープニング曲「It’s Money That I Love」は、『Born Again』のテーマを最も分かりやすく提示する楽曲である。タイトルは「私が愛しているのは金だ」と直截的であり、アルバム冒頭からNewmanは資本主義社会の欲望を露骨な言葉で歌う。だが、この曲は単なる金銭欲の告白ではない。重要なのは、それがあまりに率直であるため、かえって社会全体の本音を暴いているように響く点である。

音楽的には、軽快なポップ・ロック/ブギー的な感触を持ち、聴きやすい。ピアノのリズム、バンドの推進力、Newmanの少し鼻にかかった歌声が組み合わされ、曲はユーモラスに進む。しかし、歌詞の内容はかなり辛辣である。語り手は、愛や友情や理想ではなく、金こそが欲しいと語る。その俗悪さは笑えるが、同時に社会の現実を突いている。

1970年代末のアメリカは、経済不安、消費文化、企業社会、音楽産業の巨大化が進む時期だった。この曲の語り手は極端な人物のようでいて、実際には社会全体が共有する欲望を素直に言っているだけにも聞こえる。Newmanは道徳的に非難するよりも、語り手にそのまま喋らせることで、聴き手に不快な笑いを生じさせる。

曲の冒頭にこの楽曲が置かれることで、『Born Again』は金、成功、商品化、自己演出をめぐるアルバムとして始まる。Newman自身が売れるポップ・スターになりきろうとしているようにも、そうしたスターを嘲笑しているようにも聞こえる。その二重性が、このアルバムの核心である。

2. The Story of a Rock and Roll Band

「The Story of a Rock and Roll Band」は、ロック・バンドという存在そのものを題材にした楽曲である。曲調は明るく、どこかレトロなポップ・ロックの感触がある。タイトル通り、ロックンロール・バンドの物語を語るような形式を取っているが、その語り口にはNewmanらしい皮肉が漂う。

この曲は、Electric Light Orchestraへの言及を含む楽曲としても知られている。ELOは、ビートルズ的なポップ感覚、オーケストラ的なアレンジ、70年代の商業ロックの洗練を結びつけたバンドであり、Newmanはそのスタイルを半ば愛情を込めつつ、半ば戯画化している。音楽的にも、明るく整ったポップ・ロックの語法をなぞりながら、それを少し斜めから見ているような感覚がある。

歌詞では、ロック・バンドの成功物語や音楽産業の神話が軽妙に描かれる。バンドが現れ、音楽を鳴らし、人々を楽しませる。だが、その語りは純粋な賛美ではなく、ロックというものがすでにひとつの商業的な型になっていることを示している。Newmanにとって、ロックンロールは若者の反抗だけではなく、産業化され、商品化され、物語化された文化でもある。

この曲は、アルバム全体の自己言及性を強める。『Born Again』は単に社会を風刺するだけでなく、音楽産業の中にいるRandy Newman自身の立場も対象にしている。「The Story of a Rock and Roll Band」は、その意味で、ロックの神話を内部から笑う楽曲である。

3. Pretty Boy

「Pretty Boy」は、タイトルが示す通り、外見的な美しさ、若さ、魅力、そしてそれが生む自己意識を扱った楽曲である。「pretty boy」という言葉には、整った顔立ちの青年という意味と同時に、軽薄さ、甘やかされた印象、男性性の未熟さへの皮肉も含まれる。Newmanはこの曲で、見た目やイメージが価値を持つ社会への冷ややかな視線を向けている。

音楽的には、比較的穏やかでメロディアスな曲であり、Newmanのピアノと歌声が中心にある。表面上は親しみやすいが、歌詞の語り手には複雑な感情がある。美しい者、注目される者、若さを持つ者への羨望、軽蔑、嫉妬、あるいは自己投影が入り混じっている。

この曲で重要なのは、Newmanが「美しい若者」を単に嘲笑しているわけではない点である。彼はその人物を通して、ポップ・カルチャーが若さと外見をどれほど強く商品化するかを描く。ロックやポップの世界では、音楽だけでなく、顔、身体、衣装、態度が消費される。「Pretty Boy」は、その構造を柔らかいメロディの中に忍ばせている。

また、この曲はアルバム・ジャケットの自己戯画化とも結びつく。KISS風のメイクをしたRandy Newmanは、明らかに「pretty boy」的なロックスター像から遠い存在である。その彼がこの曲を歌うことで、外見と商品価値をめぐる風刺はさらに自虐的な響きを帯びる。

4. Mr. Sheep

「Mr. Sheep」は、本作の中でも特に社会風刺の色が強い楽曲である。タイトルの「羊」は、群れに従う存在、従順な大衆、独自の判断を持たずに流される人々の比喩として読める。Newmanはここで、社会の中で自分の意見を持っているつもりでいながら、実際には制度やメディア、世論に従っている人物像を描く。

音楽的には、軽快で少しコミカルな雰囲気を持つ。だが、その軽さは歌詞の毒を和らげるためではなく、むしろ皮肉を強めるために機能している。Newmanの歌声は、語り手を責め立てるというより、少し馬鹿にしながら観察しているように響く。彼の風刺は、怒鳴るよりも、にやりと笑うような冷たさを持つ。

歌詞では、羊のように従う人物、あるいは自分が羊であることに気づかない人物が描かれる。ここで批判されるのは、単なる愚かさではなく、思考停止である。現代社会において、人々は情報を与えられ、意見を持っているように見えるが、その意見自体がすでに作られたものかもしれない。Newmanはその不気味さを、寓話的なキャラクターを通じて表現する。

「Mr. Sheep」は、『Born Again』における大衆批判の中心的な楽曲である。金を愛し、ロックの物語を消費し、美しいスターを崇拝し、羊のように従う。アルバム序盤で提示されるこれらの人物像は、1970年代末の消費社会を風刺する連作として機能している。

5. Ghosts

「Ghosts」は、アルバムの中でもやや内省的で、過去や記憶をめぐる陰影が強い楽曲である。タイトルの「幽霊」は、亡霊、記憶、消えた人々、あるいは過去の自分を示す。Randy Newmanの作品には、アメリカの歴史や個人の記憶が亡霊のように現在へ立ち戻る感覚がしばしばある。この曲も、その系譜に位置づけられる。

音楽的には、比較的落ち着いたトーンを持ち、Newmanのピアノとメロディの繊細さが前面に出る。派手なロック的風刺ではなく、影のあるバラード的な性格を持つ。これにより、アルバムの中で一度テンションが下がり、より深い感情の層が現れる。

歌詞では、過去に消えたものが現在にまとわりつく感覚が描かれる。幽霊とは、完全に死んだものではなく、まだこちら側に影響を及ぼしている存在である。個人の過去、失われた関係、歴史の罪、忘れたはずの記憶。Newmanは、そうしたものが人間の現在を形作っていることを静かに示す。

この曲は、『Born Again』の中で、単なる時代風刺を超えた深みを与えている。金やポップ・スターや大衆を笑うだけではなく、その背後には、過去から逃れられない人間の姿がある。「Ghosts」は、その内面的な側面を担う重要な楽曲である。

6. They Just Got Married

「They Just Got Married」は、結婚を題材にした楽曲である。タイトルは「彼らは結婚したばかり」という一見祝福的な言葉だが、Newmanがこの主題を扱う時、単純な幸福なウェディング・ソングになるはずがない。ここでは、結婚という社会制度、男女関係、期待と現実の落差が皮肉に描かれる。

音楽的には、古典的なポップ・ソングや軽いショー・チューンのような感触を持つ。Newmanは、アメリカの伝統的なソングライティングの形式を用いて、家庭や結婚という題材を扱うことに長けている。美しいメロディや親しみやすい曲調は、歌詞の中に潜む不穏さと対照を成す。

歌詞では、新婚の二人が描かれるが、その幸福はどこか人工的で、すでに壊れやすいものとして見える。結婚は社会的には祝福される出来事だが、Newmanはその制度の裏側にある欲望、退屈、不一致、自己欺瞞を見逃さない。新しく始まったはずの関係に、すでに終わりの影が差しているようにも聞こえる。

この曲は、Newmanの家庭観や人間関係への冷ややかな視点をよく示している。彼は愛や結婚を否定するのではなく、それらが社会的な物語によってどれほど美化されているかを暴く。『Born Again』においては、金や名声だけでなく、家庭という最も身近な幸福のイメージもまた、疑問にさらされる。

7. Spies

「Spies」は、監視、不信、秘密、政治的な陰謀を想起させる楽曲である。タイトルの「スパイ」は、冷戦期のアメリカ文化において非常に強い意味を持つ言葉であり、国家間の緊張、情報戦、疑心暗鬼、個人の自由への侵入を連想させる。1979年という時代背景を考えると、この曲の不信感は冷戦的な空気とも深く結びついている。

音楽的には、やや緊張感のあるリズムとメロディが特徴である。Newmanはここでも大仰なロック的サスペンスを作るのではなく、少し戯画化された形でスパイ的な世界を描く。曲にはユーモアがあるが、そのユーモアは不安と隣り合わせである。

歌詞では、誰かが誰かを見張っている感覚、情報が隠され、裏で何かが進んでいる感覚が描かれる。スパイは国家の存在であると同時に、日常生活の不信の比喩でもある。恋人、隣人、政府、企業、メディア。誰が誰を見ているのか分からない社会では、人間関係そのものが疑念に満ちる。

「Spies」は、『Born Again』の中で政治的な不安を担う楽曲である。Newmanは直接的なプロテスト・ソングを書くのではなく、スパイというキャラクターや状況を通じて、国家と個人の関係を皮肉に描く。軽妙な曲調の中に、監視社会への不気味な予感が含まれている。

8. The Girls in My Life (Part 1)

「The Girls in My Life (Part 1)」は、タイトルからして自伝的な回想や恋愛遍歴を思わせる楽曲である。しかし、Newmanの語りにおいて、女性たちは単なるロマンティックな思い出としては扱われない。ここでは、語り手の自己中心性、未熟さ、過去への都合のよい記憶が浮かび上がる。

音楽的には、比較的軽やかで親しみやすい曲である。Newmanのピアノを中心に、古典的なポップ・ソングの語法が用いられている。タイトルに「Part 1」とあることで、物語の一部、連作の始まり、あるいは終わりのない自己語りのような印象も生まれる。だが、実際には続編が明確に展開されるわけではなく、この表記自体が語り手の自意識を戯画化しているようにも聞こえる。

歌詞では、語り手の人生に登場した女性たちが語られる。だが、その語りは女性たち自身の視点を描くものではなく、あくまで語り手の記憶と欲望を通じて構成されている。この点が重要である。Newmanは、女性を語る男性の言葉を通じて、その男性の身勝手さや滑稽さを明らかにする。

この曲は、恋愛回想の形式を取りながら、男性中心的な自己語りへの風刺になっている。Newmanは、語り手を魅力的な人物として描くのではなく、その小ささ、俗っぽさ、自己満足を音楽の中に露出させる。『Born Again』の人物造形の巧みさがよく表れた楽曲である。

9. Half a Man

「Half a Man」は、自己不全感や男性性の不安を扱った楽曲である。タイトルの「半分の男」は、完全な男ではない、十分ではない、社会が期待する男性像に届かないという感覚を示す。Randy Newmanは、アメリカ社会における男性性の滑稽さや脆さを描くことに長けており、この曲もその系譜にある。

音楽的には、抑制されたピアノ中心の構成で、歌詞の人物像が前面に出る。曲調には哀愁があるが、完全に同情的ではない。Newmanの歌声は、語り手の弱さを表現しつつ、その自己憐憫を少し突き放している。この距離感が、曲を単なる告白ソングにしない。

歌詞では、自分が十分な存在ではないという感覚が描かれる。男性は強く、成功し、性的に有能で、家庭や社会で支配的であるべきだという規範が存在する。その規範に照らして、自分は「半分」だと感じる。Newmanは、その苦しさを描きながらも、同時にその規範自体の馬鹿馬鹿しさを浮かび上がらせる。

「Half a Man」は、『Born Again』の中で最も人間的な弱さが見える楽曲のひとつである。金を愛し、スターを演じ、大衆を笑い、制度を皮肉るアルバムの中で、ここでは個人の自己不全が静かに現れる。その弱さは滑稽であり、同時に痛ましい。

10. William Brown

「William Brown」は、固有名をタイトルに持つキャラクター・ソングである。Randy Newmanは、架空の人物や特定の名前を持つ人物を通じて、社会的なタイプや心理を描くことが多い。この曲でも、William Brownという名前が、ひとりの人物の肖像であると同時に、より広い社会的な象徴として機能している。

音楽的には、Newmanらしい物語性のあるピアノ・ポップであり、歌詞の展開に合わせて曲が進む。派手なアレンジよりも、語りのニュアンスが重要である。Newmanのヴォーカルは、登場人物を完全に演じるというより、少し距離を置きながらその人物を観察する。

歌詞では、William Brownという人物の人生や性格が断片的に描かれる。彼は特別な英雄ではなく、むしろ社会の中にいる平凡で、どこか滑稽な人物として浮かび上がる。Newmanは、こうした平凡な人物の中に、アメリカ社会の価値観や矛盾を読み取る。名前が具体的であるほど、人物像は個別的に見えるが、同時に多くの人に当てはまるようにも響く。

「William Brown」は、アルバム終盤でキャラクター描写の深みを加える楽曲である。Newmanの作家性、すなわち人物の口調や社会的位置を通じて風刺を行う能力がよく表れている。

11. Pants

アルバムの最後を飾る「Pants」は、非常に奇妙で、Newmanらしいユーモアを持つ楽曲である。タイトルは「ズボン」を意味する。アルバムの終曲としてはあまりにも日常的で、ばかばかしい言葉だが、その選択自体が本作の皮肉な性格に合っている。『Born Again』は金、ロック、結婚、監視、男性性などを扱ってきたが、最後に「ズボン」という身体的で滑稽な物体へ降りていく。

音楽的には、軽妙でユーモラスな雰囲気がある。Newmanは大きな結論や感動的な終幕を避け、あえてくだらない題材でアルバムを閉じる。だが、このくだらなさは単なる冗談ではない。衣服は、社会的な身だしなみ、階級、性別、身体の隠蔽、自己演出と関わる。ズボンという日常的な対象を通じて、人間の滑稽な自己意識が浮かび上がる。

歌詞では、ズボンをめぐる語りが展開されるが、その背後には、身体と社会的イメージの関係がある。人は何を着るかによって自分を演出し、他者に評価される。アルバム冒頭の金銭欲やロック・スターのイメージと同じく、ここでも人間は外見と社会的な記号に縛られている。

「Pants」は、アルバムを壮大に締めくくる曲ではない。しかし、Newmanの美学においては、このような反クライマックスこそ重要である。大きな思想や社会批判を展開した後、最後に日常の滑稽さへ落とし込むことで、人間の俗っぽさが強調される。『Born Again』の終曲として、非常にNewmanらしいひねりを持った楽曲である。

総評

『Born Again』は、Randy Newmanの作品の中でも、特に1970年代末のポップ・カルチャーと音楽産業への風刺が濃く表れたアルバムである。『Sail Away』や『Good Old Boys』のような歴史的・地域的な大きな主題に比べると、本作はより同時代的で、メディア、金、ロック・スター像、消費社会、男性性、自己再発明をめぐる皮肉が中心になっている。そのため、Newmanの代表作群の中ではやや軽く見られることもあるが、彼の批評精神を理解するうえでは非常に重要な作品である。

本作の最大の特徴は、自己風刺の強さである。ジャケットのKISS風メイクに象徴されるように、Newmanはロック・スターという役割を外部から批判するだけではなく、自らその滑稽な衣装をまとっている。売れたい、注目されたい、時代に合わせて生まれ変わりたいという欲望を、彼は拒絶するのではなく、あえて露悪的に演じる。その結果、『Born Again』は、音楽産業を批判しながら音楽産業の商品として存在するという矛盾を、作品そのものの中に取り込んでいる。

音楽的には、Newmanらしいピアノ中心の作曲と、1970年代末のポップ・ロック的なアレンジが共存している。『It’s Money That I Love』や「The Story of a Rock and Roll Band」では、軽快で聴きやすいサウンドが、歌詞の皮肉を支える。「Ghosts」や「Half a Man」では、より内省的でメロディアスなNewmanの魅力が表れる。「Spies」や「Mr. Sheep」では、社会批評的な鋭さが際立つ。アルバム全体としては多様だが、どの曲にもNewman特有の斜めからの視線がある。

歌詞面では、金銭欲、大衆の従順さ、ロック・バンドの神話、若さと外見、結婚制度、監視社会、男性性の不安、日常の滑稽さが扱われる。これらの題材は一見ばらばらに見えるが、共通しているのは「人間が自分をどう見せ、どう正当化し、どう騙されるか」という問題である。『Born Again』の登場人物たちは、自分の欲望に無自覚だったり、社会的な物語を信じ込んでいたり、あるいは自分を新しく見せようとして滑稽になっている。Newmanは彼らを完全に断罪するのではなく、彼らの声を通じて人間の弱さを描く。

また、本作のタイトルが示す「再生」は、非常に皮肉な概念である。宗教的な意味での生まれ変わり、音楽産業における再売り出し、個人の自己改革、社会的なイメージチェンジ。それらは一見ポジティヴに見えるが、Newmanはそこに自己欺瞞や商業主義を見る。本当に人は生まれ変われるのか。それとも、ただ新しい衣装を着て、同じ俗物性を繰り返しているだけなのか。本作はその問いを、笑いを交えながら突きつける。

キャリア上の位置づけとして、『Born Again』は、Randy Newmanが1970年代の批評的ソングライターとしての地位を保ちながら、ポップ市場の変化に対して自覚的に反応した作品である。大きなヒット作としての性格は薄いが、自己言及的で、時代批評的で、非常にNewmanらしいアルバムである。彼の作品における風刺性、キャラクター・ソングの技法、アメリカ社会への不信を知るうえでは、軽視できない一枚といえる。

日本のリスナーにとって本作は、Randy Newmanの音楽を「映画音楽の作曲家」や「優れたメロディ・メーカー」としてだけでなく、アメリカ社会を皮肉に描く作家として理解するために有効なアルバムである。明るく聴きやすい曲調の中に毒があり、ユーモアの奥に冷たい観察眼がある。歌詞の語り手をそのまま作者の意見として受け取るのではなく、誰が、どの立場から、どのような自己欺瞞を抱えて語っているのかを聴くことで、本作の面白さは大きく増す。

『Born Again』は、Randy Newmanの最高傑作と呼ばれることは少ないかもしれない。しかし、彼の風刺家としての本質、音楽産業への自己批評、アメリカ的な成功と再生の神話への疑念が、非常に分かりやすく刻まれた作品である。金を愛し、ロック・バンドを語り、羊のような大衆を笑い、幽霊に取り憑かれ、結婚を疑い、スパイに見張られ、男として半分しかないと感じ、最後にはズボンに行き着く。この滑稽で不穏な流れこそが、Randy Newmanの世界である。

おすすめアルバム

1. Randy Newman『Sail Away』

1972年発表の代表作。奴隷貿易、アメリカの帝国主義、宗教、家族、個人の孤独を、古典的なアメリカン・ポップの語法で描いた名盤である。『Born Again』の風刺性をより歴史的で深い文脈から理解するうえで最も重要な作品であり、Newmanの作家性の核心に触れることができる。

2. Randy Newman『Good Old Boys』

1974年発表のアルバム。アメリカ南部を題材に、差別、階級、地域意識、政治的偽善を複雑な視点で描いている。語り手と作者を簡単に同一視できないNewmanの手法が最も高度に表れた作品のひとつであり、『Born Again』のキャラクター・ソングを理解するための重要な参照点である。

3. Randy Newman『Little Criminals』

1977年発表のアルバム。「Short People」を含む、Newmanの商業的成功作。皮肉な歌詞とポップなメロディのバランスがよく、『Born Again』の直前作として流れを理解しやすい。より軽快で親しみやすい音像を持ちながら、風刺の鋭さは十分に保たれている。

4. Warren Zevon『Excitable Boy』

1978年発表のシンガーソングライター/ロック作品。ブラック・ユーモア、暴力的な物語、皮肉なキャラクター描写が特徴で、Randy Newmanの風刺的ソングライティングと共鳴する。アメリカン・ポップの明るい形式の中に、暗く滑稽な物語を入れる手法を比較するうえで有効な一枚である。

5. Elvis Costello『Armed Forces』

1979年発表のニューウェイヴ/パワー・ポップ作品。鋭いメロディ、皮肉な歌詞、政治的・社会的な不信が結びついたアルバムである。『Born Again』と同時代に、ポップ・ソングの形式を用いて社会や自己を批評した作品として関連性が高い。Randy Newmanよりもロック寄りだが、知的な毒と時代批評という点で共通する。

コメント

タイトルとURLをコピーしました