
発売日: 2022年2月25日
ジャンル: インディーロック、スロウコア、オルタナティブロック
概要
『I’m Not Sorry, I Was Just Being Me』は、リヴァプール出身のデュオ、King Hannah(ハンナ・メリットとクレイグ・ウィッティンガム)によるデビュー・フルアルバムであり、彼らの重厚で陰影に富んだ音楽世界を強烈に印象付けた作品である。
本作でKing Hannahは、スロウコア、オルタナティブロック、フォーク、ブルースの要素を独自にブレンドし、夜の街を彷徨うような重たい空気感と、心の深部をえぐるような叙情性を併せ持つサウンドを確立した。
ハンナ・メリットの低くたゆたうようなボーカルと、クレイグ・ウィッティンガムによる粘り気のあるギター/リズムワークが絡み合い、全体にほの暗く、しかし不思議な魅力をたたえた世界が広がっている。
アルバムタイトル『I’m Not Sorry, I Was Just Being Me』は、そのままこの作品の精神を象徴している。
自己弁護も自己憐憫もない、ただ「これが私」という揺るぎない自己肯定。
音楽を通じてKing Hannahは、不器用で、時に孤独で、それでも生きていくしかない人間のリアルな姿を、圧倒的な説得力で描き出しているのである。
全曲レビュー
1. A Well-Made Woman
ざらついたギターと重たいリズムがじわじわと迫るオープニング。
女性であること、社会の期待に抗うことを、静かに、しかし強烈に表現している。
2. So Much Water So Close to Drone
レイモンド・カーヴァーの短編小説を思わせるタイトル。
静謐なサウンドスケープと、抑制されたエモーションが緊張感を生む。
3. All Being Fine
アルバム屈指のキャッチーなナンバー。
日常の中に潜む違和感や孤独を、淡々としたトーンで描き出している。
4. Big Big Baby
鋭いギターリフとダークなベースラインが印象的な一曲。
対人関係におけるフラストレーションと諦めを、皮肉交じりに歌う。
5. Ants Crawling on an Apple Stork
異様な緊張感を湛えたインストゥルメンタル。
アルバム全体に漂う不穏な空気をさらに濃厚にする短いが印象的なトラック。
6. The Moods That I Get In
自己嫌悪と孤独をテーマにしたスロウなバラード。
淡々とした歌唱とにじむようなギターが、内面のざらつきを見事に表現している。
7. Foolius Caesar
世間に対する冷めた視線を、皮肉たっぷりに描いたロックナンバー。
タイトルも洒落が効いており、ダークなユーモアを感じさせる。
8. Death of the House Phone
時代の移ろいと孤独をテーマにした、静かな叙情性に溢れた楽曲。
タイトルが象徴するように、「失われたもの」への哀悼が滲む。
9. Go-Kart Kid (Hell No!)
少年時代の無邪気さと、大人になる過程で失ったものへのノスタルジーを描く。
緩急をつけたダイナミックな展開が印象的。
10. I’m Not Sorry, I Was Just Being Me
タイトル曲にしてアルバムの精神的核心。
たとえ理解されなくても、自分であることを選び続ける覚悟が静かに、しかし力強く歌われる。
11. Berenson
短いインタールードのような楽曲。
わずかな音の断片が、空白の時間を表現している。
12. It’s Me and You, Kid
ラストを飾る、優しくもほろ苦いナンバー。
孤独の中にも誰かとのつながりを信じる、小さな希望が滲んでいる。
総評
『I’m Not Sorry, I Was Just Being Me』は、King Hannahが「他者に迎合しない音楽」を貫いた結果生まれた、驚くべき完成度のデビュー作である。
彼らの音楽は、決して派手ではない。
むしろ、陰影に富み、静かで、時に重苦しい。
だが、その静けさの中に宿るリアリティと情念は圧倒的であり、聴き手に深い共鳴をもたらす。
サウンド面では、スロウコアや90年代オルタナティブロックの影響を色濃く感じさせつつ、現代的なドリームポップの感触も自然に取り込まれている。
また、ハンナ・メリットのボーカルは、冷たさと温もり、脆さと力強さを絶妙なバランスで併せ持っており、聴き手を静かに、しかし確実にアルバムの世界へと引き込んでいく。
『I’m Not Sorry, I Was Just Being Me』は、ありのままの自分を肯定するための、静かな、そして力強い賛歌なのである。
おすすめアルバム(5枚)
- Low『Double Negative』
スロウコア的な静けさと、実験的なサウンドの融合。 - Mazzy Star『So Tonight That I Might See』
ドリーミーでほろ苦い叙情性を共有する名盤。 - PJ Harvey『To Bring You My Love』
ダークなブルースロックと女性の強さを描いた作品。 - Red House Painters『Songs for a Blue Guitar』
淡いギターサウンドと内省的なリリックが響き合う。 - Sharon Van Etten『Are We There』
感情の濃度が高いソングライティングと重厚なサウンド。
制作の裏側(Behind the Scenes)
『I’m Not Sorry, I Was Just Being Me』は、City Slangレーベルからリリースされ、バンドのセルフプロデュースとエンジニアのクレア・マクニールのサポートを得て制作された。
レコーディングでは、自然光の入るスタジオを選び、時間をかけて各楽曲の空気感を練り上げることが重視された。
ギターサウンドにはアナログ機材が多用され、わずかな揺らぎやフィードバックさえも楽曲の重要なテクスチャとして取り入れられている。
このような細部への徹底したこだわりが、『I’m Not Sorry, I Was Just Being Me』に宿る静かな緊張感と深いリアリティを支えているのである。
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