発売日: 2019年10月18日
ジャンル: インディーロック、ローファイポップ、ドリームポップ
概要
『Heavy Lifter』は、テキサス州オースティン出身のデュオ、Hovvdyが2019年にリリースしたサード・アルバムであり、彼らの音楽性がさらに進化し、深化したことを示す重要作である。
チャーリー・マーティンとウィル・テイラーによるHovvdyは、これまでローファイで親密なベッドルームポップサウンドを得意としてきたが、本作ではその親密さを保ちつつ、より豊かなプロダクションと大胆なポップ感覚を取り入れている。
『Heavy Lifter』は、これまでの彼らにあった「ぼんやりとした郷愁感」に加え、希望や再生といった新たなテーマを静かに、しかし確かに描き出している。
アルバムタイトル『Heavy Lifter』は、「重荷を運ぶ人」を意味しており、人生の重みを引き受けながら、それでもなお前へ進もうとする姿勢が、作品全体を貫いている。
音楽的にも、ギター、ピアノ、ドラムマシン、微かなエレクトロニクスなどが丁寧に織り交ぜられ、Hovvdyのサウンドは、これまで以上に優しく、豊かに広がっていったのである。
全曲レビュー
1. 1999
淡い記憶の中に立ち戻るオープニングナンバー。
柔らかなピアノと、少年時代を振り返るようなノスタルジックなリリックが胸を打つ。
2. Lifted
アルバムのテーマを象徴する一曲。
人生の重さを受け止めながら、それでも「持ち上がる」感覚を、優しいメロディで表現している。
3. Cathedral
過去と現在の断絶、そしてそこに立つ自分を静かに見つめる楽曲。
柔らかいビートとミニマルなギターが、楽曲に浮遊感を与える。
4. Mr. Lee
チャーリー・マーティンの親密なボーカルが光るフォーキーなナンバー。
身近な人々への小さな賛歌のような、温かな眼差しが感じられる。
5. Ruin (My Ride)
失われたものへの哀惜と、再生へのほのかな希望を描いた曲。
ポップなフレージングが心地よく、アルバムの中でも軽やかな瞬間を提供する。
6. TellmeI’masinger
自己認識と自己疑問をテーマにした、繊細なインディーポップナンバー。
タイトルの曖昧さが、曲全体に漂う自己探求の気配を象徴している。
7. Tools
日常生活の断片を拾い上げながら、生きるために必要な「道具」としての人間関係を描く。
静かな希望が滲む、心温まるミッドテンポ曲。
8. Watergun
子供時代への甘く切ない郷愁を描いた一曲。
小さな思い出が、やがて大きな感情に膨らんでいく過程が美しい。
9. Pixie
ドリーミーなギターサウンドが特徴の、ふわりとしたポップナンバー。
現実逃避と優しさの間を漂うような楽曲である。
10. Sudbury
静かな夜の孤独感を、ミニマルなサウンドスケープで表現。
柔らかいリバーブと囁くようなボーカルが、夜の深さを印象付ける。
11. So Brite
タイトル通り、アルバムの中でもっとも明るいトーンを持つ楽曲。
小さな幸福感と、日常への感謝が、シンプルなメロディに乗せられている。
12. Heavy Lifter
タイトル曲にしてクロージングトラック。
全体のテーマを回収するように、人生の重みとそれを運ぶ強さを静かに、しかし力強く歌い上げる。
柔らかなピアノと滲むようなボーカルが、深い余韻を残す。
総評
『Heavy Lifter』は、Hovvdyがこれまで築いてきたローファイで親密なサウンドを基盤にしつつ、より開かれた音楽性とテーマ性を獲得したアルバムである。
彼らの音楽は、大きな声では語らない。
だがその分、そっと寄り添うような優しさと、静かな強さが、聴く者の心に深く染み入る。
本作では、過去への郷愁だけでなく、未来への希望、自己との対話、そして他者への眼差しといったテーマが、より豊かに、成熟した形で描き出されている。
サウンド面でも、ピアノやシンセ、より洗練されたリズムアレンジが加わったことで、Hovvdyの音楽は単なるローファイポップに留まらない、深みのあるものへと進化している。
『Heavy Lifter』は、静かに、しかし確実にリスナーの心を抱きしめるアルバムなのである。
おすすめアルバム(5枚)
- Alex G『Rocket』
ローファイな親密さと実験精神を融合させたインディーロックの傑作。 - Pinegrove『Marigold』
成長と再生をテーマにした温かいフォークロック。 - Soccer Mommy『color theory』
日常の中に潜む喪失感と希望を繊細に描いた作品。 - Bedouine『Bird Songs of a Killjoy』
穏やかなメロディと深い感情表現が光るモダンフォーク。 - Florist『The Birds Outside Sang』
個人的な痛みと再生を、ローファイで美しく描いたアルバム。
制作の裏側(Behind the Scenes)
『Heavy Lifter』の制作は、主にオースティンのスタジオで行われた。
プロデュースには、インディーシーンで高い評価を受けるBen Littlejohnが参加しており、彼の手腕によって、Hovvdyのローファイ感覚を損なうことなく、より洗練されたサウンドが引き出されている。
レコーディングでは、ギターやボーカルを一発録りに近い形で収録し、そこに後からピアノや電子音を柔らかく重ねる手法が取られた。
そのため、楽曲には即興性と緻密な構成の両方が共存し、自然体でありながら豊かなテクスチャを持つサウンドが実現されている。
この制作スタイルこそが、『Heavy Lifter』の「親密さ」と「広がり」という二つの魅力を支えているのである。
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