The Boomtown Rats(ブームタウン・ラッツ)は、1975年にアイルランドのダブリン周辺で結成されたロックバンドである。Bob Geldof(ボブ・ゲルドフ)をフロントマンに、パンクが勢いを増していた1970年代後半のイギリスへ進出し、「Rat Trap」「I Don’t Like Mondays」などのヒットを生み出した。
初期には速いテンポのギターと皮肉な歌詞を武器にしていたが、やがてピアノ、サックス、シンセサイザーなどを積極的に導入した。単純なパンク・バンドに収まらず、ニューウェーブやポップへ音楽を変化させていった点が彼らの面白さである。
後年にはGeldofのBand AidやLive Aidでの活動があまりにも有名になったため、バンドそのものが見過ごされることもある。しかしThe Boomtown Ratsの作品を追うと、1970年代後半の若者の苛立ちから1980年代の洗練されたポップまで、短い期間に大きく変化したバンドだったことが分かる。
The Boomtown Ratsの背景と歴史
The Boomtown Ratsは1975年、ダブリン近郊で結成された。中心人物となったのはボーカルのBob Geldofで、Garry RobertsとGerry Cottがギター、Pete Briquetteがベース、Simon Croweがドラム、Johnnie Fingersがキーボードを担当した。
当時のアイルランドには、若いロックバンドが大規模な音楽産業へ進める環境が十分に整っていたとは言いにくかった。メンバーはより大きなチャンスを求めてイギリスへ渡る。
ちょうどその頃、イギリスではパンクが急速に広がっていた。Sex PistolsやThe Clashなどが既存のロックに対する反発を表し、若者の怒りや社会への不満を直接的な音に変えていた。The Boomtown Ratsもこの流れの中から注目されるようになる。
1977年にデビュー・シングル「Lookin’ After No. 1」を発表。同年にはファースト・アルバム The Boomtown Rats をリリースした。
ただし彼らは、最初からパンクだけを演奏していたわけではない。Geldofの歌には挑発的な勢いがあったが、演奏にはR&Bやロックンロールの感覚があり、Johnnie Fingersのキーボードも重要だった。
1978年のセカンド・アルバム A Tonic for the Troops で人気は大きく広がる。「Like Clockwork」「She’s So Modern」に続いて発表された「Rat Trap」は、イギリスのシングルチャートで1位を獲得した。
さらに1979年には「I Don’t Like Mondays」が大ヒットする。ピアノを中心とした劇的な曲であり、初期の荒々しいロックとはかなり違う。この成功によって、The Boomtown Ratsはパンク周辺のバンドから広く知られるポップ・グループへ変わっていった。
1980年代に入ると、サウンドはさらに複雑になる。シンセサイザーやスタジオでの音作りを増やし、ファンクやレゲエなども取り込んだ。しかし初期ほどの商業的成功は続かなかった。
1984年にはGerry Cottがすでに脱退していた5人編成で In the Long Grass を発表。その頃、Geldofはエチオピアの飢饉を知り、Midge Ureとともにチャリティー企画Band Aidを立ち上げる。1985年には大規模な慈善コンサートLive Aidの中心人物となった。
The Boomtown RatsもLive Aidに出演したが、バンドは翌1986年に活動を終える。その後、2013年にはGeldof、Roberts、Briquette、Croweを中心に再結成。2020年には約36年ぶりとなるスタジオ・アルバム Citizens of Boomtown を発表した。
The Boomtown Ratsの音楽スタイルと特徴
初期のThe Boomtown Ratsはパンクと同じ時代に登場したが、Sex Pistolsのような一直線の荒々しさだけで説明することはできない。
ギターは短く鋭いフレーズを弾き、ベースとドラムは勢いよく前へ進む。その上でJohnnie Fingersのピアノやキーボードが目立つ。ギターだけで音を埋めないため、同時代のパンクとは違った軽さや跳ねる感覚が生まれている。
Bob Geldofのボーカルも特徴的だ。美しく歌い上げるタイプではなく、言葉を吐き出すように歌うことが多い。皮肉を込めて話しているような声から、突然叫ぶような歌唱へ移ることもある。
歌詞では、若者の失業や退屈、都市生活、メディア、消費社会などが題材になった。Geldofは社会問題を正面から説明するだけでなく、登場人物を作り、その人物の視点から状況を描くことも多かった。
そしてキャリアが進むにつれて、曲の作り方は大きく変わっていく。「I Don’t Like Mondays」のようなピアノ中心のバラードから、シンセサイザーを使ったニューウェーブまで音の幅を広げた。
この変化の速さがThe Boomtown Ratsの特徴である。パンクの勢いを出発点にしながら、そこにとどまることを選ばなかった。
The Boomtown Ratsの代表曲
「Lookin’ After No. 1」
1977年のデビュー・シングルで、初期The Boomtown Ratsの性格がそのまま表れた曲である。
速いリズムと鋭いギターを中心にした演奏に、Geldofが言葉を吐き出すようなボーカルを乗せる。当時のパンクと共通する荒々しさがある一方、ロックンロールやR&Bに近い跳ねる感覚も残っている。
タイトルの「No. 1」は自分自身を意味する。自分のことしか考えない姿勢を皮肉っぽく描きながら、若者の苛立ちを短く勢いのあるロックにした初期の代表曲だ。
「Rat Trap」
1978年の A Tonic for the Troops に収録された代表曲で、イギリスのシングルチャート1位を記録した。
街から抜け出せない若者の閉塞感を描いた曲である。単純なパンクとは違い、曲は長めで、ピアノやサックスを使いながら場面が変化していく。
Geldofは物語を語るように歌い、徐々に演奏が熱を帯びていく。Bruce Springsteenの初期作品を思わせる都市の物語とロックの高揚感も聞き取れる。The Boomtown Ratsがパンクの枠を早くから越えていたことが分かる曲である。
「I Don’t Like Mondays」
1979年の The Fine Art of Surfacing に収録された、The Boomtown Rats最大の代表曲である。
曲のきっかけとなったのは、1979年にアメリカで起きた学校銃撃事件だった。犯人とされた少女について報じられた「月曜日が嫌い」という言葉からGeldofが曲を書いた。
題材は重いが、音楽は静かなピアノから始まり、次第にオーケストラを含む壮大なアレンジへ広がっていく。事件を刺激的に描くというより、理由の見えない暴力と、それを消費するメディアや社会の不気味さを感じさせる曲になっている。
初期の荒々しいロックから、物語性の強いポップへ進んだバンドの変化を最も分かりやすく示している。
「Someone’s Looking at You」
1980年のシングルで、The Fine Art of Surfacing に収録されている。
軽快な演奏とは対照的に、歌詞には監視されているような落ち着かなさがある。Geldofの少し神経質な歌い方も、曲の緊張感によく合っている。
ギターだけに頼らず、キーボードを生かした細かなアレンジが目立つ。パンクからニューウェーブへ向かっていたThe Boomtown Ratsを理解しやすい曲だ。
「Banana Republic」
1980年に発表されたシングルで、翌年のアルバム Mondo Bongo にも収録された。
初期の速いロックとは大きく異なり、レゲエの影響を感じさせるゆったりとしたリズムを使っている。ギターを激しく鳴らすのではなく、ベースとリズムの動きを中心にした曲だ。
歌詞では当時のアイルランド社会や、自分たちを取り巻いていた環境への強い不満が表されている。音楽的にも歌詞の面でも、The Boomtown Ratsが単純なヒット曲の型を繰り返さなかったことがよく分かる。
アルバムごとの進化
The Boomtown Rats(1977年)
デビュー作は、バンドがパンクの熱気の中から登場したことを最も分かりやすく伝えるアルバムである。
ギター、ベース、ドラムを中心とした演奏は速く、Geldofのボーカルにも攻撃的な勢いがある。ただし、同時代のパンクよりR&Bやロックンロールに近いリズムが聞こえる曲も多い。
キーボードを含む6人編成だったことも重要だ。最初から「ギターを速く鳴らすだけのパンク」ではなく、より幅広い音楽へ進める要素を持っていた。
A Tonic for the Troops(1978年)
セカンド・アルバムでは、デビュー作の勢いを残しながら曲作りが大きく成長した。
「She’s So Modern」にはパンクやニューウェーブらしいスピード感がある。一方、「Rat Trap」ではピアノやサックスを使い、都市に暮らす若者の物語を長い曲として展開する。
The Boomtown Ratsが単なるパンクの一員から、独自のポップ・バンドへ変わる最初の大きな転換点だった。
The Fine Art of Surfacing(1979年)
「I Don’t Like Mondays」を収録した、バンドの商業的な絶頂期を代表する作品である。
前作までのギター中心の勢いは残っているが、ピアノやキーボードを使ったアレンジがさらに重要になる。曲の展開も細かくなり、スタジオで作り込まれた音が増えた。
パンクから出発したバンドが、より広いポップ市場へ進んだ作品と考えると分かりやすい。ただし歌詞では社会や人間に対するGeldofの冷めた視線が残っており、単純に明るいポップへ変わったわけではない。
Mondo Bongo(1981年)
ここでバンドは、それまで以上に大胆な方向転換を見せる。
レゲエやファンク、電子音などを取り入れ、初期のギター・ロックから意識的に距離を取った。「Banana Republic」のようにリズムを中心とした曲も目立つ。
同じ頃のニューウェーブでは、The ClashやTalking Headsなどもレゲエ、ファンク、世界各地の音楽へ関心を広げていた。The Boomtown Ratsも同じ時代の変化の中で、自分たちの音を広げようとしていた。
一方で、この作品を最後にギタリストのGerry Cottが脱退する。バンドの初期を支えた6人編成はここで終わった。
V Deep(1982年)
5人組となって制作された作品で、シンセサイザーやスタジオでの加工をさらに強く取り入れている。
初期のThe Boomtown Ratsを特徴づけていた、ギターとピアノが勢いよく絡む音とはかなり違う。1980年代初頭のニューウェーブらしい電子的な音が前に出るようになった。
変化を続けた意欲的な時期である一方、バンドの人気は1970年代末のピークから下降していった。音楽的な実験と商業的な成功が一致しなくなっていった時期でもある。
In the Long Grass(1984年)
最初の活動期間における最後のスタジオ・アルバムである。
この頃には初期のパンク的な荒さはかなり薄れ、1980年代らしい整ったロック/ポップへ変化していた。キーボードを使った広がりのある音作りが中心になっている。
作品発表後、Geldofの活動はBand AidとLive Aidによって大きく変わる。バンドは1986年に活動を終えたため、結果として最初の時代を締めくくるアルバムとなった。
Bob GeldofとBand Aid、Live Aid
The Boomtown Ratsについて語るとき、Bob Geldofの社会活動は避けて通れない。ただし、これはバンドが最初から慈善活動を目的としていたという意味ではない。
転機は1984年だった。エチオピアの飢饉を伝えるテレビ報道に強い衝撃を受けたGeldofは、UltravoxのMidge Ureとともにチャリティー・シングルを企画する。
こうしてイギリスとアイルランドの多くのミュージシャンがBand Aidとして集まり、「Do They Know It’s Christmas?」を録音した。さらに1985年には、ロンドンとフィラデルフィアを中心とした大規模な慈善コンサートLive Aidへ発展する。
The Boomtown RatsもLive Aidに出演した。しかし皮肉なことに、Geldofが世界的に知られるほど、The Boomtown Ratsというバンドの存在は彼個人の活動の陰に隠れやすくなった。
Geldofの社会活動はその後も続くため、現在では彼をLive Aidの人物として知ってからThe Boomtown Ratsへたどり着く人も少なくない。しかし音楽家としての彼の出発点には、1970年代の若者の怒りや閉塞感を歌ったこのバンドがある。
影響を受けたアーティストと音楽
The Boomtown Ratsの音楽的な背景には、1960年代から70年代のロックやR&Bがある。パンクの時代に登場したからといって、ルーツまでパンクだけだったわけではない。
特に「Rat Trap」ではBruce Springsteenとの共通点が分かりやすい。都会で行き場を失った若者を主人公にし、ピアノやサックスを使いながら映画のように物語を進める方法は、Springsteenの1970年代の作品と近い部分がある。
初期の速い曲ではDr. Feelgoodなどにつながるパブ・ロックやR&Bの感覚も聞こえる。単純に音を激しくするより、リズムを跳ねさせる演奏が多いのはそのためだ。
一方、活動が進むとレゲエやファンク、電子音楽まで取り込んだ。この点では、同時代にパンクから出発して音楽の幅を広げていったThe Clashなどとも共通している。ただし両者は別々の個性を持つバンドであり、直接的な影響というより、同じ時代に起きていた変化として見るほうが適切である。
後の音楽への影響
The Boomtown Ratsは、The ClashやTalking Headsのように後続バンドから繰り返し名前を挙げられる存在とは少し違う。そのため、幅広いジャンルに直接影響を与えたと断定するより、パンクからニューウェーブへ移る時代を代表するバンドの一つとして考えるほうが分かりやすい。
彼らが示した重要な特徴は、パンクの精神を保ちながら音楽そのものは自由に変えていったことだ。ギター中心の速いロックから始まり、ピアノを使った大きなポップソング、レゲエ、ファンク、シンセサイザーを使ったニューウェーブへ進んだ。
この変化は1970年代末から80年代初頭のロック全体にも見られた。パンクによって古い価値観を壊した後、その自由を使ってさまざまな音楽を取り込む。The Boomtown Ratsは、その流れをメインストリームのヒット曲の中で見せたバンドだった。
そして音楽文化への影響という意味では、GeldofがBand AidとLive Aidへ進んだことも大きい。ロックスターが大規模な国際的チャリティーを動かすという形は、その後の慈善コンサートや音楽家による社会活動を考えるうえでも無視できない出来事となった。
再結成と現在までの活動
The Boomtown Ratsは1986年に活動を終えた後、長い間再結成しなかった。Bob Geldofはソロ活動と社会活動を続け、他のメンバーもそれぞれの道を歩んだ。
状況が変わったのは2013年である。Geldof、Garry Roberts、Pete Briquette、Simon Croweを中心にThe Boomtown Ratsが再始動し、ライブ活動を行うようになった。
2020年には Citizens of Boomtown を発表。1984年の In the Long Grass 以来、約36年ぶりのスタジオ・アルバムとなった。
新作では昔のパンクをそのまま再現するのではなく、荒いギターやロックンロールを現在の録音で鳴らしている。若者だった頃と同じ音には戻れない一方、Geldofの皮肉な視点や、少し挑発的なロックの感覚は残されている。
2022年には創設メンバーのGarry Robertsが死去した。長い歴史の中でメンバー構成は変化したが、The Boomtown Ratsの名前と音楽は再結成後も受け継がれている。
まとめ
The Boomtown Ratsは、1970年代後半のパンクの熱気から登場しながら、そのスタイルだけにとどまらなかったバンドである。初期には速いギターとBob Geldofの攻撃的な歌声で若者の苛立ちを表し、「Rat Trap」では物語性のあるロックへ、「I Don’t Like Mondays」ではピアノを中心とした劇的なポップへ進んだ。その後はレゲエ、ファンク、シンセサイザーまで取り入れている。
GeldofのLive Aidでの活動があまりにも有名なため、バンドの音楽そのものは見過ごされやすい。しかし作品を順番に聴くと、パンクからニューウェーブへ急速に変化した時代がよく見える。The Boomtown Ratsは、怒りをそのまま叫ぶところから始まり、その怒りを物語や皮肉、ポップソングへ変えていった、アイルランド出身の個性的なロックバンドである。


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