イントロダクション
オーストラリア・ブリスベンから静かに登場し、独自の詩情と繊細なギター・ポップで音楽ファンを魅了したThe Go-Betweens。
彼らは派手なチャートヒットやスタジアムツアーとは無縁だったが、その作品はどれも日常のささやかな感情や風景に寄り添い、聴く者の心に深く残る。
青春と老い、愛と孤独、記憶と都市――そうしたテーマを、誠実かつロマンティックに描き続けたその音楽は、まさに“文学のようなポップ”と呼ぶにふさわしい。
バンドの背景と歴史
The Go-Betweensは、1977年にロバート・フォスターとグラント・マクレナンのふたりによって結成された。
ブリスベンという地方都市から出発した彼らは、当初はパンクの影響を受けたシンプルなロックバンドだったが、すぐに独自のメロディセンスと詩的な歌詞世界を確立していく。
1981年にデビューアルバム『Send Me a Lullaby』を発表後、徐々にUKやヨーロッパでの評価が高まり、1980年代中盤には『Before Hollywood』(1983)や『16 Lovers Lane』(1988)といった傑作をリリース。
しかし商業的な成功には恵まれず、1989年にいったん解散。
2000年に奇跡の再結成を果たし、再び新作を発表し始めるも、2006年にグラント・マクレナンが急逝。
その後、ロバート・フォスターはソロ活動を継続しながら、Go-Betweensの精神を守り続けている。
音楽スタイルと影響
The Go-Betweensの音楽は、ギター・ポップ、フォーク、インディーロックの要素を内包しながらも、そのどれにも完全には属さない。
軽やかなアコースティックギターと、時に切ないストリングスやオルガン。
何より、ロバートとグラントという2人の作家が持つ異なる詩世界が、絶妙なコントラストを生んでいた。
ロバートの詞は文学的で少し気取っていて、都市の陰影や知的な孤独を感じさせる。
一方グラントの詞はよりパーソナルで情緒的、ノスタルジックな情景描写に長けている。
ふたりのソングライティングが交互に現れるアルバム構成は、まるで1冊の短編集のようでもあった。
代表曲の解説
Cattle and Cane
1983年のアルバム『Before Hollywood』収録。
グラント・マクレナンによる自伝的な歌詞は、故郷のオーストラリアの農村風景と少年期の記憶を詩的に描いている。
複雑なギターリズムと淡いメロディが、郷愁と時間の流れを繊細に表現する。
オーストラリア音楽史に残る名曲として、多くの批評家やアーティストから愛されてきた。
Streets of Your Town
1988年の『16 Lovers Lane』に収録されたポップな代表曲。
グラントが書いた軽快なメロディの裏に、実は都市の光と影、暴力や孤独が描かれている。
コーラスに参加したアマンダ・ブラウンの透明感あるハーモニーも魅力で、どこか切なく優しい印象を与える。
Quiet Heart
ロバート・フォスターによるバラードで、恋愛の終わりに差し掛かった男女の心情を、抑制された語り口で描いている。
静けさの中に揺れる情熱、それが“quiet heart(静かな心)”という表現に凝縮されている。
アルバムごとの進化
『Before Hollywood』(1983)
バンドにとって最初の評価的ブレイクスルー。
“Cattle and Cane”をはじめとする珠玉の楽曲が並び、文学的ポップの輪郭がここで明確になった。
『Liberty Belle and the Black Diamond Express』(1986)
バンドとしての成熟が見え始めた中期の傑作。
ロマンティシズムと知性が溶け合い、ストリングスや鍵盤楽器も加わって音の幅が大きく広がった。
『16 Lovers Lane』(1988)
最も洗練された作品として多くのファンに愛されるアルバム。
ストレートなメロディとアレンジ、そして感情を素直に表現する詞が際立つ。
アマンダ・ブラウンの存在がバンドのサウンドに優雅さを与えた。
『The Friends of Rachel Worth』(2000)
再結成後の第1作。Sleater-Kinneyのメンバーをバックに迎え、若いインディー感覚とベテランの落ち着きが融合した意欲作。
影響を受けたアーティストと音楽
ボブ・ディラン、レナード・コーエン、ルー・リード、トーキング・ヘッズといった“言葉を重視する”アーティストの影響は顕著である。
また、ヴェルヴェット・アンダーグラウンド的なローファイ感覚と、ビートルズ的なメロディ志向も融合している。
影響を与えたアーティストと音楽
Belle and Sebastian、Camera Obscura、Jens Lekman、Real Estateなど、静かで叙情的なギター・ポップの流れにはThe Go-Betweensの影が確実に存在している。
また、彼らの“詩情”を継承した作家性の高いバンド――The NationalやBig Thiefのような現代インディーにも、その系譜は受け継がれている。
オリジナル要素
The Go-Betweensは、ポップでありながら内省的、親密でありながら世界を見つめる広い視野を持っていた。
売れ線を狙わず、流行にも迎合せず、それでも“いい歌”だけを追求した気高さがある。
彼らの楽曲には、まるで短編小説のように、恋や孤独、季節の匂い、街のざわめきが息づいている。
そして何より、ロバートとグラントという“ふたりの作家”が、交互に語りかけてくる構造こそが、Go-Betweens最大の魅力だった。
まとめ
The Go-Betweensは、音楽が詩でありうることを証明したバンドである。
商業的な成功よりも、永く心に残る音楽を作ることを選び、結果として多くのミュージシャンの道しるべとなった。
彼らの歌を聴けば、誰の心にもある“静かな場所”がそっと開かれる。
それは、都会の片隅、旅の途中、恋の記憶――あらゆる“あいだ”に漂う、美しいメロディなのだ。
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