
発売日:2022年7月29日
ジャンル:インディー・ポップ、オルタナティヴ・ポップ、ポップ・ロック、シンセ・ポップ、クィア・ポップ
概要
King Princessの『Hold On Baby』は、2022年に発表された2作目のスタジオ・アルバムであり、デビュー作『Cheap Queen』で確立したクィア・ポップの親密な語り口を、よりロック寄りで、より生々しい自己分析へ拡張した作品である。King PrincessことMikaela Strausは、2018年の「1950」で注目を集め、現代のインディー・ポップにおけるクィアな恋愛表現をメインストリームに接続したアーティストの一人である。彼女の音楽は、R&B、インディー・ロック、シンセ・ポップ、ベッドルーム・ポップの要素を含みながら、常に声と言葉の距離感が近い。
『Cheap Queen』では、恋愛の駆け引き、自己演出、欲望、名声への皮肉が、比較的クールで洗練されたポップ・サウンドの中で描かれていた。一方、『Hold On Baby』では、より感情の傷に近い場所へ踏み込んでいる。失恋、自己嫌悪、依存、友人関係、若さの混乱、家族的な記憶、そして自分自身を保とうとする意思が、アルバム全体を貫いている。タイトルの「Hold On Baby」は、誰かに向けた呼びかけであると同時に、自分自身へ向けた言葉でもある。崩れそうな時に、もう少し踏みとどまること。その切実さが本作の核心にある。
音楽的には、前作よりもギターの存在感が増し、バンド・サウンドの比重が高まっている。もちろんシンセや電子的な処理も残っているが、『Hold On Baby』ではロックのざらつき、ライヴ感、90年代から2000年代初頭のオルタナティヴ・ポップ/インディー・ロック的な空気が濃い。楽曲によっては、Liz Phair、Alanis Morissette、Tegan and Sara、The Strokes以降のニューヨーク・インディー、あるいはPhoebe BridgersやClairo以降の内省的な現代ポップとも接続できる。
ただし、King Princessの音楽は単なるレトロなギター・ポップではない。彼女の強みは、古典的なロックやポップの形式を使いながら、クィアな視点、現代的な自己意識、SNS以後の感情の揺れを自然に織り込む点にある。愛すること、愛されること、傷つけること、傷つけられることを、異性愛中心のポップ・ソングの定型に回収せず、自分の言葉で語る。その意味で『Hold On Baby』は、個人的な失恋アルバムであると同時に、現代ポップにおけるクィアな主体性を成熟させた作品でもある。
本作の歌詞には、率直な自己嫌悪や不安が多く登場する。しかし、それは単なる弱さの告白ではない。King Princessは、自分の感情の未熟さや混乱を隠さず、むしろそれをソングライティングの材料として扱う。傷ついている自分を美化しすぎず、時には滑稽に、時には痛々しく、時には非常に優しく描く。そのバランスが本作を、ただ暗いアルバムではなく、自己修復へ向かうアルバムにしている。
『Hold On Baby』は、劇的なコンセプト・アルバムというより、感情の段階をたどる作品である。冒頭の「I Hate Myself, I Want to Party」では自己破壊的な逃避が描かれ、後半の「Change the Locks」や「Dotted Lines」では関係の終わりと距離の取り方がより具体的になる。最後の「Let Us Die」では、愛の終焉を受け入れながらも、そこに壮大な感情の解放がある。アルバムは、混乱から静かな受容へ向かって進む。
全曲レビュー
1. I Hate Myself, I Want to Party
オープニング曲「I Hate Myself, I Want to Party」は、アルバムの感情的な出発点を端的に示す楽曲である。タイトルからして、自己嫌悪と享楽が同時に存在している。「自分が嫌い、だからパーティーに行きたい」という言葉には、現代的な逃避の感覚が強く表れている。傷ついた心を癒すためではなく、感じないようにするために騒ぐ。King Princessはこの矛盾を、皮肉ではなく非常にリアルな感情として提示する。
サウンドは軽やかで、ポップな推進力を持っている。タイトルだけなら暗い曲にもなり得るが、ここではむしろ明るく、少し投げやりなエネルギーがある。ギターやリズムの動きは、感情の崩れを踊れる形へ変換している。悲しいのに身体は動く、壊れそうなのに外へ出る。このアンバランスさが曲の魅力である。
歌詞では、自己否定と社交的な仮面が絡み合う。自分の問題を解決するのではなく、パーティーという場に身を投げることで一時的に忘れようとする。しかし、忘れようとするほど、その自己嫌悪は強く残る。アルバム冒頭にこの曲が置かれることで、『Hold On Baby』は、回復した後の作品ではなく、まだ混乱の最中にある人物の記録として始まる。
2. Cursed
「Cursed」は、呪われているという感覚をタイトルに持つ楽曲である。恋愛の失敗、自分自身の癖、何度も繰り返す関係のパターンが、まるで呪いのように感じられる瞬間を描いている。King Princessの歌詞には、恋愛をロマンティックに理想化するよりも、その中にある自己破壊性を見つめる姿勢がある。この曲はその側面が強く表れている。
サウンドはポップでありながら、どこか曇った質感を持つ。メロディは耳に残りやすいが、歌の奥には疲労感がある。ギターとシンセが作る空間は、明るすぎず、感情の重さを支える。King Princessのヴォーカルは、怒りや悲しみを大きく叫ぶのではなく、諦めと自嘲を含んだ響きで歌う。
歌詞では、自分がなぜ同じような痛みに戻ってしまうのか、なぜうまく愛せないのかという疑問が浮かぶ。ここでの「呪い」は外部からかけられたものというより、自分の中にある習慣や傷の記憶に近い。愛したいのに壊してしまう、近づきたいのに逃げてしまう。その反復が呪いとして表現されている。「Cursed」は、本作の自己分析的な側面を支える重要曲である。
3. Winter Is Hopeful
「Winter Is Hopeful」は、タイトルが非常に印象的な楽曲である。冬は一般的には寒さ、停止、孤独、終わりを連想させる。しかしここでは、その冬が「希望に満ちている」とされる。この逆説に、本作の回復のテーマが表れている。苦しい季節の中にも、次の変化の兆しがあるという感覚である。
音楽的には、比較的穏やかで、内省的な響きを持つ。大きく爆発する曲ではなく、冷たい空気の中で静かに光が差すような質感がある。King Princessのヴォーカルは、ここではやや抑制され、言葉を丁寧に置いていく。アルバム序盤の自己破壊的なエネルギーに対し、この曲は少し立ち止まる時間を作る。
歌詞では、暗い時期の中にある微かな前向きさが描かれる。冬は何も育たない季節のように見えるが、実際には春へ向けた準備の時間でもある。失恋や自己嫌悪の中でも、人は完全に終わるわけではない。静かに何かを待つことも、回復の一部である。「Winter Is Hopeful」は、『Hold On Baby』の中で最も繊細に希望を扱った曲のひとつである。
4. Little Bother feat. Fousheé
「Little Bother」は、Fousheéを迎えた楽曲であり、アルバムに異なる声と質感を加えている。タイトルは「少し厄介なこと」「小さな面倒」といった意味を持ち、恋愛における不安、嫉妬、すれ違い、あるいは自分が相手にとって負担になっている感覚を含んでいる。
サウンドは滑らかで、R&B的な柔らかさも感じさせる。King Princessの声とFousheéの声は、互いに異なる質感を持ちながら、曲の中で自然に重なる。この二つの声の配置によって、恋愛の中にある対話性や距離感が強調される。ひとりの独白ではなく、関係の中で生まれる揺れとして曲が響く。
歌詞では、自分の存在が相手にとってどのように感じられているのかという不安が描かれる。愛は相手を支えることもあれば、相手の負担になることもある。自分は愛されているのか、それとも厄介な存在なのか。この曖昧さが、現代的な恋愛の不安として表れている。「Little Bother」は、アルバムの中で感情の繊細なズレを描く重要な曲である。
5. For My Friends
「For My Friends」は、アルバムの中でも比較的開放的で、友情への感謝を込めた楽曲である。失恋や自己嫌悪が強い本作において、友人という存在は非常に重要な支えとして描かれる。恋愛が壊れても、自己像が揺らいでも、友人たちとの関係が自分をこの世界につなぎとめる。その感覚がこの曲の中心にある。
サウンドは明るく、ギター・ポップ的な推進力を持つ。メロディは親しみやすく、アルバムの中でも特にシングル的な即効性がある。ただし、単純なハッピー・ソングではない。明るい音の背後には、これまでの痛みを経たうえで、友人の存在に救われるという切実さがある。
歌詞では、友人たちとの時間、支え合い、若さの記憶が描かれる。King Princessはここで、恋愛だけを人生の中心に置かない。クィアなコミュニティや選び取った家族のような関係性も、本作の感情的な土台になっている。「For My Friends」は、自己修復の過程において、他者との非恋愛的なつながりがいかに重要かを示す楽曲である。
6. Crowbar
「Crowbar」は、タイトル通りバールを意味し、こじ開ける、破壊する、力ずくで隙間を作るというイメージを持つ楽曲である。恋愛や自己認識において、閉じてしまった心や関係を無理やり開こうとする感覚が込められている。タイトルの物理的な荒さが、曲の感情にも反映されている。
サウンドはギターの存在感が強く、アルバムの中でもロック寄りの質感を持つ。King Princessのヴォーカルは、ここでは柔らかさよりも苛立ちや切迫感を帯びている。曲全体に、何かを壊さなければ前に進めないような緊張がある。
歌詞では、停滞した関係や自分自身の閉塞を突破しようとする感覚が描かれる。しかし、その突破は美しい解決ではなく、かなり乱暴な行為である。傷ついた場所を丁寧に開くのではなく、バールでこじ開ける。その比喩は、回復が必ずしも穏やかで整ったものではないことを示している。「Crowbar」は、本作の中で最も攻撃的な自己修復のイメージを持つ曲である。
7. Hold On Baby Interlude
「Hold On Baby Interlude」は、アルバムのタイトルを直接含む短い中間曲であり、作品全体の感情を一度集約する役割を持つ。インタールードであるため、通常の楽曲ほど大きな展開はないが、その短さゆえに、タイトルの言葉が強く響く。「Hold on, baby」という呼びかけは、誰かを慰める言葉であり、自分自身を支える言葉でもある。
サウンドは控えめで、親密な空気を持つ。アルバムの前半で自己嫌悪、失恋、友情、破壊衝動が描かれた後、このインタールードはそれらを一度静かに受け止める。大きな答えを出すのではなく、ただ「踏みとどまって」と言う。その単純さが重要である。
この曲は、アルバム全体のタイトルが持つ意味を明確にする。『Hold On Baby』は、問題が解決した状態を歌う作品ではない。むしろ、まだ痛みの中にいる人物が、それでも崩れ落ちないように自分へ声をかけ続ける作品である。このインタールードは、その精神的な中心点として機能している。
8. Too Bad
「Too Bad」は、タイトルに諦めと皮肉を含む楽曲である。「残念だったね」「仕方ない」というような響きがあり、関係がうまくいかなかったことを、悲しみと少しの冷笑で受け止める感覚がある。King Princessは、失恋を純粋な悲劇としてだけではなく、どこか自分でも笑ってしまうような出来事としても描く。
サウンドは比較的軽快で、ポップなフックを持つ。歌詞の苦みと音の聴きやすさが対照的であり、このバランスが本作らしい。感情は重いが、曲は沈み込みすぎない。むしろ、軽く言い放つことで痛みを処理しようとしている。
歌詞では、終わってしまった関係、うまくいかなかった愛、取り返しのつかない選択が描かれる。だが、語り手は完全に打ちのめされるのではなく、「Too bad」と言うことで距離を取る。この距離の取り方は、自己防衛でもあり、回復の始まりでもある。傷ついたままでも、少し皮肉を言えるようになること。それも前進の一部である。
9. Change the Locks
「Change the Locks」は、関係を断ち切るための具体的な行為をタイトルにした楽曲である。鍵を替えることは、相手を自分の生活空間から締め出すことであり、境界線を引くことを意味する。失恋後の自己防衛として非常に明確なイメージである。
サウンドは感情的で、ギターとヴォーカルが曲の切実さを支える。King Princessの歌唱は、ここでは弱さと決意の両方を含んでいる。相手を忘れたい、入ってこないでほしい、しかしまだ完全に断ち切れていない。その葛藤が声に表れている。
歌詞では、物理的な空間と心理的な空間が重ねられる。鍵を替えることは、部屋を守ることであり、同時に心を守ることでもある。恋愛が終わった後、最も難しいのは相手を愛さないことではなく、相手がまだ入ってこられる場所を閉じることかもしれない。「Change the Locks」は、アルバムの中で境界線を引くことの痛みと必要性を描く重要曲である。
10. Dotted Lines
「Dotted Lines」は、契約書などにある署名欄を思わせるタイトルを持つ。点線にサインすることは、何かに同意すること、関係や約束を正式なものにすることを意味する。しかし恋愛や人生において、何にサインしたのか、どんな条件を受け入れたのかは、後から分からなくなることがある。この曲は、そのような関係の契約性を暗示している。
サウンドは比較的落ち着いており、歌詞の内省が前面に出る。King Princessのヴォーカルは、相手との過去を振り返るように響く。曲には、怒りよりも疲れと理解がある。前半の混乱に比べると、ここでは感情が少し整理されている。
歌詞では、関係の中で結ばれた見えない契約、期待、約束、責任が描かれる。愛は自由な感情であると同時に、相手に何かを期待し、何かを背負わせる行為でもある。点線にサインするように、気づかないうちに人は関係のルールを受け入れている。「Dotted Lines」は、恋愛を感情だけでなく、取り決めや境界の問題として捉える成熟した楽曲である。
11. Sex Shop
「Sex Shop」は、タイトルからして非常に直接的で、欲望、商業性、身体性を連想させる楽曲である。King Princessの音楽においてセクシュアリティは重要なテーマであり、それは隠されるものではなく、歌の中心に置かれる。ただし、この曲では欲望が単純に解放的なものとしてだけではなく、孤独や消費とも結びついている。
サウンドは官能的で、少し暗い空気を持つ。リズムとヴォーカルの距離感が近く、曲全体に夜の質感がある。タイトルの派手さに反して、楽曲は露骨な挑発よりも、欲望の後に残る空虚さを感じさせる。
歌詞では、身体的な欲望、商品化された親密さ、恋愛の代替物としての快楽が暗示される。セックスは関係を深めることもあれば、逆に孤独を強めることもある。King Princessはその両義性を理解している。クィア・ポップにおいて、欲望を率直に歌うことは重要な意味を持つが、この曲はさらに、その欲望がどのように傷や寂しさと結びつくかを描いている。
12. Let Us Die
アルバムの最後を飾る「Let Us Die」は、本作の感情的なクライマックスである。タイトルは「私たちを死なせて」という強い言葉を持つが、ここでの死は文字通りの死というより、関係の終焉、愛の終わり、古い自分を手放すことを意味している。アルバム全体で描かれてきた混乱、執着、自己嫌悪、境界線の問題が、この曲で大きな感情の解放へ向かう。
サウンドは壮大で、アルバムの中でも最もドラマティックな広がりを持つ。ギター、ドラム、ヴォーカルが一体となり、終曲らしいスケールを作る。King Princessの歌唱も非常に力強く、ここでは迷いよりも、終わらせることへの覚悟が前面に出ている。
歌詞では、関係を無理に生かし続けるのではなく、終わらせることによって初めて何かが救われるという感覚が描かれる。愛が終わることは敗北ではなく、時には必要な死である。関係を死なせることで、自分自身が生きる余地を取り戻す。この逆説が、アルバムのタイトル「Hold On Baby」と深く結びついている。何かを終わらせることもまた、自分を保つための行為なのだ。
総評
『Hold On Baby』は、King Princessの2作目として、デビュー作『Cheap Queen』のクールで洗練されたクィア・ポップを、より生々しい自己分析とロック的なサウンドへ発展させたアルバムである。ここでは、失恋、自己嫌悪、友情、欲望、境界線、回復が、ひとつの感情的な流れとして描かれている。タイトルが示すように、本作は「大丈夫になった」アルバムではなく、「まだ危ういが、踏みとどまろうとしている」アルバムである。
音楽的には、ギターの存在感が非常に重要である。前作にあったR&Bやシンセ・ポップ的な滑らかさを残しながら、本作ではポップ・ロック、インディー・ロック、オルタナティヴ・ロックの質感が強まっている。これにより、King Princessの歌詞にある傷や苛立ちが、より身体的に伝わる。特に「Crowbar」「Change the Locks」「Let Us Die」では、ギター・サウンドが感情の破壊と再構築を支えている。
歌詞面で重要なのは、King Princessが自分の弱さを美化しすぎない点である。「I Hate Myself, I Want to Party」や「Cursed」では、自己嫌悪や反復する失敗が率直に描かれる。しかし、それらは単なる悲劇としてではなく、時にユーモアや皮肉を含んで提示される。自分が壊れていることを分かっていて、それでも外へ出る。自分の行動が不器用だと知っていて、それでも愛そうとする。この自己認識の鋭さが、本作の魅力である。
また、本作は恋愛だけでなく、友人関係やコミュニティの重要性も描いている。「For My Friends」はその象徴であり、恋愛の崩壊の中でも、友人たちが自分を支えていることが歌われる。クィアな文脈において、こうした選び取られたつながりは非常に重要である。『Hold On Baby』は恋愛アルバムであると同時に、壊れた自己を他者との関係の中でどう支えるかを描いた作品でもある。
本作の後半では、境界線を引くことが大きなテーマになる。「Change the Locks」では相手を生活空間から締め出す具体的な行為が歌われ、「Dotted Lines」では関係の契約性が問われ、「Let Us Die」では終わらせることの必要性が提示される。これは、単なる失恋の痛みから、自己保存の段階へ進む流れである。愛することと、自分を守ること。その両方をどう成立させるかが、本作の成熟した問いになっている。
King Princessのヴォーカルも本作の重要な軸である。彼女の声は、強く張り上げるだけではなく、疲れ、照れ、皮肉、甘さ、怒りを細かく行き来する。大仰なポップ・スター的歌唱ではなく、近い距離で感情を語るような声である。そのため、アルバム全体が非常に親密に響く。聴き手は巨大な舞台の物語ではなく、誰かの部屋や深夜の会話に立ち会っているような感覚になる。
『Hold On Baby』は、2020年代のポップにおいて、クィアな視点が特別な題材としてではなく、自然な主体として存在することを示した作品でもある。King Princessは、自分の恋愛や欲望を説明的に語るのではなく、当たり前の感情として歌う。その自然さこそが重要である。クィアな愛が特別な例外ではなく、傷つき、間違え、依存し、別れ、回復する普遍的な人間経験として描かれている。
日本のリスナーにとって本作は、Phoebe Bridgers、Clairo、MUNA、Tegan and Sara、St. Vincent、Snail Mail、Soccer Mommy、HAIMなどに関心がある場合に聴きやすい作品である。ギター・ポップの親しみやすさと、現代的な自己分析の鋭さを同時に求めるリスナーに適している。また、恋愛の終わりを単なる悲劇ではなく、自己理解と境界線の問題として聴きたい人にとって、本作は非常に響くアルバムである。
『Hold On Baby』は、King Princessが単なる話題性のある若手ポップ・アーティストではなく、感情の複雑さをアルバムとして構成できるソングライターであることを示した作品である。壊れそうな自分に向かって「持ちこたえて」と言うこと。愛を終わらせることで自分を生かすこと。友人の存在に支えられながら、まだ完全には治っていない傷を抱えて歩くこと。本作は、その過程をポップ・ロックとして誠実に鳴らしたアルバムである。
おすすめアルバム
1. Cheap Queen by King Princess
2019年発表のデビュー・アルバム。King Princessのクィア・ポップ、R&B的な滑らかさ、自己演出的なユーモアが最初にまとまった作品である。『Hold On Baby』がよりロック寄りで傷に近いアルバムだとすれば、『Cheap Queen』はよりクールで、余裕のある表情を持つ。両作を比較すると、King Princessのソングライティングの変化がよく分かる。
2. Punisher by Phoebe Bridgers
2020年発表の代表作。親密な声、自己分析、皮肉、孤独、関係の崩壊を繊細なインディー・ロック/フォーク・ポップとして描いたアルバムである。King Princessとは音楽的な質感が異なるが、傷ついた感情を過度に劇的にせず、細部の言葉で表現する点で共通している。
3. Saves the World by MUNA
2019年発表のアルバム。クィアな視点、シンセ・ポップ、失恋、自己修復、友情のテーマが強く、King Princessの『Hold On Baby』と非常に近い感情圏にある作品である。ポップなサウンドの中に、自己嫌悪や回復の過程を丁寧に描く点が共鳴する。
4. If I Can’t Have Love, I Want Power by Halsey
2021年発表の作品。Nine Inch NailsのTrent ReznorとAtticus Rossがプロデュースに関わり、ポップとオルタナティヴ・ロック、インダストリアル的な質感を結びつけたアルバムである。King Princessよりも大きなスケールと暗さを持つが、ポップ・アーティストがロック的な音像で身体性や自己崩壊を描く点で関連性が高い。
5. The Con by Tegan and Sara
2007年発表の重要作。クィア・ポップ/インディー・ロックの文脈において、恋愛、自己不安、関係の緊張を鋭いメロディとギター・サウンドで描いたアルバムである。『Hold On Baby』の背景にある、クィアな感情表現とポップ・ロックの融合を理解するうえで重要な一枚である。

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