1. 歌詞の概要
「Bachelor Kisses」は、The Go-Betweensが1984年に発表した3rdアルバム『Spring Hill Fair』に収録された楽曲であり、彼らの音楽キャリアの中でもとりわけ“甘くてほろ苦い”ラブソングとして多くのリスナーに記憶されている作品である。バンドの中心人物ロバート・フォースターがヴォーカルを務め、愛と誠実さのはざまで揺れる男の心情が、極めて繊細に綴られている。
曲名の「Bachelor Kisses（独身男のキス）」とは、つまり“気まぐれで無責任な愛情表現”のこと。
語り手は、自分がそのようなキスを繰り返してきたことを自覚しており、目の前にいる相手に対しては本当の誠実さを示したいと願っている。
しかしその決意の裏には、「本当に自分は変われるのか」「彼女を傷つけてしまうのではないか」という不安や脆さが垣間見え、それが歌詞の行間に静かに滲み出してくる。
この楽曲は、いわば**「愛し方を学びたい男の独白」**であり、甘美なメロディとともに、リスナーに静かな切なさを届ける。
2. 歌詞のバックグラウンド
「Bachelor Kisses」は、当時のThe Go-Betweensが“国際的成功”という新たなステージに向けてリリースしたアルバム『Spring Hill Fair』の中でも、最もポップで親しみやすい楽曲として制作された。ロバート・フォースターはこの曲について、“バンドがシングルヒットを狙って書いた最初の曲”だと語っているが、その仕上がりは決して商業的な“軽さ”に終始していない。
むしろ、ラブソングという普遍的なフォーマットのなかで、感情の不器用さや、関係性の責任を引き受ける覚悟を描くという点において、当時のポップミュージックとは一線を画する誠実さがある。
また、サウンド面では、グラント・マクレナンの甘く優しいギターワークと、リンディ・モリソンの手数の多いパーカッション、そしてアマンダ・ブラウンのキーボードやハーモニーが絶妙なバランスで融合しており、80年代中盤の瑞々しくも洗練されたインディーポップの美学が体現されている。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に、「Bachelor Kisses」の印象的な歌詞の一節を抜粋し、その和訳を添える。
Bachelor kisses, left on pillows / The bachelor tears that lie and cry
→ 枕に残る独身男のキス 嘘をつき、泣いている独身男の涙The days you spend with me don’t have to be every day
→ 君が僕と過ごす日々は、毎日じゃなくていいんだAnd I won’t ask for promises / So you won’t have to lie
→ だから約束なんて求めない 君が嘘をつかなくて済むようにBachelor kisses won’t break their promise
→ 独身男のキスは 約束なんて守らない
引用元：Genius Lyrics – The Go-Betweens “Bachelor Kisses”
このフレーズには、“口づけ”という甘く美しい行為の中に潜む無責任さや、過去の恋愛において何かを失ってしまった男の自省が、静かに滲んでいる。
4. 歌詞の考察
「Bachelor Kisses」は、“愛されたいけれど、うまく愛せない”という不器用さに満ちた楽曲である。
語り手は、これまで誰かに誠実であろうとせず、関係が深まる前に逃げてきた。しかし、今度の相手には、同じ過ちを繰り返したくないと思っている。とはいえ、それを“誓い”や“約束”という形にすることには、まだどこか躊躇がある。
この中途半端な誠意、未熟な優しさ――つまり**“誰かを傷つけたくないという思いが、時に無責任になる”**という恋愛の逆説を、フォースターはごく静かに、しかし核心を突く言葉で描いている。
また、「君が僕と毎日過ごさなくてもいい」「約束はいらない」という一見フェアな言葉には、“自分が相手に対して十分に応えられないかもしれない”という逃げも含まれている。
つまりこの楽曲は、単なるラブソングではなく、「愛に対する準備不足」を誠実に描いた、関係の入り口に立つ者のための歌なのだ。
それでも、「僕は変わりたい」という微かな希望が、音の端々に滲んでいる。それがこの曲を、ただの後悔の歌ではなく、人間的な成長の兆しを含んだ希望の歌へと昇華させている。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Just Like Heaven by The Cure
恋の高揚と不安定さを、ポップなメロディで包み込んだ名ラブソング。 - A Night Like This by The Cure
愛にすがりたい気持ちと、自分の不完全さへの戸惑いが交錯する一曲。 - Anyone Else Isn’t You by The Field Mice
繊細で誠実な視点から語られる、ひとりの人を想う無垢な気持ち。 - Falling and Laughing by Orange Juice
恋の初期衝動とその脆さを、跳ねるようなギターとともに表現した80sインディーポップの象徴。 -
Sea Song by Robert Wyatt
誰かを深く想うがゆえに言葉が不器用になる、そんな真実味を感じさせるバラード。
6. “愛を始める”ための歌
「Bachelor Kisses」は、The Go-Betweensというバンドが得意とした**“感情の余白”を美しく歌い上げる技術**が詰まった楽曲であり、ロバート・フォースターの詩人としての感性が最も優しく響く瞬間でもある。
この曲は、「恋に落ちる」瞬間のきらめきではなく、「恋を始めようとする」その入り口――つまり、不安と希望が入り混じる地点を丁寧に描いている。
それはきっと、誰かを本当に想ったことのあるすべての人にとって、記憶の中にある風景ではないだろうか。
恋は、言葉にすれば簡単でも、実際にはとても難しい。
この歌の語り手のように、“変わりたい”と願うことが、最も誠実な愛のかたちなのかもしれない。
「Bachelor Kisses」は、過去の過ちを認めながら、未来へ一歩踏み出そうとする心の歌であり、恋を始めるすべての人に、静かな勇気を与えてくれる。
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