
発売日: 1986年
ジャンル: オルタナティヴロック、ハートランド・ロック、パワーポップ
概要
『Out of the Grey』は、The Dream Syndicateが1986年に発表したサード・アルバムであり、過去2作のダークで即興的な作風から一転、よりパーソナルでポップなロックへと舵を切った作品である。
制作前にギタリストのカール・プレシアドが脱退し、新たにポール・B・カトラー(The Consumers、45 Grave)を迎えて再構築されたこのラインナップは、バンドの音に決定的な変化をもたらした。
タイトルの「Out of the Grey(灰色の中から)」は、混沌や不安、曖昧な状態からの脱却を示唆しており、音楽的にも曇天のようなサイケデリック・ジャムから、より晴れやかなメロディと構成を持つソングライティングへとシフトしている。
とはいえ、その明るさの中にはスティーヴ・ウィンの苦味のある歌詞と、アメリカ的リアリズムに基づく物語性が色濃く息づいており、決して単純な転向ではない“前向きな内省”がここにはある。
全曲レビュー
1. Out of the Grey
アルバム冒頭を飾るタイトル曲。
ミディアムテンポで穏やかに始まりつつも、歌詞には「曖昧な状態から脱け出す」ことへの決意が込められている。
新章の幕開けとして象徴的。
2. Forest for the Trees
アメリカーナ的な風合いの強いナンバー。
「木を見て森を見ず」というフレーズを反転させ、物事の本質を捉える視点を歌う。
メロディはポップだが、内容は一筋縄ではいかない。
3. 50 in a 25 Zone
“制限速度25の場所で50で走る”——危険とスリル、そして若さの衝動を表すメタファー。
疾走感あるロックンロールで、ウィンの皮肉な視線が冴える。
4. Boston
本作随一の叙情的バラード。
遠距離、旅、再会——アメリカ東海岸の街を舞台に、淡い喪失と希望が交錯する。
ギターのアルペジオが夜の高速道路を連想させる。
5. Blood Money
タイトルどおり、代償、裏切り、契約といった暗いテーマを内包した1曲。
荒々しいギターと、強いビートが攻撃的な雰囲気を作り出す。
6. Slide Away
甘くメランコリックなメロディと、静かな演奏が印象的なスロウナンバー。
“離れていく”ことが喪失ではなく、ひとつの解放として描かれている。
7. Dying Embers
“燃え尽きかけた火”という比喩が、関係性の終わりや個人の精神状態を反映する。
ウィンのボーカルは低く抑えられ、孤独の余韻を深く引きずる。
8. Now I Ride Alone
後にスティーヴ・ウィンのソロでも再演されることになる本作屈指の名曲。
タイトル通りの孤独と決意をギターと声で静かに描く。
メロディとリリックの完成度はバンド全体でも屈指。
9. Black
前作までのダークサイドを色濃く引き継いだロック・ナンバー。
“黒”という抽象概念の中に、怒り、欲望、喪失が詰め込まれている。
サイケデリックなギターがノイジーで心地よい。
10. Merrittville
物語性の強いバラッドで、架空の町を舞台にした逸話が展開される。
アメリカ文学的な語り口で、サウンドも穏やかにして奥深い。
11. Let It Rain
アルバムのラストは、まさに「降らせてくれ」と語る祈りのような楽曲。
悲しみを拒まず受け入れる姿勢に、アルバム全体のメッセージが集約される。
リスナーに静かな余韻を残すクロージングである。
総評
『Out of the Grey』は、The Dream Syndicateにとって“過渡期”にある作品でありながら、結果的に彼らの音楽的多面性と精神性をもっともバランス良く表現した一作となった。
ハードで混沌としたジャムの世界から一歩引き、よりパーソナルでリリカルな表現へと歩を進めたこのアルバムには、“混沌のなかで自分自身を見つめ直す”という静かな決意が宿っている。
それは、成熟や妥協ではなく、より深く音楽と向き合った者にしか辿り着けない場所のように思える。
1980年代アメリカン・ロックの中で最も過小評価された名盤のひとつである。
おすすめアルバム(5枚)
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Steve Wynn – Kerosene Man (1990)
本作以降の精神性を引き継いだ、スティーヴ・ウィンのソロデビュー作。 -
The Replacements – Tim (1985)
オルタナと哀愁が交差する名盤。物語性と雑然さのバランスが共通する。 -
Tom Petty – Southern Accents (1985)
ハートランド・ロックの成熟形。アメリカ南部への視線と音像が近い。 -
The Long Ryders – Native Sons (1984)
同時代のパイズリー系バンド。ルーツとロックの融合がよく似ている。 -
Uncle Tupelo – No Depression (1990)
のちのオルタナ・カントリーの始祖的存在。哀愁と語りの融合が『Out of the Grey』と響き合う。
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