アルバムレビュー：Thunder and Consolation by New Model Army

発売日: 1989年2月20日
ジャンル: フォーク・ロック、ポストパンク、オルタナティヴ・ロック

概要
全曲レビュー
総評
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概要

『Thunder and Consolation』は、New Model Armyが1989年にリリースした4作目のスタジオ・アルバムであり、彼らのキャリアにおいて芸術的・感情的な到達点を示す最重要作である。
本作でバンドは、初期のポストパンク的アグレッションと政治性を維持しつつも、ケルト音楽やフォークの要素を大胆に導入し、より詩的で普遍的な作品世界を築き上げた。

アルバムタイトルの「Thunder（雷鳴）」と「Consolation（慰め）」は、怒りと癒し、暴力と優しさ、破壊と再生といった二項が共存する本作の二面性を象徴している。
当時の世界は冷戦の終焉へと向かう転換期であり、人々の精神にはまだ不安と混乱が根強く残っていた。
New Model Armyは、そうした時代の空気に感応しながらも、政治だけでなく“人間そのもの”にフォーカスを当てた詩と音楽で応答した。

この作品において、ジャスティン・サリヴァンのヴォーカルはより柔らかく、深く、内省的であり、バイオリン奏者エド・アリットンの参加によって、音楽的にも新たな次元に突入した。
それは暴力の後に訪れる静寂のような、あるいは絶望の中に灯る微かな希望のような、“祈り”に近い響きをたたえている。

全曲レビュー

1. I Love the World

堂々としたオープニング。
「この世界を愛している」という言葉が、皮肉でも無邪気な理想でもなく、絶望の底から発せられる祈りのように響く。
環境破壊や戦争を背景にしつつも、それでも「生きている世界そのもの」への愛を叫ぶ姿勢が感動的である。

2. Stupid Questions

鋭い皮肉と人間観察が光る楽曲。
「なぜそんなに怒っているの？」という問いに対し、「その質問こそが怒りの理由だ」と返すような、社会的無理解への応答としての一曲。
リズムのキレとボーカルの緊張感が秀逸。

3. Inheritance

血のつながり、文化の継承、そして親から受け継いだ矛盾をテーマにした叙情的なナンバー。
美しいメロディと繊細なバイオリンが絡み合い、個人と歴史の交差点が浮かび上がる。
ニュー・フォークとポストパンクの理想的な融合例といえる。

4. Green and Grey

本作の象徴とも言える傑作バラード。
都市と田舎、伝統と現代、個と共同体という対立軸を、兄弟の視点から静かに描き出す。
「君は間違ってない、でもここは俺の場所じゃないんだ」という言葉が切実で、優しさと痛みを同時に孕んでいる。
バイオリンとギターの対話が極めて感動的。

5. Ballad of Bodmin Pill

失業や社会崩壊の中で生きる労働者の物語を描いた、哀歌的なフォーク・ロック。
タイトルに登場する「Bodmin Pill」は実在の場所と架空の象徴が交錯する“忘れられた場所”として機能する。
リズムセクションは骨太ながらも感情の震えを失わない。

6. Family Life

わずか1分半ほどの短編で、まるで日記のような簡潔さが逆に強い余韻を残す。
家族の営みの静けさと、それを見つめる視線の距離感が妙にリアルで、喪失の予感すら漂わせる。

7. Family

前曲から連なるように始まる、よりエネルギッシュなナンバー。
家族という制度と、そこに内在する暴力、期待、裏切りを赤裸々に描く。
リズムが強烈で、歌詞の鋭さと音の硬質さが完璧に一致している。

8. Vagabonds

フォーク・ロックとケルト音楽の融合によって生まれた祝祭的な楽曲。
「我々は放浪者（Vagabonds）だ」というラインが示すように、境界に生きる人々の自由と孤独がテーマ。
バイオリンの旋律が高らかに鳴り響き、解放感と哀愁が同時に訪れる。

9. 225

近未来的ディストピアを描いた、シンセサイザーとギターが交錯する攻撃的トラック。
「225」とは刑務所の房番号にも、未来の年号にも思える多義的なタイトルで、人間の管理と抑圧を暗示する。
ポストパンク的な冷たさが際立つ一曲。

10. The Charge

政治的暴力と個人の怒りの瞬間を切り取ったダイナミックなナンバー。
まるで劇のような展開で、行進曲のようなリズムと語りかけるようなボーカルが交差する。
アルバム後半のハイライト。

11. My People

部族性、共同体、民族的帰属というテーマを、批判的かつ詩的に描写した曲。
「俺の民は誰だ？」という問いを繰り返しながら、国家でも宗教でもなく、人間の“共苦”に基づく繋がりを探ろうとする。
深く静かな楽曲である。

12. Flying Through the Smoke

アルバムのクロージングにふさわしい、幻想的で空間的なサウンドの一曲。
「煙の中を飛ぶ」というメタファーが、不確かな未来と、それでも前に進む意志を象徴している。
最後は消え入るように終わり、まるで物語を一篇読み終えたような感覚に包まれる。

総評

『Thunder and Consolation』は、New Model Armyがただのプロテスト・バンドを超えて、精神的・哲学的・詩的な高みに達した作品である。
怒りを声高に叫ぶのではなく、人生そのものを見つめ直すような静けさと誠実さが、このアルバムには満ちている。

ケルト音楽やバイオリンの導入によって、音の幅は広がったが、それは装飾ではなく“伝える手段”としての選択だった。
この作品はポストパンクの一形態であると同時に、フォーク・ロックの現代的再定義でもあり、人間存在の根源に触れるような深いアルバムとして、今なお多くのリスナーの心に残り続けている。

苦難の時代においても、“慰め”を求めながらも、“雷鳴”のような意志を失わない——そんな人々のために作られた、魂のための音楽である。