
- 発売日:1979年
- ジャンル:New Wave / Pop Rock / Art Rock / Post-Punk
概要
『Motels』は、The Motelsが1979年に発表したデビュー・スタジオ・アルバムであり、ロサンゼルス周辺のニューウェイヴ・シーンから登場した彼らの美学を最初にまとめた作品である。Martha Davisの陰影の深いヴォーカル、ギター、キーボード、サックスを組み合わせた都会的なアレンジ、そして恋愛や孤独、欲望、夜の都市生活を扱う歌詞によって、単なるパンク後のギターバンドとは異なる独自の位置を築いた。
The Motelsは、同時代のBlondie、The Cars、Berlin、Missing Personsなどと並び、1970年代末から1980年代初頭にかけてのアメリカン・ニューウェイヴを代表する存在の一つである。ただし、彼らの音楽は明快なシンセポップ一辺倒ではない。
そこにはジャズ。
ブルース。
アートロック。
ポストパンク。
キャバレー的な退廃。
そして映画的な都市の孤独がある。
この複数性が『Motels』の大きな特徴である。
バンドの中心人物Martha Davisは、後の「Only the Lonely」「Suddenly Last Summer」でより広く知られることになるが、デビュー作の時点ですでに非常に特徴的な歌唱を持っていた。
声は強いが、派手に歌い上げるタイプではない。
少し低く、煙のように曇っている。
感情を完全に露出するのではなく、あえて距離を残す。
そのため、恋愛を歌っていても単純なロマンティック・ポップにはならない。
Davisの主人公は、誰かを欲している。
しかし同時に、その相手を信用していない。
近づきたい。
だが、自分を完全には見せない。
この感情の二重性が、The Motelsの歌詞とサウンドを貫いている。
バンド名の“The Motels”も象徴的である。
モーテルは家ではない。
一時的に滞在する場所だ。
誰かが来る。
誰かが去る。
長く住む場所ではない。
恋愛、欲望、孤独、都市生活を描く彼らの音楽にとって、この名前は非常に適切だった。
関係が永続しない。
人間が一時的に交差する。
夜が終われば別れる。
『Motels』というデビュー作には、そうした一過性の感覚がすでに強くある。
1979年という時代背景も重要だ。
Sex PistolsやRamonesによるパンクの衝撃を経て、ロックは急速に細分化していた。
Talking Headsはアートとファンクへ。
Blondieはディスコやポップへ。
The Carsはギターとシンセを統合。
TelevisionやPatti Smithはより文学的なロックへ。
The Motelsもその流れの中で、パンクの簡潔さを受け継ぎながら、もっとムーディーで大人びたニューウェイヴを作った。
そのため本作は、後の80年代ポップへ向かう洗練と、70年代末の地下的な緊張感が同時に残る作品である。
全曲レビュー
1. Anticipating
アルバムは「Anticipating」から始まる。
タイトルは「期待する」「待ち構える」といった意味を持つ。
The Motelsの音楽では、「待つ」という行為が非常に重要である。
電話を待つ。
誰かが来るのを待つ。
関係が変わる瞬間を待つ。
しかし、その期待には常に不安が混ざる。
この曲でも、何かが起こりそうな感覚がある一方、それが本当に良いことなのかは分からない。
音楽的にはニューウェイヴらしいタイトなリズムと、少し冷たいギター、キーボードが中心。
Martha Davisのヴォーカルは、感情を前面に押し出すより、緊張を内側に溜める。
デビュー作の冒頭として、The Motelsの「都会的で落ち着かない」空気をよく提示している。
2. Kix
「Kix」は、短く鋭いタイトルを持つ。
“kicks”を思わせる言葉で、刺激、快楽、退屈しのぎといった意味を連想させる。
1970年代末の都市文化において、夜の遊び、クラブ、ドラッグ、セックス、音楽は、日常から逃れる手段でもあった。
The Motelsはそうした快楽を完全に肯定しない。
刺激を求めることには、同時に空虚さがある。
何かを感じたい。
だからもっと強い刺激を求める。
しかし、それが長く続く満足にはならない。
音楽は比較的軽快だが、ヴォーカルには冷たさがある。
この「楽しそうなのに完全には楽しくない」という感覚がThe Motelsらしい。
3. Total Control
「Total Control」は、本作の中心曲であり、The Motels初期を代表する楽曲の一つである。
タイトルは「完全な支配」。
恋愛における支配欲、依存、感情のコントロールがテーマとなる。
誰かを完全に所有したい。
相手の感情を支配したい。
しかし同時に、自分自身が相手に支配されている。
この逆説が曲の核心である。
音楽的には非常に特徴的で、サックスが重要な役割を果たす。
ニューウェイヴの硬質なリズムの中にジャズ的な色彩が入り、曲全体に夜の都会的な雰囲気が生まれる。
Martha Davisの歌唱も極めて抑制されている。
もしこの歌を大声でドラマティックに歌えば、単純な嫉妬や所有欲の歌になりやすい。
しかしDavisは冷静に歌う。
そのため、支配したいという感情そのものがより不気味に聞こえる。
「Total Control」は、The Motelsが単なるポップバンドではなく、心理的な曖昧さを音楽にできるバンドであることを示した重要曲である。
4. Love Don’t Help
「Love Don’t Help」は、タイトルからして恋愛への幻滅を示している。
「愛は助けにならない」。
ポップミュージックでは、愛が人間を救うものとして描かれることが多い。
しかしThe Motelsは、その前提を疑う。
誰かを愛していても、問題は解決しない。
孤独も消えない。
自分自身の不安も残る。
むしろ愛することで、別の苦しみが増えることさえある。
この冷めた視点がMartha Davisのソングライティングの重要な特徴である。
音楽は比較的ストレートなロック寄りだが、歌詞の内容によって単純なアップテンポ曲にはならない。
5. Closets & Bullets
「Closets & Bullets」は、不穏な二つの名詞を並べたタイトルが印象的である。
“closets”は隠されたもの、秘密、閉じ込められた感情を連想させる。
“bullets”は暴力、危険、破壊。
つまり、隠されたものの内側に暴力性がある。
人間関係の中で押し込められた感情が、ある時突然爆発する。
The Motelsの歌詞世界には、こうした「表面は静かだが、その内側に危険がある」状態が多い。
音楽もその感覚に合わせて、緊張を維持する。
ギターは派手なリフを弾くというより、空間へ切れ込む。
リズムは抑制されているが、落ち着かない。
ポストパンク的な不穏さが比較的強い曲である。
6. Atomic Cafe
「Atomic Cafe」は、冷戦時代の核恐怖と消費文化を結びつけるようなタイトルを持つ。
“atomic”という言葉は1950年代以降、未来、技術、破壊、核戦争を同時に象徴してきた。
一方、“cafe”は日常的で親しみやすい場所。
この二つを並べることで、巨大な破滅の可能性が日常生活のすぐそばにあるという奇妙さが生まれる。
1979年という時代には、核戦争への恐怖は決して抽象的なものではなかった。
The Motelsはそれを政治的スローガンとして扱うより、ポップカルチャーの不気味な背景として使う。
音楽も少し機械的で、ニューウェイヴ的な冷たさがある。
未来的でありながら、同時に不安。
この感覚が非常に時代を反映している。
7. Celia
「Celia」は、人物名をタイトルにした楽曲である。
The Motelsの歌詞では、人物が完全に説明されないことが多い。
誰なのか。
どのような関係なのか。
それをすべて明らかにせず、断片的な印象だけを残す。
この方法によって、曲は短編映画の一場面のようになる。
「Celia」でも、一人の人物を中心にしながら、その背景には大きな余白がある。
音楽は比較的メロディックで、Martha Davisの声の魅力が前面に出る。
恋愛や人物描写において、感情を説明しすぎないThe Motelsらしい曲である。
8. Porn Reggae
「Porn Reggae」は、タイトル通りレゲエのリズムを意識した曲である。
1970年代後半のニューウェイヴでは、レゲエやダブからの影響が非常に大きかった。
Elvis Costello周辺。
多くのバンドがジャマイカ音楽のリズムをロックへ取り込んだ。
The Motelsも、この曲でその流れに接近する。
ただし、本格的なレゲエを再現するというより、裏拍や空間をニューウェイヴのアレンジへ利用している。
タイトルの挑発的な響きも含め、当時のクラブ文化や性的なイメージを少し皮肉に扱う感覚がある。
9. Dressing Up
「Dressing Up」は、「着飾ること」をテーマにした楽曲である。
服を着る。
化粧をする。
外見を作る。
これは単なるファッションの話ではない。
人間は社会の中で、自分自身を演出する。
特に夜の都市では、昼間とは違う人物になることもできる。
The Motelsの音楽には、この「演じる自分」と「本当の自分」のズレが頻繁に現れる。
着飾れば、自信があるように見える。
しかし内側では不安かもしれない。
美しく見えても、孤独かもしれない。
音楽はスタイリッシュで、ニューウェイヴらしい都会的な感覚が強い。
10. Counting
「Counting」は、「数えること」を意味する。
時間。
日数。
お金。
残り時間。
誰かを待つ回数。
何を数えているかは文脈によって変わるが、重要なのは「経過」を意識することだ。
The Motelsの歌詞には、一時的な関係や夜の終わりが多く登場する。
そのため、時間を数えるという行為は非常に象徴的である。
永遠ではない。
終わりが来る。
音楽は比較的抑えめで、反復が心理的な緊張を作る。
11. Slow Town
「Slow Town」は、都市生活の別の側面を描く。
都会は通常、速い。
車。
仕事。
夜。
人間関係。
すべてが動く。
しかし“slow town”という言葉には、その速度から外れた場所のイメージがある。
ここでは、停滞が安心なのか、それとも退屈なのかが曖昧だ。
The Motelsにとって、静かな場所が必ずしも救いになるわけではない。
都市には孤独がある。
しかし地方には閉塞がある。
どこへ行っても完全な居場所はない。
この感覚は、バンド名“The Motels”にもつながる。
家ではない場所を渡り歩く。
「Slow Town」は、その移動の反対側にある停滞を意識させる曲である。
総評
『Motels』は、The Motelsがデビュー時点ですでに非常に明確な世界観を持っていたことを示す作品である。
その世界観の中心にあるのは、「都市の夜」と「一時的な関係」である。
モーテル。
写真。
服。
カフェ。
街。
秘密。
支配。
欲望。
待つこと。
これらのモチーフが、アルバム全体で何度も姿を変えて現れる。
The Motelsは、恋愛を安心できる場所として描かない。
むしろ恋愛は、都市そのものに似ている。
魅力的。
刺激的。
しかし冷たい。
誰かに出会う。
近づく。
それでも完全には理解し合えない。
そして、いつか別れる。
この感覚がMartha Davisの歌唱と非常によく合っている。
彼女の声には「距離」がある。
激しく感情を爆発させるのではなく、出来事を少し離れた場所から見ているように歌う。
だからこそ「Total Control」のような曲が強い。
歌詞では感情が非常に激しい。
相手を完全に支配したい。
しかし歌声は冷静。
このギャップによって、感情がさらに危険に聞こえる。
音楽的には、The Motelsは典型的なギター主体のニューウェイヴとは異なる。
キーボード。
サックス。
ジャズ的なコード。
ブルース的な歌唱。
これらがバンドサウンドへ自然に入る。
特にサックスの存在は重要である。
1970年代末のロックでは、サックスはBruce Springsteen的なR&Bロックや、ジャズロックで使われることが多かった。
The Motelsはそれを、もっと暗く都会的な雰囲気のために使う。
その結果、彼らの音楽には映画の夜景のような質感が生まれる。
ネオン。
雨。
誰もいない道路。
安いホテル。
バー。
そうした映像が自然に浮かぶ。
この映画的感覚は、後のThe Motels作品でさらに洗練されていく。
「Only the Lonely」はその代表であり、孤独と都会的なポップの融合がより明確になる。
しかし、その原型はすでにデビュー作にある。
1979年という発売時期を考えると、本作は非常に興味深い位置にある。
パンクの破壊力はまだ近い。
しかし80年代型の洗練も始まっている。
ギターは荒い。
だがシンセやサックスもある。
歌詞には地下シーン的な不安がある。
しかしサビにはポップ性がある。
つまり『Motels』は、70年代末と80年代初頭の境界に立つ作品である。
この時代のニューウェイヴは、一つのジャンルではなかった。
Blondieはディスコやガールグループ文化。
Talking Headsはアートロックとファンク。
The Carsはシンセとパワーポップ。
The B-52’sはキッチュなダンスロック。
The Motelsは、その中でジャズ、ブルース、キャバレー、都市的ロマンティシズムを担当するような存在だった。
The MotelsをBlondieと比較すると違いが分かりやすい。
Debbie Harryには、都会的な冷たさとポップスター的な華やかさがある。
Martha Davisにも都会性はあるが、もっと内省的で暗い。
The Motelsの主人公はスターになるというより、夜の街の片隅にいる。
目立たない。
しかし、その人には秘密がある。
この小さな物語性が彼らの魅力である。
The Carsとの比較も興味深い。
The Carsは極めて緻密に整理されたサウンドで、ギターとシンセをポップへ統合した。
The Motelsはもっと湿度が高い。
ジャズやブルースの影響によって、音に人間的な揺れがある。
そのため、同じニューウェイヴでもThe Carsほど機械的ではない。
一方で、従来型ロックほど温かくもない。
この中間地点がThe Motels独自のポジションである。
歌詞面では、女性の視点が重要である。
1970年代のロックでは、恋愛やセックスが男性側から描かれることが圧倒的に多かった。
Martha Davisの歌詞では、女性が欲望の対象として存在するだけではなく、欲望する側、疑う側、支配したい側として描かれる。
「Total Control」はその代表だ。
女性主人公が受動的に愛されるのではなく、自分自身も相手を支配しようとする。
その感情は必ずしも「正しい」ものとして描かれない。
しかし、女性の欲望を複雑なものとして表現すること自体に意味がある。
この点では、Patti Smith、Debbie Harry、Chrissie Hyndeなどと並び、70年代末から80年代初頭における女性ロック表現の拡張ともつながる。
また、本作は「ニューウェイヴ=明るくカラフルな80年代」という後年のイメージとはかなり異なる。
1979年のニューウェイヴにはまだポストパンク的な不安が強くある。
冷戦。
都市の荒廃。
性の解放とその不安。
メディア。
夜の消費文化。
孤独。
『Motels』にはその空気がある。
そのため、シンセポップの華やかさよりも、夜明け前の街のような暗さが印象に残る。
アルバムの最重要曲はやはり「Total Control」だが、それ以外の曲を通して聴くことで、その曲が突然生まれたわけではないことが分かる。
「Anticipating」の不安。
「Love Don’t Help」の恋愛への幻滅。
「Closets & Bullets」の秘密と暴力。
「Dressing Up」の自己演出。
これらが「Total Control」の支配欲とつながる。
人間は、他人を完全には理解できない。
だから支配したくなる。
不安だから相手をコントロールしたい。
しかし、その瞬間に関係はさらに壊れる。
The Motelsの恋愛観には、この循環がある。
音楽史的には、The Motelsは1980年代により大きなポップ成功を収めることになるが、デビュー作の価値はその前の荒さにある。
まだ完全にラジオ向けに整えられていない。
アートロック的な奇妙さがある。
曲によってサウンドも揺れる。
しかし、その未整理さの中からMartha Davisの声と都市的な世界観がはっきり浮かび上がっている。
『Motels』は、ニューウェイヴ、ポストパンク、ジャズ的ポップ、女性ヴォーカルのオルタナティヴ・ロックに関心があるリスナーにとって、1979年アメリカ西海岸の重要な一枚である。
おすすめアルバム
1. The Motels – All Four One(1982)
The Motelsの商業的な代表作の一つで、「Only the Lonely」を収録。デビュー作にあった都市的な孤独、Martha Davisの抑制された歌唱、ニューウェイヴの冷たい質感が、より洗練されたポップへ発展している。
2. The Cars – The Cars(1978)
ギター、シンセサイザー、パワーポップを精密に融合したアメリカン・ニューウェイヴの代表作。The Motelsより機械的でポップだが、70年代末ロックから80年代型サウンドへ移行する過程を比較するうえで重要である。
3. Blondie – Parallel Lines(1978)
パンク/ニューウェイヴからポップ、ディスコ、60年代ガールグループ的なメロディへ広がった作品。女性フロントマンを中心に、地下シーンの感覚と大衆性を両立した点でThe Motelsと共通する。
4. Pretenders – Pretenders(1980)
Chrissie Hyndeの鋭い歌詞とヴォーカルを中心に、パンク、ロック、ポップを統合した作品。女性の欲望、恋愛の支配関係、自立を複雑に描く点で、Martha Davisのソングライティングと強い親和性がある。
5. Roxy Music – Manifesto(1979)
アートロックからニューウェイヴ/ダンス志向へ移行した時期の作品。都会的な退廃、洗練、恋愛への距離感という点で『Motels』と共鳴し、The Motelsのよりアート志向の背景を理解するうえで関連性の高い一枚である。

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