発売日: 2018年8月17日
ジャンル: インディーロック、オルタナティヴロック
2018年にリリースされたDeath Cab for Cutieの9枚目のアルバム「Thank You for Today」は、バンドの新しい方向性を感じさせる作品だ。バンドの中心人物であるベン・ギバードのメランコリックなリリシズムは健在だが、この作品には以前のアルバム「Narrow Stairs」や「Plans」で見られた、内省的でダークな雰囲気から少し離れ、より軽やかで明るいトーンが多く取り入れられている。特に、プロデューサーのリッチ・コスティ(Foster the People、Museなどを手がける)が加わったことで、シンセサウンドやアンビエントなエフェクトが多用され、バンドサウンドに新たな色が加わっている。
また、このアルバムはギタリストのクリス・ウォラの脱退後初のフルアルバムで、バンドにとっての転換点ともなっている。その影響もあり、シンプルなギターワークに代わり、キーボードとシンセサイザーが中心となり、メロディーに新たな深みをもたらしている。Death Cabのファンにとっては、この変化が新鮮でありながらも、どこか懐かしい響きも含んでいる。
アルバム全体としては、ノスタルジーとともに「今この瞬間」を肯定するようなメッセージが込められており、聴く者に寄り添いながらも前向きな気持ちにさせる作品となっている。
各曲解説
1. I Dreamt We Spoke Again
アルバムの幕開けとなるこの曲は、エコーがかかったシンセリフと軽やかなビートで展開する。過去の愛に対する夢のような懐古を描いており、ギバードの囁くようなボーカルが幻想的な空間を作り上げている。夢の中で再会する場面を表現する歌詞が美しく、繰り返されるメロディがリスナーを引き込む。
2. Summer Years
「Summer Years」は、シンセとギターが絡み合う心地よいリフが印象的で、失われた日々への郷愁を描いた楽曲だ。軽快なテンポでありながら、歌詞には過去への葛藤がにじみ出ており、内面と外側のトーンのギャップがリスナーに強く響く。
3. Gold Rush
このアルバムのリードシングルである「Gold Rush」は、シアトルの急速な都市開発に対する警鐘と、失われゆく故郷への複雑な思いが込められている。サンプリングされたイエスの「And You And I」を取り入れたリフレインがリズミカルで中毒性があり、現代の変化を切実に歌い上げる。
4. Your Hurricane
抑制の効いたメロディと共に、ギバードの語りかけるようなボーカルが響く一曲。内面的な嵐を比喩的に表現し、感情が抑えきれずに溢れ出す様子が描かれている。終盤の盛り上がりが感動的で、心の中の静かで強い感情を代弁するかのような力強さがある。
5. When We Drive
日常の中での移動と、それにまつわる思い出を描いた曲。落ち着いたメロディが旅路の静寂を表現しており、シンプルなギターとベースのラインが美しい。聴き手の心に懐かしさを呼び起こし、まるで過去に戻る車窓からの風景が見えるような一曲だ。
6. Autumn Love
アルバムの中で特に軽快でポップなサウンドが目立つ楽曲。シンプルでありながらもキャッチーなメロディが、秋の恋愛のような儚い情景を連想させる。アルバム全体のトーンを明るくしてくれる一曲で、Death Cabらしい優しさと親しみやすさが際立っている。
7. Northern Lights
アーティストCharlyn Marshall(Cat Power)がボーカルで参加しており、異なる色彩を加えている楽曲。北極の光をイメージした幻想的なサウンドと、広がりのあるシンセが美しいコントラストを描き、歌詞には愛と孤独が同居している。聴いていると、夜空に揺れるオーロラを想像させるような不思議な魅力がある。
8. You Moved Away
「You Moved Away」は、別れの痛みをじんわりと表現した曲。シンプルなピアノと柔らかいビートが、移り変わる風景とともに過ぎ去った関係への思いを乗せて進む。音数を抑えた編曲が、寂しさとともに温かさも感じさせ、リスナーに深い余韻を残す。
9. Near/Far
ギターのフレーズが際立つ「Near/Far」は、距離と感情の変化をテーマにしている。軽やかなアレンジの中に、切なさが滲み出ており、リフレインが心に残る。物理的な距離が心の距離を表すように、リスナーにも自分の経験を重ね合わせられる一曲だ。
10. 60 & Punk
アルバムのラストを飾る「60 & Punk」は、老いとアイデンティティの葛藤をテーマにした叙情的なバラード。ベン・ギバードの歌詞は痛々しいほどリアルで、かつての栄光と現在の自分を見つめる姿が胸を打つ。静かなメロディと共に余韻を残し、人生のはかなさを描き出す締めくくりとしてふさわしい。
アルバム総評
「Thank You for Today」は、シンセサウンドとギターが巧みに組み合わさり、Death Cab for Cutieの新たな可能性を見せてくれるアルバムだ。全体を通してノスタルジーと成長がテーマとなっており、過去と現在の折り合いをつけつつ「今」を大切にするメッセージが込められている。Death Cabらしいメランコリックな美しさは残しつつも、明るさと新しさを取り入れた音楽が心地よく響く。彼らの音楽の成熟を感じるとともに、新しいファンにも親しみやすい作品である。
このアルバムが好きな人におすすめの5枚
High As Hope by Florence + The Machine
同じように成長と過去への思いが描かれ、ドラマチックなアレンジとシンセサウンドが心に響く。
Sleep Well Beast by The National
ノスタルジックでありつつも、エレクトロニックなサウンドが豊富に使われ、深い情緒と知的なリリシズムが魅力の一枚。
A Deeper Understanding by The War on Drugs
ノスタルジックなサウンドスケープと、広がりのあるシンセとギターが印象的なアルバムで、Death Cabの新しい方向性と共通する部分が多い。
Lost in the Dream by The War on Drugs
内省的な歌詞とギターワークが特徴で、穏やかながらも力強いサウンドが「Thank You for Today」に通じるものがある。
The Suburbs by Arcade Fire
過去の記憶と成長がテーマとなっているアルバムで、シンセとギターが心地よく交差し、Death Cabファンにもおすすめ。
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