
発売日:1988年12月21日 ジャンル:ダンス・ポップ/Hi-NRG/シンセポップ/ユーロビート
概要
Dead or Aliveの4作目『Nude』は、1980年代後半のダンス・ポップがHi-NRGからユーロビート、さらに90年代型のクラブ・ポップへ移行していく過程を記録した作品である。世界的ヒット「You Spin Me Round (Like a Record)」を生んだ『Youthquake』や、Stock Aitken Watermanとの共同制作によってHi-NRGを極限まで洗練した『Mad, Bad and Dangerous to Know』とは異なり、本作ではPete BurnsとSteve Coyが中心となって制作を進め、Dead or Alive自身の美学がより直接的にサウンドへ反映された。
Dead or Aliveのキャリアを考える際、彼らを単なる「80年代一発ヒットのバンド」として見ることは適切ではない。
初期にはゴシック、ポストパンク、ニュー・ウェイヴの要素を持ち、Pete Burnsの低く妖艶なヴォーカルと、性別規範を意図的に揺さぶるヴィジュアルによって独特の存在感を形成した。その後、1985年の『Youthquake』でStock Aitken Watermanと組み、クラブ文化とポップ・チャートの両方へ適応する。
「You Spin Me Round」はその象徴だった。
高速の四つ打ち。
鋭いシンセサイザー。
反復するベース。
非常に短く強いサビ。
Pete Burnsのドラマティックなヴォーカル。
この形式は、その後のHi-NRG、ユーロビート、ダンス・ポップへ大きな影響を与える。
しかし『Nude』では、Stock Aitken Watermanの明確なプロデューサー署名から離れる。
その結果、サウンドは一見するとさらに人工的になる。
ドラムは機械的。
シンセサイザーは明るく硬い。
ヴォーカルは重ねられ、リズムは止まらない。
しかし、その人工性はPete Burnsの表現と非常によく合っている。
彼は「自然な自分」を見せるタイプのポップ・スターではない。
衣装。
メイク。
髪。
声。
ポーズ。
すべてを意図的に作り込む。
つまりDead or Aliveにおいて、人工性は偽物ではない。
人工的であることそのものが自己表現なのである。
この点で『Nude』というタイトルは興味深い。
“Nude”は「裸」。
通常なら、装飾をすべて取り去った状態を意味する。
しかしDead or Aliveは、最も派手に装飾されたバンドのひとつだった。
つまり「裸」という言葉が、そのまま自然体を意味しない。
むしろ、どれだけ外見を作り込んでも、その奥にある欲望や感情は裸になる、という逆説として読むことができる。
本作の歌詞では、
欲望。
所有。
別れ。
拒絶。
性的な駆け引き。
執着。
自尊心。
といったテーマが繰り返される。
Pete Burnsの主人公は受動的な恋愛人物ではない。
相手を欲しがる。
要求する。
怒る。
追い出す。
戻ってこいと言う。
別れる。
つまり感情の主体として非常に強い。
この強さは、Dead or Aliveが後のクィア・ポップ、クラブ・カルチャー、ジェンダーを意図的に演出するポップ・スターへ与えた影響を考える上でも重要である。
また、『Nude』は日本で特に大きな成功を収めた作品として位置づけられる。
1980年代末から90年代にかけて、日本ではユーロビート文化が独自に発展し、ディスコやパラパラ文化とも結びついた。Dead or Aliveの高速で明快なシンセ・ポップは、その文脈と極めて相性が良かった。
そのため『Nude』は、欧米での一般的評価以上に、日本のダンス・ミュージック史を考える上で重要な作品である。
全曲レビュー
1. Turn Around and Count 2 Ten
アルバムは「Turn Around and Count 2 Ten」で始まる。
『Nude』を代表する楽曲であり、Dead or Alive後期の最大級の重要曲でもある。
タイトルは「振り向いて10まで数えて」。
一見すると子どもの遊びのような言葉である。
しかし歌詞では恋愛関係における緊張や駆け引きへ転換される。
相手へ距離を取る。
数える。
その間に感情を整理する。
しかし本当に冷静になれるわけではない。
Dead or Aliveの恋愛歌では、理性的な距離と衝動が常に衝突する。
音楽は極めて高速で、明確な四つ打ちを持つ。
この速度感はHi-NRGの典型である。
しかし1985年の「You Spin Me Round」よりさらに機械的で、後のユーロビートへ近い。
シンセサイザーは長いコードを鳴らすより、細かい反復によって推進力を作る。
Pete Burnsの声はその上で非常に強い。
低く。
ドラマティック。
少し怒っている。
このヴォーカルの身体性が、無機質な電子トラックと対照を作る。
機械は正確。
声は情念。
この二つの衝突がDead or Aliveの最大の魅力である。
2. Give It Back (That Love Is Mine)
「Give It Back (That Love Is Mine)」は、「返して、その愛は私のもの」という所有の言語をタイトルにする。
恋愛を「共有」ではなく「所有」として扱う。
これは健全な関係の理想とは異なる。
しかしPete Burnsの歌詞は、人間の感情を道徳的に整理しない。
誰かを愛する。
だからその愛を自分のものだと思う。
相手が離れる。
すると「返して」と言いたくなる。
この非合理さが非常に人間的である。
歌詞の主人公は自分が嫉妬深いことを隠さない。
むしろ大げさに演じる。
ここにDead or Aliveのキャンプ的な表現がある。
感情を抑えるのではなく、極端に大きくする。
悲しいなら劇的に悲しい。
怒るなら完全に怒る。
その誇張によって、個人的な感情がクラブ・アンセムになる。
サウンドもタイトル曲同様に高速。
ただしメロディーはよりR&B的で、Pete Burnsのヴォーカルが前面に出る。
3. Baby Don’t Say Goodbye
「Baby Don’t Say Goodbye」は、タイトル通り別れを拒むラヴ・ソングである。
「さよならを言わないで」。
非常に古典的なポップ・テーマだ。
しかしDead or Aliveがそれを歌うと、静かなバラードにはならない。
別れたくない。
だから踊る。
悲しい。
しかしビートは止まらない。
この構造はディスコやHi-NRGが長く持ってきた美学である。
Donna Summer。
Sylvester。
Divine。
Bronski Beat。
Pet Shop Boys。
クラブ・ミュージックでは、悲しみとダンスが対立しない。
むしろ悲しいから踊る。
身体を動かすことで、感情を処理する。
「Baby Don’t Say Goodbye」もその系譜にある。
歌詞では相手を引き止める感情が中心になるが、サウンドはきわめて明るい。
そのため、失恋が個人的な悲劇ではなく、集団で踊れる感情へ変換される。
これはDead or Aliveが得意とする方法である。
4. Stop Kicking My Heart Around
「Stop Kicking My Heart Around」は、英語の慣用的な比喩を使ったタイトルである。
「私の心を蹴り回すのをやめて」。
つまり感情を弄ばないでほしいという要求だ。
恋愛における力関係が中心にある。
相手は主人公の感情を自由に扱う。
近づく。
離れる。
期待させる。
失望させる。
その繰り返しに対して、Pete Burnsは「やめろ」と明確に言う。
受動的に傷つくだけではない。
ここが重要だ。
Dead or Aliveのラヴ・ソングでは、主人公が被害者的な位置に留まり続けない。
傷ついたなら怒る。
相手へ要求する。
その強い自己主張はPete Burnsのパフォーマー像とも一致している。
音楽は硬いビートとシンセ中心で、フレーズの反復が強い。
タイトルの“kicking”という動詞と、キック・ドラムの物理的な強さが自然に対応している点も興味深い。
5. Come Home with Me Baby
「Come Home with Me Baby」は、『Nude』の中でも特に性的な直接性を持つ楽曲である。
タイトルは「一緒に家へ来て」。
つまり誘惑。
クラブ。
夜。
性的欲望。
これらが一つにつながる。
Pete Burnsは欲望を曖昧にしない。
相手から選ばれるのを待つのではなく、自分から誘う。
ここでも主体性が重要である。
80年代ポップでは、ジェンダーによって「誘惑する側」「誘惑される側」が固定的に表現されることが多かった。
Dead or Aliveはその境界を意図的に曖昧にする。
Pete Burnsのヴィジュアルも声も、伝統的な男性ポップ・スター像から大きく外れていた。
しかし性的な自信は非常に強い。
この組み合わせによって、欲望そのものがジェンダー規範から自由になる。
音楽は非常にクラブ志向で、反復するシンセと四つ打ちが強い。
Hi-NRGからユーロビートへ接近する本作の特徴を明確に示す一曲である。
6. I Don’t Wanna Be Your Boyfriend
「I Don’t Wanna Be Your Boyfriend」は、「あなたのボーイフレンドにはなりたくない」という拒絶をタイトルにする。
これは普通のラヴ・ソングの逆だ。
相手と一緒になりたいのではない。
関係を定義されたくない。
欲望はあるかもしれない。
しかし「恋人」という役割は拒否する。
この感覚は『Nude』における恋愛観の重要な側面である。
主人公は愛を欲しがる。
しかし束縛を嫌う。
相手を所有したがる。
しかし自分が所有されるのは嫌う。
この矛盾が面白い。
人間の恋愛感情は必ずしも論理的ではない。
Pete Burnsはその矛盾を解決せず、むしろキャラクターの魅力へ変える。
音楽は軽快で、タイトルの拒絶を悲しい別れではなく自信のある宣言として響かせる。
ここにはパンク的な反抗心も残っている。
Dead or Aliveが初期ニュー・ウェイヴ/ポストパンク出身であることを考えると、この「他人に役割を決められたくない」という態度はキャリア全体ともつながる。
7. Get Out of My House
「Get Out of My House」は、本作でも最も攻撃的なタイトルのひとつである。
「私の家から出て行け」。
恋愛の終わりを、悲嘆ではなく追放として描く。
もう終わった。
だから出て行け。
これは「Baby Don’t Say Goodbye」と正反対の感情だ。
前者では「行かないで」と言った。
ここでは「出て行け」と言う。
同じアルバムの主人公が矛盾しているように見える。
しかしそれこそが『Nude』の面白さだ。
人間の感情は状況によって変わる。
昨日は戻ってきてほしかった。
今日は顔も見たくない。
その瞬間の感情を極端に歌う。
音楽も非常に強い。
キックとシンセがほとんど命令のように反復される。
Pete Burnsのヴォーカルには theatrical な迫力があり、「恋愛の会話」ではなく舞台上の追放宣言のように聞こえる。
8. I Cannot Carry On
「I Cannot Carry On」は、「もう続けられない」という疲労を扱う。
アルバムでは高速のビートが続いてきたが、ここではそのエネルギーの裏側にある消耗が見える。
恋愛を続けられない。
感情を維持できない。
関係を修復する力も残っていない。
ここにあるのは、怒りの後の疲れである。
「Get Out of My House」のように激しく相手を拒絶した後、人は必ずしも解放されるわけではない。
むしろ空虚になる。
その空虚さが「I Cannot Carry On」にはある。
ただし音楽は依然としてダンス・ポップである。
この矛盾が重要だ。
身体は踊れる。
しかし歌詞では「続けられない」。
クラブ・ミュージックが、感情と身体を別々に動かすことのできる音楽であることがよく分かる。
Pete Burnsの声も、この曲では攻撃性だけではなく疲労を感じさせる。
アルバム後半に感情的な陰影を与える一曲である。
9. My Forbidden Lover
アルバム本編を締めくくる「My Forbidden Lover」は、「禁じられた恋人」という非常に古典的なテーマを扱う。
禁断の恋。
社会的に認められない相手。
秘密の関係。
この題材はポップ・ミュージックで繰り返し使われてきた。
しかしDead or Aliveの場合、「forbidden」という言葉には特別な意味がある。
Pete Burnsは、ジェンダーや性的表現に関する社会規範を一貫して揺さぶってきた人物である。
誰を愛するべきか。
男はどのように見えるべきか。
女性的な服装をしてよいのか。
欲望をどこまで公にしてよいのか。
そうした規範そのものと彼の存在が衝突していた。
そのため「禁じられた恋」というテーマは、単なるドラマティックなラヴ・ソングを超え、社会が欲望へ課す境界を連想させる。
音楽は最後まで派手で、ロマンティックで、人工的。
『Nude』というアルバムの締めくくりとして非常に適切である。
裸になるとは、装飾をなくすことではなく、自分が何を欲しているかを隠さないこと。
「My Forbidden Lover」は、その意味で作品全体の欲望を総括している。
総評
『Nude』は、Dead or Aliveのキャリアにおいて「Stock Aitken Waterman以後」を明確にした作品である。
これは非常に重要である。
Dead or Aliveの世界的な知名度は、「You Spin Me Round (Like a Record)」と強く結びついている。
その曲を制作したStock Aitken Watermanは、80年代後半の英国ポップを代表するプロダクション・チームとなった。
Rick Astley。
Kylie Minogue。
Bananarama。
Mel & Kim。
Sinitta。
彼らの作品では、硬いドラム・マシン、明快なシンセ、強烈なサビが共通する。
Dead or Aliveは、そのスタイルをSAWが巨大化する前の段階で体現した重要な存在でもある。
しかし成功には危険がある。
「Dead or Alive=SAWのサウンド」と思われれば、バンド自身の創造性が見えなくなる。
『Nude』はそこから離れる。
Pete BurnsとSteve Coyを中心に、Dead or Alive自身がダンス・ポップの機械を動かす。
その結果、サウンドは意外なほど後退しない。
むしろさらに先へ行く。
「Turn Around and Count 2 Ten」などは、Hi-NRGをより機械的、より高速、よりユーロビート的に発展させている。
この点で『Nude』は、80年代ダンス・ポップの終着点であると同時に、90年代へ向かう入口でもある。
特に日本では、この方向性が重要だった。
ユーロビートはヨーロッパのダンス音楽から生まれたが、日本で独自の巨大文化へ発展した。
高速BPM。
明快なシンセ・リフ。
感情を大きく歌うヴォーカル。
休まず進む四つ打ち。
Dead or Aliveの音楽は、この美学と極めて近い。
そのため欧米でニュー・ウェイヴ/Hi-NRGバンドとして認識される彼らが、日本ではさらに長くダンス・ポップの象徴として受容されたことには音楽的理由がある。
『Nude』はその接続点にある。
サウンドの最大の特徴は「止まらないこと」である。
ほとんどの曲でビートが前へ進む。
ドラム・マシンは疲れない。
シンセサイザーも感情を持たない。
一定の速度。
一定の圧力。
その上でPete Burnsだけが感情的に揺れる。
これが非常に面白い。
恋愛は不安定。
音楽は安定。
人間は怒る。
機械は怒らない。
人間は別れたくない。
ビートはそのまま進む。
つまり電子音楽の機械性が、人間の感情の不安定さを強調する。
これは『Nude』を単なる80年代的なダンス・アルバム以上のものにしている。
Pete Burnsのヴォーカルも重要だ。
彼の声は一度聴けば分かる。
低い。
太い。
少し鼻にかかる。
時に演劇的。
そして非常に強い。
80年代シンセポップでは、男性ヴォーカルがクールで無機質になることも多かった。
Neil Tennant。
Bernard Sumner。
Dave Gahan。
それぞれ異なる形で電子音と距離を取った歌唱をしていた。
Pete Burnsは逆に、電子音へ過剰な感情をぶつける。
トラックは冷たい。
声は熱い。
この差がDead or Aliveのドラマを作る。
さらに、ジェンダー表現の観点から『Nude』を見ることも重要である。
Pete Burnsは、自身の外見やパフォーマンスによって、男性/女性という単純な二分法を常に不安定にした。
これは現在でこそポップ・カルチャーに広く見られるが、1980年代のメインストリームでは非常に挑発的だった。
もちろんDavid Bowie。
Boy George。
Annie Lennox。
Grace Jones。
Prince。
Sylvester。
など、ジェンダー規範を越える先行者は存在した。
Pete Burnsもその系譜に入る。
ただし彼の場合、性別曖昧性を神秘的に見せるより、より攻撃的で、派手で、自己主張的だった。
「見たいなら見ればいい」。
「自分を分類したいなら勝手にすればいい」。
そのような強さがある。
『Nude』というタイトルは、この文脈でさらに面白くなる。
裸とは、本来もっとも「生物学的」な身体が見える状態である。
しかしPete Burnsの存在は、生物学的身体だけでは個人のアイデンティティーを説明できないことを示していた。
服。
メイク。
髪。
声。
身体改造。
自己演出。
それらも本人の一部である。
つまりDead or Aliveにとって、装飾は「本当の自分を隠す仮面」ではない。
装飾する行為そのものが本当の自分である。
この価値観は後のポップ・スターに大きく通じる。
Lady Gaga。
Scissor Sisters。
Peaches。
Years & Years周辺のクィア・ポップ。
さらにドラァグ・カルチャーとポップ・ミュージックの接近。
そこでは「自然体こそ真実」という考え方が疑われる。
作り込んだ姿もまた真実になり得る。
Pete Burnsはその重要な先行者だった。
歌詞における欲望の強さも、その文化的意味とつながる。
「Come Home with Me Baby」。
「Give It Back」。
「Get Out of My House」。
これらのタイトルはすべて命令形に近い。
主人公は待たない。
相手に行動を要求する。
これは非常に強い恋愛主体である。
同時に、感情的には必ずしも安定していない。
「行かないで」。
「出て行け」。
「戻ってこい」。
「恋人にはなりたくない」。
矛盾している。
しかしその矛盾が、人間の欲望の現実でもある。
『Nude』では恋愛が成熟した相互理解として描かれることは少ない。
もっと直接的。
身体的。
瞬間的。
クラブ文化に近い。
会う。
惹かれる。
踊る。
欲しがる。
争う。
別れる。
その速度が、音楽のBPMと一致している。
この点ではアルバム全体が巨大な一夜のようにも聞こえる。
クラブに入る。
誰かを見る。
惹かれる。
一緒に帰る。
喧嘩する。
別れる。
それでも次の曲が始まる。
この循環はダンス・フロアそのものだ。
アルバムにおける「裸」は、性的なイメージとも当然結びつく。
しかし本作には直接的な官能だけでなく、心理的な露出もある。
人間が恋愛で最も隠したいもの。
嫉妬。
所有欲。
依存。
拒絶される恐怖。
それをPete Burnsは隠さない。
「Give It Back (That Love Is Mine)」では所有欲。
「Baby Don’t Say Goodbye」では依存。
「Get Out of My House」では怒り。
「I Cannot Carry On」では疲労。
つまりタイトル通り、感情が裸になっている。
この点で『Nude』というタイトルは、派手なジャケットやサウンドとは反対に、歌詞の核心をかなり正確に示している。
音楽史的には、本作をHi-NRGの後期作品として考えることもできる。
Hi-NRGはディスコの後継として1980年代に発展し、とりわけゲイ・クラブ文化と深く関係した。
高速の四つ打ち。
力強いヴォーカル。
シンセ中心のプロダクション。
Donna Summer以後のディスコをさらに機械化したような音楽である。
Patrick Cowley。
Sylvester。
Divine。
Hazell Dean。
Dead or Alive。
こうしたアーティストが重要だった。
80年代末になると、その音はユーロビート、イタロ・ディスコ後期、ハウス、テクノなどと交差する。
『Nude』はその時代的な境界に立っている。
完全なハウスではない。
しかし70年代ディスコとも違う。
80年代初頭のシンセポップでもない。
より速く、より正確で、より機械的。
だから90年代ダンス・ミュージックの入口として聞くことができる。
一方で、本作が曲ごとの変化に乏しく感じられる可能性もある。
一定のテンポ。
似たシンセ音。
四つ打ち。
強いヴォーカル。
この統一感は長所であると同時に、聴き手によっては均質さになる。
しかし『Nude』はそもそもロック・アルバム的な多様性を目指していない。
むしろDJセットのように、一定のエネルギーを維持することが目的に近い。
その意味では「同じように聞こえる」こと自体が、ダンス・アルバムとしての設計なのである。
重要なのは、その同じ枠組みの中でPete Burnsの感情が変化することだ。
サウンドは一定。
人間だけが変わる。
これはアルバムの隠れた構造になっている。
さらに『Nude』は、Dead or AliveがPete Burnsのカリスマだけで成立していたわけではないことも示す。
Steve Coyをはじめとするバンド側の制作能力が重要であり、プログラミング、アレンジ、リズム設計によって、SAW以後も明確にDead or Aliveらしい音を作ることができた。
これはキャリア上の重要な証明だった。
外部ヒットメーカーがいなくても、
高速。
派手。
セクシー。
攻撃的。
キャッチー。
というDead or Aliveの核は維持できる。
むしろ『Nude』ではそれがさらに純化されている。
その意味で、本作はタイトル通り「Dead or Aliveを余計なものから裸にしたアルバム」と捉えることもできる。
残ったのは、
Pete Burnsの声。
欲望。
シンセ。
ドラム・マシン。
速度。
そして巨大なサビ。
その最小構成である。
『Youthquake』ほど世界的な象徴作ではない。
しかしDead or Aliveという存在を理解する上では極めて重要だ。
彼らが単にStock Aitken Watermanによって作られたバンドではなかったこと。
Hi-NRGからユーロビートへの変化を自分たち自身で進められたこと。
日本のダンス・ポップ文化と非常に強い相性を持っていたこと。
そしてPete Burnsが後のクィア・ポップや自己演出的なスター像の重要な先行者だったこと。
それらが一枚の中にまとまっている。
『Nude』は、80年代末のポップ・ミュージックが最も人工的になった瞬間の一つであり、同時に、その人工的な音の中で人間の欲望をむき出しにした作品である。
機械は完璧に踊る。
人間は完璧には愛せない。
その矛盾こそが、このアルバムの本質である。
おすすめアルバム
1. Dead or Alive – Youthquake(1985)
「You Spin Me Round (Like a Record)」を収録した代表作。Stock Aitken Watermanとの共同制作によってHi-NRGとポップ・チャートを接続した作品であり、『Nude』の高速ダンス・ポップがどこから発展したのかを理解する上で最重要の一枚である。
2. Dead or Alive – Mad, Bad and Dangerous to Know(1986)
「Brand New Lover」「Something in My House」などを収録。『Youthquake』の成功後、より濃密でドラマティックなHi-NRGへ進んだ作品で、『Nude』直前のPete Burnsのヴォーカル表現とダンス・プロダクションの到達点を確認できる。
3. Divine – The Story So Far(1984)
Bobby Orlando制作によるHi-NRGの代表的作品群を収め、力強いヴォーカル、過剰な性表現、高速電子ビートを特徴とする。Dead or Aliveのクラブ的な速度感や、ジェンダー規範を挑発するパフォーマンスの文化的背景を理解する上で関連性が高い。
4. Bronski Beat – The Age of Consent(1984)
シンセポップ、Hi-NRG、ディスコと明確なクィア・アイデンティティーを結びつけた重要作。Dead or Aliveとは歌詞の政治性が異なるが、1980年代英国で電子ダンス・ミュージックと性/ジェンダー表現がどのように接続したかを比較する上で欠かせない。
5. Pet Shop Boys – Actually(1987)
シンセポップとクラブ・ミュージックを洗練されたポップへ変換した代表作。Dead or Aliveよりテンポや表現は抑制的だが、人工的な電子音の中で欲望、距離、都市的な恋愛を描くという点で『Nude』と強い共通点を持つ。

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