
発売日: 1976年1月
ジャンル: アート・ロック、ソフト・ロック、プログレッシブ・ポップ
概要
『Timeless Flight』は、Steve Harley & Cockney Rebel 名義で1976年にリリースされた4作目のスタジオ・アルバムである。
前作『The Best Years of Our Lives』で商業的・芸術的に頂点を極めたHarleyは、本作でより内省的かつ実験的な方向へと舵を切る。
その結果生まれたのが、この“時を超えた飛行”という名の、極めて詩的で抽象的な作品である。
本作では、ストリングス、アコースティック・ギター、ジャズ・ロック的リズムなど、多彩な音楽語彙が導入され、Harleyのリリシズムと音響的感性が深化している。
前作のような即効性のあるヒット曲は含まれないが、そのぶんアルバム全体の統一感と詩的世界の強度が際立っており、聴く者に“時間感覚そのもの”を撹乱するような体験を与える。
全曲レビュー
1. Red is a Mean, Mean Colour
鮮烈なイントロとともに始まるオープニング・ナンバー。
“赤は冷酷な色”というリフレインが繰り返され、愛と怒り、情熱と破壊の二面性を歌う。
ブルージーなギターとパーカッションのビートが複雑に絡む。
2. White, White Dove
本作中でもっとも親しみやすいポップ・ソング。
“白い鳩”という平和の象徴をめぐるメタファーを、穏やかな旋律とともに歌う。
シングルとしてもリリースされ、ややソウル・ポップ寄りのアレンジが特徴的。
3. Understand
静謐でスローな楽曲。
Harleyの低音の語りと、ストリングスのしっとりとした音色が心を打つ。
理解されないことの悲しみを、言葉以上に音楽で語る名品。
4. All Men Are Hungry
Harleyの詩人としての資質がもっともよく表れた一曲。
“すべての人間は飢えている”という普遍的な命題を、宗教的・政治的な隠喩を交えて描く。
繊細なギターと緊張感あるアレンジが持続する、隠れた名曲。
5. Black or White
レゲエのリズムを取り入れた、意欲的なトラック。
善悪や二元論を揶揄しながら、“グレーの中に生きる自分たち”を描き出す社会的な視点も印象的。
当時の英国ポップとしては珍しいスタイルを導入しており、実験精神にあふれる。
6. Psychomodo (Live)
前作『The Psychomodo』収録の名曲をライブ・バージョンで収録。
観客の熱気とバンドの躍動感が交錯し、スタジオ版とは異なる荒々しさと即興性が魅力。
アルバムの中で異質な存在感を放つが、Harleyの原点への回帰とも取れる配置。
7. Nothing is Sacred
“神聖なものなど何もない”という挑発的なタイトルながら、音は内省的でメロウ。
Harleyの声がほとんどささやきのように響き、日常と哲学、愛と空虚が交錯する。
8. Don’t Go, Don’t Cry
シンプルなピアノとストリングスで綴られる、切ない別れの歌。
Harleyの抑制されたボーカルが逆に情感を高め、聴く者の心に静かに沁み込んでいく。
アルバムのエモーショナルな頂点。
9. (If This Is Love) Give Me More
最後を飾るのは、愛という感情の飽和と狂気を描いたアップテンポのナンバー。
明るさと苦悩がせめぎあうようなアレンジで、アルバムの“飛行”が再び加速し、やがて着地していく。
総評
『Timeless Flight』は、Steve Harleyが商業的成功を経て、自身の内面と向き合い、アーティストとしての深層をさらけ出した作品である。
このアルバムに即効的なキャッチーさはない。だが、だからこそ、時間をかけて聴くことで初めて浮かび上がってくる詩と音の深層がある。
それは“時を超える音楽”ではなく、“時間の中を静かに飛ぶ音楽”だ。
浮遊するようなテンポ、断片的な詩のイメージ、そして非直線的な構成。まさにその名の通り、“Timeless Flight=時を持たない飛行”というテーマを、全編で一貫して体現している。
おすすめアルバム(5枚)
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Peter Hammill – Over (1977)
内省と孤独を音にしたアート・ロックの傑作。Harleyの詩的深さと響き合う。 -
David Bowie – Station to Station (1976)
音楽的実験と自己神話化の交差点。『Timeless Flight』のアプローチに近い構造美がある。 -
Al Stewart – Past, Present and Future (1974)
歴史と個人の時間を扱うリリックと、抒情的なメロディの融合。 -
Kevin Ayers – The Confessions of Dr. Dream (1974)
夢と幻想、現実の狭間で揺れる音楽世界。Harleyと似た感覚的構築が楽しめる。 -
10cc – How Dare You! (1976)
洗練されたポップと風刺、そして音響的な実験。知的な遊び心がHarleyに通じる。
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