発売日: 1972年3月
ジャンル: ルーツ・ロック、カントリー・ロック、サザン・ロック
概要
『Feedback』は、Spiritが1972年に発表した通算5作目のスタジオ・アルバムであり、バンドの大きな転機を象徴する異色作である。
前作『Twelve Dreams of Dr. Sardonicus』を最後に、中心メンバーだったジェイ・ファーガソン(Vo/Key)とマーク・アンデス(B)が脱退。代わって参加したのは、ジョー・ハーヴィー・ウェールズ(Vo/G)、ジョン・ターク(Key)、アル・スタエーリー(B)といった新顔たちで、実質的には“別バンドSpirit”としての再出発となった。
音楽性も一変し、それまでのサイケ/ジャズ・ロック路線から、アメリカ南部的なルーツ・ロックやカントリー・ロックへと大きく舵を切っている。
そのため長年ファンや批評家の間で議論を呼ぶ作品だが、丁寧な楽曲構成と演奏力の高さは健在であり、別視点で捉えれば“Spirit流のアメリカーナ解釈”ともいえる良作である。
全曲レビュー
1. Chelsea Girls
ブルージーなイントロとともに幕を開けるカントリー・ロック調のナンバー。
歌詞では都会の孤独と放浪者的な視線が交錯し、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドへの言及を思わせる雰囲気もある。
シンプルながら力強いバンド・サウンドが魅力。
2. Cadillac Cowboys
アメリカーナの香り漂うドライヴィング・ソング。
“キャデラックのカウボーイ”という言葉が示すように、古き西部と新しい都市文化の融合をテーマにしている。
トーンは軽快で、70年代的アメリカ神話への距離感が面白い。
3. Puesta Del Scam
スパニッシュなギターリフと中南米的リズムが特徴の、異国情緒にあふれた一曲。
インストゥルメンタルに近く、Spiritの実験的DNAを感じさせる数少ない場面のひとつ。
4. Ripe and Ready
ブルース・ファンク色の濃いナンバーで、ホーン・セクションも加わった分厚いサウンドが特徴。
性的なダブル・ミーニングを含む歌詞も含め、スワンプ・ロック的熱量が漂う。
5. Darkness
アルバム中でも最も重く、内省的なトラック。
暗闇と喪失をテーマにしながら、どこか宗教的な響きすら持っている。
ジョー・ウェールズのボーカルが深みを加えている。
6. Earth Shaker
グルーヴィーなベースとドラムが牽引する、ハード・サザン・ロック寄りの一曲。
“地を揺るがす者”というタイトルにふさわしい、豪快でラフな演奏が炸裂。
Spirit史上もっとも“Southern Rock的”な瞬間。
7. Mellow Morning
タイトル通り、穏やかな朝の風景を描いたアコースティック・ナンバー。
スティール・ギターの響きが心地よく、カントリー・ロックとしての完成度が高い。
デリケートな情景描写が光る。
8. Right on Time
スワンプ〜R&Bの要素が強い、黒っぽいフィールを持つナンバー。
サビのリフレインが印象的で、ライブでの盛り上がりを意識した構成。
9. Trancas Fog-Out
ラストを飾るインストゥルメンタル。
霧が立ち込める海岸線(カリフォルニア州トランカス)を思わせる、ゆったりとしたフュージョン風の演奏が続く。
Spirit本来の多様性を最も色濃く残したトラックといえる。
総評
『Feedback』は、Spiritの名前を冠しながらも、初期三部作や『Twelve Dreams of Dr. Sardonicus』とはまったく異なるアプローチで制作された“異端のスピリット作品”である。
ファンの間では評価が分かれるものの、アメリカーナ/カントリー・ロック的観点から見れば、十分に魅力的な一枚であり、当時の音楽シーンの変化(ザ・バンドやCrosby, Stills & Nashの影響)を感じさせる作品でもある。
本作は“変化を恐れないSpirit”の姿勢そのものであり、失ったものと得たものの両方が刻まれた記録でもある。
初期Spiritの幻想性やジャズ的知性を期待すると肩透かしだが、ルーツ・ロックやカントリー・ソウルを愛するリスナーには、隠れた宝のような1枚として響くかもしれない。
おすすめアルバム(5枚)
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The Band – Stage Fright (1970)
アメリカーナとロックの融合。Spiritの方向転換と同時代的な親和性が高い。 -
Little Feat – Sailin’ Shoes (1972)
ファンクとカントリーを横断する知的スワンプ・ロック。『Feedback』の空気と重なる。 -
Crosby, Stills, Nash & Young – Déjà Vu (1970)
コーラスとフォーク・ロックの洗練。Spiritの内省的楽曲と精神性を共有。 -
The Flying Burrito Brothers – The Gilded Palace of Sin (1969)
カントリー・ロックの礎を築いた重要作。Spiritの南部志向に通じる。 -
Bob Weir – Ace (1972)
Grateful Deadの一員によるソロ作。アメリカ的な多様性と柔らかさが『Feedback』と近い。
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