発売日: 2001年3月19日
ジャンル: オルタナティヴ・ロック、ポリティカル・ロック、ポストパンク、インディーロック
怒りを二枚に分けて鳴らせ——Manic Street Preachers、理想と混乱の“政治的カオス”を記録した問題作
『Know Your Enemy』は、Manic Street Preachersが2001年に発表した6作目のスタジオ・アルバムであり、ポスト『Everything Must Go』〜『This Is My Truth Tell Me Yours』という成功の流れから逸脱し、再び“敵を知り、声を上げる”姿勢を打ち出した、カオティックな政治的ロック・マニフェストである。
本作はあえてプロダクションをラフにし、ジャンルも方向性もばらばらな22曲を詰め込んだ“音の闘争と自傷”のような2枚組的アルバム(実際には1枚だが、バンド内では2部構成として意識されていた)。
キューバでのプロモーションや、フィデル・カストロとの面会という一連の政治的演出も含め、“バンドとしてのアイデンティティの再確認”というコンセプトが全面に出た作品である。
ポップな面とパンク的破壊衝動、知的で詩的なリリックとノイジーな演奏、すべてが統合されきれずに衝突する——しかしそれこそが、このアルバムのエネルギー源でもある。
全曲レビュー(抜粋)
1. Found That Soul
歪んだギターと怒りのボーカルで始まる爆発的なオープナー。魂の発見=政治的覚醒を宣言する一撃。
2. Ocean Spray
James Dean Bradfieldが母親の死に際して書いた私的な一曲。怒りの中に潜む個人的な悲しみが、アルバム全体に深みを与える。
3. Intravenous Agnostic
パンクとインダストリアルが交錯する、自己否定的で混沌としたサウンドの渦。 タイトルからして象徴的。
4. So Why So Sad
The Beach Boys風のサウンドで歌われる、“感情の空白”と資本主義批判。 鮮やかなギターと甘いメロディの裏に社会批評が隠れている。
5. Let Robeson Sing
黒人活動家ポール・ロブソンへのトリビュート。歴史と歌の重みを、優しく叙情的に鳴らした名曲。
6. The Year of Purification
シンセとギターのバランスが絶妙な浮遊感あるナンバー。「浄化の年」というタイトルに反して、どこか諦めと皮肉が滲む。
7. Wattsville Blues(Nicky Wireヴォーカル)
ダーティでラフなロックンロール。政治的怒りというより、“音そのもの”で暴れたい衝動が感じられる。
8. Miss Europa Disco Dancer
ディスコ+政治という異色の組み合わせ。ヨーロッパ主義と享楽主義の衝突を皮肉ったサイケデリックな楽曲。
9. Freedom of Speech Won’t Feed My Children
アルバム最後を飾る、最も直接的なメッセージを掲げたナンバー。 言論の自由では子どもは育てられない——という現実への怒りと虚無。
総評
『Know Your Enemy』は、理想と現実、怒りと優しさ、混乱と意志——それらの交錯によって構成された“自己矛盾のロック・アーカイブ”である。
曲調もテーマも統一感はない。むしろそれぞれがバラバラに鳴っている。だがそのバラバラさこそが、Manic Street Preachersというバンドが、この時代に“敵”と向き合おうとした誠実な証なのだ。
後年にはバンド自身も“失敗作”と認める一方で、多くのファンはこの作品の“混沌の美学”を支持し、最も過激で、最も野心的な試みとして再評価されている。
音楽として“整っていない”からこそ、**思想と葛藤がむき出しになった異形の傑作——それが『Know Your Enemy』なのである。
おすすめアルバム
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The Holy Bible / Manic Street Preachers
政治と自傷、詩と怒りが融合した金字塔。『Know Your Enemy』の源流。 -
Send Away the Tigers / Manic Street Preachers
混乱を経て、再びバンドとしての均衡を取り戻した復活作。 -
Antics / Interpol
ポストパンク的冷たさと感情の衝突を、美しいバランスで描いた作品。 -
Songs of Innocence / U2
政治と私的感情をポップに昇華した同時代的試み。 -
Up the Bracket / The Libertines
混沌のなかに詩的衝動がほとばしる、UKガレージパンクの再解釈。
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