
発売日: 1974年2月1日
ジャンル: プログレポップ、アートロック、エレクトロニック、ブルーアイド・ソウル
概要
『Todd』は、トッド・ラングレンが1974年に発表した5作目のスタジオ・アルバムであり、前作『A Wizard, a True Star』で展開されたサイケデリックでカオティックな音世界をさらに推し進め、芸術性と実験精神が極限まで高まった2枚組の大作である。
本作は、彼が“ポップ職人”として見せていた顔から完全に脱皮し、“内面の宇宙”と“音響の迷宮”を旅するアーティストとしての新境地を提示している。
内容は非常に多様で、エレクトロニクスや環境音、ユーモアを交えたナンバーから、純粋なソウル・ポップ、哲学的な語り、未来的シンセ・ミュージックまで幅広く展開。
一聴すると統一感がなく混沌とすら思えるが、そこにはラングレンの“自我の解体と再構築”という一貫したテーマが貫かれている。
また、後にユートピア(Utopia)結成につながるバンド編成の影も垣間見え、彼のプログレ志向の始まりとしても重要な位置を占める。
タイトルを自身の名にしたこの作品は、ラングレンにとって“最も個人的かつ抽象的”な作品であり、自己の芸術的探究をそのまま音にしたような作品である。
ポップミュージックの領域から離陸したトッドの“創造の飛翔”がここにある。
全曲レビュー(抜粋)
※全17曲中、主要トラックを中心に紹介
1. How About a Little Fanfare?
短いイントロダクションだが、すでに奇妙なエフェクトと語り口で“非現実への誘い”が始まる。
演劇的で、実験的で、まるで精神世界の玄関口のよう。
2. I Think You Know
メロディアスなピアノバラード。
繊細で内省的な歌詞とともに、トッドの優しい声がまっすぐに響く。
このアルバムで最も人間味ある瞬間のひとつ。
3. The Spark of Life
完全なインストゥルメンタルであり、モーグ・シンセサイザーの奔流が宇宙的な浮遊感を描く。
後年のアンビエントや電子音楽の先駆的要素も垣間見える。
4. An Elpee’s Worth of Toons
音楽業界への皮肉を込めたポップナンバー。
“1枚のLP分のくだらない曲”という自己言及的ユーモアが炸裂しつつ、楽曲としては極めてキャッチー。
5. A Dream Goes on Forever
本作で最も有名なバラードで、シンプルで美しいピアノの旋律と、幻想的な歌詞が溶け合う名曲。
「夢は終わらない」というフレーズは、トッドの音楽哲学を象徴する。
6. Drunken Blue Rooster
インストゥルメンタルのピアノ曲。
タイトルのとおり、酔っ払った青い鶏がよろめくような、ユーモラスで不安定な旋律が魅力。
9. Everybody’s Going to Heaven / King Kong Reggae
アートロック的実験と、突飛なレゲエ・パロディが混ざり合う異色曲。
トッドの“ジャンル破壊”精神が前面に出たナンバーで、聴く者の判断を試す。
11. No. 1 Lowest Common Denominator
ファンク色の濃いナンバーで、ジェームズ・ブラウン風のグルーヴに乗せて、社会や人間の本質を諷刺する。
低俗さと知性のせめぎ合いが見事に表現されている。
17. Sons of 1984
ラストを飾る大合唱アンセム。
タイトルは“未来を担う1984年生まれの子どもたちへ”という寓意で、ユートピア思想と教育的理想が込められている。
ライブ録音による観客の合唱が加わり、メッセージソングとして強い余韻を残す。
総評
『Todd』は、音楽アルバムとしての“分かりやすさ”をあえて拒否した作品であり、聴く者を混乱させ、驚かせ、あるいは置き去りにすることすら辞さない“芸術としての音楽”である。
ラングレンはここで、音楽をエンタメでも商品でもなく、“自己と世界の構造そのものを映し出す鏡”として用いている。
夢、孤独、笑い、怒り、皮肉、祈り――それらが断片として散りばめられたこのアルバムは、線的ではなく、むしろ万華鏡的な体験となる。
彼のキャリアの中でももっとも難解で、もっとも自由で、もっとも大胆な作品であり、“トッド・ラングレンとは誰か?”という問いに真正面から答えたアルバムでもある。
おすすめアルバム(5枚)
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Brian Eno – Another Green World (1975)
ポップとアンビエントの境界線を揺らす実験作。『Todd』の音響的探究と通じる。 -
David Bowie – Low (1977)
サイドAのポップ/サイドBのインストという構成が、『Todd』と共鳴。自己分裂的世界観も類似。 -
Genesis – The Lamb Lies Down on Broadway (1974)
同時代の2枚組プログレ・ロックの代表作。寓話的/内省的な主題と構成の密度が共通。 -
Pink Floyd – Atom Heart Mother (1970)
アートロックとクラシック、実験音楽の融合。ラングレンの拡張的ビジョンと重なる。 -
Kate Bush – The Dreaming (1982)
ポップソングの構造を壊しながら個性を貫く“声の魔術”。トッドの混沌と知性に通じる。
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