発売日: 1973年3月2日
ジャンル: アートロック、プログレポップ、ソウル、サイケデリック
概要
『A Wizard, a True Star』は、トッド・ラングレンが1973年に発表した4作目のスタジオ・アルバムであり、そのキャリアにおける最も革新的かつ挑戦的な作品である。
前作『Something/Anything?』でポップソング職人としての頂点に立った彼が、その成功をあえて自壊し、音楽の境界を突き破る“幻覚的音楽コラージュ”として産み落としたのが本作である。
全体は2部構成であり、A面には約19分間にわたって楽曲が次々とシームレスにつながる組曲形式のトラックが連なり、B面ではよりソウルやR&B、カバー曲にフォーカス。
ラングレンは本作で、ピッチ変更、フェードイン／アウト、突発的なSE、スピードの変化といったスタジオのマジックを駆使し、1枚のアルバムを“音の万華鏡”として仕上げている。
作品全体には、60年代後半のLSD文化の残り香と、70年代初頭のシンセサイザー導入期特有の実験精神が混在しており、これはまさに“魔法使い”と“真のスター”という矛盾する二面性を音で体現したアルバムである。
リスナーには戸惑いを与えるが、それ以上に“音楽の可能性”への純粋な信仰と破壊衝動を感じさせる、芸術的な転換点だ。
全曲レビュー（抜粋）
Side A（Continuous Medley）
1. International Feel
アルバムの幕開けを飾る、宇宙的でフューチャリスティックなロック。
“世界へようこそ”という言葉で幕を開け、まさに音の迷宮への招待状として機能する。
2. Never Never Land
『ピーター・パン』の劇中曲を大胆に引用。
夢と現実の狭間を描いたようなアレンジが不穏かつ美しい。
4. You Don’t Have to Camp Around
短いギャグソングのようでいて、道化としての自己像を浮かび上がらせる。
本作ではこうした“スキット”的挿入が曲間を補完する構造になっている。
6. Zen Archer
中盤のハイライト。
オリエンタルなスケールと抽象的な歌詞が融合し、“精神と暴力”“自己と超越”といった主題が浮かぶ。
アルバム内でも最もミステリアスで哲学的なトラック。
9. Just One Victory（※B面トラックだがアルバム全体の締めとして重要）
終曲にして、“戦う者たち”への勝利讃歌。
一聴すると希望に満ちたアリーナ的アンセムだが、アルバムを通して聴いた後には、光の中の影としても響く。
ラングレンの最も誠実なメッセージソングのひとつ。
Side B（ソウル・リスペクトとパロディ）
10. Sometimes I Don’t Know What to Feel
内省的なバラードで、ラングレンのブルーアイド・ソウルの真骨頂。
“自分の感情がわからない”という混乱を、やさしく繊細なコード進行で包み込む。
11. Does Anybody Love You?
1分足らずの短編ポップ。
“誰かが君を愛してるの？”という素朴な問いが、逆説的にラングレン自身の不安を映す。
13. Medley: I’m So Proud / Ooh Baby Baby / La La Means I Love You / Cool Jerk
R&Bクラシックのメドレーで、モータウン〜フィラデルフィアソウルへのリスペクトを全開に。
模倣ではなく、歌心とアレンジの妙によって自らの文法に変換している。
総評
『A Wizard, a True Star』は、音楽という表現形式において“商業と芸術の両立”を真っ向から否定し、“想像力の爆発”にすべてを捧げたアルバムである。
そこにはヒットを狙う構造や聴きやすさの配慮はほとんどなく、あるのは“音楽の中に入り込みたい”というラングレンの純粋な衝動だけだ。
聴く者を選ぶが、受け入れたリスナーには深い中毒性をもたらし、後のプリンスやXTC、ビョーク、フランク・ザッパにまで影響を与えた。
トッド・ラングレンはここで“作曲家”“マルチプレイヤー”“歌手”という枠を超えて、“音楽そのものになる”ことを試みたのだ。
混乱と調和、皮肉と真剣、ポップとアヴァンギャルド――そのすべてが渾然一体となったこのアルバムは、まさに“魔法使い”が鳴らす“真の星”の音楽である。
おすすめアルバム（5枚）
- Frank Zappa – One Size Fits All (1975)
ジャンルの坩堝とスタジオ技術の遊戯。トッドと同様の構築美と混沌。 - Prince – Sign o’ the Times (1987)
宅録精神と多面的ポップの結晶。『A Wizard〜』の後継的存在。 - XTC – Skylarking (1986)
アンディ・パートリッジによる細密ポップの最高峰。トッドがプロデュースを手がけており、精神的姉妹作。 - David Bowie – Diamond Dogs (1974)
コンセプト性と未来都市的感覚の融合。ラングレンの世界観と呼応する都市の幻想。 - Björk – Homogenic (1997)
テクノロジーと感情の交差点にある音楽。『A Wizard〜』の影響が21世紀に蘇った例。
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