1. 歌詞の概要
「Enfilade」は、At the Drive-Inが2000年に発表した金字塔的アルバム『Relationship of Command』の中でも、最も異質かつ不穏な空気を漂わせる楽曲である。
タイトルの「Enfilade(アンフィレード)」とは、軍事用語で“走行線(射線)に沿って攻撃すること”を意味する。つまり、一直線に並んだ標的を一気に撃ち抜くような攻撃形態を指す。この曲においては、社会制度や個人の心を貫く“見えない攻撃”の比喩として、この言葉が選ばれていると考えられる。
楽曲は冒頭、「Mr. ALEX」なる存在への留守番電話メッセージから始まり、すでに正常な文脈から逸脱した感触を持って展開されていく。その後、重くうねるリフと爆発的なヴォーカルが、監視、拘束、制度的暴力、そして個人の精神崩壊といったテーマを音と言葉で叩きつける。
この曲は一貫して、“通報される側”の視点から語られる社会批評的作品であり、公共の正義という名のもとに、個人がいかにシステムに飲み込まれていくかを告発している。
2. 歌詞のバックグラウンド
「Enfilade」は、Cedric Bixler-Zavalaがかねてから抱いていた“国家と個人の力関係”に対する恐怖と憤りを、より演劇的・寓話的に表現した曲である。
冒頭の留守電メッセージは、「監視社会の滑稽さ」と「常に誰かに見られている」というパノプティコン的現実への皮肉であり、Mr. ALEX という名前は特定の人物ではなく、権力の象徴的な名前として機能している。
また、「Enfilade」は全体主義的な制度に対する暗喩として解釈されることも多く、その構造や言語の使用は、社会的スクリプト=人々が無意識に演じさせられている“役割”への告発と読み解くことができる。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に、印象的な一節を抜粋し、対訳を添えて紹介する。
Prosthetic synthesis with butterfly wings
義肢のような人工合成と蝶の羽根の組み合わせPollinate me at the end of May
5月の終わりに僕を受粉させてくれSo send me your new blood / With wings for forgetting
新しい血を送ってくれ 忘却のための羽根と一緒にSomeday this chalk outline will circle this city
いつか、このチョークの輪郭が街全体を囲むだろう
出典:Genius.com – At the Drive-In – Enfilade
「Prosthetic synthesis(義肢的合成)」や「chalk outline(遺体の輪郭線)」といった言葉は、個人の身体性や死が、制度や暴力のなかで“抽象化”されていくプロセスを象徴している。
また「Pollinate me」は、他者による侵入や操作の隠喩とも取れ、そこに「愛」や「希望」が介在しないことが、この曲の終始冷ややかなトーンに繋がっている。
4. 歌詞の考察
「Enfilade」は、At the Drive-Inの中でも最も“告発性”が高く、詩的構造が政治的に機能する曲である。
ここでは“Mr. ALEX”が呼び出され、彼が不在であることが繰り返し強調される。これは、責任を取らない権力・応答しない国家・沈黙する社会のメタファーとして機能している。
また、“チョークの輪郭が街全体を囲む”という表現は、個々人の死や抹消がやがて社会全体を覆うようになるという黙示録的な警告を含んでいる。個人の崩壊は、個別の悲劇にとどまらず、やがて制度そのものの劣化と腐敗に直結するという認識だ。
一方で、「蝶の羽根」「受粉」「忘却」といった有機的・幻想的なイメージは、詩の中に一筋の美しさを生み出し、人間性が完全に失われてはいないことへのささやかな抵抗を示しているとも読める。
サウンドもまた、抑圧と爆発の緊張を体現しており、リフの反復とサビの咆哮は、「叫びたくても叫べない」という現代の感情をまさに音で表現している。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Invalid Litter Dept. by At the Drive-In
制度によって葬られた命に向けた、社会派レクイエム。 - Meccamputechture by The Mars Volta
同メンバーによる、制度・身体・暴力を再構築するプログレ・ポエトリー。 - Killing in the Name by Rage Against the Machine
権力と暴力への真正面からの反抗を描いたラディカル・アンセム。 - No Children by The Mountain Goats
一見ポップな響きの中に、極限の絶望と毒が込められた内向的抵抗歌。
6. 留守番電話に誰が応答するのか ― “不在の責任”と監視社会の詩学
「Enfilade」は、電話口に誰もいない世界で、それでも“誰かに伝えなければならない”という切迫感だけが残された歌である。
それは、監視カメラに囲まれながら、名前も声も持てない者たちが、沈黙の向こうへ手を伸ばすような行為。
そしてAt the Drive-Inは、その不可能な行為に暴力的な言葉と音楽を与えることで、“無力な者の報復”を成立させている。
「Enfilade」は、
「呼び出されたが、応答されなかった声」のためのアンセムであり、
制度に抹殺されそうな人間性の、最後の抵抗の痕跡である。
“この線は録音されています”
その警告の裏で、誰かの魂は、今も必死に叫んでいる。
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