1. 歌詞の概要
「Carry On」は、ノラ・ジョーンズが2016年にリリースした6作目のアルバム『Day Breaks』のリード・シングルであり、日常の中にある小さな愛情のやりとりを優しく描いた、穏やかなジャズ・バラードである。
この曲のタイトル「Carry On」は、「続けていこう」「そのままやっていこう」という意味で使われており、愛における劇的な変化や危機を描くのではなく、静かに、しかし確かに続いていく関係性への眼差しをそっと投げかけている。
日々のルーティンの中で、相手がしてくれる些細な仕草や言葉——それは忘れてしまうような些細なことかもしれない。
けれども、そんな“小さな気遣い”こそが、実は愛の本質であり、その積み重ねがふたりの関係をゆっくりと育てていくのだ。
この楽曲は、そうした“ありふれた愛”の尊さを、控えめで詩的な言葉で綴っている。
2. 歌詞のバックグラウンド
「Carry On」は、ノラ・ジョーンズが初期のジャズルーツへと回帰したアルバム『Day Breaks』の核となる楽曲のひとつであり、ピアノを中心に据えたシンプルで柔らかなアレンジが、彼女の歌声と完璧に溶け合っている。
このアルバムでは、初期作『Come Away with Me』(2002年)と同様、ジャズの名手たち(ウェイン・ショーターやブライアン・ブレイドなど)と共にレコーディングが行われており、ノラが原点に立ち返りつつも、より成熟した視点で“静けさ”を歌っているのが印象的である。
「Carry On」は、そのアルバムの幕開けとして、ノラの音楽的成熟と、等身大の愛を静かに肯定する姿勢を端的に示している。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下は「Carry On」の印象的な一節。引用元は Genius Lyrics。
You were right
あなたの言うとおりだったI know I can’t get enough of you
私はあなたのことが、どうしても足りないのLeave it all to bloom
すべてを咲かせてしまえばいいのよYou were right
あなたの言葉は、いつも正しかったI know I can’t get enough
私はまだまだ、あなたを求めてる
この冒頭部分には、「素直にあなたを必要としている」という感情が静かに滲んでいる。
自我をぶつけるのではなく、相手を信じて受け入れることで生まれる穏やかな共鳴が、そこにはある。
Let’s just carry on
だから、ただそのまま続けていこうWe’ll take it from the top
また最初から、やり直してもいいYou’re my cherry blossom
あなたは私にとって、桜のような存在なのBaby, you are mine
あなたは、私の大切な人
サビでは、春の訪れを感じさせる“cherry blossom(桜)”という言葉が登場し、儚く、美しく、それでも必ずまた巡ってくる愛の象徴として機能している。
この穏やかで美しいイメージは、愛の反復と希望を示唆している。
4. 歌詞の考察
「Carry On」は、ラブソングにありがちな“情熱的な瞬間”や“劇的な別れ”ではなく、日々を共にすることそのものの尊さを見つめた作品である。
現代の多くの恋愛ソングが“はじまり”や“終わり”を描こうとする中で、この曲はその間にある“継続”にスポットを当てている。
それは、派手な感情ではないかもしれない。けれども、恋愛において最も難しく、同時に最も美しいのは“続けること”であるという、ノラ・ジョーンズならではの成熟した視点がここにはある。
また、「cherry blossom(桜)」という表現が象徴的である。
桜は短命だが、毎年必ず戻ってくる。その姿は、愛の不確かさと永続性という、一見矛盾するふたつの要素を同時に内包している。
ノラはそれを、恋人に重ね合わせているのだ。
つまり、「あなたは桜のように私に訪れてくれる。それがある限り、私は“続けていける”」——そんな愛の表現が、ここにはある。
そして「Let’s just carry on(そのまま続けよう)」というフレーズは、過去を問わず、未来を強制せず、“今ここにある関係”を優しく抱きしめようとする言葉である。
それは、愛が未完成であることを認めることでもあり、相手を“変えようとしない”成熟した愛の姿なのだ。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Come Away with Me by Norah Jones
静かに誰かを誘い、現実から一歩離れた場所へと導く、夢のようなラブソング。 - Sunrise by Norah Jones
時間が止まったような朝の風景を描き、ふたりの関係に宿る日常の幸せを歌う。 - The Nearness of You(Hoagy Carmichael)
“そばにいる”ということの何気ない尊さを美しく歌い上げたジャズ・バラードの名曲。 - Falling in Love Again by Anika
ゆったりと流れる音の中に、恋の再生と継続をそっと描いた作品。 - Such Great Heights by Iron & Wine(カバー)
静謐なトーンの中に、遠距離の恋に対する繊細な感情が映し出される。
6. “愛を続けていく”という、もっとも美しい選択
「Carry On」は、恋に迷ったとき、関係の輪郭がぼやけたとき、あるいは一緒にいる意味がわからなくなったときに、そっと肩をたたいてくれるような一曲である。
この楽曲が伝えているのは、「すぐに答えを出さなくてもいい」「何かを変えようとしなくてもいい」という、静かな肯定の力である。
そのまま続ける。それだけで十分だと、ノラは歌う。
派手な感情ではなく、小さな優しさの積み重ね。
それこそが、真の愛を支える柱であることを、この曲は静かに、しかし確かに教えてくれる。
「Carry On」は、恋に疲れた心を包み込み、もう一度誰かと歩き出す勇気をくれるラブソングなのである。
“続ける”ということの中に、こんなにも深い美しさがあると気づかせてくれる、ノラ・ジョーンズらしい名曲である。
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