
発売日:2015年9月11日
ジャンル:インディー・ロック、ガレージロック・リバイバル、ポストパンク・リバイバル、ブリティッシュ・ロック、オルタナティヴ・ロック
概要
The Libertinesが2015年に発表した3作目のスタジオ・アルバム『Anthems for Doomed Youth』は、2000年代初頭のUKインディー・ロックを象徴したバンドが、長い断絶と混乱を経て再び集合した作品である。2002年のデビュー作『Up the Bracket』、2004年の『The Libertines』によって、ピート・ドハーティとカール・バラーを中心とするThe Libertinesは、ブリットポップ後の英国ロックに新しい神話をもたらした。だが、その神話は友情と裏切り、創造性と依存、共同体幻想と自己破壊が分かちがたく結びついたものであり、バンドは最初の絶頂期から間もなく崩壊へ向かった。
『Anthems for Doomed Youth』は、その崩壊後に生まれた再会のアルバムである。ピート・ドハーティはBabyshamblesやソロ活動を通じて、より混沌とした詩的世界を展開し、カール・バラーはDirty Pretty Thingsやソロ作品で、より引き締まったロックンロールの方向を示した。ジョン・ハッサール、ゲイリー・パウエルも含めた4人が再びスタジオ・アルバムを制作することは、単なるバンドの再始動以上の意味を持っていた。それは、若さと破滅を売り物にしたバンドが、もはや若くはない状態で、自分たちの神話とどう向き合うのかという問題でもあった。
アルバム・タイトル『Anthems for Doomed Youth』は、第一次世界大戦の詩人ウィルフレッド・オーウェンの詩「Anthem for Doomed Youth」を想起させる。若くして戦場に送られ、破滅へ向かった世代への挽歌という響きを持つこの言葉は、The Libertinesのキャリアにも深く重なる。『Up the Bracket』の頃の彼らは、若者たちのための酒場の合唱、路上の騒ぎ、Albionという幻想の国への逃避を鳴らしていた。しかし本作では、その「破滅する若者たち」は過去の存在となり、彼ら自身がその残骸を見つめる側に立っている。したがって、本作は単なる再結成記念のロック・アルバムではなく、かつての若さを弔い、同時にまだ歌として残そうとする作品である。
音楽的には、本作はThe Libertinesらしいガレージロックの荒さや、ピートとカールの掛け合いを残しつつ、初期2作に比べると明らかに整ったプロダクションを持つ。プロデュースはジェイク・ゴスリングが担当し、録音はタイのカルマ・サウンド・スタジオで行われた。初期作品にあったロンドンの安宿やパブのような密室的な混乱とは異なり、本作には距離を置いた視点、成熟したサウンド、過去を振り返る余裕がある。その分、初期の爆発的な危うさは後退しているが、代わりに、過去の痛みを言葉とメロディへ変換する落ち着きが生まれている。
The Libertinesの中心にあるのは、常にピート・ドハーティとカール・バラーの関係性だった。二人の声が重なり、ぶつかり、支え合い、時に崩れることで、バンドの音楽は単なるギター・ロック以上のドラマを獲得していた。『Anthems for Doomed Youth』でも、この二人の関係性は重要である。ただし、ここでの二人は、若い共犯者というより、過去の傷を知り尽くした者同士として響く。友情は無邪気なものではなく、修復された痕跡を残す。裏切りや依存は消えていないが、それらを再び歌に変えることが、本作の大きな主題になっている。
歌詞面では、Albion、英国的な古語感、退廃的なロマン、裏通りの若者文化、名声への皮肉といったThe Libertinesらしい語彙が残りつつ、死、喪失、老い、後悔、再生といったテーマがより前面に出ている。『Up the Bracket』では、若さの混乱そのものが作品の推進力だった。『The Libertines』では、その混乱がバンド内部の崩壊と直結していた。『Anthems for Doomed Youth』では、その後に残ったものが歌われる。破滅はもはや現在進行形のスリルではなく、記憶として、傷跡として、そして時に滑稽な自己神話として扱われる。
本作は、初期The Libertinesの危険な魅力をそのまま再現するアルバムではない。むしろ、その再現が不可能であることを前提にしている。若さ、破滅、友情、Albion、ロックンロールの共同幻想。それらは完全には戻らない。しかし、戻らないからこそ歌になる。『Anthems for Doomed Youth』は、The Libertinesが自分たちの過去を単なるノスタルジーとして消費するのではなく、その過去を弔いながら、もう一度バンドとして鳴らそうとした作品である。
全曲レビュー
1. Barbarians
オープニング曲「Barbarians」は、再始動したThe Libertinesが最初に提示するにふさわしい、荒々しさと皮肉を併せ持つ楽曲である。タイトルの「Barbarians」は「野蛮人」を意味し、文明の外側にいる者、秩序を乱す者、あるいは自らを社会の洗練から遠い存在として位置づける言葉である。The Libertinesは初期から、上品なロック・バンドというより、路上やパブや安部屋の混乱を背負ったバンドとして語られてきた。その自己像が、ここでは再び「野蛮人」という言葉で提示される。
音楽的には、軽快なギターと性急なリズムがThe Libertinesらしい勢いを作る。ただし、初期作品のように完全に崩壊寸前まで突っ走るのではなく、演奏は比較的整理されている。ギターの絡みやヴォーカルの掛け合いには往年の魅力があるが、音像はよりクリアで、バンドが自分たちのスタイルを意識的に再構築していることが分かる。
歌詞では、社会への違和感、自分たちの粗野さへの自覚、文明と野蛮の反転が感じられる。The Libertinesにとって「野蛮」であることは、単なる暴力性ではなく、管理され、整えられた社会からはみ出すことでもある。だが、本作の時点で彼らは若い無頼ではない。したがって「Barbarians」は、かつての自分たちを再演する曲であると同時に、その再演の滑稽さも含んでいる。アルバムはこの曲によって、過去のThe Libertines像を呼び戻しながら、その距離感も示して始まる。
2. Gunga Din
「Gunga Din」は、本作の中でも特に重要なシングル曲であり、The Libertinesの再結成が単なる懐古ではないことを示した楽曲である。タイトルはラドヤード・キプリングの詩に由来する名前であり、英国帝国主義や植民地的な文学的記憶ともつながる。The Libertinesは以前から英国の古い言葉、歴史、文学的イメージを好んで用いてきたが、この曲でもその傾向が明確に表れている。
音楽的には、レゲエやスカを思わせる軽いリズム感があり、The Clash的なロンドンの雑多な音楽性も連想させる。ミック・ジョーンズが手がけた初期作品ほどパンクに振り切ってはいないが、英国ロックがカリブ音楽やストリート文化を取り込んできた歴史を、The Libertines流に緩く反映している。サビではメロディが大きく開き、バンドの再始動を印象づけるアンセム性も持っている。
歌詞では、自己破壊、依存、後悔、救済への皮肉が描かれる。語り手は自分自身の堕落を認識しているが、それを完全に克服した英雄としては振る舞わない。むしろ、だらしなさや弱さを抱えたまま歌う。これはピート・ドハーティのパブリック・イメージとも重なり、The Libertinesの神話における傷を真正面から扱う曲になっている。「Gunga Din」は、破滅を若者のロマンとして消費するのではなく、そこから生き残ってしまった者の滑稽さと痛みを歌う楽曲である。
3. Fame and Fortune
「Fame and Fortune」は、名声と富を意味するタイトルを持ち、The Libertinesが常に皮肉を込めて扱ってきたロック・スター幻想を正面から取り上げる曲である。彼らは初期から、名声に憧れながらも、それを嫌悪し、からかい、そして最終的にはその名声に飲み込まれるようなバンドだった。本曲は、その経験を経た後の自己批評として機能している。
サウンドは比較的明るく、リズムも軽快で、合唱的な雰囲気を持っている。初期The Libertinesのパブで歌われるような共同体感覚が戻ってきているが、そこには過去のような無邪気さはない。むしろ、かつて追いかけていた名声と富が本当に幸福をもたらしたのか、という冷めた問いが背景にある。
歌詞では、成功への憧れとその空虚さが描かれる。ロック・バンドにとって名声は目標である一方、それが人間関係を壊し、創造性を歪め、自己像を固定することもある。The Libertinesは、まさにその矛盾を経験したバンドである。「Fame and Fortune」は、若い頃に夢見たものが、実際には救いではなかったという認識を、軽快なギター・ポップの形で提示する。皮肉と哀愁が同居した、本作らしい楽曲である。
4. Anthem for Doomed Youth
タイトル曲「Anthem for Doomed Youth」は、アルバムの主題を最も直接的に示す中心的な楽曲である。ウィルフレッド・オーウェンの詩を想起させるこのタイトルは、戦場で命を落とす若者たちへの挽歌という重い意味を帯びる。The Libertinesの場合、その「破滅する若者たち」は、戦場ではなく、ロンドンの夜、ドラッグ、名声、友情の崩壊、ロックンロールの幻想の中にいた者たちとして描かれる。
音楽的には、ミドルテンポで、初期の性急なパンク感よりも、哀愁あるメロディが前面に出る。ギターは荒々しく鳴るというより、歌を支える役割が強く、ヴォーカルの表情が重要になる。ピートとカールの声が重なることで、単なる個人の告白ではなく、バンド全体の追悼歌として響く。
歌詞のテーマは、失われた若さへの弔いである。ここでのアンセムは、勝利の歌ではない。破滅へ向かった者たちのための歌であり、その破滅を美化しすぎないための歌でもある。The Libertinesがかつて鳴らしていた若者たちの合唱は、時間を経て、追悼の合唱へと変わった。「Anthem for Doomed Youth」は、バンド自身の過去を弔いながら、それでも歌として共有しようとする、本作の精神的な核である。
5. You’re My Waterloo
「You’re My Waterloo」は、本作の中でも最も美しく、The Libertinesのロマンティックな側面が濃く表れた楽曲である。タイトルの「Waterloo」は、ナポレオンの敗北を決定づけたワーテルローの戦いを指す。英語圏では「決定的な敗北」や「運命の破局」を意味する比喩としても使われる。つまり「You’re My Waterloo」とは、「あなたは私の決定的な敗北だ」という意味を持つ。
この曲は、The Libertinesの初期から存在していた楽曲としてファンに知られており、正式なアルバム収録まで長い時間を要した。そのため、本作では過去から届いた残光のような役割を果たしている。初期The Libertinesの若く壊れやすいロマンが、成熟した録音の中で改めて提示されている。
音楽的には、ピアノを中心としたバラード調で、ガレージロックの荒さは後退している。ヴォーカルは非常に親密で、歌詞の傷つきやすさが際立つ。The Libertinesの魅力は、騒がしいロックンロールだけでなく、このようなむき出しのロマンティシズムにもある。歌詞では、愛と敗北が分かちがたく結びつく。相手への思いは救いであると同時に、自分を打ち負かすものでもある。「You’re My Waterloo」は、The Libertinesの友情、恋愛、依存、破滅の感覚を、最も繊細な形で表現した楽曲の一つである。
6. Belly of the Beast
「Belly of the Beast」は、「獣の腹の中」を意味するタイトルを持つ。これは、危険なシステムの内部、混乱の中心、あるいは名声や依存の中へ飲み込まれた状態を示す表現である。The Libertinesのキャリアを考えると、このタイトルは非常に象徴的である。彼らはロックンロールの獣の外側に立っていたのではなく、その腹の中で消化されかけていたバンドだった。
サウンドはやや重く、初期作品の軽快な疾走感とは異なる暗さを持つ。ギターはざらつき、リズムは曲をじわじわと前へ押す。The Libertinesの荒さはここでより不穏な質感を帯びており、単なる若者の騒ぎではなく、長く続いた混乱の内部からの声として響く。
歌詞では、危険な場所にいることへの自覚と、そこから抜け出せない感覚が描かれる。獣の腹の中にいる者は、外からそれを観察しているのではない。すでに飲み込まれており、完全な客観性を持てない。The Libertinesは本作で、自分たちの神話を外から批評するだけでなく、いまだその中にいる者として歌っている。「Belly of the Beast」は、その不完全な距離感を示す楽曲である。
7. Iceman
「Iceman」は、冷たさ、感情の凍結、孤立を感じさせるタイトルを持つ楽曲である。The Libertinesの音楽には、酒場の熱気や路上の騒ぎといったイメージが強いが、本曲ではむしろ感情が凍りついたような内面的な冷えが前面に出る。再結成後のアルバムらしく、ここには若さの熱狂が失われた後の空白がある。
音楽的には、比較的落ち着いたテンポで、ギターとヴォーカルの距離感が印象的である。曲は大きく爆発するというより、抑制されたまま進む。The Libertinesの過去の作品では、感情はしばしば叫びや疾走として表れていたが、本曲ではそれが冷えた状態で残っている。
歌詞のテーマとしては、感情を失った人物像、あるいは感情を凍らせることでしか生き延びられない状態が読み取れる。破滅的な若さを経験した後、人は必ずしもドラマチックに再生するわけではない。傷つかないために鈍くなることもある。「Iceman」は、The Libertinesの物語の中で、過去の熱狂と現在の冷却の落差を示す楽曲である。
8. Heart of the Matter
「Heart of the Matter」は、「問題の核心」を意味するタイトルを持つ。The Libertinesのように、バンドの物語そのものが音楽と一体化している存在にとって、このタイトルは大きな意味を持つ。本曲は、表面的な騒動や神話ではなく、関係性や自己認識の中心に何があるのかを問う曲として機能している。
サウンドはThe Libertinesらしいギター・ロックの形を取りながら、やや落ち着いた構成を持つ。ギターは鋭く、リズムも前へ進むが、初期のような無軌道な勢いではなく、整理されたエネルギーとして提示される。ピートとカールの声の重なりは、過去の衝突を知ったうえでの対話のように響く。
歌詞では、責任、後悔、関係の核心、そして自分自身の弱さが扱われる。The Libertinesの初期作品では、混乱そのものが魅力だった。しかし本作では、その混乱の原因や結果を見つめようとする姿勢がある。「Heart of the Matter」は、かつてのロマンティックな逃避から一歩進み、問題の中心にある痛みを直視しようとする曲である。
9. Fury of Chonburi
「Fury of Chonburi」は、タイのチョンブリーをタイトルに含む楽曲であり、本作の録音環境とも関係する異国的な響きを持つ。The Libertinesはロンドンのバンドとして強く認識されてきたが、本作はタイで録音されたこともあり、バンドがかつてのロンドン神話から物理的にも心理的にも距離を置いた場所で作られたアルバムである。この曲はその距離感を示す一曲でもある。
音楽的には、勢いがあり、アルバム後半に荒々しいエネルギーを与える。タイトルにある「Fury」は怒りや激しさを意味し、曲の性格にもその切迫感が反映されている。初期The Libertinesのような粗い衝動が戻る場面でもあるが、やはり音像は以前より整理されている。
歌詞のテーマは、場所の異化、怒り、逃避、そして自分たちの混乱を別の土地へ持ち込む感覚と結びつく。ロンドンを離れても、The Libertinesの抱える問題が消えるわけではない。むしろ、遠い場所に行くことで、自分たちの内側の混乱がよりはっきり見えることもある。「Fury of Chonburi」は、再結成期のバンドが過去の場所から逃れようとしながら、なお自分たちの獣性を抱えていることを示す楽曲である。
10. The Milkman’s Horse
「The Milkman’s Horse」は、英国的で少し古風なイメージを持つタイトルの楽曲である。牛乳配達人の馬という言葉は、現代的なロックンロールの語彙というより、古い英国の日常、労働、地方性、失われた風景を想起させる。The Libertinesの歌詞世界には、こうした古い英国的イメージがしばしば現れるが、本曲もその流れにある。
サウンドは軽快で、ややユーモラスな調子を持つ。The Libertinesの魅力の一つは、深刻な自己破壊と同時に、滑稽さや茶目っ気を失わない点にある。本曲は、アルバムの重いテーマの中で、少し肩の力を抜いた印象を与える。ただし、その軽さの裏には、失われた時代への郷愁や、現実から少しずれた視点がある。
歌詞では、英国的な日常の断片が、The Libertines特有の神話化された言葉の中に置かれる。牛乳配達人の馬という素朴なイメージは、現代の都市生活からはやや遠い。だからこそ、それはAlbion的な幻想、すなわち現実には存在しないが歌の中では生き続ける英国像と結びつく。「The Milkman’s Horse」は、The Libertinesの文学的ユーモアと郷愁を示す曲である。
11. Glasgow Coma Scale Blues
「Glasgow Coma Scale Blues」は、タイトルからして非常にThe Libertinesらしいブラックユーモアと不穏さを持つ楽曲である。Glasgow Coma Scaleは、意識障害の程度を評価する医学的尺度である。そこに「Blues」という言葉が加わることで、身体的危機、意識の混濁、自己破壊、そしてそれを歌にしてしまう皮肉が生まれる。
音楽的には、アルバム終盤にふさわしい荒さと勢いを持つ。ブルースという言葉が入っているものの、伝統的なブルースの形式をそのままなぞるというより、痛みや意識の暗さをThe Libertines流のロックンロールへ変換している。ギターはざらつき、ヴォーカルには切迫感がある。
歌詞のテーマは、意識の喪失、傷、自己破壊、そしてそれを笑い飛ばすような態度にある。The Libertinesの神話は、しばしば破滅と隣り合っていたが、本作ではその破滅がロマンというより医学的な現実、身体の損傷として現れる。そこに「Blues」という言葉を置くことで、痛みを音楽へ変える伝統とも接続される。「Glasgow Coma Scale Blues」は、The Libertinesが自分たちの破滅性を、より冷たく、より黒いユーモアで見つめた楽曲である。
12. Dead for Love
本編最後の「Dead for Love」は、アルバムを締めくくるにふさわしい、ロマンティックで暗い楽曲である。タイトルは「愛のために死んだ」と訳せる。The Libertinesの音楽において、愛は常に救済であると同時に破滅でもある。友情、恋愛、バンドへの愛、Albionへの愛。これらは人を生かすが、同時に傷つけ、壊す。本曲はその主題を端的に表している。
音楽的には、比較的落ち着いたテンポで、哀愁あるメロディが中心となる。アルバム冒頭の勢いから始まった流れは、ここで静かな終幕へ向かう。ピートとカールの声は、若い頃のような無鉄砲な叫びではなく、過去を知った者の哀しみとして響く。ギターも派手に暴れるのではなく、歌の余韻を支える。
歌詞では、愛と死が結びつく。これはThe Libertinesのロマンティシズムの核心である。何かを強く愛することは、自分の一部を失うことでもある。バンドそのものも、愛によって生まれ、愛によって壊れかけた共同体だった。「Dead for Love」は、その矛盾を引き受ける曲であり、『Anthems for Doomed Youth』を追悼と再生のアルバムとして締めくくる。
総評
『Anthems for Doomed Youth』は、The Libertinesの初期2作と同じ種類の衝撃を持つアルバムではない。『Up the Bracket』のような、崩壊寸前の若者たちが路上から一気に飛び出してくるような危うさは、ここには少ない。『The Libertines』に刻まれていた、バンド内部の崩壊がそのまま音楽へ流れ込むような生々しさも、やや整理されている。しかし、それは本作の弱点であると同時に、存在意義でもある。本作は、若さの再現ではなく、若さが終わった後に何を歌えるのかを問うアルバムだからである。
The Libertinesの神話は、ピート・ドハーティとカール・バラーの関係を中心に形成された。そこには、友情、愛情、競争、依存、裏切り、再会という要素が入り混じっていた。『Anthems for Doomed Youth』では、その関係がかつてのように爆発的な危険性としてではなく、傷跡を抱えた対話として表れる。二人の声が重なるとき、聴き手は初期の興奮だけでなく、その後にあった長い時間と痛みも同時に聴き取ることになる。
音楽的には、本作は初期のガレージロック的な荒さを完全には捨てていないが、より整えられたロック・アルバムとして作られている。プロダクションは明瞭で、楽曲の構成も分かりやすい。そのため、初期The Libertinesの混乱を期待するリスナーには物足りなく感じられる部分もある。しかし、メロディの良さ、英国的な言葉遊び、哀愁あるバラード、軽快なギター・ロックのバランスは安定しており、再結成後の作品としては非常に誠実である。
歌詞面で重要なのは、本作が自己神話を無批判に繰り返していない点である。もちろん、Albion的な幻想、古い英国への郷愁、若者たちの破滅をめぐるロマンティシズムは残っている。しかし本作では、それらが若さの熱狂としてではなく、失われたものへの追悼として響く。「Anthem for Doomed Youth」「You’re My Waterloo」「Dead for Love」などでは、かつてのThe Libertinesが追い求めた破滅的な美が、時間を経た後の痛みとして歌われている。
本作のタイトルが示す「破滅する若者たちのための賛歌」は、単に若者を美化するものではない。破滅には現実の損傷がある。依存、裏切り、身体の傷、関係の崩壊、名声の空虚さ。それでもThe Libertinesは、それを歌に変える。ここに本作の複雑な価値がある。破滅を肯定しきるわけでも、否定しきるわけでもなく、その残骸の中からもう一度合唱を作ろうとするのである。
日本のリスナーにとって『Anthems for Doomed Youth』は、The Libertinesを初めて聴く作品としてよりも、初期2作を踏まえて聴くことで意味が深まるアルバムである。『Up the Bracket』の無軌道な勢い、『The Libertines』の痛ましい崩壊を知ったうえで本作に触れると、ここで鳴っている落ち着きや整った演奏が、単なる丸さではなく、生き残った者たちの距離感として理解できる。若さは戻らないが、歌は残る。その事実をどう受け止めるかが、本作の核心である。
『Anthems for Doomed Youth』は、The Libertinesの最高傑作ではないかもしれない。しかし、最も自己認識的な作品の一つである。かつての混乱を再現するのではなく、その混乱を記憶し、弔い、時に笑い、時に美しいメロディへ変える。The Libertinesは本作で、自分たちの過去の亡霊と向き合いながら、なおバンドとして歌うことを選んだ。その意味で本作は、若者たちのためのアンセムであると同時に、若者ではなくなった者たちが、かつての自分たちへ捧げるレクイエムでもある。
おすすめアルバム
1. The Libertines – Up the Bracket(2002年)
The Libertinesのデビュー作であり、2000年代UKインディー・ロックの空気を決定づけた重要作。荒々しいガレージロック、ピートとカールの掛け合い、ロンドンの路地裏的なロマンティシズムが詰まっている。『Anthems for Doomed Youth』が弔っている「破滅する若者たち」の原点を知るうえで欠かせない。
2. The Libertines – The Libertines(2004年)
バンドの崩壊期に制作されたセカンド・アルバム。友情、裏切り、依存、名声の重圧がそのまま音楽に刻まれており、『Anthems for Doomed Youth』の背景にある痛みを理解するために重要である。デビュー作よりも傷ついた質感が強く、再結成後の本作と対になる作品といえる。
3. Babyshambles – Down in Albion(2005年)
ピート・ドハーティがThe Libertines後に率いたBabyshamblesのデビュー作。より崩れた演奏、詩的で混沌とした歌詞、Albionへの執着が前面に出ている。『Anthems for Doomed Youth』におけるピート側の退廃的なロマンティシズムを深く理解するために有効な作品である。
4. Dirty Pretty Things – Waterloo to Anywhere(2006年)
カール・バラーがThe Libertines後に結成したDirty Pretty Thingsのデビュー作。ピートの混沌に対し、カールのより引き締まったギター・ロック志向が表れている。The Libertines再結成後のサウンドにある整理されたロック感を理解するうえで参考になる作品である。
5. The Clash – London Calling(1979年)
The Libertinesが大きな影響を受けたロンドン的ロックの金字塔。パンクを基盤にしながら、レゲエ、スカ、ロカビリー、R&Bを取り込み、都市の混乱と若者の視点を広い音楽性で描いた作品である。The Libertinesのストリート感覚、英国的なロマン、共同体的な歌の背景を理解するうえで重要な参照点となる。

コメント