
発売日: 1972年1月**
ジャンル: アヴァンギャルド・ブルース、サイケデリック・ロック、エクスペリメンタル・ロック
スポットライトの下で踊る影——ブルースの幻影とアングラの詩学が交錯する、抑制のビーフハート
『The Spotlight Kid』は、1972年にリリースされたCaptain Beefheartの5作目のスタジオ・アルバムであり、
『Trout Mask Replica』『Lick My Decals Off, Baby』という過激な実験作に続く、“緩やかな構造回帰”を試みた異色作である。
前2作と比べて、リズムはスローでヘヴィ、楽曲構成はより明確で、歌詞と演奏が共に“ブルース”の骨格を意識したつくりとなっている。
だが、それでもなおCaptain Beefheartは“普通のブルース”にはならない。
奇妙な詩句、ぶつかり合うリズム、ゆがんだコード、そして不穏な沈黙が随所に潜み、まるで幻覚的スローモーションの中でブルースが溶けていくような感触を生み出している。
タイトルの“スポットライト”とは、おそらくショービズ界における“期待と注目”のメタファーであり、
それに対する反抗と演技、自己神話と自己破壊が、アルバム全体に影のように漂っている。
全曲レビュー
1. I’m Gonna Booglarize You Baby
スローでダークなファンク・ブルース。
“booglarize”という造語が示すように、ファンクもブルースも彼の手にかかれば変異体へと変貌する。
妖しくうねるベースラインが病みつきになる。
2. White Jam
乾いたギターと囁くようなビーフハートの声が不気味に交錯。
白い混乱=透明な混沌のような、内面的な崩壊がじわじわと進行する。
抑制の効いた恐怖。
3. Blabber ‘n Smoke
言葉(おしゃべり)と煙=メディアと虚像に対するキャプテン流の風刺ソング。
跳ねるようなリズムと、どこかジャズのニュアンスもある流麗な演奏が異彩を放つ。
4. When It Blows Its Stacks
攻撃的なヴォーカルとねじれたブルースギターが印象的。
“怒り”をテーマにしながらも、ビーフハートらしい詩的な曖昧さが言葉の奥に潜んでいる。
5. Alice in Blunderland
タイトルからしてお察しの通り、ルイス・キャロルのアリスの夢世界を、Beefheart流に歪めたインストゥルメンタル。
ギターとベースが絡み合う幻想的ジャムで、まるで“酩酊するミステリー・サーカス”。
6. The Spotlight Kid
タイトルトラックは、緊張と緩和の繰り返しによって構成された不気味な自己肖像。
“注目される者”の孤独と滑稽さを、語るように歌うキャプテン。
スポットライトの明るさが、むしろ闇を濃くする。
7. Click Clack
鉄道のリズムを模したリフと、列車のような反復ヴォーカルがユニーク。
アメリカーナの亡霊を、異化のフィルターを通して描くような奇妙な旅の歌。
8. Grow Fins
“魚になりたい”という願望を歌う、不条理で寓話的なラブソング。
“お前が海に行くなら、俺はヒレを生やす”という詩句が、ビーフハートの愛のかたちを象徴する。
9. There Ain’t No Santa Claus on the Evenin’ Stage
アメリカン・ドリームの否定、ショービジネスへの幻滅、ビーフハートの皮肉と怒りが結晶化した一曲。
ブルースを骨だけにしたようなシンプルな構成の中で、むしろ言葉が鋭利に響く。
10. Glider
うねるベースとずるずるとしたグルーヴに乗って、ビーフハートがふわふわと浮遊する。
重力を感じさせない演奏と歌唱は、ラストにふさわしい“地面から離れる感覚”をもたらす。
総評
『The Spotlight Kid』は、ビーフハートが自らのアートを“ブルースの枠組みの中でどこまでねじ曲げられるか”という挑戦に踏み出した一枚である。
ここではかつての“混沌と断絶”ではなく、制御と間の美学が支配している。
だが、だからこそ本作は不気味なのだ。
“ゆっくりと狂っていく”という新しい狂気のスタイルが、静かに展開されている。
これはBeefheartにとって、抑制と制御を学んだアルバムであり、
同時に彼が“ポップに近づこうとしても、やはりポップにはなれない”という運命が浮き彫りになった作品でもある。
おすすめアルバム
-
Howlin’ Wolf『The Howlin’ Wolf Album』
ブルースが“実験”と衝突した瞬間。Beefheartの精神的ルーツのひとつ。 -
Neil Young『On the Beach』
脱構築的ブルースと社会的鬱屈。キャプテン的アメリカ観と重なる。 -
The Birthday Party『Junkyard』
ポストパンク時代のブルース・ノイズ化。“スローで不穏”の系譜。 -
Royal Trux『Cats and Dogs』
ビーフハート流ブルースの90年代的進化。ローファイかつ倒錯的な傑作。
コメント