発売日: 1975年3月11日
ジャンル: アートロック、プログレポップ、ソフトロック
美と狂気、そして皮肉の三重奏——ポップの枠を越えた10ccの最高傑作
『The Original Soundtrack』は、10ccが1975年に発表した3作目のアルバムであり、彼らのキャリアの中でも最も芸術的野心が凝縮された作品として名高い。
冒頭を飾る「Une Nuit A Paris」は9分に及ぶ三部構成のロック・オペラで、Queenの「Bohemian Rhapsody」に先駆けたポップオペラ形式としても知られている。
この作品では、前作『Sheet Music』で確立された「構造的な複雑さと遊び心の同居」という10ccらしい美学が、よりシネマティックかつスケールの大きな方向へと拡張されている。
その結果、「サウンドトラック」というアルバム名にふさわしい、場面ごとに映像が浮かぶようなドラマ性と多様性がアルバム全体を貫いているのだ。
全曲レビュー
1. Une Nuit A Paris
9分を超える組曲形式の大作で、パリの夜を舞台にした風俗的ドラマ。
セリフのようなボーカル、多重録音、場面転換的展開が見事で、後のロックオペラ系アーティストに与えた影響も大きい。
2. I’m Not in Love
彼らの最大のヒット曲であり、音の壁のような多重コーラスと空間的アレンジが革新的。
「好きじゃない」と繰り返しながらも滲む感情が、冷静と情熱のあいだにある矛盾を見事に表現している。
3. Blackmail
映画のようなイントロとサスペンスフルな展開。
パパラッチ文化やプライバシー問題を風刺し、ドラマティックな構成とテンションの高い演奏が冴える。
4. The Second Sitting for the Last Supper
宗教を題材にした挑発的な一曲。
キリストの再臨をテーマに、重厚なバンドサウンドと讃美歌的ハーモニーが交錯する。皮肉と敬虔さが同居する不思議な魅力がある。
5. Brand New Day
ゴドレイ=クレーム色が濃いミニマルな楽曲。
柔らかなコーラスとシンプルなピアノが織り成す穏やかな朝の風景。緊張感のある曲が多い本作において、貴重な休息の瞬間でもある。
6. Flying Junk
若者文化と商業主義への風刺。
タイトルは麻薬の比喩でもあり、跳ねるようなピアノと切れ味鋭いギターが印象的。リリックには10ccらしいブラックユーモアが漂う。
7. Life Is a Minestrone
人生を「ミネストローネ」にたとえるシュールな哲学ポップ。
ジャンル横断的な展開と奇抜な歌詞が楽しめる、10cc流「人生讃歌」であり、風変わりなシングル曲としても人気。
8. The Film of My Love
アルバムのクロージングを飾るのは、ムード音楽とメロドラマのパロディ。
60年代のラウンジ風アレンジを逆手に取ったような仕上がりで、まさに“架空の映画のエンディング”を思わせる。
総評
『The Original Soundtrack』は、音楽を「物語」に変えるという10ccの美学が頂点に達した作品である。
その一曲一曲がまるで異なる映画のワンシーンのように立ち上がり、リスナーを視覚的・感情的に巻き込んでいく。
特に「I’m Not in Love」の革新性は、録音技術の歴史においても重要であり、Brian EnoからThe Flaming Lipsに至るまで、多くのアーティストがその影響を公言している。
知性、技巧、ユーモア、そして感情。
これらが完璧に融合した本作は、10ccを単なる「風変わりなバンド」から「ポップ史に残る革新者」へと押し上げたマスターピースと言えるだろう。
映像的想像力に富んだ音楽を求める人にとって、この作品はきっと特別な一本の映画になるはずだ。
おすすめアルバム
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Queen『A Night at the Opera』
演劇性と構成美、10ccとの共通点多数。 -
Electric Light Orchestra『Eldorado』
映画的スケールとストーリーテリングが光る一枚。 -
The Alan Parsons Project『Tales of Mystery and Imagination』
文学と音楽の融合。サウンドの作り込みも10cc的。 -
Prefab Sprout『Steve McQueen』
10ccの知的ポップを受け継いだ80年代の名作。 -
Godley & Creme『L』
10cc脱退後の実験精神を凝縮した変態アートポップの金字塔。
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