
発売日:2004年8月30日
ジャンル:インディー・ロック/ガレージ・ロック・リバイバル/ポストパンク・リバイバル
概要
The Libertinesのセカンド・アルバム『The Libertines』は、2000年代英国ロックを代表する作品であると同時に、バンド内部の崩壊そのものが作品の主題へ入り込んだ極めて特殊なアルバムである。2002年のデビュー作『Up the Bracket』によって英国インディー・ロックの中心へ躍り出た彼らは、本作でその音楽的な魅力をさらに研ぎ澄ませる一方、Pete DohertyとCarl Barâtの関係悪化、Dohertyの薬物問題、バンド内の緊張といった現実を楽曲の中へほとんど隠すことなく反映した。
The LibertinesはPete DohertyとCarl Barâtを中心に、John Hassall、Gary Powellによって形成されたロンドンの4人組である。2000年代初頭に登場した彼らは、The Strokesをはじめとするガレージ・ロック・リバイバルと同時代に位置しながら、明確に英国的な文学性とロックンロール観を持っていた。
彼らの音楽的背景にはThe Clash、The Jam、The Kinks、The Smiths、The Pogues、The Stone Rosesなどが存在する。特にThe ClashのMick Jonesが初期作品のプロデュースを担当したことは重要で、パンクの荒々しさだけでなく、ポップ・ソングとして成立するメロディ、レゲエやスカを含む英国ストリート音楽への柔軟な感覚がThe Libertinesの音楽へ受け継がれている。
しかしThe Libertinesを単なるパンク・リバイバルとして理解することは難しい。
DohertyとBarâtが共有していたのは、英国社会の現実とは別に存在する理想化されたイングランドへの憧憬だった。彼らはその幻想的な共同体をしばしば「Albion」という言葉で表現し、古い英国文学、パブ、裏通り、安宿、若者の友情、犯罪、恋愛といったイメージを組み合わせた独自の世界を構築した。
『Up the Bracket』では、そうした世界観が若さと疾走感によって表現されていた。だが『The Libertines』では、その夢がすでに崩れ始めている。
アルバム制作時、DohertyとBarâtの友情は深刻な危機にあった。Dohertyは薬物依存を抱え、2003年にはBarâtの住居への侵入事件によって逮捕されている。こうした出来事によって二人の関係は決定的に不安定となった。
したがって本作における「友情」「裏切り」「再会」「別離」といった言葉は抽象的なテーマではない。多くの楽曲が、まさに当事者であるDohertyとBarâtの関係そのものを連想させる内容になっている。
その代表がオープニングの「Can’t Stand Me Now」と最終曲「What Became of the Likely Lads」である。
前者では互いに耐えられなくなった二人が対話し、後者ではかつて共有していた夢そのものを振り返る。本作はその二曲に挟まれることで、単なる曲集ではなく、ひとつの友情が崩れていく過程を記録したアルバムとして聞くことができる。
音楽的には、前作よりもメロディの比重が増している。演奏には依然として粗さが残るが、その粗さは未熟さではなく、感情の揺れをそのまま残すための方法として機能している。
ギターは整然と重ねられるのではなく、DohertyとBarâtのフレーズが絡み合い、ときには衝突する。二人が同時に歌う場面も多く、ヴォーカルの不安定なハーモニー自体が彼らの関係性を音響化しているように聞こえる。
2000年代以降の英国インディー・シーンに与えた影響も大きい。Arctic Monkeys、The View、The Courteeners、The Enemy、Jamie Tなど、パブや路地裏、若者の日常を英国的な口語感覚で歌う後続アーティストの多くに、The Libertinesが開いた道を見いだすことができる。
全曲レビュー
1. Can’t Stand Me Now
アルバム冒頭に置かれた「Can’t Stand Me Now」は、本作の核心を最初から提示する楽曲である。
Pete DohertyとCarl Barâtが交互に歌い、互いに言葉を投げ合う構成は、通常のデュエットとは異なる。二人の声は調和するというより、衝突しながら曲を前へ進めていく。
歌詞の中心にあるのは、壊れかけた関係だ。
かつて非常に近かった二人が、互いの欠点や裏切りによって同じ場所にいることさえ困難になっている。それでも完全には離れられないという矛盾が描かれる。
「もう自分に耐えられないのだろう」というタイトルは挑発であると同時に、相手から拒絶されることへの不安も含んでいる。
音楽的にはThe Clash的なパンクの疾走感を持ちながら、サビには非常に強いポップ性がある。ハーモニカを含むアレンジも印象的で、ガレージ・ロックの荒さと英国的なフォーク/パブ・ミュージックの感覚が混ざり合う。
The Libertinesを象徴する一曲であり、本作全体の「友情の崩壊」という物語の導入として完璧に機能している。
2. Last Post on the Bugle
「Last Post on the Bugle」は、タイトルからして終焉を意識した楽曲である。「Last Post」は英国軍などで一日の終わりや戦没者追悼の際に演奏されるラッパ曲を指し、ここでは何かの終わりを告げる象徴として用いられている。
曲調はアルバム冒頭の緊迫感から一転して、比較的ゆったりとしている。
ギターにはジャングリーな響きがあり、The Kinksや初期The Smithsにも通じる英国ギター・ポップの伝統が感じられる。
歌詞では、失われつつある関係や時間への哀惜が描かれる。The Libertinesでは過去への郷愁がしばしば登場するが、それは単なる懐古趣味ではない。
彼らにとって過去とは、現在にはもう存在しない理想的な友情や自由の象徴でもある。
その意味でこの曲は、本作の根底に流れる喪失感を早い段階で明確にする役割を担っている。
3. Don’t Be Shy
「Don’t Be Shy」は短く勢いのあるロックンロールで、The Libertinesのライヴ・バンドとしての魅力がよく表れている。
ギター、ベース、ドラムの組み合わせは簡潔で、複雑なスタジオ処理よりも演奏の瞬発力が優先されている。
タイトル通り、歌詞には相手へ積極的に一歩踏み出すよう促す感覚がある。だがThe Libertinesの楽曲らしく、単純な励ましだけで終わるわけではなく、親密さへの欲望と不安定さが同居している。
この曲で重要なのは、アルバム全体が重いテーマを扱っていながらも、ロックンロールとしての軽快さを失っていないことである。
バンドが危機的な状況にあったからといって、すべての楽曲が内省的になったわけではない。そのアンバランスさが本作の生々しさにつながっている。
4. The Man Who Would Be King
「The Man Who Would Be King」というタイトルは、Rudyard Kiplingの同名短編でも知られる言葉であり、権力、野心、自己神話化といったテーマを想起させる。
楽曲でも、自分自身を特別な存在と考えながら、その理想と現実の間で揺れる人物像が描かれている。
The Libertinesは、自分たちを単なるロック・バンドとしてではなく、一種のロマンティックな共同体として語る傾向があった。その自己神話化はバンドの魅力である一方、現実との衝突を招く原因にもなった。
この曲はそうした彼ら自身の姿とも重なる。
音楽的にはテンポの変化やダイナミクスが印象的で、直線的なパンクだけではないThe Libertinesのソングライティング能力が表れている。
メロディには古い英国ポップの感覚があり、荒削りな演奏の奥に緻密な構成が存在している。
5. Music When the Lights Go Out
「Music When the Lights Go Out」は、本作の中でも特に内省的で、The Libertinesのメロディ・メイカーとしての側面が際立つ楽曲である。
アコースティックな質感を持つ落ち着いたアレンジによって、Dohertyの歌詞が前面に出る。
テーマとなるのは、恋愛や親密さが終わった後に残る感情だ。
かつて確かに存在していたものが、時間の経過とともに意味を失っていく。そのとき、音楽そのものにも以前と同じ力が残っているのかという疑問が投げかけられる。
タイトルの「灯りが消えたときの音楽」は、華やかな時間が終わった後に残るものの比喩として読むことができる。
それは恋愛にも、友情にも、The Libertinesというバンドそのものにも当てはまる。
派手なギター・ロックではなく、脆弱さを露出した曲であることによって、本作の感情的な中心のひとつとなっている。
6. Narcissist
「Narcissist」はタイトル通り自己愛や自己中心性をテーマにした、皮肉の効いたロックンロールである。
曲調は軽快で、古いロックンロールやパブ・ロックを思わせるリズム感を持っている。The Libertinesのパンク的イメージだけを知っている場合、この種の古典的なソングライティングは彼らの音楽的ルーツの広さを理解するうえで重要である。
歌詞では、外見や自己イメージに囚われた人物が風刺的に描かれる。
しかしThe Libertinesにおける皮肉は、常に他者だけへ向けられるとは限らない。自己破壊的でありながら自己神話化を続けていたバンド自身への批評として聞くことも可能である。
アルバムの深刻さを一時的に和らげながら、その実、作品全体の自己批評的性格を補強している。
7. The Ha Ha Wall
「The Ha Ha Wall」は、タイトルからして英国的な文化的ニュアンスを持つ。「ha-ha」とは庭園などで景観を遮らずに境界を作るための溝や壁を指す言葉である。
つまり、見えていないにもかかわらず確実に存在する境界というイメージがタイトルに含まれている。
それは本作における人間関係とも重なる。かつて親しかった者同士の間に、目には見えないが越えることのできない隔たりが生じる。
音楽的にはギターの絡みが特徴的で、BarâtとDohertyの異なる演奏スタイルが同時に聞こえる。
The Libertinesのギターは、完全に同期するよりも微妙にずれながら絡み合うことに魅力がある。その危ういバランスが、バンドそのものの人間関係を象徴している。
8. Arbeit Macht Frei
「Arbeit Macht Frei」は、ナチス・ドイツの強制収容所の門に掲げられていたことで知られる言葉をタイトルとして使用している。ドイツ語で「労働は自由をもたらす」という意味を持つが、歴史的にはホロコーストと不可分の、極めて重い言葉である。
The Libertinesはこの言葉を肯定的に用いているのではなく、権力、偽善、社会的抑圧を連想させる挑発的な記号として配置している。
曲自体は短く攻撃的で、パンク的な演奏が前面に出る。
歌詞では人種や社会の矛盾に関係するイメージが提示され、アルバムの中でも珍しく、個人的な友情や恋愛を越えて社会的なテーマへ接近する。
ただし、歴史的に極めてセンシティブな語句をそのままタイトルに使用する方法は、後世から見ればその挑発性自体が議論を呼びうる。
The Libertinesのパンク的な美学と、危うい挑発性の両方が現れた曲である。
9. Campaign of Hate
「Campaign of Hate」は、敵意が組織的に拡大していく状況を思わせるタイトルを持つ。
演奏は荒々しく、短いフレーズを繰り返しながら強い勢いで進む。Gary Powellのドラムの推進力も重要で、The Libertinesが単なるソングライター中心のバンドではなく、リズム隊を含む4人組として強力だったことを示している。
歌詞には敵対や不信の感覚が流れており、アルバム制作当時のバンド内部の緊張とも自然に重なる。
本作では「敵」が外部にいるとは限らない。
最も親しかった相手が最も大きな対立相手にもなる。その構造がアルバム全体を通して繰り返されている。
10. What Katie Did
「What Katie Did」は、本作を代表するポップ・ソングのひとつである。
タイトルはThe Libertines周辺の人間関係やDohertyの私生活を連想させるが、楽曲単体としては、特定の女性をめぐる愛情、距離感、憧憬を描いた作品として成立している。
音楽的には非常にシンプルで、親しみやすいコード進行と反復されるコーラスが特徴である。
「shoop shoop」といったオールディーズ的なコーラスを思わせる感覚もあり、1960年代ポップへの愛着が表れている。
The Libertinesというと荒れたギター・サウンドが強調されがちだが、「What Katie Did」はDohertyが非常に伝統的なポップ・メロディを書く能力を持っていたことを示す。
この曲の親密さは、アルバム中盤まで続いてきた衝突や敵意に対する柔らかな対照となっている。
11. Tomblands
「Tomblands」は、The Libertinesが描いてきたロンドンの裏側を象徴するような楽曲である。
タイトル自体に「墓」を連想させる暗い響きがあり、都市の危険、犯罪、夜の生活といったイメージが絡み合う。
演奏にはThe Clashを思わせる要素が強く、パンクだけでなく、レゲエやスカなどに通じるリズム感覚も感じられる。
The Libertinesにとってロンドンは、華やかな大都市ではない。
安宿、裏通り、地下鉄、パブ、犯罪者、若者たちが入り混じる場所であり、その混沌が彼らの「Albion」という幻想と奇妙に結びついている。
「Tomblands」は、そのロマンティックでありながら危険な都市像をよく表した一曲である。
12. The Saga
「The Saga」という大仰なタイトルに対し、楽曲は比較的コンパクトで荒々しい。
ここでいう「Saga=物語」は、英雄的な伝説というよりも、泥沼化した個人的な出来事を皮肉に巨大な物語として呼んでいるようにも聞こえる。
The Libertinesの周囲では当時、音楽以上にDohertyの薬物問題や逮捕、Barâtとの対立がメディアで大きく報じられていた。
その結果、バンドの日常そのものが連続ドラマのように消費される状態になっていた。
この曲には、そうした自己神話化とメディアによる物語化が交錯する感覚がある。
演奏は非常に直接的で、バンドが混乱の中でもなおロックンロールとして機能していたことを伝える。
13. Road to Ruin
「Road to Ruin」というタイトルは「破滅への道」を意味し、本作の終盤に置かれることで極めて重い意味を持つ。
アルバム制作時のThe Libertinesは、実際にバンドとして崩壊へ向かっていた。
そのため歌詞に描かれる破滅は、一般的なロックンロールの退廃的イメージ以上の現実感を帯びている。
The Libertinesは薬物や混乱を単純に美化したバンドと見られることもあったが、本作を通して聞くと、その結果として失われる友情、信頼、共同体への悲しみが強く描かれている。
「Road to Ruin」は、その自己破壊を外側から格好良く眺めるのではなく、すでに破滅へ進んでいることを認識している曲として重要である。
14. What Became of the Likely Lads
最終曲「What Became of the Likely Lads」は、『The Libertines』というアルバム全体を締めくくるだけでなく、初期The Libertinesそのものへの挽歌といえる楽曲である。
「Likely Lads」という言葉は、英国で将来を期待される若者たちを指す表現として使われる。また、1960年代の英国テレビ・コメディ『The Likely Lads』も連想させる。
ここでは、かつて未来を信じていた若者たちが結局どうなってしまったのか、という問いが中心となる。
これはDohertyとBarât自身に直接重なる。
二人は音楽、文学、友情、そして「Albion」という理想を共有し、その夢によってバンドを始めた。しかし成功を手にした時点で、その友情はすでに崩壊しかけていた。
この曲の最大の特徴は、相手を一方的に非難しないことである。
裏切りや失望を認識しながらも、かつて共有した時間への愛情が消えていない。
そのため「Can’t Stand Me Now」で始まったアルバムは、単純な決別ではなく、「なぜこうなってしまったのか」という哀惜によって終わる。
メロディも極めて印象的で、荒々しいギター・サウンドの中に英国ポップ特有の哀愁が存在する。
初期The Libertinesの物語を象徴する楽曲であり、2000年代英国インディー・ロックを代表するクロージング・ナンバーのひとつである。
総評
『The Libertines』の最大の特徴は、フィクションと現実の境界がほとんど消失していることである。
ロック史にはバンド内部の対立を反映したアルバムが数多く存在する。The Beatlesの『Let It Be』、Fleetwood Macの『Rumours』などが代表例だが、『The Libertines』もその系譜に位置づけることができる。
ただし、本作の場合は恋愛関係ではなく、二人の男性ソングライターの友情が中心にある。
Pete DohertyとCarl Barâtは、単なるバンドメイトではなかった。互いに曲を書き、歌い、文学や英国文化への憧れを共有し、The Libertinesという独自の神話を作り上げた。
その二人が互いを必要としながら同時に傷つけ合う。
この関係性が「Can’t Stand Me Now」から「What Became of the Likely Lads」まで、アルバム全体を貫いている。
音楽的には、2000年代初頭のガレージ・ロック・リバイバルに分類されながら、その内容は非常に英国的である。
The Strokesの乾いたニューヨーク的ミニマリズムとは異なり、The LibertinesにはThe Kinksの英国観察、The Clashの政治性とストリート感覚、The Jamの切迫したギター、The Smithsの文学性、The Poguesの酔いどれたロマンティシズムが混在している。
さらに彼らは、完璧に演奏することを目的としていない。
ギターは微妙にずれ、ヴォーカルはときに音程が揺れ、演奏全体が崩れそうになる。しかし、その不安定さこそがThe Libertinesの音楽に必要なものだった。
DohertyとBarâtの二本のギターが絡み合う様子は、二人の友情そのものに似ている。別々の方向へ進もうとしながら、完全には離れない。
二人の声についても同じである。
美しく整ったハーモニーではなく、片方が歌えばもう片方が割り込み、同時に歌えば互いの声がぶつかる。その不完全な共同作業がThe Libertines独自のサウンドを作っている。
歌詞の面では、「Albion」という理想化された英国への憧憬と、現実の都市生活との対比が重要だ。
彼らの描く英国には、王室や観光地ではなく、パブ、裏通り、刑務所、安い部屋、ドラッグ、若者の友情、恋愛、文学が存在する。
その意味でThe Libertinesは、1990年代のBritpopがしばしば描いた大衆的な英国像とは異なる風景を提示した。
Oasisの巨大なアンセムやBlurの社会観察を経た後、The Libertinesが提示したのは、もっと小さく、私的で、壊れやすい英国だった。
この姿勢は2000年代中盤以降の英国インディー・ロックに大きな影響を与える。
特に、日常的な言葉、地域性のあるアクセント、小さなライヴハウス文化、オンライン上での音源共有といった要素を重視するDIY的なシーン形成において、The Libertinesの存在は決定的だった。
Arctic MonkeysがMySpace時代を象徴する形で登場する以前に、The Libertinesはファンとの距離を縮め、ギグや私的な交流を通じて「バンドと観客が同じ共同体にいる」という感覚を作っていた。
その意味でも、彼らの影響は音そのものだけではない。
一方で『The Libertines』は、ロックにおける自己破壊のロマンティシズムが持つ危険性も記録している。
Dohertyの混乱はメディアによってしばしば神話化されたが、本作に記録されているのは、その混乱によって実際に友情やバンドが失われていく過程である。
だからこそ「What Became of the Likely Lads」は重要になる。
若く、才能があり、未来を期待された二人はどうなってしまったのか。
その問いにアルバムは明確な答えを出さない。
そして、その未解決性こそが作品の余韻になっている。
『The Libertines』は、技術的に完璧なロック・アルバムではない。むしろ、演奏も感情も人間関係も崩れかけている。
しかし、その崩壊寸前の状態が音楽の内容と完全に一致したことで、本作は2000年代英国ロックの中でも特別な位置を占めることになった。
ガレージ・ロック、パンク、Britpop以後の英国インディーを理解したいリスナーはもちろん、バンドという共同体そのものが楽曲へどのように刻まれるのかに関心を持つリスナーにも重要な一枚である。
おすすめアルバム
1. The Libertines – Up the Bracket(2002)
The Libertinesのデビュー作にして、2000年代英国インディー・ロックの重要作。Mick Jonesのプロデュースによる荒々しいギター・サウンドと、Doherty/Barâtの文学的なソングライティングが確立されている。『The Libertines』が友情の崩壊を記録した作品なら、こちらはその友情がまだ大きな可能性を持っていた時期の記録である。
2. The Clash – The Clash(1977)
The Libertinesの音楽的精神を理解するうえで欠かせない一枚。短く切迫したギター・ロック、ロンドンのストリート感覚、政治や若者文化への視線など、The Libertinesへ受け継がれた要素が多い。Mick Jonesという直接的な人的つながりも重要である。
3. The Strokes – Is This It(2001)
2000年代初頭のガレージ・ロック・リバイバルを世界的な潮流へ押し上げた作品。The Libertinesとは文化的背景が異なるものの、簡潔なギター・アレンジと若者の倦怠を組み合わせ、新世代のロック・バンドが再び注目される環境を作ったという点で密接に関連する。
4. The Smiths – The Queen Is Dead(1986)
英国的な文学性、ユーモア、ロマンティシズムとギター・ポップを融合した代表作。The Libertinesの歌詞に見られる英国文化への執着や、個人的な感情を大きな文化的物語へ結びつける方法を理解するうえで重要である。
5. Arctic Monkeys – Whatever People Say I Am, That’s What I’m Not(2006)
The Libertines以後の英国ギター・ロックを代表する作品。パブ、クラブ、路上、恋愛、若者の日常を地域性のある言葉で描く方法や、インターネットを介してファンベースを形成した文化的背景に、The Libertinesが開いた2000年代英国インディーの流れを見ることができる。

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