Does Anybody Really Know What Time It Is by Chicago(1969)楽曲解説

 

1. 歌詞の概要

『Does Anybody Really Know What Time It Is?』は、Chicagoのデビューアルバム『Chicago Transit Authority』(1969年)に収録された楽曲であり、彼らの初期の代表曲のひとつである。リリース当初はアルバムの中にひっそりと存在していたが、後にシングルカットされ、1970年に全米チャートで7位を記録。ブラス・ロックの先駆者であったChicagoのスタイルを世に知らしめるきっかけとなった。

タイトルにしてテーマでもある「Does anybody really know what time it is?(誰か、本当に今何時か知ってるのか?)」という問いは、ただの時間確認ではない。むしろ「時間に縛られ、急き立てられて生きることの無意味さ」「形式化された日常への違和感」「社会の同調圧力への問いかけ」といった、哲学的で詩的な疑問が込められている。

語り手は、時間に追われる人々を見ながらふと立ち止まり、「いったい何のためにそんなに急ぐのか」と静かに問いかける。そして最終的に、時間という概念にとらわれることで失ってしまった“今この瞬間の意味”を掘り起こそうとするのだ。

2. 歌詞のバックグラウンド

この曲の作詞作曲を手がけたのはキーボーディストのロバート・ラム(Robert Lamm)で、彼が学生時代にニューヨークで過ごしていたときの体験が元になっている。ある日、街を歩いていてふと時計を見た時、周囲の人々がみな時間ばかりを気にしていることに気づいたラムは、こう思ったという——「それで、誰が本当に“今”を生きているのか?」と。

Chicagoは当初「Chicago Transit Authority」という長い名前でデビューし、ジャズやクラシックの要素を大胆に取り入れた複雑な構成のロックを展開していた。『Does Anybody Really Know What Time It Is?』もまた、ホーン・セクションの軽快なリフと、ラテン調のリズム、語りかけるようなヴォーカルが絶妙に組み合わさった、彼らの実験的かつ洗練されたスタイルを象徴する作品である。

演奏面でも、トランペットとトロンボーン、サックスがリードするジャズ的アプローチに加え、ラテン・ジャズやスウィングの要素が混在し、非常にユニークなグルーヴを生み出している。ポップスでもロックでもなく、しかしすべての要素を内包する“シカゴらしさ”がここに凝縮されている。

3. 歌詞の抜粋と和訳

引用元: Genius

As I was walking down the street one day
ある日、通りを歩いていたら

A man came up to me and asked me what the time was
That was on my watch, yeah

男が近づいてきて、「今何時ですか?」と聞いてきた
僕の腕時計の時間をね

And I said
Does anybody really know what time it is?
Does anybody really care?

僕は言った
「誰か、本当に今が何時かなんてわかってるのか?」
「それを本当に気にしてる人がいるのか?」

If so, I can’t imagine why
We’ve all got time enough to cry

そうだとしても、僕にはなぜなのかわからない
僕たちには泣くための時間だって足りてないんだからさ

このやりとりは、日常のなかに突如として現れる“哲学的瞬間”のようでもあり、普段見過ごしていることに目を向ける力を持っている。

4. 歌詞の考察

この楽曲が語るのは、日々の生活に追われるうちに“生きる実感”を失っていく人間の姿である。時計を気にし、次の予定に追われ、誰もが「何時か」を確認しながら生きている。しかし、その「時間」に何の意味があるのか? という根源的な問いが、軽やかなメロディと共に投げかけられている。

ロバート・ラムの歌詞は、静かな叛逆の精神に満ちている。それは声を荒げるのではなく、ただ「本当に大切なのは何か?」と問うことによって、リスナーの意識を揺さぶる。人生のなかで我々が“今何時か”よりも“今、何をしているか”をもっと大事にすべきではないか——この曲はそのシンプルで深い気づきを、鮮やかに提示している。

また、曲の中盤に挿入される語り(spoken word)のセクションでは、時計に焦る人々の姿が風刺的に描かれる。「列車に遅れる!」「会議に間に合わない!」という叫びが飛び交う中、語り手はそれらを少し離れた場所から見つめ、「いったいなぜ?」と静かに首をかしげる。それはまるで、現代社会そのものを俯瞰する視点でもある。

5. この曲が好きな人におすすめの曲

  • Saturday in the Park by Chicago
    日常の中の平和と幸福を描いた、同じくロバート・ラムによる哲学的ポップソング。
  • Time by Pink Floyd
    時間の経過と人生の儚さを重層的に描いた、よりシリアスで幻想的な時間論。
  • Feelin’ Stronger Every Day by Chicago
    時間の流れのなかで回復し強くなることを歌った、ポジティブな再生の歌。
  • Living for the City by Stevie Wonder
    都市生活の中で失われる人間性と希望を描いた、社会派ファンクの傑作。

6. 時間という幻想を揺さぶる——静かなる反抗の詩

『Does Anybody Really Know What Time It Is?』は、日常の何気ない風景に潜む“問い”をすくい上げた、静かなる反抗の歌である。それは、スローガンでも怒号でもなく、淡々と語られる言葉と、しなやかな音のリズムによって、聴く者に問いかける。「本当に、今が何時かを知ることに、意味があるのだろうか?」と。

Chicagoはこの曲で、“音楽による哲学”を提示した。それは、現代の時間至上主義や生産性信仰に対するアンチテーゼでもあり、人生をもっと“感じること”への招待状でもある。

ビジネスの締切、スマートフォンのアラーム、予定に支配された日々のなかで、この曲をふと耳にしたとき、時計の針の音が一瞬止まるような気がするだろう。そしてその沈黙のなかでこそ、私たちはようやく“本当の時間”と出会うのかもしれない。

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