1. 歌詞の概要
「Astronomy」は、Blue Öyster Cult(ブルー・オイスター・カルト)が1974年に発表したアルバム『Secret Treaties』に収録された、最も神秘的で象徴性の強い楽曲の一つである。
天文学(Astronomy)というタイトルが示すように、歌詞には宇宙的なスケール、神秘主義、個人的な運命の暗喩が重なり合い、現実と幻想、地上と星々のあいだを行き来するような物語が織り込まれている。
この曲の表層的なストーリーは、ある少女が“変容”の儀式を経て、宇宙的な使命に目覚めていく様を描いているように読めるが、その意味は明確に定義されることはない。むしろ、聴く者それぞれのイマジネーションを刺激する“詩のような歌詞”として、長年にわたって多くの解釈が交わされてきた。
物語は「Desdinova(デスディノヴァ)」という少女の視点を中心に進行し、彼女が“月の上の神々”の導きによって何かに“変わっていく”さまを描く。
ブルー・オイスター・カルトらしい、SF、オカルト、幻想文学的なモチーフが凝縮されたこの曲は、バンドの神話体系(”Imaginos”と呼ばれる物語世界)の一部を形成している。
2. 歌詞のバックグラウンド
「Astronomy」は、バンドの初期から深く関わってきた詩人リチャード・メルトザーと、マネージャーでありプロデューサーでもあったサンディ・パールマンの“物語的構想”の中で生まれた楽曲である。
サンディ・パールマンは「Imaginos」と呼ばれる詩的叙事詩を長年にわたって構想しており、「Astronomy」はその中核に位置する楽曲で、後に1988年のアルバム『Imaginos』でも再録されている。
この「Imaginos」サーガは、架空の預言者イマジノスを中心に展開される物語であり、ブルー・オイスター・カルトの多くの楽曲に登場する神秘的な人物や出来事はこの物語世界と結びついている。
「Astronomy」に登場する“Desdinova”という名前の少女もその一員であり、彼女は一種の“変容者”として、物語の中で重要な位置を占めている。
また、楽曲構成も印象的で、ミッドテンポのスローなピアノイントロに始まり、サビでは壮大なギターとヴォーカルが絡み合い、楽曲全体が“宇宙への旅路”のような構造を持っている。プログレッシブ・ロック的な構成美と、詩的表現の重層性が見事に調和した名曲と言えるだろう。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に、幻想的かつ象徴性の高い歌詞の一部を紹介する。
The clock strikes twelve and moondrops burst
時計が12時を打ち、月の雫が弾け飛ぶOut at you from their hiding place
それは隠れ家から、君を狙って飛び出すLike acid and oil on a madman’s face
狂人の顔に滴る酸と油のようにHis reason tends to fly away
理性はどこかへと飛び去ってしまうLike lesser birds on the four winds
四方の風に流される、小さき鳥たちのようにLike silver scrapes in May
五月に響く銀の擦過音のようにAnd now the sand’s become a crust
砂はやがて硬い殻となりMost of you have gone away
多くの者は、すでに消え去ったCome Susie dear, let’s take a walk
スージー、さあ一緒に歩こうJust out there upon the beach
浜辺の向こうへI know you’ll soon be married
君がもうすぐ結婚するのは知っているAnd you want to know where winds come from
だけど君は、風がどこから来るのか知りたがっていたねWell it’s never said at all
その答えは、決して言葉にはされなかった
引用元:Genius Lyrics
4. 歌詞の考察
「Astronomy」は、Blue Öyster Cultの中でも最も詩的かつ解釈の自由度が高い楽曲であり、象徴に満ちた歌詞は“謎を解く”というよりも、“感じ取る”ためにある。
登場人物のスージー、デスディノヴァ、そして“風”や“月滴”などのイメージは、神話や夢の中のように一貫性を持たず、しかしその分、深い余韻と引力を帯びている。
「君がどこから風が来るのか知りたがっていた」――この一節には、真理を追い求める者の欲望と、世界の神秘に対する畏れが共存している。
その一方で、「砂が殻になる」や「月の雫が狂気を誘う」などの描写は、自然の変容と人間の精神の交錯を描いており、世界の構造そのものが変容しようとしている瞬間を捉えようとしている。
また、「Desdinova」という存在は、ブルー・オイスター・カルトの神秘体系のなかで“光”と“闇”の両方を宿す者として象徴化されている。
この曲では、彼女がまだ“普通の少女”でありながら、やがて何かに目覚め、変容し、宇宙の秘密を担う存在になる過程が描かれているように思える。
つまり、「Astronomy」はただの詩的なロックバラードではない。それは一種の“啓示”であり、聴き手に“音楽と神話の接点”を感じさせるための装置として設計されているのだ。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Cygnus X-1 by Rush
宇宙的スケールと哲学的問いが交差する、壮大なプログレッシブ・ロックの叙事詩。 - The Lamia by Genesis
幻想と官能のはざまで描かれる神話的世界観が、「Astronomy」の神秘性と共鳴する。 - The End by The Doors
詩的かつ黙示録的な楽曲で、個人と宇宙、狂気と超越のあいだを行き来する感覚が近い。 - A Saucerful of Secrets by Pink Floyd
抽象的な音像とテーマ性で、宇宙と精神の接続点を描いたトリップ的ロック。
6. “神話”としてのロック――音と詩が交わる天文学的体験
「Astronomy」は、ロックが文学や宗教、哲学の領域と交差する可能性を最大限に引き出した楽曲である。
その詩的言語は、一見すると意味不明でさえあるが、繰り返し聴くうちに、まるで夢の中の映像のように、断片が心に沈んでくる。
それは“理解する”ための曲ではなく、“共鳴する”ための曲なのだ。
この楽曲の中で、ブルー・オイスター・カルトは“音楽”を一種の神託として扱っている。
そしてその神託は、すべての人に同じ言葉では届かず、それぞれの魂に、それぞれの星座のような模様を描く。
「Astronomy」は、そんな星図のような楽曲である。
「Astronomy」は、幻想、神話、変容、運命――そうしたすべての概念を静かに結晶させた、ロック史における異形の名作である。
それを聴くとき、我々は音楽という名の夜空を見上げているのかもしれない。
そして、その空には、まだ誰も知らない“意味”が、星のように散りばめられている。
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