Phish(フィッシュ)は、1983年にアメリカ・バーモント州で結成されたロックバンドである。Trey Anastasio、Mike Gordon、Jon Fishman、Page McConnellの4人を中心に活動し、1990年代以降のアメリカを代表するジャムバンドとなった。
最大の特徴はライブでの即興演奏だ。同じ曲でも毎回同じようには演奏しない。数分の曲が20分以上に広がることもあり、ロックからファンク、ジャズ、サイケデリック、ブルーグラス、プログレッシブ・ロックまで自由に行き来する。
そのためPhishの場合、「どの曲がヒットしたか」だけではバンドの魅力を説明しにくい。スタジオアルバム以上にライブが重要であり、観客も「今日は何を演奏するのか」「この曲がどこへ向かうのか」を楽しみに会場へ集まる。Grateful Dead以降のジャムバンド文化を巨大なライブシーンへ発展させた存在として、アメリカのロック史で独特の位置を占めている。
Phishの背景と歴史
Phishの始まりは1983年、バーモント大学に入学したTrey Anastasioがバンドメンバーを募集したことだった。ギターのAnastasio、ベースのMike Gordon、ドラムのJon Fishmanらによって活動が始まる。
1985年にはキーボードのPage McConnellが加入。その後、初期メンバーだったJeff Holdsworthが離れ、現在まで続くAnastasio、Gordon、Fishman、McConnellの4人編成が完成した。
初期のPhishにとって重要だった場所が、バーモント州バーリントンのクラブNectar’sである。ここで長時間のライブを繰り返し、複雑な曲と即興演奏を磨いていった。後にアルバムA Picture of Nectarのタイトルにも、この店への敬意が込められている。
1989年には初のスタジオ作品Juntaを自主的に発表。続くLawn Boyなどを通して、東海岸を中心に熱心なファンを増やしていった。
大きな変化が訪れたのは1990年代前半である。1991年にElektraと契約し、翌年A Picture of Nectarをメジャーレーベルから発表。さらにSantanaとのツアーやH.O.R.D.E. Festivalへの参加を通じて、活動範囲を広げていった。
Phishの人気拡大は、普通のロックバンドとは少し違っていた。ラジオ向けの大ヒット曲を連発したのではない。頻繁にツアーを行い、ライブを見た人が次のライブにも足を運ぶことで、観客が少しずつ増えていった。
1990年代半ばにはアリーナ級の会場を埋めるようになる。さらに自分たちの大規模フェスティバルを開催し、一つのバンドを見るために何万人もの観客が集まる巨大なコミュニティを作り上げた。
2000年には活動休止を発表し、2002年に復帰。しかし2004年には解散する。その後メンバーはそれぞれ活動を続け、Phishは2009年に再結成した。
復活後もライブ活動を続け、新曲やアルバムを発表している。若い頃の演奏をそのまま再現するのではなく、長年一緒に演奏してきた4人だからこそ可能な即興を追求し続けている。
Phishの音楽スタイルと特徴
Phishを理解するために最も重要なのが「ジャム」である。
ここでいうジャムとは、決められた曲をそのまま演奏するのではなく、その場でメンバー同士が音を出し合いながら演奏を変化させていくことだ。
たとえば「Tweezer」という曲を演奏するとする。最初はいつものメロディから始まっても、途中からギターが別のフレーズを弾き始める。ベースが反応し、ドラムのリズムが変わり、キーボードが新しいコードを重ねる。
そこからファンクになるかもしれない。静かなアンビエント風の演奏になるかもしれない。そのまま別の曲へ移る場合もある。
つまり、メンバー自身も最初から最後まで完全な展開を決めているわけではない。この予測できなさがPhishのライブの中心にある。
演奏面ではTrey Anastasioのギターが目立つが、Phishは単純なギター中心のバンドではない。Mike Gordonのベースはかなり自由に動き、Jon Fishmanのドラムは複雑な拍子にも対応する。Page McConnellはピアノ、オルガン、シンセサイザーなどを使い分け、演奏の雰囲気を大きく変える。
さらに、作曲された部分そのものが非常に複雑な曲も多い。途中でテンポや拍子が何度も変わり、クラシック音楽のように細かく決められた展開を持つ曲もある。
面白いのは、その「完全に決められた演奏」と「何が起きるか分からない即興」が同じライブの中に存在することだ。
一方、歌詞やステージにはユーモアが多い。真面目な演奏技術を持ちながら、曲の題材は奇妙だったり、ライブで突然ふざけた演出を始めたりする。この遊び心もPhishを他の技巧派バンドと分ける特徴である。
Phishの代表曲
「You Enjoy Myself」
Phishを理解するうえで欠かせない代表曲である。初期作品Juntaに収録されている。
長いインストゥルメンタル部分を持ち、複雑に組み立てられたフレーズからファンク的な演奏へ移っていく。ライブではそこから即興が大きく広がることも多い。
作曲された部分の緻密さ、演奏技術、即興、ユーモアというPhishの主要な特徴が一曲に集まっている。一般的なポップソングとはまったく違うPhishの考え方を知るには適した曲だ。
「Tweezer」
A Picture of Nectarに収録された、ライブで特に重要な曲の一つである。
曲そのものは比較的単純なギターリフを中心にしている。しかしPhishにとって、その単純さは弱点ではない。むしろ即興へ入るための入り口になる。
ライブではファンク、ロック、サイケデリックなどさまざまな方向へ展開する。同じ「Tweezer」という名前でも、公演によって内容が大きく違う。そのためPhishの即興を理解するなら、異なる年代のライブ版を比べると特徴が分かりやすい。
「Stash」
こちらもA Picture of Nectarを代表する曲である。
少し不穏なギターフレーズと複雑なリズムが特徴で、明るいロックとは違った緊張感がある。観客が決まったタイミングで手拍子を入れることでも知られている。
ライブでは曲のコード進行を土台にしながら、緊張感のある即興へ発展することが多い。Phishがただ長く演奏しているのではなく、音の強弱や緊張と解放を使って長い展開を作ることが分かる曲だ。
「Chalk Dust Torture」
ライブで長年演奏されてきた人気曲である。
スタジオ版は比較的コンパクトで、勢いのあるギター中心のロックとして聞ける。サビも覚えやすく、Phishの複雑な曲に慣れていない人にも入りやすい。
しかしライブでは、そこから長い即興へ進むことがある。普通のロックソングとして成立する曲が、演奏次第でまったく別の世界へ変わる。Phishのライブならではの性格を理解しやすい一曲である。
「Harry Hood」
初期から演奏されているPhishの重要曲である。
静かな部分から少しずつ演奏が大きくなり、最後には開放的な盛り上がりへ向かう。この「少しずつ音を積み上げて頂点を作る」という方法は、Phishのライブで頻繁に使われる。
即興というと、メンバーが好き勝手に演奏するものを想像するかもしれない。しかしPhishの場合、4人がお互いの音を聞きながら同じ方向へ進む。「Harry Hood」はその感覚が分かりやすい曲である。
アルバムごとに見るPhishの進化
Junta(1989年)
Phishの原点を知るための重要な作品である。
「You Enjoy Myself」「Fee」「Fluffhead」など、後のライブでも重要になる曲が収録されている。初期作品でありながら、すでに曲の構成はかなり複雑だ。
プログレッシブ・ロックやジャズに近い複雑な展開があり、一曲の途中で雰囲気が何度も変わる。そこへ奇妙な歌詞やユーモアが入る。
後のPhishが持つ「高度な演奏をしているのに、必要以上に深刻にならない」という性格が、この時点ですでに見えている。
A Picture of Nectar(1992年)
Phishの音楽的な幅広さが一気に分かる作品である。
「Tweezer」「Stash」「Chalk Dust Torture」「Cavern」など、その後のライブで重要になる曲を多数収録している。
ロックだけでなく、ジャズ、ファンク、ブルーグラス、ラテン音楽などが次々に登場する。それでもジャンル別の曲を並べただけには聞こえない。4人の独特な演奏によって、一つのバンドの音としてまとまっている。
メジャーレーベルから発表された最初のアルバムでもあり、Phishが地方の人気ライブバンドから全国的な存在へ進んでいく時期を伝える作品である。
Rift(1993年)
Riftは、悪夢や壊れていく人間関係を軸にしたコンセプトアルバムである。
前作のようにさまざまなジャンルを次々に見せるというより、アルバム全体の流れが重視されている。「Maze」「The Wedge」「My Friend, My Friend」などを収録している。
演奏は非常に細かい。リズムやメロディが複雑に組み合わされ、メンバー4人が正確に動かなければ成立しない曲が多い。
Phishの即興ばかりに注目すると見落としやすいが、彼らは作曲そのものにも強くこだわっている。Riftはその部分を理解しやすい作品だ。
Billy Breathes(1996年)
Phishのスタジオ作品の中でも、比較的落ち着いて聴きやすいアルバムである。
それまでの作品では「自分たちがどれだけ変わったことをできるか」という遊びが目立っていた。しかしBilly Breathesでは音数を減らし、メロディや歌そのものを丁寧に聞かせる場面が増えた。
タイトル曲や「Waste」などには静かな美しさがあり、長大な即興を知らなくても楽しみやすい。
ライブの自由さとは別に、スタジオで短い曲を作る能力も持っていることを示した作品である。
The Story of the Ghost(1998年)
1990年代後半のPhishを理解するうえで重要なアルバムである。
この時期のPhishは、ライブでファンクを強く取り入れるようになっていた。ギターが前面に出続けるのではなく、ベースとドラムが作る反復するリズムを中心に、4人が少しずつ音を加えていく。
The Story of the Ghostには、その感覚が強く反映されている。
派手なギターソロよりもグルーヴを重視し、同じリズムを繰り返しながら微妙に変化させる。初期の複雑なプログレッシブ・ロック的サウンドから、より身体で感じる音楽へ変わったことが分かる。
Farmhouse(2000年)
最初の活動休止前に発表された作品で、Phishの中では特に歌とメロディを聞きやすいアルバムである。
タイトル曲「Farmhouse」や「Heavy Things」など、比較的コンパクトな曲が並ぶ。複雑な構成を持つ初期作品と比べると、アメリカン・ロックやフォークに近い自然なサウンドが目立つ。
もちろん、これらの曲もライブでは違った姿になることがある。
Phishにとってスタジオ録音は完成形とは限らない。アルバムで発表された曲がライブで何年も演奏され、そのたびに変化していく。このバンド独特の曲との付き合い方がよく分かる作品でもある。
Phishが影響を受けた音楽
Phishについて最もよく比較されるのがGrateful Deadである。長時間の即興演奏、熱心なファンがツアーを追いかける文化、ライブ録音がファンの間で共有される環境など、多くの共通点がある。
ただし音楽そのものはかなり違う。
Grateful Deadがブルース、カントリー、フォーク、サイケデリック・ロックを大きな土台としていたのに対し、Phishはプログレッシブ・ロック、ジャズ、ファンクなどの複雑な演奏をより積極的に取り入れている。
Frank Zappaとの共通点も大きい。高度な演奏技術と奇妙なユーモアを同じ音楽の中に入れる方法は、初期Phishを理解する手がかりになる。
さらにGenesisなどのプログレッシブ・ロック、Talking Headsのようなニュー・ウェイヴ/ファンクからも音楽的なつながりを感じられる。
つまりPhishはGrateful Deadの方法をそのまま受け継いだバンドではない。さまざまな音楽を吸収し、それをライブ即興という場所で混ぜ合わせたのである。
Phishがジャムバンド・シーンに与えた影響
Phishの最大の功績の一つは、Grateful Dead以降のジャムバンド文化を1990年代以降へ大規模に引き継いだことにある。
1995年にGrateful DeadのJerry Garciaが亡くなった後、Phishはアメリカの即興型ロックを代表する存在としてさらに大きくなっていった。
重要なのは音楽だけではない。ファンが複数の公演を追いかけるツアー文化や、ライブごとの違いを楽しむ習慣も大きく発展させた。
Phishのセットリストは固定されていない。同じツアーでも公演ごとに曲が大きく変わる。そのため一度見れば十分というライブではなく、「次は何が起こるか分からない」こと自体が価値になる。
さらに1990年代には、自分たちが中心となる大規模フェスティバルを開催した。通常のフェスティバルのように多数の人気アーティストを集めるのではなく、Phishを見ることを目的に大量の観客が集まる形を成立させた。
その後のアメリカでは、Widespread Panic、The String Cheese Incident、Umphrey’s McGeeなど、即興演奏とツアー文化を重視するバンドが大きなファン層を築いていく。
すべてがPhishから直接影響を受けたと単純にまとめることはできない。しかし、ジャムバンドが巨大な会場やフェスティバルを成立させられることを示したPhishの存在は、このシーンの拡大にとって非常に大きかった。
まとめ
Phishは、ロックの曲を「毎回同じ形で演奏するもの」と考えなかったバンドである。複雑に作曲された曲を正確に演奏する一方、その途中から4人で即興を始め、ファンク、ジャズ、サイケデリック、プログレッシブ・ロックなどへ自由に移動する。
そのためPhishの曲には、スタジオ盤だけでは分からないもう一つの姿がある。同じ「Tweezer」や「Chalk Dust Torture」でも、ライブによって長さも展開も変わるからだ。Grateful Deadから続くライブ中心の文化を受け継ぎながら、より複雑な作曲と幅広いジャンルを組み合わせ、1990年代以降のジャムバンド・シーンを巨大な文化へ育てた。Phishは「曲」だけではなく、その場で音楽が生まれていく「ライブそのもの」を作品にしたバンドである。


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