アルバムレビュー:Self-Inflicted Aerial Nostalgia by Guided by Voices

発売日: 1989年
ジャンル: ローファイ・ロック、サイケデリック・ポップ、ガレージロック


空から降る自己イメージ——“夢の廃墟”を歩くローファイ・バンドの孤高

『Self-Inflicted Aerial Nostalgia』は、Guided by Voicesが1989年に自主制作した3作目のアルバムである。
タイトルに含まれる“自己注入された空中ノスタルジア”という奇妙なフレーズが象徴するように、
本作は徹底した内省と空想によって構築された“幻のポップミュージック”である。

Devil Between My Toes』『Sandbox』での試行錯誤を経て、
ポラードは本作で初めて“ローファイこそが表現の核である”という美学を明確に打ち出した。
それは音の粗さや曲の短さをマイナスとしてではなく、
純粋な創造の痕跡として積極的に肯定する姿勢でもある。


全曲レビュー

1. The Future Is in Eggs

開幕からフェードイン気味のギターと奇妙なタイトルに面食らう。
“未来は卵の中にある”という台詞めいた断定が、サルトルの戯曲から飛び出してきたような異世界感を演出する。

2. The Great Blake Street Canoe Race

疾走感あるパワーポップと、青春を過ぎた男たちの“ごっこ遊び”が重なる。
架空のレースというシーンが、まるで記憶の中のフラッシュバックのように響く。

3. Slopes of Big Damn

スロープ、ビッグ、ダム……と名詞が連なるタイトルがすでにポラード節全開。
地形のようなギターリフと、不穏で乾いたメロディが耳に残る。

4. Paper Girl

アコースティックな音色に乗せて語られる紙の少女の物語。
短編詩のようにどこか遠い、しかし妙に感情に刺さる。GBV流のポップバラード。

5. Navigating Flood Regions

洪水地域を航行するという、寓話のようなテーマ。
ゆらぎのあるリズムとエフェクト処理されたヴォーカルが、
“水と記憶”のような感覚を聴覚に与える。

6. An Earful O’ Wax

のちにコンピレーションのタイトルにもなった重要曲。
耳いっぱいのワックス——つまり音の過剰と不快、そして中毒性。
GBVの美学を要約するような衝撃的ナンバー。

7. White Whale

メルヴィルの影を引きずる“白鯨”の追跡譚。
だがこの曲では、追いかけているのは神話というよりも“音楽そのもの”。
短くも深い自己神話化。

8. Liar’s Tale

ポップなメロディと不穏な語りが交錯する。
“嘘つきの物語”はまるでロックバンドという虚構装置そのものを語っているかのようだ。

9. Radio Show (Trust the Wizard)

“ラジオ番組”と“魔法使いを信じろ”という言葉のねじれが美しい。
幻想とメディア、現実と信仰。音像のカットアップ感覚も光る。

10. Dog’s Out

吠えるようなギターリフ。だが犬の不在そのものが主題のような、
“何かが失われた”ことを伝える奇妙なノイズ・ポップ。

11. Self-Inflicted Aerial Nostalgia

タイトル曲。
わずか1分半ほどの音の断片だが、本作全体のコンセプトを凝縮したような浮遊感と寂寞が漂う。
まるで夢が空中で分解していく瞬間を捉えたような印象。


総評

『Self-Inflicted Aerial Nostalgia』は、Guided by Voicesが初めて“壊れたメロディ”の美しさに目覚めたアルバムである。
録音の粗さ、歌詞の曖昧さ、構成の断片性……それらすべてが、
ローファイという形式によって“音楽の記憶”そのものへと反転している。

この作品には、メジャー感もキャッチーなフックもない。
だが、音楽に取り憑かれた者の心象風景が、そのままカセットテープに焼き付けられたような熱がある。
Guided by Voicesの真の出発点は、ここにあるのかもしれない。

それは“懐かしさ”というより、自分で作り上げた記憶へのノスタルジア
誰かの夢を覗き見たような不思議な浮遊感。
『Self-Inflicted Aerial Nostalgia』は、空の上にある、壊れた夢の断片たちのサウンドトラックなのだ。


おすすめアルバム

  • Bee Thousand』 by Guided by Voices
     メロディと断片の結晶化。ローファイ・ロックの到達点。

  • Alien Lanes』 by Guided by Voices
     多層的なポップと実験精神の融合。夢の編集アルバムのような世界。

  • SpiritualizedLazer Guided Melodies
     夢と現実の境界にあるポップ音響。GBVの内面世界と共振する。

  • 『Four Calendar Cafe』 by Cocteau Twins
     言葉と音の意味が溶けあう、内面性の美学。

  • 『Separation Sunday』 by The Hold Steady
     個人の神話化という意味で、ポラードの詩世界と並ぶ語りのロック。

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