
発売日:2012年5月15日
ジャンル:Indie Rock / Indie Pop / Surf Rock
概要
The Only Placeは、Bethany CosentinoとBobb BrunoによるBest Coastが2012年に発表した2作目のスタジオ・アルバムである。2010年のデビュー作Crazy for Youは、60年代ポップやサーフ・ロックを思わせるメロディをローファイな録音と強いリヴァーブで包み、カリフォルニアへの愛着や恋愛の不安を簡潔な言葉で歌っていた。本作ではその基本的な作曲法を残しながら、録音の曇りを大幅に取り除き、ギター、ドラム、Cosentinoの声を以前より明瞭に聞かせている。
プロデューサーにはJon Brionを迎えた。Fiona AppleやAimee Mannらとの仕事でも知られるBrionは、Best Coastを別のバンドへ作り替えるのではなく、もともと曲にあったメロディと演奏を整理している。ギターにはまだサーフ・ロックや60年代ガール・グループからつながる響きがあるが、前作のように残響の中へ溶け込まず、コードの動きやBrunoの細かなフレーズまで追いやすい。Cosentinoのボーカルも中央に置かれ、歌詞がはっきり聞こえるようになった。
タイトル曲が明るくカリフォルニアを称える一方、アルバム全体は単純な地元賛歌ではない。ツアーによる疲労、他人から見られることへの苛立ち、恋愛での依存、自分への不満などが並び、「理想の場所に住んでいれば幸福になれる」という発想を内側から崩していく。陽光を思わせる音と、そこにいる本人の不安定な感情との距離が、本作を特徴づけている。
全曲レビュー
1. 「The Only Place」
軽快なドラムと明るいギターに乗せて、海や太陽を持つCaliforniaを「唯一の場所」と称えるオープニング曲。メロディは非常に単純で、Cosentinoの歌も迷いなく前へ進むため、観光広告のような開放感さえある。ただしアルバムを最後まで聴くと、この無条件に見える地元愛は後続曲の孤独や疲労と対照を作っていることが分かる。理想化されたCaliforniaを最初に提示することで、その後の曲にもう一つの意味を与える導入だ。
2. 「Why I Cry」
タイトル通り涙の理由を問いながら、自分でも感情を十分に説明できない状態を扱う。演奏は悲しみに沈まず、弾むドラムと明るいギターを使って短いポップ・ソングとして進むため、歌詞との間にずれが生まれる。Cosentinoの率直な言葉遣いも、複雑な心理を分析するというより「理由は分からないが苦しい」という感覚そのものを残す。その簡潔さがBest Coastの作曲法によく合っている。
3. 「Last Year」
過去の自分と現在を比べながら、以前は身近だった関係や生活が変わってしまった感覚を歌う。ゆったりしたテンポと伸びのあるギターによって、単純な後悔よりも記憶を眺めているような距離が生まれている。前作では恋人への思いをその瞬間の衝動として歌うことが多かったが、ここでは時間の経過そのものが題材になる。大きな展開を避けた演奏も、過去へ戻れないという静かな諦めに合っている。
4. 「My Life」
ギターのコードを力強く鳴らしながら、自分の生活に口を出す周囲への苛立ちを前面に出す。成功によって他人から評価されたり、行動を観察されたりする状況を思わせる歌詞で、恋愛中心だった初期Best Coastから視野が少し広がった曲である。Cosentinoは声を荒らして怒鳴るのではなく、明瞭なメロディを保ったまま不満を歌う。その冷静さによって、反抗というより自分の生活を自分で決めたいという要求が強く伝わる。
5. 「No One Like You」
60年代のガール・グループを思わせるゆったりした旋律とコーラスが目立ち、恋人への強い愛着を真正面から歌う。相手を特別な存在として理想化する一方、そこには「自分にはこの人しかいない」という依存の感覚も入り込む。Brionの整理された録音によって、ボーカルの重なりやギターの響きが前作以上にはっきり聞こえる。Best Coastのルーツにあるオールディーズ的な甘さを、最も素直な形で聞かせる一曲だ。
6. 「How They Want Me to Be」
周囲が期待する人物像と、自分が実際に望む生き方との間にあるずれを扱う。ヴァースでは比較的抑えた演奏を保ち、サビでギターと声を広げることで、内側にためていた不満が表へ出るような構成になっている。誰かに好かれるため自分を変えることへの抵抗は恋愛にも社会的な視線にも重ねて読める。アルバム前半で現れた「他人からどう見られるか」という問題を、より直接的に言葉へした曲である。
7. 「Better Girl」
自分を変え、以前より良い人間になりたいという願いを歌うが、その決意にはまだ不安が残る。明るいギターと安定したドラムによって前向きな感触を作りながら、歌詞では過去の失敗や自信のなさを完全には振り切っていない。この「良くなりたい」と「すぐには変われない」の間にある距離が曲の核だ。アルバム後半へ入る位置で、他人への不満から自分自身を見直す方向へ視点を動かしている。
8. 「Do You Love Me Like You Used To」
軽快なテンポとは対照的に、以前と同じように愛されているのかを何度も確かめようとする不安が中心にある。質問形のタイトル自体が、相手から確かな答えを得られていない語り手の状態を表す。ギターは歪みを使いながらも輪郭が明るく、サビのメロディもすぐ覚えられるほど簡潔だ。Best Coastが得意とする、陽気なポップ・サウンドの中に恋愛の不安を置く方法が端的に表れている。
9. 「Dreaming My Life Away」
現実に積極的に向き合えず、考えたり夢想したりするうちに時間が過ぎていく感覚を歌う。テンポを落とした演奏と余裕のあるギターの響きによって、前曲までのポップな推進力が弱まり、停滞そのものが音に表れる。タイトルには甘い「夢」のイメージがあるが、ここでの夢想は逃避に近い。Californiaの明るさを掲げて始まった作品が、同じ場所にいながら動けなくなる心理へ到達するのが興味深い。
10. 「Let’s Go Home」
疲れや孤独から離れ、安心できる場所へ帰りたいという欲求を、素朴なメロディで繰り返す。アルバム冒頭ではCaliforniaそのものが理想の場所として描かれたが、ここで必要とされる「home」はもっと個人的で、誰かと落ち着いて過ごせる空間に近い。演奏も派手に盛り上げず、ギターと声の温かさを優先している。ツアーや外部からの視線を扱ってきた本作だからこそ、「帰る」という単純な言葉に重みが生まれる。
11. 「Up All Night」
夜を通して誰かを思い続けるという、Best Coastが初期から扱ってきた恋愛の執着へ戻ってアルバムを閉じる。テンポは遅く、厚みのあるギターと長く伸ばすボーカルによって、前半の爽快なポップとは異なる重さを作っている。眠れない夜という状況はロマンティックであると同時に、相手を考えることから抜け出せない不安の表現でもある。問題がすべて解決した結末を用意せず、感情の反復を残したまま終わるところが本作らしい。
総評
The Only Placeで最も分かりやすい変化は録音である。Crazy for Youでは大量のリヴァーブとローファイな質感が、Best Coastのノスタルジックな世界そのものを作っていた。本作ではその霧が晴れ、Cosentinoの声、Brunoのギター、ドラムがそれぞれ独立して聞こえる。Jon Brionの仕事は装飾を大量に追加することより、もともと簡潔だった楽曲の構造を見えるようにする方向へ働いている。
その変化はCosentinoの作曲にも厳しい条件を与えている。音の曖昧さで隠せなくなったため、単純なコード、反復する言葉、短いサビがそのまま表に出るからだ。結果として似たテンポや構成が続く部分では単調さも感じられるが、「The Only Place」「No One Like You」「Do You Love Me Like You Used To」のような曲では、メロディの強さが以前より明確になった。簡潔であることを欠点ではなくフックへ変えられるかどうかが、曲ごとにはっきり見える作品である。
歌詞ではCaliforniaへの愛着が有名だが、全11曲を通して聞くと、それ以上に「居場所」が中心的な問題として浮かぶ。地元を愛していても、他人からの視線は消えず、恋人がいても愛情を確認せずにはいられない。自分らしくいたいと主張する一方で、「Better Girl」では自分自身も変わりたいと考える。外側に理想の場所を求めることと、自分の内側の不安を解決することは別なのだという矛盾が、明るいサウンドの下に残っている。
デビュー作ほど一聴して強烈な音響的個性を持つ作品ではないが、The Only PlaceはBest Coastがローファイという様式だけに依存しないバンドへ移る過程を記録している。60年代ポップ、サーフ・ロック、90年代インディー・ロックから受け継いだ要素を、より明瞭なアメリカン・ギター・ポップへ整理したことが本作の特徴だ。Californiaの太陽を思わせる音と、その景色だけでは解決できない不安を並べたことで、表面的な明るさより少し複雑な作品になっている。
おすすめアルバム
Crazy for You by Best Coast
2010年のデビュー作。強いリヴァーブとざらついたギターの中に60年代風のメロディを置いており、The Only Placeで録音がどれほど明瞭になったかを比較するのに最適である。
Fade Away by Best Coast
本作の翌年に発表されたミニ・アルバム。明瞭になったギター・ポップを引き継ぎながら、より重い感情や力強い演奏へ進み、次作への橋渡しとなった作品である。
Volume One by She & Him
Zooey DeschanelとM. Wardによる作品。60年代ポップやカントリーの素朴な旋律を現代のインディー・ポップへ移す方法に、Best Coastとは異なる角度から共通点が見られる。
Past Masters by The Ronettes
Phil Spector周辺のウォール・オブ・サウンドとガール・グループ的な歌の魅力は、Best Coastのメロディ感覚を理解するうえで重要な参照点になる。特に甘い旋律と切実な恋愛感情の組み合わせが響き合う。
The Woods by Sleater-Kinney
音楽性はBest Coastより激しいが、ギターの物理的な力と明快な歌を両立させたインディー・ロック作品である。The Only Placeでローファイな霧から前へ出てきたギターとボーカルを、より荒々しい方向から比較できる。

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