
楽曲の概要
「In My Blood」は、Shawn Mendesが2018年3月に発表したシングルで、同年5月発売の3作目のアルバム『Shawn Mendes』に収録された楽曲である。作詞・作曲はMendes、Teddy Geiger、Scott Harris、Geoff Warburton、プロデュースはMendesとGeigerが担当した。アコースティック・ギターを軸に静かに始まり、サビでは歪んだエレクトリック・ギターと大きなドラムが広がる、ポップとロックを結びつけた作品である。
それまでのMendesは「Stitches」「Treat You Better」「There’s Nothing Holdin’ Me Back」など恋愛を題材としたヒットで知られていたが、「In My Blood」では自分の内側で起こる不安や孤独、そこから抜け出そうとする意志を正面から扱った。Mendes自身もこの曲を、それまでに書いた中でも特に自分に近い作品として説明している。第61回Grammy AwardsではSong of the Yearにノミネートされ、若手ポップ・スターとしてのイメージから、より内省的なシンガーソングライターへ進む転機の一曲となった。
歌詞の概要
歌詞の語り手は、理由を完全には説明できない不安に襲われている。壁が迫ってくるように感じ、助けを求めながらも、どうすればその状態から抜け出せるのか分からない。重要なのは、外部に明確な敵が設定されていないことである。恋人に振られた、誰かに裏切られたといった出来事ではなく、自分の思考や感情そのものから逃げられない状態が描かれている。
語り手は誰かにそばにいてほしいと願い、気持ちを楽にするための方法を探している。ところが、そうした一時的な逃避だけでは問題は消えない。孤独感や不安は再び戻ってくるため、最終的には自分自身がそれに耐える必要がある。ここで曲は「不安を克服した」という成功談には進まず、苦しい最中の人物を描き続ける。
その中で繰り返されるのが、諦めることは自分の本質ではないという考えである。タイトルの「In My Blood」は、直訳すれば「自分の血の中に」という意味だが、ここでは「自分の性質として備わっている」という比喩として使われる。つまり語り手は「もう無理だ」と感じながら、それでも諦めることだけは自分らしくないと自分へ言い聞かせている。不安が消えるから立ち上がれるのではなく、不安を抱えたまま踏みとどまることが曲の中心になっている。
制作背景・時代背景
「In My Blood」は、Mendesが長年組んできたScott Harris、Geoff Warburtonに加え、Teddy Geigerとの共同制作から生まれた。Mendesは制作時、Kings of Leonのような大きなロック・サウンドを意識していたことをインタビューで語っている。実際、静かなギターから巨大なサビへ移る構成には、それまでの彼のアコースティック主体のポップより、アリーナ・ロックに近いスケール感がある。
歌詞についてMendesは、不安との経験をもとに書いたことを公に説明している。彼はZane Loweとのインタビューなどで、成長するにつれて不安を経験するようになり、それを曲として正直に表現したかったと話している。ただし楽曲内の語り手のすべてを本人の具体的な体験と一対一で対応させる必要はない。個人的な感覚を出発点としながら、歌詞では状況を限定せず、追い詰められた人物の心理へ広げている。
アルバム『Shawn Mendes』全体でも、この曲は重要な方向転換を示した。それ以前の作品にも内省的な曲はあったが、「In My Blood」では恋愛という枠を外し、Mendes自身の弱さや不安定さをテーマの中心へ置いている。同時に音楽面でも、アコースティックなシンガーソングライター路線を残しながら、ロック、R&B、ファンクなどへサウンドを広げていくアルバムの入口となった。
歌詞の抜粋と和訳
タイトルの「In My Blood」は、この曲では身体の中を流れる血そのものではなく、簡単には変えられない性質を表す比喩として機能している。「諦めることは自分の血にはない」という考え方によって、精神論的に「絶対に負けない」と宣言するのではなく、苦しくても自分にはまだ踏みとどまる性質が残っている、と確認している。
また、壁が迫ってくる感覚、息苦しさ、助けを必要とする状態など、心理的な苦しさが身体感覚として描かれることも重要である。不安を抽象的な言葉だけで説明せず、閉じ込められているような空間的イメージへ置き換えることで、語り手が感じる圧迫感を聴き手にも想像させている。
サウンドと歌詞の考察
「In My Blood」の構成で最も重要なのは、ヴァースとサビの音量差である。冒頭ではアコースティック・ギターが中心となり、Mendesの声もかなり近い位置で聞こえる。大きなリズム隊を最初から投入せず、狭い空間に一人でいるような音像を作る。この状態で壁が迫る感覚や助けを求める言葉が歌われるため、歌詞の閉塞感が音の少なさによって強調される。
Mendesの歌唱も、最初から力強いわけではない。ヴァースでは声量を抑え、息を含んだ声で言葉を置いていく。音程をきれいに維持すること以上に、今にも声が崩れそうな不安定さを残している。特に助けを求める内容では、声の弱さそのものが意味を持つ。ポップ・スターが完成されたヴォーカルで「苦しい」と説明するのではなく、歌唱の中にも苦しさを入れているのである。
そこからプリコーラスへ進むにつれて、音楽は少しずつ圧力を増す。語り手の頭の中で同じ考えが膨らみ、逃げ場がなくなっていくように、ヴォーカルも次第に高い音域へ移る。そしてサビでエレクトリック・ギターとドラムが一気に広がる。この瞬間の効果は単なる「盛り上がり」ではない。それまで内側に閉じ込められていた感情が、外へ噴き出したように聞こえる。
特にギターの役割が大きい。ヴァースのアコースティック・ギターは細かな伴奏として声を支えるが、サビでは歪んだギターが広い音域を埋める。音数が増え、空間そのものが急に大きくなるため、Mendesの声もそれに対抗するように強くなる。「諦めたい」という弱さを歌っていた人物が、その同じサビの中で「それでも諦めることは自分の本質ではない」と叫ぶ。この矛盾を、アレンジの巨大化がそのまま表現している。
ドラムもサビで重要な働きをする。ヴァースではリズムの存在感を抑えているため、サビで大きなキックやスネアが入った瞬間に身体的な衝撃が生まれる。語り手が突然強くなったというより、崩れそうな身体をビートが支え始めるように聞こえる。一定の拍がはっきりすることで、不安定な感情の中にも「前へ進む時間」が作られるのである。
この曲が単純な応援歌にならないのは、サビに入っても不安そのものが解決しないからだ。通常の自己肯定的なポップなら、ヴァースで問題を提示し、サビで「自分なら大丈夫」という答えを出す構成も考えられる。しかし「In My Blood」では、諦めそうな状態と諦めない意志が同じサビに共存している。弱さを否定して強さへ置き換えるのではなく、弱さのすぐ隣に抵抗する力がある。
この構造は曲が進むほど強くなる。繰り返されるサビではヴォーカルがさらに荒くなり、声を押し出す感覚が増す。Mendesの声は完璧に滑らかな状態から意図的に離れ、音の端が擦れるような瞬間を残す。そのため「諦めない」という言葉が余裕のある人物の宣言ではなく、実際に諦めかけている人物が必死に自分へ言い聞かせているように聞こえる。
Kings of Leonを意識したという制作上の方向性も、この曲では歌詞とよく噛み合っている。アリーナ・ロック的な巨大なギターとドラムは、本来なら自信や解放感を表現するのに向いた音である。しかし「In My Blood」では、その大きさを不安との格闘へ使う。個人的で内向きな心理を、大勢が共有できる巨大なサウンドへ変換しているのである。この点が、単なるアコースティックな告白曲との大きな違いだ。
終盤まで曲は劇的な転調や複雑な構成変更には頼らない。同じ基本的な材料を繰り返しながら、音量、楽器の厚み、ヴォーカルの強度を変化させることで感情を大きくする。これは歌詞の内容とも一致する。語り手が新しい答えを次々に発見するわけではなく、同じ不安と同じ「諦めない」という言葉の間を行き来しているからだ。反復そのものが、苦しい状態で何度も自分を立て直す行為に聞こえる。
「In My Blood」がMendesのキャリアで大きな意味を持つのも、この音と歌詞の組み合わせにある。それまで得意としていたアコースティック・ポップの親密さを捨てず、そこからロックの巨大なダイナミクスへ進むことで、より複雑な感情を表現できるようになった。弱さを隠して力強い曲を作ったのではなく、弱さを見せること自体を曲の力へ変えた。その設計が、2018年以降のMendesを理解するうえで重要な一曲にしている。
この曲が好きな人におすすめの曲 5曲
「Youth」 by Shawn Mendes feat. Khalid
同じ『Shawn Mendes』収録曲で、困難な状況に自分自身を奪われないという意志を歌う。「In My Blood」が個人的な不安との格闘なら、こちらは社会的な暴力を背景に、若さや希望を手放さないという方向へテーマを広げている。
「Mercy」 by Shawn Mendes
2016年の『Illuminate』を代表する曲。静かな導入からドラムとギターが大きくなる構成は「In My Blood」の前段階ともいえる。題材は恋愛だが、Mendesの声が追い詰められるほどサウンドも巨大になる方法に共通点がある。
「Use Somebody」 by Kings of Leon
「In My Blood」の制作でMendesが意識したKings of Leonの代表曲。孤独を扱う内省的な歌詞を、広がりのあるギターと大きなドラムによってアリーナ規模のロックへ変える方法が、「In My Blood」のサウンドを理解する手掛かりになる。
「Demons」 by Imagine Dragons
自分の内側にある暗い部分を隠しきれない感覚を、静かなヴァースと大きなサビの対比で表現した曲。「In My Blood」とテーマは同一ではないが、内面的な問題をスタジアム級のポップ・ロックへ変換する点が近い。
「Heavy」 by Linkin Park feat. Kiiara
自分の思考を制御できず、その重さに苦しむ心理を扱った2017年の曲。「In My Blood」より電子的で抑制されたサウンドだが、外部の敵ではなく自分の頭の中にある問題を中心に据える点で共通している。
まとめ
「In My Blood」の特徴は、不安を克服した後の強さではなく、不安の最中に残っている抵抗する力を描いたことにある。語り手は助けを必要とし、逃げたいと感じ、簡単な解決策も見つけられない。それでも諦めることだけは自分の本質ではないと繰り返す。アコースティック・ギターと弱い声から始まった音楽が、サビで歪んだギター、大きなドラム、荒いヴォーカルへ変わる構成は、その小さな抵抗が身体全体へ広がっていくように聞こえる。恋愛中心だった初期のShawn Mendesから、個人的な弱さそのものをポップ/ロックの大きなテーマへ変えるソングライターへの移行を明確にした作品である。

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