
1. 歌詞の概要
「Moderne Man/Satisfy Your Lust」は、Robin Scott のプロジェクト M による1978年のシングルであり、翌年リリースされる代表作「Pop Muzik」に先駆けて発表された初期作品です。本作は一曲に2つのコンセプトが組み合わされた実験的な構成となっており、前半の「Moderne Man」はテクノロジー時代の“現代人”に対する風刺、後半の「Satisfy Your Lust」では消費文化と快楽主義の危うさを描いています。
両者に共通するのは、1970年代後半に急速に変化していた都市社会の構造と個人の欲望のあり方を冷静かつ諧謔的に描写している点であり、それはMの音楽が単なるエレクトロポップではなく、ポップの形式を借りた“批評的アート”であることを強く印象づける楽曲となっています。
2. 歌詞のバックグラウンド
ロビン・スコットは、アートスクール出身の知的な音楽家であり、David BowieやBrian Enoらと親交を持ちつつ、1970年代の後半に「M」というプロジェクトを立ち上げました。1978年にリリースされたこのシングルは、**“ポップ・ミュージックによる現代社会へのアイロニー”**という彼の美学をすでに体現しており、翌年の大ヒット曲「Pop Muzik」へと繋がる精神的前段階でもあります。
特に「Moderne Man」では、機械化とマスカルチャーによって“人間らしさ”が曖昧になる都市型社会を描写し、「Satisfy Your Lust」では消費欲と快楽至上主義の果てにある空虚感をテーマにしています。どちらも、高度経済成長とメディア社会の進展のなかで、“人間とは何か”を問う冷ややかな視線を持っており、当時のアンダーグラウンドなニュー・ウェイヴの精神性とも響き合う内容です。
このシングルの音楽的特徴も注目に値します。前半の「Moderne Man」は反復的なリズム、無機質なボーカル、テクノ/ディスコ調のビートを用いて、“現代の標本”としての人間像を描写。一方の「Satisfy Your Lust」では、滑らかでよりセクシュアルなトーンにシフトし、欲望の本質を静かに暴きます。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に、「Moderne Man/Satisfy Your Lust」から象徴的な歌詞を抜粋し、和訳を添えて紹介します。
引用元:Genius Lyrics – M “Moderne Man/Satisfy Your Lust”
【Moderne Man】
I am the modern man / I do the best I can
私は現代人
できるだけのことはやってる
I live in a plastic flat / In a computerized land
プラスチックのアパートに住み
コンピューター化された世界で暮らしている
No time to think or plan / I just react
考えたり計画する暇はない
ただ反応して生きているんだ
I am the modern man
私は“現代型の男”
このパートは、思考を止めた“情報社会の受信機”のような存在としての人間像を提示しています。テクノロジーが加速するなかで、「人間らしさ」はどこへ行ったのか?という問いが、無機質な語りで投げかけられます。
【Satisfy Your Lust】
You wanna satisfy your lust / You wanna taste what you can’t trust
欲望を満たしたいんでしょ
信じられないものを味わってみたいんでしょ
You want the girl, the gold, the game / But it always ends the same
女も、金も、ゲームも欲しい
でも結末はいつも同じ
Satisfaction guaranteed / Until you bleed
満足は保証されてるさ
血を流すまでは、ね
こちらでは、性的欲望や消費的快楽がもたらす一時的な充足と、その裏にある空虚感や痛みが皮肉交じりに歌われています。甘い言葉や刺激的な欲望が耳に心地よく響きながらも、最終的には破綻するという真理が冷笑的に提示される構造です。
4. 歌詞の考察
この楽曲における「Moderne Man」と「Satisfy Your Lust」は、いわば**一つの人間像の“表と裏”**のように機能しています。
「Moderne Man」では、仕事に追われ、感情を抑圧しながらマシンのように日々を生きる“都市型現代人”が描かれます。その無機質な生活と対比されるように、「Satisfy Your Lust」では抑圧された欲望が爆発し、快楽へと突き進む。しかしその快楽は、メディアやマーケティングに操作された偽の欲望であり、結果として“満たされることのない魂”だけが残されます。
この構造は、1970年代末という時代――ポスト産業化社会、資本主義の加速、メディアの台頭、セクシャル・リベレーションの名残――を非常に鋭く切り取っています。ロビン・スコットは、この曲を通して「人間はどこへ行こうとしているのか」「欲望は誰のものなのか」という問いを投げかけているのです。
また、音楽的にはポップでありながら、ミニマルで冷たいビートと非感情的なボーカルが、テーマの無機質性と絶妙にマッチしています。その冷たさこそが、皮肉な“ポップの仮面”なのです。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- “Warm Leatherette” by The Normal
人間の機械化とセックスの結びつきを描いた初期エレクトロの異端作。 - “Being Boiled” by The Human League
ポップと批評精神が融合したニュー・ウェイヴの始祖的作品。 - “Nag Nag Nag” by Cabaret Voltaire
都市とメディア社会への不信をノイズで描いたポストパンクの傑作。 - “I Travel” by Simple Minds
グローバリズムと消費社会をテーマにした、踊れる批評ソング。
6. Mの実験的精神を象徴するポップ・デュアリズム
「Moderne Man/Satisfy Your Lust」は、ポップ・ミュージックという形式を借りながら、そのポップさを自己批評的に反転させた実験作です。後の「Pop Muzik」のキャッチーさからは想像もつかないような、このシングルに込められた知的な構造と音響的ミニマリズムは、Mの音楽的本質を示しています。
当時としては極めて先鋭的なこの作品は、商業的には目立った成功を収めなかったものの、ニュー・ウェイヴとエレクトロニック・ミュージックの分水嶺に立つ重要な遺産として、今なお評価されています。ここにあるのは、ただの娯楽ではなく、“考えさせる音楽”。Mというプロジェクトが単なるポップグループではなく、アートと批評の交差点で生まれた表現体であることを、この一枚は静かに、しかし確かに証明しているのです。
**「Moderne Man/Satisfy Your Lust」は、都市の喧騒、欲望の洪水、そして無意識のうちに操られる現代人の哀しさを、冷たく美しく切り取った“ポップの仮面を被った現代詩”**です。踊るべきか、考えるべきか。その二律背反の中に、ポップ・ミュージックの真価が浮かび上がります。
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