
1. 歌詞の概要
「Money Trees(マネー・ツリーズ)」は、Kendrick Lamar(ケンドリック・ラマー)が2012年にリリースしたセカンド・アルバム『good kid, m.A.A.d city』に収録されている楽曲で、Jay Rock(ジェイ・ロック)をゲストに迎えたこのトラックは、欲望と現実、夢と貧困、犯罪と生存といった、都市生活における矛盾と葛藤を詩的かつストリート感覚で描いた名曲です。
曲名の「Money Trees」とは、文字通り「金のなる木」、つまり“手っ取り早く金を得られる方法”のメタファーであり、主人公が育った環境――ロサンゼルスのコンプトン地区における現実的な夢、または幻想を象徴しています。友人たちとのつかの間の快楽や希望に満ちた瞬間を回想しつつ、物語はやがて暴力と破壊に飲み込まれていく。
サウンドはチルなムードを漂わせつつ、リリックは鋭く、重い。若き日のケンドリックが「金を得ること」「抜け出すこと」「生き残ること」について、どれだけリアルに悩み、願い、現実と対峙していたかを見事に描いた、詩と物語が融合した傑作です。
2. 歌詞のバックグラウンド
「Money Trees」は、Kendrick Lamarのセミ・オートバイオグラフィー的アルバム『good kid, m.A.A.d city』の中でも特に物語性の強い1曲で、アルバム全体の文脈のなかでは、物語の中心人物が仲間たちと“楽しいひととき”を過ごす場面として描かれます。サウンド面ではプロデューサーのDJ Dahiによるゆったりとしたビートと、Beach Houseの楽曲「Silver Soul」をサンプリングした幽玄的なメロディラインが印象的です。
ケンドリックはこの曲について、「少年時代の思い出に立ち返りながら、金と暴力の循環の中で自分の価値観がどう形作られたかを描いた」と語っており、希望と欲望、現実と理想が交錯する絶妙なバランスを持ったリリックは、聴く者に深い余韻を残します。
フィーチャリングに参加したJay Rockのヴァースは、物語の後半で語られる“事件”の視点として機能しており、アルバム全体の構造を支える重要な一節となっています。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に「Money Trees」の印象的な歌詞を抜粋し、日本語訳を添えて紹介します。
It go Halle Berry or hallelujah
Pick your poison, tell me what you doin’
ハル・ベリーのような快楽か
ハレルヤのような救いか
どっちを選ぶ? 自分はどっちの道を行く?
Everybody gon’ respect the shooter
But the one in front of the gun lives forever
みんな“撃ったやつ”には敬意を払う
でも、“銃口の前にいたやつ”こそ、永遠に記憶に残る
It was all a dream
Until I made it real
すべては夢だった
それを現実にするまではな
Dreams of livin’ life like rappers do
Back when condom wrappers wasn’t cool
ラッパーのような暮らしを夢見てた
コンドームの包装紙すら“イケてなかった”時代に
Parked the car and then we started rhymin’
Ya bish
車を停めて、俺たちはラップを始めたんだ
ヤ・ビッシュ(※仲間へのスラング)
It go Halle Berry or hallelujah
Pick your poison, tell me what you doin’
選べ――欲望か、救いか
どっちの人生を選ぶ?
歌詞引用元: Genius – Money Trees
4. 歌詞の考察
「Money Trees」は、夢と現実のあいだに立たされた若者の“詩的な回想録”として機能しています。ケンドリックはこの楽曲の中で、少年時代の“金に飢えた”日々を語りながら、それが単なる貧困ではなく、「ラッパーになって抜け出したい」「仲間と一緒に成功したい」という希望と野心に彩られていたことを描いています。
と同時に、その夢が叶うためには“銃を持つこと”や“犯罪に関与すること”すら選択肢に含まれていたという現実も、静かに、だが強く語られます。とりわけ、「the one in front of the gun lives forever(銃口の前にいたやつが永遠に記憶される)」というラインは、死が日常と背中合わせである都市生活のリアル、そして暴力の記憶がどれほど強く人々の中に刻まれるかを示しています。
また、繰り返される「Ya bish」というスラングの多用は、仲間内のユーモアや文化を表すと同時に、物語が“内側”から語られていることを強く印象づけます。これは、外部からの視点ではなく、“そこにいた人間”だからこそ語れるリアリティを強調する手法であり、ケンドリックのストーリーテリングのうまさを象徴しています。
Jay Rockのヴァースは、そんな“金を得る手段”が何を生み、何を壊すのかを暴力的に示し、楽曲のラストでリスナーに“夢の代償”を突きつけます。
歌詞引用元: Genius – Money Trees
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Sing About Me, I’m Dying of Thirst by Kendrick Lamar
同じく『good kid, m.A.A.d city』収録曲で、死と記憶、贖罪をテーマにした感動的なトラック。 - Heaven and Hell by Kanye West
成功と欲望の狭間にある葛藤を宗教的なメタファーで描いた楽曲。 - Grew Up Fast by J. Cole
貧困と自己実現をテーマに、若者の心情をリアルに表現したセルフリフレクション的トラック。 - Heaven by Jay-Z
黒人として生きる現実と信仰の対立を描いたリリカルな問題提起ソング。
6. “金のなる木”が育つ場所——幻想と現実が交錯する詩的風景
「Money Trees」は、夢にすがるしかない現実を生きてきた若者の心情を、詩的かつ映像的に描いた名曲です。ケンドリック・ラマーはこの曲を通じて、“夢見ること”と“生き抜くこと”のあいだにある暴力や痛みを、あまりにもリアルな手触りで描いています。
金は確かに欲しかった――でもそのために必要だった代償、巻き込まれた事件、失われた命、壊れた友情。その全てが、ケンドリックの回想とJay Rockの鋭利なラップによって立体的に浮かび上がります。彼にとっての“マネー・ツリーズ”とは、実のなる木ではなく、“手に入れてはいけない果実”なのかもしれません。
「Money Trees」は、成功の果実が甘くなる前に、それが育つ土壌の苦しみを知る必要があることを教えてくれる――
まさに現代ヒップホップが描く“都市詩”の最高到達点のひとつです。
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