
発売日:2010年5月17日 / ジャンル:ダンス・パンク、エレクトロ・ロック、ニューウェイヴ、ディスコ・パンク、インディー・ダンス
- 概要
- 全曲レビュー
- 1. Dance Yrself Clean
- 2. Drunk Girls
- 3. One Touch
- 4. All I Want
- 5. I Can Change
- 6. You Wanted a Hit
- 7. Pow Pow
- 8. Somebody’s Calling Me
- 9. Home
- 総評
- おすすめアルバム
- 1. LCD Soundsystem – Sound of Silver
- 2. LCD Soundsystem – LCD Soundsystem
- 3. Talking Heads – Remain in Light
- 4. David Bowie – Low
- 5. The Rapture – Echoes
- 関連レビュー
概要
LCD Soundsystemの3作目『This Is Happening』は、2000年代以降のダンス・パンク/インディー・ダンスを代表する重要作であり、James Murphyが築いてきた「ロックとクラブ・ミュージックの境界」を最も洗練された形で提示したアルバムである。2005年のデビュー作『LCD Soundsystem』で、ポストパンク、ディスコ、ハウス、エレクトロ、クラウトロック、ニューウェイヴを雑食的に接続した彼らは、2007年の『Sound of Silver』でその方法論をより感情的で完成度の高いポップへ昇華した。『This Is Happening』は、その次に発表された作品であり、LCD Soundsystemの初期三部作を締めくくるような重みを持っている。
LCD Soundsystemの中心人物James Murphyは、単なるバンドのフロントマンではなく、DJ、プロデューサー、レーベル運営者、レコード・コレクター、音楽史の編集者としての顔を持つ。彼の音楽は、過去の音楽への深い知識と愛情に満ちている。Talking Heads、David Bowie、Brian Eno、The Fall、Can、Suicide、ESG、Liquid Liquid、New Order、Arthur Russell、DFA周辺のディスコ・パンク。その膨大な参照は、単なる引用ではなく、現代の都市生活、老い、自己意識、ダンスフロアの孤独を語るための素材として再構成されている。
『This Is Happening』のタイトルは、「これが起きている」「まさに今、起こっている」という意味を持つ。そこには、出来事の只中にいる感覚がある。何かが始まり、進行し、止められない。James Murphyの歌詞には、しばしば「自分が状況を客観的に見ているつもりなのに、実際にはその渦中にいる」という感覚がある。本作でも、パーティー、恋愛、友情、自己嫌悪、加齢、虚勢、逃避、疲労が、すべて現在進行形の出来事として描かれる。つまり『This Is Happening』は、ダンスフロアの高揚だけでなく、その高揚が終わった後に残る現実まで含んだアルバムである。
音楽的には、本作はLCD Soundsystemの特徴である長尺の反復、ミニマルなグルーヴ、アナログ・シンセの質感、硬質なドラム、皮肉なヴォーカル、徐々に積み上がるアレンジをさらに押し広げている。多くの曲は、短いポップ・ソングというより、クラブ・トラックのように反復を基盤としている。しかし、そこにJames Murphyの歌詞と声が乗ることで、単なるダンス・ミュージックではなく、強い物語性と人間臭さを持つロック・アルバムとして成立している。
『This Is Happening』は、明るいアルバムではない。もちろん踊れる瞬間は多い。「Dance Yrself Clean」「Drunk Girls」「Pow Pow」「Home」などは、強いグルーヴを持ち、ライヴやクラブで大きく機能する。しかし、歌詞や全体の空気には、終わりの予感が強く漂う。James Murphyは若者のためのパーティーを外側から眺めるような年齢になりつつあり、同時にまだそこに参加したいという欲望も持っている。この中間的な立場、すなわち「踊りたいが、踊っている自分を冷笑してしまう」感覚が、本作の核心にある。
前作『Sound of Silver』では、「All My Friends」や「Someone Great」のように、喪失や友情、時間の経過が非常に感動的に描かれていた。それに対して『This Is Happening』では、感情はよりねじれ、皮肉や怒り、自己防衛の形で現れる。James Murphyは自分の弱さをそのまま美しく見せるのではなく、冗談、反復、怒鳴り声、引用、過剰なリズムの中へ隠す。だが、その隠し方そのものが、非常に人間的である。
本作が発表された2010年は、2000年代インディー・ロックのひとつの区切りでもあった。The Strokes以降のニューヨーク・インディー、DFAレーベル周辺のダンス・パンク、ブログ時代のインディー・カルチャーが成熟し、同時に変質し始めていた時期である。LCD Soundsystemは、その流れの中で、ロック・バンドとクラブ・ミュージック、インディーとディスコ、知性と身体性を結ぶ存在だった。『This Is Happening』は、その時代の終わりを自覚したようなアルバムでもある。
キャリア上、本作は一度はLCD Soundsystemの最後のアルバムと受け取られた作品である。後にバンドは復活し、『American Dream』を発表することになるが、当時の文脈では『This Is Happening』は「終幕」の重みを持っていた。特にラストの「Home」は、別れと帰還、パーティーの終わりと生活への復帰を描く曲として、バンドの集大成的な意味を持つ。『This Is Happening』は、LCD Soundsystemがダンス・ミュージックの快楽と、人生の面倒くささを同じグルーヴの中に置いた傑作である。
全曲レビュー
1. Dance Yrself Clean
オープニング曲「Dance Yrself Clean」は、『This Is Happening』の幕開けとして非常に象徴的な楽曲である。タイトルは「自分自身を踊って清めろ」と読める。ダンスを快楽や娯楽としてだけでなく、自己浄化、罪悪感の洗浄、精神的なリセットの手段として捉えている点が重要である。LCD Soundsystemの音楽において、ダンスは単なる身体運動ではなく、人生の不快さを一時的に処理する方法である。
曲は非常に静かに始まる。控えめなシンセ、抑えたビート、James Murphyの低く近い声。最初の数分は、巨大なダンス・トラックの導入とは思えないほど地味で、内省的である。しかし、この長い抑制こそが重要である。聴き手は、いつ爆発するかわからない緊張の中で待たされる。そして突然、巨大なシンセとドラムが入り、曲は一気に開かれる。この瞬間は、LCD Soundsystemのカタルシスの中でも最も強烈なもののひとつである。
歌詞では、人間関係の疲労、くだらない会話、自己欺瞞、パーティーに集まる人々の見栄や不誠実さが描かれる。James Murphyは、ダンスフロアを無条件に祝福しない。そこには嫌な人間もいるし、面倒な会話もあるし、自分自身の醜さもある。それでも踊る。むしろ、そうしたものを全部抱えたまま踊ることが、この曲のテーマである。
「Dance Yrself Clean」は、アルバム全体の思想を提示する曲である。清らかになるために、まず汚れを認めなければならない。高揚するために、まず退屈と疲労を通過しなければならない。LCD Soundsystemはこの曲で、ダンス・ミュージックの快楽を、人生の苦さと切り離さずに鳴らしている。
2. Drunk Girls
「Drunk Girls」は、アルバムの中でも比較的短く、直接的で、パンク的な勢いを持つ楽曲である。タイトルは「酔った女の子たち」を意味するが、実際には酔った男女、パーティー文化、性的な振る舞い、若者の衝動を皮肉っぽく描いた曲である。表面的には軽いパーティー・ソングのようだが、そこにはかなり冷笑的な視線がある。
サウンドは、David Bowieの「Boys Keep Swinging」を思わせるような、シンプルで荒々しいグラム/ニューウェイヴ的なロック感覚を持つ。ドラムは前のめりで、シンセとギターは簡潔に鳴り、James Murphyのヴォーカルは叫ぶように進む。前曲の長尺で緻密な構成とは対照的に、この曲は短く、乱暴で、即効性がある。
歌詞では、酔った女の子と酔った男の子の振る舞いが対比される。そこには、ジェンダー、欲望、パーティーの場での不器用な行動、若さの愚かさへの観察がある。James Murphyは道徳的に説教するのではなく、ほとんど呆れたように状況を描く。酔った人々は自由に見えるが、実際には同じような行動を繰り返している。
「Drunk Girls」は、本作の中で最も軽薄に見える曲かもしれない。しかし、その軽薄さは意図的である。パーティーのバカバカしさ、酔いの単純さ、性的なゲームの空虚さが、曲の単純な構造と一致している。LCD Soundsystemらしい皮肉なパーティー・ロックである。
3. One Touch
「One Touch」は、LCD Soundsystemのクラブ・ミュージックへの接近が強く表れた楽曲である。タイトルは「一触れ」「一回の接触」を意味し、身体性、欲望、電子音楽的な反復と深く結びつく。前曲「Drunk Girls」の荒いロック感とは異なり、この曲では冷たく機械的なグルーヴが中心になる。
サウンドは、ミニマルなシンセ、反復するリズム、硬いビートによって構成される。曲は大きなメロディで進むのではなく、音のパターンとリズムの積み重ねによって持続する。これはクラウトロック、エレクトロ、ポストパンク、初期ハウスの影響を感じさせるLCD Soundsystemらしい構成である。
歌詞は、接触と欲望をめぐる断片的なものとして響く。One touchという言葉は、身体的な触れ合いであると同時に、機械のボタンを押すような動作にも聞こえる。人間的な親密さと、電子的な操作感が重なっている点が面白い。LCD Soundsystemの音楽では、身体と機械がしばしば同じリズムの中に置かれる。
「One Touch」は、本作の中でダンス・フロア寄りの冷たい機能性を担う曲である。感情を大きく語るのではなく、反復と接触の感覚を通じて、身体を動かす。LCD Soundsystemの音楽がロック・ソングであると同時に、DJ的な発想に基づいていることを示す楽曲である。
4. All I Want
「All I Want」は、本作の中でも特に感情的な重みを持つ楽曲であり、David Bowieのベルリン期、とりわけ「Heroes」を想起させるギターの持続音が印象的である。タイトルは「僕が欲しいものすべて」という非常にシンプルな言葉だが、その中には渇望、未練、孤独、執着が詰まっている。
サウンドは、持続するギターのフィードバック、安定したビート、徐々に積み上がるアレンジによって構成される。曲は派手に展開するわけではないが、同じ感情が繰り返されることで、少しずつ重みを増していく。LCD Soundsystemの得意とする、反復による感情の増幅がここでも機能している。
歌詞では、相手への強い欲求と、その欲求が満たされないことへの痛みが描かれる。All I wantという言葉は、簡単に聞こえるが、実際には非常に危険である。何かを「すべて」として求めることは、その対象に自分を過剰に預けることでもある。この曲の語り手は、欲しいものをわかっているようで、実際にはその欲望に支配されている。
「All I Want」は、James Murphyのヴォーカルの人間臭さがよく出た曲である。彼は完璧に美しく歌うのではなく、少し疲れ、少し苛立ち、少し情けなく歌う。その声の弱さが、曲の感情を強めている。『This Is Happening』の中でも、特に痛切なラブソングである。
5. I Can Change
「I Can Change」は、本作の中でも最もポップで、同時に最も悲しい楽曲のひとつである。タイトルは「僕は変われる」という意味を持つ。恋愛において非常によくある、そしてしばしば信頼できない言葉である。相手を失いたくないために、人は「変わる」と言う。しかし、その言葉が本当に実行されるかどうかは別問題である。
サウンドは、80年代シンセ・ポップを思わせる美しいシンセ・ラインと、柔らかいビートを中心に構成される。LCD Soundsystemの中でも特にメロディアスで、切ない電子ポップとしての完成度が高い。冷たいシンセの音色と、James Murphyの不器用な歌声が見事に噛み合っている。
歌詞では、相手に愛され続けるために自分を変えると約束する語り手が描かれる。しかし、この曲の痛みは、その約束がどこか必死で、情けなく、自己欺瞞に近いところにある。本当に変われるのか。変わることは愛なのか。それとも、相手に捨てられないための嘘なのか。曲はその曖昧さを抱えたまま進む。
「I Can Change」は、LCD Soundsystemが単なる皮肉なダンス・バンドではなく、非常に繊細なラブソングを書くことができることを示す曲である。踊れるが、苦い。美しいが、情けない。人が愛のために口にする最も弱い言葉を、極上のシンセ・ポップへ変えた名曲である。
6. You Wanted a Hit
「You Wanted a Hit」は、音楽業界、リスナーの期待、ヒット曲への要求に対する皮肉を込めた楽曲である。タイトルは「君たちはヒット曲を望んでいた」という意味を持つ。LCD Soundsystemはここで、自分たちに求められる商業性やわかりやすさに対して、半ば挑発的に応答している。
サウンドは、長尺で、じわじわと展開する。皮肉なことに、タイトルではヒット曲について歌いながら、曲そのものはラジオ向きの短いシングルとは言いがたい。イントロは長く、グルーヴは反復し、構成も即効性より持続性を重視している。つまり、曲の形式自体が「ヒットを望むなら、こういうものではないだろう」という皮肉になっている。
歌詞では、ヒット曲を作ることへの拒否、あるいはそれを簡単に求める外部への反発が語られる。James Murphyは、ポップであることを否定しているわけではない。実際、LCD Soundsystemには非常にキャッチーな曲が多い。しかし、彼にとって重要なのは、単に売れるための音楽ではなく、時間をかけて身体に浸透するグルーヴや、自己意識を含んだ表現である。
「You Wanted a Hit」は、LCD Soundsystemの立場をよく示す曲である。彼らはインディー・ロックの世界にいながら、クラブ・ミュージックの論理を持ち、ポップを理解しながら、安易なヒットを拒む。この矛盾した位置こそが、LCD Soundsystemの面白さである。
7. Pow Pow
「Pow Pow」は、本作の中でも特にファンキーで、語りの要素が強い楽曲である。タイトルは擬音のようで、明確な意味よりもリズムや音の勢いが重要である。James Murphyの半ばラップ、半ばスピーチのようなヴォーカルが、曲の中心を担っている。
サウンドは、ベース、パーカッション、ギター、シンセが絡み合うダンス・ファンクであり、Talking HeadsやESG、Liquid Liquidに通じるニューヨーク的なポストパンク・ファンクの流れを感じさせる。曲は長く、反復を基盤にしながら、少しずつ言葉と音が積み上がっていく。踊れるが、同時に非常に言葉数が多い。
歌詞は、断片的で、皮肉とユーモアに満ちている。James Murphyは、さまざまな観察や不満、冗談をリズムに乗せて語る。明確なストーリーというより、パーティーの中で延々と話し続ける人物のようでもある。だが、その語りには独特の知性と神経質さがある。
「Pow Pow」は、LCD Soundsystemの“喋るダンス・ミュージック”としての魅力を示す楽曲である。言葉は多いが、最終的には意味よりリズムが勝つ。頭で考えすぎる人物が、それでも身体を動かす。その矛盾が、この曲の面白さである。
8. Somebody’s Calling Me
「Somebody’s Calling Me」は、本作の中で最も重く、粘り気のある楽曲である。タイトルは「誰かが僕を呼んでいる」という意味を持つが、その呼び声は明るい誘いではなく、どこか不吉で逃れがたいものとして響く。曲全体には、夜の終わり、疲労、酩酊、自己嫌悪の空気が漂う。
サウンドは、Iggy Popの「Nightclubbing」を思わせるような鈍いピアノと重いビートを中心に構成される。テンポは遅く、音は粘り、空気は濁っている。アルバムの中でも特にダークで、パーティーの終盤、すべてが少し嫌になってきた時間帯のような曲である。
歌詞では、誰かに呼ばれている感覚、あるいはどこかへ引き戻される感覚が描かれる。電話の呼び出しのようでもあり、誘惑の声のようでもあり、自分の中の悪い衝動のようでもある。LCD Soundsystemの音楽には、パーティーの快楽だけでなく、その後に来る疲労や嫌悪がある。この曲はその側面を非常に濃く表している。
「Somebody’s Calling Me」は、聴きやすい曲ではない。しかし、アルバムの終盤にこの重い曲が置かれることで、『This Is Happening』は単なる高揚の作品ではなくなる。踊り続けた後に訪れる鈍い疲れ、帰るべきかまだ残るべきか迷う時間。その感覚を見事に音にしている。
9. Home
ラストを飾る「Home」は、『This Is Happening』の終曲としてだけでなく、LCD Soundsystemの代表曲のひとつとして非常に重要な楽曲である。タイトルは「家」「帰る場所」を意味する。長いパーティー、自己欺瞞、恋愛の失敗、ヒット曲への皮肉、酩酊を経た後、最後に残るのが「家」であることは非常に象徴的である。
サウンドは、Talking Headsを思わせるポリリズム的なグルーヴと、LCD Soundsystemらしいシンセの反復によって構成される。曲は明るく、開かれているが、単純に幸福なわけではない。リズムは軽快で、音は徐々に積み上がり、終曲にふさわしい高揚を作る。しかし、その高揚には別れの気配もある。
歌詞では、帰ること、過ちを受け入れること、友人や愛する人との関係、そして自分自身に戻ることが描かれる。James Murphyは、人生の失敗を消すことはできないが、それでもどこかへ帰ることはできると歌う。ここでのHomeは、単なる物理的な家ではなく、自分が最終的に戻るべき場所、あるいは自分自身の状態を意味している。
「Home」は、LCD Soundsystemの中でも特に感動的な曲である。前作の「All My Friends」が友人と時間の経過を描いた名曲だとすれば、「Home」はパーティーの終わりと帰還を描く名曲である。踊った後、笑った後、失敗した後、まだ帰る場所があるかどうか。この曲はその問いを、温かいグルーヴの中に置いている。
総評
『This Is Happening』は、LCD Soundsystemの初期三部作を締めくくるような作品であり、ダンス・パンク/インディー・ダンスの成熟した到達点である。James Murphyはこのアルバムで、ダンス・ミュージックの身体性、ロックの自己意識、ポストパンクの皮肉、ニューウェイヴの冷たい美しさ、ディスコの持続する快楽を、高い完成度で統合している。
本作の最大の魅力は、踊れる音楽でありながら、決して単純に楽しいだけではない点にある。LCD Soundsystemの曲は、フロアで身体を動かすために作られている。しかし、その歌詞には、疲労、後悔、嫉妬、老い、未練、自己嫌悪、業界への皮肉が詰まっている。つまり、踊ることが現実逃避であると同時に、現実を直視する方法にもなっている。
「Dance Yrself Clean」は、その思想を最も明確に示す曲である。自分を清めるために踊る。しかし、踊る前に自分が汚れていることを認めなければならない。LCD Soundsystemのダンス・ミュージックは、無垢な祝祭ではない。すでにいろいろなものを知ってしまった人間のための祝祭である。そこに本作の深さがある。
James Murphyの歌詞は、しばしば冗談のように聞こえるが、その奥には非常に切実な感情がある。「I Can Change」では、恋人を失いたくない人間の情けない約束が歌われる。「All I Want」では、欲望の重さが反復される。「You Wanted a Hit」では、音楽業界への皮肉が、曲の構造そのものによって示される。「Home」では、すべての後に帰る場所があるのかという問いが投げかけられる。どの曲も、笑える部分と痛い部分が同時に存在している。
音楽的には、反復の使い方が非常に巧みである。LCD Soundsystemの曲は、短いフレーズを何度も繰り返し、その上に少しずつ音や言葉を積み重ねる。これはクラブ・ミュージックの基本的な方法だが、James Murphyはそこにロック・アルバムとしてのドラマを加える。曲は変化していないようで、気づけば感情の風景が変わっている。この持続と変化のバランスが、本作の大きな魅力である。
『This Is Happening』には、過去の音楽への参照が多い。David Bowie、Brian Eno、Talking Heads、Iggy Pop、The Fall、Suicide、ニューウェイヴ、ディスコ、クラウトロック。だが、LCD Soundsystemは単なる復古趣味ではない。James Murphyは、過去の音楽を知りすぎている人間の自己意識をそのまま音楽の中に入れている。引用していることを隠さない。むしろ、引用を通じて「いま自分が何者なのか」を考える。その態度が、LCD Soundsystemを単なる懐古的なバンドではなく、非常に現代的な存在にしている。
本作は、加齢のアルバムでもある。若者のように無邪気にパーティーへ飛び込めない。しかし、完全に外側へ退くこともできない。まだ踊りたい。まだ愛されたい。まだかっこよくありたい。だが、自分がその欲望を持っていること自体を少し恥ずかしく思っている。この中年に近づく自己意識が、James Murphyの歌に独特の滑稽さと悲しみを与えている。
日本のリスナーにとって『This Is Happening』は、ロックとダンス・ミュージックの接点を理解するうえで非常に重要な作品である。クラブ・ミュージックに馴染みがあるリスナーには、反復とグルーヴの巧みさが響く。一方、ロックやニューウェイヴが好きなリスナーには、歌詞の皮肉やバンド・サウンドの質感、Talking HeadsやBowie的な参照が魅力になる。両方の文化をつなぐ作品として、本作は極めて完成度が高い。
『This Is Happening』は、パーティーの終わりを知っている人のためのダンス・アルバムである。始まったばかりの高揚ではなく、終わりが見えているからこそ強く踊る。若さを失いかけているからこそ、今ここで身体を動かす。LCD Soundsystemはこの作品で、ダンスフロアの快楽と人生の面倒くささを同時に鳴らした。本作は、2010年代の始まりに刻まれた、知的で、情けなく、圧倒的に踊れる傑作である。
おすすめアルバム
1. LCD Soundsystem – Sound of Silver
LCD Soundsystemの代表作であり、『This Is Happening』の前作。「All My Friends」「Someone Great」「North American Scum」などを収録し、ダンス・パンクのグルーヴと感情的なソングライティングが高いレベルで結びついている。James Murphyの核心を理解するうえで最重要の一枚である。
2. LCD Soundsystem – LCD Soundsystem
デビュー・アルバム。ディスコ・パンク、エレクトロ、ポストパンク、ロックへの皮肉が雑多に詰め込まれており、「Daft Punk Is Playing at My House」「Losing My Edge」など初期の代表曲を収録している。LCD Soundsystemの出発点を知るうえで重要である。
3. Talking Heads – Remain in Light
LCD Soundsystemの背景を理解するうえで欠かせない名盤。ポストパンク、ファンク、アフロビート、反復、知的な歌詞が融合しており、『This Is Happening』のリズム感やヴォーカルの語り口にも通じる。ロックとダンスの接続点として非常に重要である。
4. David Bowie – Low
Brian Enoとの共同作業によって生まれたベルリン期の名盤。冷たいシンセ、実験的な構成、ロックと電子音楽の接近という点で、LCD Soundsystemの音楽的背景と深く関わる。特に「All I Want」などに見られる持続音や孤独な空気を理解するうえで関連性が高い。
5. The Rapture – Echoes
DFA周辺のダンス・パンクを代表する作品。ポストパンク的なギター、ファンク的なリズム、クラブ・ミュージックの感覚が結びついており、LCD Soundsystemと同時代のニューヨーク・インディー・ダンス・シーンを理解するうえで重要である。

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