
発売日: 1981年2月
ジャンル: アンビエント、エクスペリメンタル、ワールドミュージック
音と霊の実験—ポストモダン・サウンドコラージュの先駆け
1981年にリリースされたMy Life in the Bush of Ghostsは、Brian EnoとTalking HeadsのDavid Byrneによるコラボレーション・アルバムであり、当時の音楽シーンにおいて革命的な作品となった。本作は、既存の音楽の概念を覆す「サンプリング」と「Found Sound(環境音)」を大胆に活用した初期の実験的アルバムのひとつであり、アンビエント・ミュージック、アフロビート、ポストパンク、エレクトロニック・ミュージックの要素が融合している。
タイトルはナイジェリアの作家Amos Tutuolaの小説『My Life in the Bush of Ghosts(幽霊の森でのわが生活)』から取られており、アルバム全体には「音のシャーマニズム」とも言えるような呪術的な雰囲気が漂っている。ラジオ放送、イスラム教の祈祷、ゴスペルの説教など、多様な音源をサンプリングし、それらを異世界的なサウンドスケープへと組み込んでいく手法は、後のエレクトロニック・ミュージックやヒップホップに大きな影響を与えた。
全曲レビュー
1. America Is Waiting
アフロビート風のパーカッションと硬質なギターリフが特徴的なオープニング・トラック。アメリカの政治に関するラジオ放送をサンプリングし、暴力的なリズムと混沌としたサウンドで、社会への批判的視点を提示する。
2. Mea Culpa
ダークでインダストリアルなビートの上に、謎めいた音声サンプリングが交錯するトラック。ミニマルなリズムと不穏なシンセが、異国の儀式のようなムードを醸し出している。
3. Regiment
Fela Kutiの影響を色濃く受けたアフロビート調のグルーヴに、レバノン人歌手Dunya Younesのヴォーカル・サンプリングが重ねられている。異文化の音楽をコラージュする手法が、今日の「ワールドミュージック」の概念に先駆けている。
4. Help Me Somebody
アメリカ南部のゴスペル説教をリズミカルにコラージュしたトラック。強烈なビートとファンク的なベースラインが、聖なるエネルギーとダンスミュージックの融合を実現している。
5. The Jezebel Spirit
最も有名なトラックのひとつ。悪魔祓いの儀式の録音音声が、ヒプノティックなビートとシンセの上で不気味に響く。リズムの切迫感と声の狂気が、サイケデリックなトリップへと誘う。
6. Very, Very Hungry
アンビエントな要素が強いインストゥルメンタル・トラック。催眠的なベースラインと浮遊するシンセが、静謐な空間を作り出している。
7. Moonlight in Glory
宗教的な説教をサンプリングしながら、ポリリズミックなパーカッションと絡み合う。言葉がリズムの一部として機能する構成は、後のヒップホップやエレクトロニカの技法を先取りしている。
8. The Carrier
幽玄なメロディが漂う、エキゾチックな雰囲気のトラック。ミニマルなビートとエフェクト処理されたサンプルが、夢の中の風景のような印象を与える。
9. A Secret Life
エコーの効いたヴォーカルサンプルと静謐なサウンドスケープが広がる。Brian Enoのアンビエント作品に近い静寂と瞑想的な雰囲気が支配している。
10. Come with Us
リズミカルなパーカッションと催眠的なコーラスが絡み合い、部族の儀式のようなサウンドを作り出す。反復的なフレーズが強迫観念的な効果を生む。
11. Mountain of Needles
アルバムのラストを飾るアンビエントトラック。穏やかなシンセと残響音がゆっくりと消えていき、聴き手を静寂の中に送り出す。
総評
My Life in the Bush of Ghostsは、1980年代以降のエレクトロニック・ミュージックに計り知れない影響を与えた実験的な作品である。現代では当たり前となった「サンプリング」を大胆に駆使し、異文化の音をコラージュすることで、まったく新しい音楽体験を生み出した。本作の手法は、後のトリップホップ、ヒップホップ、インダストリアル、アンビエントなどのジャンルにも影響を与え、多くのアーティストがこの実験精神を継承している。
Brian EnoとDavid Byrneは、本作で「音のポストモダニズム」を体現し、音楽における文化的融合の可能性を探求した。その結果、ジャンルの枠を超えたタイムレスな作品となり、今なお新しい発見を与えてくれるアルバムである。
おすすめアルバム
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Talking Heads – Remain in Light (1980)
My Life in the Bush of Ghostsと同時期に制作された作品で、アフロビートとポストパンクの融合が特徴。 -
Brian Eno – Ambient 4: On Land (1982)
アンビエントの巨匠Enoによる環境音楽の名盤。本作の静寂な側面に近い。 -
DJ Shadow – Endtroducing….. (1996)
サンプリング主体の音楽の到達点とも言える作品。本作の影響を強く受けている。 -
Aphex Twin – Selected Ambient Works Volume II (1994)
実験的なエレクトロニカとアンビエントの融合が、本作の精神を受け継いでいる。 -
Can – Ege Bamyasi (1972)
クラウトロックの名盤で、本作のリズム構成や実験的なアプローチに共通点がある。
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